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「じ、自分は不々動悟老と申します。『小説家になれぃ!』では不動ゴローとして活動させてもらっています」

「はい、存じ上げています」


 それはそうか。だからこそこの人はここにいるのだから。


「先んじてメールを送らせて頂きましたが、この度はこのような場をご用立てて頂き誠に感謝致します」

「い、いえ、こちらこそわざわざご足労して頂き」


 どうも相手が頭を下げるとこちらも下げないといけないような気分になってしまう。


「それにしても……」

「……えっと、何か?」

「あ、いえ、失礼をしました。一応メールの返事では、年齢をお聞きしていましたが、不動先生がこれほど体格の良い方だとは思ってもいませんでしたので」

「はぁ、よく言われます」

「がっはっは、まあガタイばかりよぉなっちまったからのう」


 お爺ちゃんがカラカラと笑う。少し恥ずかしい。


「何かスポーツでも?」

「いえ、文化系なので」

「ほう、そうなんですか」


 やはりこの体格だ。スポーツマンという想像はしてしまうのだろう。


「この子も昔は剣道をしとったんですがね、いかんとも根が優し過ぎて続かんかったんですよ。何でもスポーツとはいえ人を傷つけてしまいかねないのが嫌で……」

「ちょ、お爺ちゃん、その話はいいですよ。それよりも」


 本題にさっと入ってほしいと思い、そう目で訴える。


「そうですね。ではさっそく此度の書籍化の話をさせて頂ければと思います」


 書籍化という言葉に、自然と背筋がピンと張って緊張感が増す。


「不動先生がご執筆されている『異世界の十眼使い』を、我が社で書籍として売り出していきたいと考えております」

「ふむぅ。えー編集者さんよ」

「何でしょうかお爺様」

「お、お爺様……? ま、まあええか。一つ聞きたいんだがのう」

「何でも仰ってください」

「コイツはまだ高校生で成人もしとらん。ライトノベルっつうものはよく分からんが、大人の社会における商売の話であることは分かっとる。こんなガキでも務まるもんなんかい?」


 お爺ちゃんが、まるで剣道で試合する時のような鋭い目つきで日中さんを見つめる。恐らく彼女の考えを見極め答えを出すつもりなのだろう。

 その様子を察したのか、日中さんも改めて姿勢を正し説明に入る。


「確かに未成年が社会人と同じように仕事をするということに不安を覚えてしまうのは当然かと思います。しかし中には中学生で作家デビューした方もおられますし、不動先生のように高校生の現役作家というのも決して珍しくありません」


 不動先生というのは恥ずかしいから止めてほしい。

 別に先に生まれたわけではないので、どうにも違和感を覚えてしまうのだ。


「ふむ、なるほどのう。芸能界みたいな世界ってところか」

「そうですね。同じというわけではありませんが、確かに似た世界だと思います」


 確かに最近のラノベの帯に〝高校生作家デビュー作品〟などというワードが刻まれているのも見かける。


「つまりこんな右も左も分からないガキでも務められる仕事ってことかい?」

「何ごとも一人では無理でしょう。だからこそ我々大人が全力でサポートするのです。不動先生……いえ、悟老さんが辛い思いをしないように担当の私が精一杯支えさせて頂きます」


