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「なるほど。コスプレエリアとはこんな感じなんですね」
会場内も熱気が凄いが、ここもまた熱さでは負けていない。
またこの炎天下の中でもコスプレイヤーさんは笑顔を絶やさずに、キャラになり切ってポーズを取る姿はプロフェッショナル感を覚えた。
ふと一人のコスプレイヤーさんの姿が目に留まる。
若い、同じ年頃くらいの女性だろうか。
しかし目に留まったのは若さではなく、彼女の恰好である。
それは自分と同じ『ザ・テイルズ』に出てくる人気女性キャラクターだからだ。
しかもダオシュと同じく主人公の敵役として出てくる。
というよりも魔王と呼ばれたダオシュを、最後まで支え続け死んでいったリリムというキャラクターだ。
幼い頃にダオシュに拾われ、彼の手によって育てられた魔王の幹部。ダオシュにその想いが届かないと知りつつも、それでも愛した人のために主人公と敵対する。
最期の最期、死に逝く彼女にダオシュが言い放ったセリフもまた印象的だ。
『お前は私の最愛の娘であり、最も傍に居続けてくれた存在だ。ありがとう。愛している』
その瞬間、報われたと思った彼女は涙を流し笑顔のまま逝くのだ。
リリムの一途な純愛に心を打たれたプレイヤーは多く、敵ながらにして人気女性キャラクターランキングで上位に位置する。
少し大胆な腹出しルックにミニスカートというギャルっぽい恰好だが、見た眼とは違い初心で貞操観念が強いことも人気の秘密になっていた。どことなくだが桃ノ森さんに似ている気がする。
「いいねいいね、いいんでないのぉ! リヤンちゃん、こっちに視線をちょうだぁい!」
小太りのカメラ小僧の一人が、興奮気味にシャッターを切る。
ただ他の人たちと違って、少々リヤンと呼ばれたコスプレイヤーさんとの距離が近い。
「あ、あの、もう少し離れてほしいなぁ」
「いいじゃんいいじゃん! ほらほら、綺麗に撮ってあげるからね? さあさあ、もうちょっと胸を強調してみて」
「え、えっと……」
過激な要求にコスプレイヤーさんは困惑気味だ。
「おい、邪魔だよ。前に出過ぎだし!」
「そうだよ、下がれよお前!」
「うるっさーい! リヤンちゃんを先に撮り出したのは僕だ! 何か文句でもあるのか!」
周りの人たちの正しい言い分も、その小太りの男性は怒鳴り声で吹き飛ばす。
「ね、ねえ、仲良くしてほしいなぁ」
「大丈夫だよぉ、リヤンちゃん! あんな連中なんかより僕だけを見てくれればさ。誰よりも美しく撮ってあげるから!」
グイグイッとさらに距離を詰めて、あろうことか手を伸ばして触れようとしてきた。
「こ、困ります!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからぁ」
身を引くコスプレイヤーさんの拒絶も何のその、小太りの男性は自分の欲求を満たすために近づいていく。
そしてその手が彼女の肌に触れようとした瞬間――ガシッ!
