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書籍化を受けるということで、日中さんと今後について打ち合わせをすることとなった。
何分初めてのことばかりなので、とりあえず忘れないようにとメモしながら話を聞いた。
印税や出版契約などの話は、保護者であるお婆ちゃんとお爺ちゃんが中心に聞くことになったが、もちろん僕のことなので僕もまた真剣に耳を傾けたのである。
そのあとは作品の内容や構成に関することなので、祖父母たちには部屋を出ていってもらった。
驚いたのは作家としてするべきことはそれほど多くないということだ。
難しい手続きなどは必要なく、ただ担当編集者である日中さんと一緒に、作品を作っていくだけ。
家にいるだけでできる作業なのだ。
ただ問題は、現在投稿している小説の内容を、一巻分に収めなければいけないということ。
平均的に一巻分というのは十万文字前後らしく、その中で読者に理解しやすく読み易い形を作ることが必要だ。
今までは十万文字程度で完結するように意識して書いていなかったので、これが最も難解だなと思った。
一巻分は、いわゆる物語の掴みとなる話になる。
故に余分な情報やキャラクターなど必要なく、一巻分として完結しているような構成が好ましいらしい。
それでいて続きを要望されるような流れを作らなければならない。
そう考えた時、今投稿している話ではインパクトが足りないような気がした。
基本的な流れは、主人公が旅をし、悪者が現れ、戦って勝利を得る。
そういう流れだが、思い返すと淡々とし過ぎていて、一巻分をそのまま収めると消化不良というか物足りなさを感じてしまう。
これでは書籍版の一巻としては成り立たない。
あくまでも一巻は全体のプロローグであり、かつエピローグに繋がる伏線だと日中さんは言う。
故に大切なのは、本当に必要な分だけ情報を組み込むということだ、と。
実際問題、読みにくい本というのはある。
一巻には登場しないキャラクターを深く掘り下げたり、技や能力の説明などが濃過ぎて、結局のところ説明書みたいになってしまっていることがあるのだ。
だから実際何度も読み直さないといけなかったり、「あれ? さっき説明されたキャラっていつ出るの?」など読者を混乱させてしまう。
一巻は序盤。つまり最低限の情報だけで事足りるのである。
「なるほど。ということは今のまま、十万文字をそのまま投稿小説から引っ張ってきても、それは一巻分としては成立しないということですね」
「不動先生の言う通りだ。だからまずは投稿小説は一連の流れとして捉え、一巻分のプロットを作ってほしい」
「分かりました。必要ならば書き下ろした方が良い場合もありますね?」
「うむ。読者の中にはネット小説そのままを読みたいという方もいるが、やはり書き下ろしの話などを求める声の方が多いからな」
まあ、一度読んだ話よりも、新しい方が嬉しいのは分かる。僕もどちらかというとそちら派だ。
ただ構成上、どうしても削らないといけない話などもあるらしく、何故この話を削ったのか、といった嘆きの反応もあったりする。
だから作家としてはその見極めも大事だと日中さんに教えられた。
「ただその、プロットを作るといっても、これまで作ったことがないのですが」
「え? じゃ、じゃあどうやって話を書いているんだい?」
「基本的には頭の中で形作るという感じですね。さすがに複雑な設定などは、メモを取ったりして残していますが、プロットみたいに立派なものはありません」
「ふむ。作家の中にはそういうタイプの方もいらっしゃるが……。しかしこれからはできればキャラクター表や設定などを、いつでも確認できるようにパソコンなどのデータに残しておきたいのだよ」
「分かりました。確かにその方が便利ですしね」
たまにこのキャラって一人称なんだっけ? とかなったりするので、そういう情報を纏めておけば時短にもなるだろう。
「それじゃあ今後不動先生にしてもらうことだが、まずは一巻分のプロット作りだ。できたらメールで送ってもらいたい」
