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コワモテの巨人くんはフラグだけはたてるんです。~自分の恋愛には無関心のくせに~  作者: 十本スイ
第三章

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「「「「お疲れさまでしたー!」」」」


 目まぐるしい時間が過ぎていき、気づけばもう終わりの時間がやってきていた。

 終了の合図が運営から発せられると、会場にいる全員が、この熱き戦いを健闘して拍手をする。

 まだ明日――最終日も残っているが、サークル参加としては今日で終わりだ。


 全員が感無量といった感じで笑顔を携えている。

 それから速やかに撤収の準備を行っていく。

 お客さんはもういないが、まだこの場所には熱気が残っているような気がする。

 新感覚の経験だったが、考えてみればあっという間だったかもしれない。


「今日は本当にありがとうでござったよー!」


 撤収が終わり、僕たちはビッグサイトの前でもこ姉さんに奢ってもらったドリンクを片手に疲れた表情を浮かべていた。


「まあ明日もあるでござるが、明日は今日みたいに忙しくはござらんし、だいぶ余裕もあってコミケを堪能できると思うでござるから楽しみにしておいてほしいでござる」


 最終日が終わったら、お礼のためにもこ姉さんが打ち上げを開いてくれるとのこと。


「今日は帰ったらしっかりと疲れを取っておいてほしいでござる。じゃあ拙者はこっちなのでまた明日でござるよー!」


 上機嫌のままもこ姉さんは大手を振って去って行く。

 僕たちも来た時と同じ道を進んでいくと、その先には伏見先生が車を背にして待っていた。


「あはは、みんな疲れた顔してるわね! 初めてのコミケ、そんなに大変だったんだ」


 こればかりは参加してみないと分からないだろう。

 いや、一般参加者ならまだマシかもしれない。

 これはサークル参加者ならではの疲労感なのだろう。しかも多華町先輩以外は、ぼっちでコミュ力もないので、人の多さとその視線に精神力はごっそり削られた。


 しかし普段は僕に人は寄って来ないで、ただ遠目から好奇の視線を受けるだけだが、今日は視線だけでなく実際に話しかけられ写真や握手などもさせられたので、初めて尽くしで余計に疲れたと思う。

 カツラと服装が違うだけで、あとはそのままの不々動悟老なのに、コスプレとは僕の怖さもまた興味の対象になるのだという驚きもあった。


 車に乗ると、すぐに寝息が背後から聞こえてくる。

 確認してみると、やはり疲れが溜まっていたのか三人ともが眠っていた。


「不々動くんも寝ていていいわよ」

「いえ、自分は大丈夫です。今度投稿する小説の続きも確認しておきたいので」


 僕はスマホを取り出し、文章の誤字脱字などを確認していく。


「はぁ~、君は何というか真面目だね。まあもう少しでデビューするんだから当然かもだけど。疲れていないの?」

「これでも体力はある方なので」


 精神はともかく、体力自体は今からランニングくらいなら簡単にできる。


「羨ましいわ。私って体力ないから。小さい頃はこれでも活発でスポーツが得意だったのにねぇ」

「へぇ、そうだったんですか」

「うん。けど高校に入ってから勉強ばかりしてたせいか、運動神経がどっか行っちゃった」


 そんなことで運動神経がなくなるとは思えませんが……。

 それはただ単に身体が鈍って運動不足だけなのでは?


「虎ちゃんは走るのとか速いし、泳ぐのだって上手なのよ。あ、今度は皆で海に行くのも楽しいかもしれないわね」

「それは確かに面白いかもしれませんね」

「…………ありがとうね、不々動くん」

「は?」

「虎ちゃんを誘ってくれて、さ。虎ちゃんてばああいう性格だから、人付き合いは良くないのよ。だから君が誘ってくれて本当に嬉しいと思う」

「そうでしょうか?」

「絶対そう。お姉ちゃんの私が言うんだから絶対。あの子、素直じゃないし言葉にあまりしないけど、君には感謝してると思う」

「自分も伏見くんには感謝しています。こんな自分なんかの傍にいてくれて。……悪い噂につながるかもしれないというのに」

「………………教師としては耳が痛いわね。けれど私も学生の頃だったら、見た目だけで君のことを判断してたでしょうねぇ。君の良さに気づかないまま」


 僕に良さなんてあるのでしょうか?