「……はへ?」
その腕を掴んで止めたのは僕だった。
「そこまでにしておいた方がよろしいかと思います」
直後、周りが一気にざわつき始める。
「ダ、ダオシュ!?」
「マジかよ! ダオシュとリリムのツーショット!?」
「そ、そういえば会場内にすっげえクオリティの高いダオシュがいるって聞いたけど、まさか……!」
はい、そのまさかだと思います。
「な、なななな何だよお前ぇ! その手を離せよぉっ! うっ、ビ、ビクともしない!?」
「ちゃんとルールを守ると仰るならこの手をお放しします。ですがまだ彼女や他の方々に迷惑をかけると言うのなら……」
「ごくり……い、言うの……なら?」
「少々荒っぽい方法で退場して頂きます」
ギュッと彼の手首を掴んだ手に力を込める。
「ひ、ひぃぃぃぃっ! わ、分かった! いや、分かりましたからその手を離してくだしゃぁぁぁいっ!」
そう言うので手を離すと、彼は一目散にその場から立ち去っていった。
「……ふぅ」
どうやら問題は去ったようだと思いホッと息を吐く……が、
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」」
突如として大気を震わせるような声が響き渡り、僕は反射的にビクッとしてしまう。
「ダオシュかっけぇぇぇっ!」
「しかもリリムを助けるシチュって、これもう涎もんじゃねえか!」
「だよな! つーか二人ともハイクオリティ過ぎて、金取れるレベルだし!」
「あのあの! お二人で背中合わせに立ってポーズ取ってもらえませんか!」
「え……あ、あの……自分は……」
いきなりの注文と勢いに、完全に戸惑ってしまう僕だったがチョンチョンと腕を誰かに突かれた。
見ると傍にいるコスプレイヤーさんの仕業だった。
「ここはファンサービスしなきゃ。ほら、いっしょにやろ!」
先程と違って満面の笑みを向けてくる。
さすがにここで自分はコスプレイヤーじゃないとは言えない。
きっと皆さんガッカリしてしまうだろうから。
ここは覚悟を決めて、しばらく付き合った方だ平和に終われそうか……。
僕とコスプレイヤーさんは背中合わせに立つ。
ゲームの中のダオシュを思い出し、見よう見真似でポーズを取る。
直後、けたたましいほどのフラッシュがあちこちから発せられた。
「もし良かったら、あのシーンを再現してもらえませんか! あのリリム最期のシーンを!」
……え、マジ……ですか?
「う~ん、ちょっと恥ずかしいけど……ボクは君ならいいよ?」
上目遣いで僕を見つめてくるコスプレイヤーさん。こうして間近で見てハッキリと分かるが、彼女も多華町先輩や桃ノ森さんに負けないほどの美人さんだ。
幼さが残る顔立ちだが、大きな瞳にぷっくりとした唇、それにこの男心を揺さぶってくる女性特有の甘い香りに、思わずくらくらっとしてしまいそうになる。
「ほらほら、僕を抱っこしてよ」
「わ、分かりました! では失礼します」
彼女を横抱き――いわゆるお姫様抱っことする。
すると彼女は一気にキャラクターになり切る。
「……ダオシュ様……ずっと…………ずっと愛しています」
潤んだ瞳でそう言う彼女にドキッとなるが、僕もあのセリフを噛まないように努める。
「お前は私の最愛の娘であり、最も傍に居続けてくれた存在だ。ありがとう。愛している」
「!? うれ……しい……っ」
そこでガクッと彼女の頭が傾く。リリム最期のシーンだ。
「「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」」」」
再び、いや、先程以上のざわめきが鼓膜を震わせる。
女性の人たちも黄色い声を上げて興奮しているようだ。
写真や動画などを撮る人たちで溢れ返り、今更ながらとんでもないことになっている気がして冷たい汗を流してしまう。
「…………ぷっ」
「? ど、どうかされましたか?」
いきなりコスプレイヤーさんが笑ったので目を丸くしてしまった。
「ううん、だって君ってば緊張し過ぎ。顔怖過ぎ、身体震え過ぎ」
「す、すみません」
「もう! 僕の身体に触れてるんだからありがたく思ってよね」
「は、はぁ……」
確かに柔らかくて普通ならドキドキするだろうが、今は数え切れないほどの視線のせいで緊張してそれどころではない。
できれば今すぐ走り去ってしまいたい。
「……ねえ」
「ん? 何でしょうか?」
「あとで時間ちょうだい。お礼……したいからさ」
「そのようなことは気になさらないでください。たまたまですから」
「ううん。これはもう決定事項だよ。だから……ね?」
どうも僕の周りには問答無用に動く女性が多くありませんか。
ただただ「分かりました」と答えるしかなかったのであった。