「はい。問題ありません」
「うむ。とりあえず伝えなければならないことは全部伝えたと思うが……おっと、もうこんな時間か」
二時間ほどぶっ続けで喋っていたようだ。
「先生の方から何か質問はあるかな?」
「えっと……特には」
「そうか。では――」
日中さんがスッと立ち上がり右手を差し出してきた。
「これからともに頑張ろう。私は担当編集として全力を尽くす」
慌てて僕も立ち上がり、彼女の手を取る。
「こちらこそ、見ての通り青二才ですが精一杯ご期待に沿えるように頑張ります!」
本当にこれから本格始動だ。
自分の小説が本になる。まだ実感は湧かないが、この人なら信用できると、そう思えた。
「では私は次の仕事もあるので失礼するよ」
すると日中さんが「おや?」と襖の方を見た。
釣られて僕も確認すると、襖をちょっとだけ開け向こう側からこちらを覗く小さな視線があった。
言うまでもなく珠乃である。
じー…………といった感じで、日中さんを見続けていた。
「おお、可愛いじゃないか。もしかして妹さんかな?」
「あ、はい。いきなりすみません。来てください、珠乃」
僕が言うとそーっと襖を開けて身体を乗り出し、トコトコトコと可愛らしい歩調で僕の足を掴んだ。
「紹介します。妹の珠乃です。ほら、珠乃」
少し警戒心が見えた珠乃だが、おずおずと前に出てきてペコリと頭を下げた。
「ふふどうたまの……なの」
「おお、ちゃんと自己紹介できるのか、偉い子だな」
そう言いながら日中さんが珠乃の頭を優しく撫でる。
それでこの人は良い人だって認識したのか、硬くなっていた表情が和らいで笑みを見せた。
「何歳かな?」
「よんしゃい! あっ、でもね、あのね、もうすぐごしゃいになるの!」
「ほほう、五歳か」
「うん! おねえさんはにぃやんのおともだち?」
「ん? んーそうだな。お友達だ」
確かにそう言った方が珠乃にはいいかもしれない。
作家と編集者だって言ったところで理解はできないだろうから。
「た、たまのとも、おともだちになってくえゆ?」
「!? か、か、か、可愛い……っ」
デキる女性であり、いつもキリッとしているであろう日中さんすらあっさり篭絡するとは、さすがは珠乃ですね。
この子の可愛さはまさに万夫不当だと思います。
「……あ、ちょっと待っててもらっていいですか、日中さん」
「へ? あ、ああ」
僕はこの場を珠乃に任せて台所へと急いだ。
途中お婆ちゃんたちに、日中さんが帰ることを告げ冷蔵庫からタッパーを取り出す。それを袋に入れる。
お婆ちゃんたちに案内されたようで、日中さんはすでに玄関に立っていた。
「お待たせしました、日中さん。良かったらこれどうぞ」
「? 何かな? これは…………きゅうりの漬け物?」
タッパーに入れていたのは、僕が栽培しているきゅうりを浅漬けにしたものである。
それを教えると、日中さんは目を見開く。
「驚いたな。庭に菜園があったから、てっきりお婆様が育ててらっしゃると思っていたのだが。まさか君が作っていたとは。もしかして料理もできるのかな?」
「はい。料理は趣味……というか」
「本当に多趣味だ。いや、作家としては多くの引き出しがあればあるほど良い。……しかしなるほど、作中に出てくる料理シーンがいやにリアルだったのはそのせいか。納得した。しかし本当に頂いてもいいのかい?」
「どうぞ。上手く漬けられていると思うので」
「そうか。ならば遠慮なく。タッパーは、今度来た時にでも返すとするよ」
そうして日中さんは僕たちに礼を告げ、優しい笑みを浮かべながら不々動家をあとにした。
まだ実感こそ湧かないが、これからプロの作家としてデビューすることが決まった事実に、ジワジワと全身に熱がこもってくる。
「あ、あの! 少し走ってきます!」
僕は興奮して火照った身体を持て余し、ジャージに着替えると感情のままにロードワークへと出掛けた。
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