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「――ハイ、これ!」
そう言って渡されたのはスポーツドリンクだった。
僕は「すみません、ありがとうございます」と言いながら受け取り喉を潤す。
現在僕とコスプレイヤーさんは、コスプレエリアから離れた人気の少ない物陰で涼んでいた。
「ホントーにありがとうね!」
「いえ、お礼ならコレを頂きましたので」
スポーツドリンクも別にいらなかったのだが、「飲み物でも奢らせて!」と言ってすぐに彼女はどこかへ行き、こうしてドリンクを持って戻ってきたのだ。
さすがにせっかく用意してもらったので断ることができずに受け取った。
「ああいう状況というのは結構あるものなのでしょうか?」
不意に思った疑問を口にすると、コスプレイヤーさんは不思議そうな顔をする。
「まあ、ほとんどはちゃんとマナーを守ってくれる人たちだけど、たまに……って、君だってコスプレイヤーなのに知らないの?」
「あ、いえ……これには事情がありまして」
知り合いの手伝いでコスプレをして売り子を行っていることを伝えた。
「そーなんだぁ。なぁんだ、てっきり同業者かなって思ってたけど」
「申し訳ありません」
「? 何で謝るの?」
「あ、その……すみま……せん」
「ぷっ、その姿で謙虚って笑えるよ! ダオシュは威風堂々ってタイプだしね!」
中身が伴っていなくて本当にファンには申し訳ない。
「けどホント―に助かったよ。ああいう人たちって口で言っても聞いてくれないことが多いし。はぁ、マナーは守ってほしいよね」
「そうですね……」
…………会話が止まる。実際この状況に戸惑っているので、元々コミュ力が低い僕はどうやって会話をし続ければいいか分からない。
「ねえねえ、もしかして君って人見知り?」
「え? はい……お恥ずかしながら」
「あー別に敬語とかじゃなくていいよ?」
「自分は誰に対してもこうなので」
「ふぅん、変わってるね。でも君っておっきいんだね。ホントにダオシュがゲームから飛び出てきたのかと思ったよ」
「身体の大きさだけが取り柄ですので」
その他に何か自慢できることがあるかと思うと首を傾げざるを得ない。
いや、一つあった。
自分には世界一、いや、宇宙一可愛い妹がいる。これだけはどこに行っても胸を張れる。
「あ、そういや自己紹介がまだだったよね!」
彼女はペロリと舌を出す仕草をする。その行為はどこか様になっていて、違和感が何一つない。きっとやり慣れているのだろう。
そして被っているカツラを取り、素顔を僕に見せてくる。
「ボクは三武イヴだよ! 今年から高校に入ったピチピチの女子高生! 好きなものは当然コスプレ! あと漫画やアニメも大好き! 嫌いなものは勉強……かな? 趣味はコスプレ以外だと秋葉巡りだね! 特技はこう見えて歌が上手いんだよぉ! スリーサイズは、さすがに恥ずかしいからまだ秘密だね。そ・れ・と、付き合いたい男性のタイプは誠実で守ってくれそうな――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「んにゅ? どうしたの?」
「い、いえ……その、情報が多過ぎて……」
てっきり名前と年齢くらいだと思っていたが、いきなりアイドルがテレビでするような自己PRが始まるとは思わなかった。
早口ということもあって中盤からほとんど耳に入っていない。
「もう、せっかくの美少女情報だぞ! そこは脳内メモリにちゃーんと刻み込まなきゃ!」
「は、はぁ……可愛いのは分かるのですが」
「ふぇっ……!?」
「ん? どうかされましたか?」
「う、ううん! えと……今のって……口説いた?」
「口説く? ……?」
「……あー、天然タイプの人かぁ。顔もよく見れば怖さの中に凛々しさもあるし、もしかしたら泣いた女の数も多かったりして……」
何だか今度はブツブツと言い始めたが、今度はこちらが自己紹介をした方が良いだろう。
「では次は自分のことを。名前は不々動悟老と申します。歳は十六で――」
「ええっ!? じゅ、十六ぅ!? 二十歳とか余裕で超えてると思ったのにぃ!」