 先生としてではなく、未成年の僕として彼女は支援してくれるという。

 それはとても真摯な想いに聞こえ、僕の中で日中さんは頼れる大人として昇格した。


「……うむ、なるほど。ゴローや、儂の質問はもうええ。この人は信頼できる人だ」


 お爺ちゃんの人を見る目は確かだ。 

 これまで剣道を通じて多くの人と出会ってきた経験からか、こういう時に間違った人選をしたことがない。

 日中さんの眼を見て、その想いを聞いて、彼女なら僕を任せられると判断してくれたのだろう。


「きょ、恐縮です」


 お爺ちゃんの真っ直ぐな言葉を受けて、照れ臭そうに頬を染めている日中さんを見て、ちょっと可愛らしいと思った。


「ふ、不動先生はいかがですか? 書籍化のお話、受けて頂けますか?」

「……一つだけお聞きしてもよろしいですか?」

「どうぞ。私に応えられることならちゃんと言葉にします」


 僕はありがとうございますと礼を言って、直接会って聞いておきたいことを口にする。


「自分の作品ですが、どういった理由で書籍化という話になったのでしょうか?」

「……それはつまり、『異世界の十眼使い』のどこが社会に通じると思ったのか、ということでしょうか?」


 僕はゆっくりと首肯する。


「そうですね。実のところ絶対に社会に通じるとは限りません」

「え……」


 じゃ、じゃあ何故僕の作品を……?


「ですが、サイトを活用している読者の反応や将来性を見て決定しました」


 確かに最近嬉しいことに人気が出てPV数(アクセス数)も増えてきている。

 感想欄にも書籍化希望などと嬉しいことを言ってくれる人も出てきた。

 しかしそれくらいなら、まだ書籍化していない他の作品だってそうだ。僕の作品と比べても上位のものだって多い。

 ならどうして僕の作品が先に選ばれたのだろうか……。


「しかし、最も重要なことがあります」

「じゅ、重要……ですか?」

「はい。それは――――私が大好きだからです」

「え……は……は? だ、だだだ大好き、ですか?」

「そうです。今まで数多くライトノベルを読んできましたが、『異世界の十眼使い』ほど私の好みが詰まった作品はありません」

「ぐ、具体的にお聞きしても?」

「もちろんです! んーそうだなぁ。まずは主人公がクーデレというところかな」


 あれ? 急に口調が変わった? もしかしたらこっちの方が日中さんの素なのでしょうか?


 しかし無意識のようで、日中さんは話を思い浮かべるように目を閉じ頬を紅潮させながら続ける。


「普段は無表情で冷静沈着、時に辛辣な対応までするというのに、身内には不意に無類の優しさを見せる。特に第二十三話で主人公のトバリが見せた旅仲間の少女――ニアンの救出劇は特に良かった。助けたニアンの頭を撫でながら笑みを浮かべたシーンは、頭の中でハッキリと映像化できたものだ。ああ、今思い出してもご飯三杯はイケる!」


 は、恥ずかしい……。話数まで覚えられるほど読み込んでくれるのは嬉しいのですが、悦に入ったような表情で当たり前のように言う日中さんを直視できないです。


「それにトバリがそんな性格なのに、猫舌で甘党というのがギャップがあってキュンとする」


 それはただ単に自分がそうだから、とは言い辛い。


「出てくるキャラクターたちは誰もが魅力的で、特に女性キャラが可愛いな。まあ幼女が多いのは客層が偏るかもしれないが」


 ……身近にいる女性。それが珠乃しかおらず、彼女を参考にしてちょっと成長させたり、ツンデレにしてみたり、クールな性格にしてみたりと、そうしていると自然に幼女キャラが増えてしまった。

 多華町先輩には、私を参考にしてもいいのよと言われているが、それは何だか恥ずかしいので保留にさせてもらっている。


「ただ何と言っても、やはり少年漫画を思わせるような熱いバトルと展開が私好みだ。うんうん。今も忘れない。ちょうど三カ月前、不動先生の小説を読んだ時、とてつもない衝撃が走ったのを覚えている。まだ二十話しか投稿されてなかったが、あまりに面白くて通算五十五回も読み直したのものだ。お蔭で二十話までなら今でも完璧に暗記しているぞ」


 ご、五十五回!? 暗記!?