 良さ……そう言われても咄嗟には出てこない。

 珠乃の良さ、兄――どーくんの良さなら考える間もなく湯水のごとく溢れ出てくるのに。


「こうして君と直に接したら、君がどれほど良い子か分かるのにねぇ。あ、でも虎ちゃんの次だよ?」

「はは、先生は伏見くんのことが大好きなんですね」

「とーぜん! だってお姉ちゃんだからね!」


 その気持ちは分かる。僕も珠乃を世界一可愛いと思っているから。

 やはり兄や姉というものは、弟や妹を誰よりも愛しているようだ。

 弟愛を隠しもせずにハッキリと態度に示す伏見先生を見ていると、何だか親近感が沸いて、少し彼女との距離が近づいたような気がした。








 翌日もまた伏見先生のお力を借りて、朝早くから【東京ビッグサイト】まで送ってもらった。

 昨日の疲れはほとんどない。それは多華町先輩たちも同様のようで、どうやらグッスリと睡眠を取ったお蔭らしい。


 しかし今日は昨日のような忙しさはないと、もこ姉さんは言っていた。

 直接自分たちのスペースで販売するのではなく、他のスペースに作品を委託して販売してもらうからだ。 

 与えられるスペースも昨日と比べて遥かに狭いし、ほとんどが昨日の売れ残りでもある。


 今日は主に、そのスペースを貸してくれるサークルさんの手伝いだ。

 もこ姉さんも、今日は僕たちと同じ【ザ・テイルズ】に出てくるキャラクターになって売り子として時間を過ごすことになる。


 さすがに二日目ということもあり、僕もダオシュの恰好は慣れた。まだ慣れていないのは繭原さんくらいだ。

 相変わらず話しかけられたりすると動揺してしまい、間に僕や伏見くんが入って対応することになる。

 それにしても今日が最終日なのに、いや、最終日だからこそか、昨日よりも人が多いような気がする。


 お世話になっているサークルさんは、この業界では嵐山さんと同等くらいに人気らしく、『壁サークル』と呼ばれているスペースにあるのだ。

 大手のサークルなどは壁際にスペースをもらうことができ、この即売会ではもっとも皆の注目を浴びる場所である。ほとんどのサークルは、ここで売ることを夢見て頑張る。


 ちなみにそれ以外のスペースを『島サークル』と呼ぶ。昨日僕たちが販売していたのもソレである。

 もこ姉さんほどの有名な人でも『島サークル』というのだから、この世界は層が厚いというわけだ。


「いやぁ、それにしてもさすがは『壁』だな。昼になってもまだ列が途切れねえし」


 伏見くんが半ば呆れた感じに声を漏らす。

 まるで人気アイドルの握手会みたいな感じでしょうか。並んでいる人たちは、今か今かと目を輝かせて待っている。


「この『モード:ルナ』は市場で幾つも人気ゲームも出している大手サークルですから」

「みてえだな。やったことはねえけど、『月ノ姫』とか『海の境界』ってクラスの連中も話題にしてるくらいだしな。当然俺もそういうゲームがあるのは知ってたし」


 僕もです。基本的にダークな内容のゲームということで、あまりダークファンタジーのゲームは得意ではないのでやらないが、そんな僕でも名前は知っている。

 幾つもシリーズが発売されている、ゲーム業界でも欠かせないサークルとなっているとのこと。


「――見つけたわよ、もーこ!」


 そこへ聞き覚えのある声が響いた。


「うげ……また来たのでござるか」


 もこ姉さんが、ネコミミメイド姿の嵐山にぃこ先生の来訪に顔をしかめる。


「何よその嫌そうな顔は! このあたしがわざわざ顔を見せにきてあげたんだからもっと嬉しそうにしなさいよね!」


 昨日もこ姉さんが言っていたように本当に現れた。






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