「よく言われます。ですが本当に高校二年生なので」
「し、しかも一個上だし……はっ、今更だけど敬語で喋った方が良い……ですか?」
「いえ、別に気軽に話してください」
「そ、そう? じゃあ……今まで通りで。あ、でも何て呼べばいいかな? ボクのことはイヴって呼んでくれると嬉しいな」
「えっと……三武さんではいけませんか?」
「むぅ……そこは名前で呼んでほしいんだけど」
不機嫌そうに頬を膨らませる彼女。
「その……女性を名前で呼ぶのは少々恥ずかしくて」
「ふぅん、見た目と違って結構初心なんだ。なるほどぉ、そっかそっか……じゃあ今はまだ苗字でいいよ!」
今はまだ……いずれ名前で呼ばせるつもりのようですね。
「ボクは何て呼べばいい?」
「お好きなようにどうぞ」
「ボクが言えることじゃないけど、変わった苗字だもんねぇ。名前は普通過ぎだけど」
思ったことをハッキリ言う子ですね、この子は。
「でもそんなに年は離れてないし…………ゴー先輩ってのはどう?」
「初めてそういうふうに呼ばれますね」
「おう! ボクが君の初めての女なんだね!」
いや、そういう言い方は誤解を招くので止めてもらいたい。
「にゅふふ~、ゴー先輩の初めてをもらった女として、ボクのこともちゃーんと憶えといてね!」
出会いからして強烈だったし、それにこのキャラクターなのだから忘れられないと思う。
そういえばと、改めて彼女を見る。
髪はショートヘアーだが、暗い場所でもキラキラと輝く白銀の髪をしている。瞳も透き通るようなサファイアブルー。鼻も高く日本人離れした美しい顔立ちだ。
名前も〝イヴ〟だし、もしかしたら……。
「あの、三武さんはハーフだったりしますか?」
「プラーヴィリナ! お母さんがロシア人でお父さんが日本人のハーフなんだ」
「やはり。日本語にまったく違和感がないですね」
「まあ生まれはロシアだけど、滞在期間が長いのは日本だしね! でもちゃーんとロシア語も喋れるよ!」
なるほど。この透明感のある優美さはロシア人ならではのものだったらしい。
だからか、リリムのコスプレも彼女そのもののようなクオリティだった。
「あ、そうだ! カツラ取ってみせてよ!」
特に断る理由もないので言う通りに従う。
「へぇ、黒髪のゴー先輩はこんな感じなんだね! でもやっぱりおっきいねぇ。何かスポーツでもやってるとか?」
「小さい頃は剣道をかじってましたが、元々文化系の人間なので」
「ふぅん、何だかもったいない気もするけど、ゴー先輩がそれでいいならいいと思うよ!」
「…………」
「んん? キョトンとしてどうかした?」
「あ、いえ。この話をすると大概の人は、今からでもスポーツをした方が良いと勧めてくるので」
「あー分かる気もするけど、本人の意思が一番じゃん、そういうのって。ほら、ボクもこんな感じにちょっと大胆なコスプレとかするからさ、見る人によっちゃ反対されることもあるんだよ。特にお父さんとかは、ね」
胸元が開いていて煽情的な恰好でもあるので、父親としては当然の心配だと思う。
僕も将来珠乃がこのような姿をしていたら、きっと気が気でいられないだろうから。
特に男性の前には出したくないと思ってしまうだろう。
「けどこれはボクがやりたいことだもん。好きなら貫いてこそ正義だからね!」
「好きなら貫いてこそ正義……うん、良い言葉ですね」
「えへへ~そうでしょー。やっぱゴー先輩はボクが見込んだ通りの人だよね! ……って、ああ! もうすぐ次の出番が始まる! ゴメン、ゴー先輩! ボク、そろそろ行かなくちゃ!」
「あ、はい。自分もそろそろ戻らないといけないので」
「うぅー、できればもっと話したいのにぃ。あ、そうだ! 連絡先交換しない?」
「……自分は構いませんが」
「ほらほら! 早くスマホ出してえ!」
急かされて連絡先を交換する。
「うん、よし! じゃあまた連絡するから! ちゃーんと構ってよね、ゴー先輩! ダスヴィダーニャー!」
始終押されっ放しだったが、三武さんは大きく手を振りながら自分の持ち場へと帰って行った。
僕もまた、もこ姉さんたちが待つ会場へと戻ることにした。