 作者の僕でもそんなに読み返していない。凄いというか熱狂的というか、本当にありがたい。

 ただちょっと興奮気味なので少し気圧されてしまっている。常に冷静沈着というイメージが見た目からしてあったので驚きだ。


「それに……はっ!? あ、あの、すみませんでした! つい語るのにのめり込んでしまって!」


 ようやく自分が興奮気味に話していたことに気づいたようで、日中さんは真っ赤な顔を軽く俯かせてしまった。


「い、いえ。その……嬉しいです」

「! 不動……先生」

「こうやって自分の作品を読んだ感想を直に聞くというのはあまりないものですから。だから嬉しいです」

「お、お恥ずかしいところを……」

「それと、自分のような若輩者に敬語など不必要です。年齢だって日中さんの方が上ですし」

「し、しかしそれは……」

「自分はもともとこういう口調ですが、できれば日中さんは普通に接して頂ければ幸いです」

「…………ふぅ。君は何というか、考え方も大人びているな」


 良かった。敬語口調を取っ払ってくれたようだ。


「おほん。そうだな。私は君の作品を読んでいる時間は間違いなく幸せを感じていた。そしてこの物語をより多くの人に読んでもらいたいと思うようになったのだ。そこで最近のラノベ業界だが、ネットからスカウトするというパターンも増えており、我が社でも本格的に導入していこうという話が上がっていた。これはチャンスだと思い、此度声をかけさせてもらったという次第なのだよ」


 つまり日中さんが大好きな作品だから書籍化したいということらしい。


 それはとても光栄なことなのですが、本当にそれで良いのでしょうか……?


 その旨を彼女に伝えると、彼女はそれまで熱っぽかった表情を一転してクールに戻す。


「なるほど。私だけが好きという根拠が乏しい、と?」

「そ、そうではなく、その……誰かに望まれることは嬉しい……です。ですが言い方が悪いかもしれませんが、書籍化となると商売……お金の話になるはずです。売れる、売れない、そんな世界だと。本当に自分の本が――」

「世間に認められるか、不安だと、そう言うんだね?」

「……はい」


 我ながら情けない話だ。

 確かに一話一話、渾身を込めて書き上げている。自分には面白いと自負はある。

 少なからず支持してくれる人がいるのも事実だ。


 しかしそれはあくまでもネット小説サイトの中だけでの話である。小さく狭い世界。

 それが今度は比べものにならないほど広大な世界の評価を受けることになるのだ。


 ハッキリ言って…………怖い。


 本になるのは嬉しいが、嬉しいだけで終わらない世界に飛び込むということに、今更ながら恐怖感が押し寄せてきた。


「……そうだな。売れるか、売れないか。こちらも商売だから、当然売れる本を出版したい」


 ……当たり前ですよね。


「だが出せば必ず売れるという作品はない。いや、私たちにも分からん」

「え?」

「これまで携わってきた経験を踏まえても、必ず売れるという物語を見出すのは難しいものなのだよ。だからこそ私たちは〝面白い〟と自分たちが思い好きになった作品を世に出したい」

「日中さん……」

「戦ってみないか? 不安や恐怖があるのは当然だ。それを作家だけに押し付けるようなことは絶対にしない。ともに背負い、ともに戦っていくのが編集者なんだ」


 ……ともに。


「これは偶然ではなく、私が結んだ必然の縁だと考える。私はこの縁を大切にしたいと思っている」


 スッと日中さんが右手を差し出してくる。


「私を信じて、一歩踏み出してみないか?」


 彼女の目は真っ直ぐ僕を見つめていた。

 不思議な人です。

 初対面の人は、僕を見てまず恐怖を覚える。

 こんな見た目だ。目つきも悪い。仕方ないだろう。


 だけどこんなふうに一切の怯えを見せず、それどころか優しい眼差しを向けてくる人は稀有だ。初対面なら尚更に。

 だからこそ今まで感じていた不安定さが、一気に払拭したような気がした。


 ――大人の人は凄いですね。


 いや、大人でも僕を怖がる人は多い。

 ここはこう言うべきなのだ。

 日中さんは凄い、と。


「――よろしく、お願い致します」


 僕は差し出された彼女の手を、両手で包み込むように優しく握り返した。







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