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「うわ、また来たでござるか……」
もこ姉さんの知り合いなのか、彼女は鬱陶しそうな表情で目前の女性を見つめていた。
彼女もコスプレを意識してか、猫耳のヘアバンドを装着してメイド服を着込んでいる。
「あたしってば~、午前中でもう完売しちゃってるんだよね~。どこの誰かさんとは違って暇なのよ~」
「ふぅん、なら会場を見回ってきたら良いでござるよ。ほらほら、行った行った」
「むぅっ! このあたしがわざわざ挨拶に来てやったってのに何よその言い方は! 大体あんたいつまでその変な口調を続けるつもりなのよ! 学生の頃は普通だったでしょうが!」
「これは拙者のアイデンティティでござるゆえ、お主にケチをつけられるいわれはござらんよ」
「何がアイデンティティよ。ただのキャラ付けでしょ? それでも『ザ・テイルズ』の現専属イラストレーターなの? あーヤダヤダ、こーんなチビで時代錯誤な奴が何であの有名なゲームのイラストレーターなんてしてるのかマジで信じらんないし」
「……僻みでござるか?」
「ひ、僻みなんかじゃないわよっ! 実力ならあたしの方が上なんだからね! あんま調子に乗ってると潰すから!」
「ふ~ん、できるもんならやってみるでござるよ。どうせヘタレのお主のことだからムリでござろうがなぁ」
「ぬぁんですってぇぇぇっ!?」
「それにキャラ付けというなら、お主だって日頃からネコミミメイド服でござろうが。そっちも十分に歳を考えれば痛いでござるよ」
「う~っ、うるさいうるさいうるさーいっ!」
突如やってきた女性と言い合いになるもこ姉さん。
というより彼女、ネコミミメイド服は一時的なイベント用に着込んでいるのではなくて普段着だったらしい。確かに少し引く。
この騒ぎを面白そうに見ている野次馬たちがいる。驚いている人もいるが、ほとんど人は「おお、今年も見れたなぁ」とか「まーたやってるよ」などなど、まるで見慣れた風物詩でも見るかのような感じだ。
するとそこへ伏見くんが帰ってくる。
「あん? 何だこの騒ぎは?」
「伏見くん、実はですね――」
一連の出来事を彼に伝える。
「へぇ、あの愛田先生に対し実力が上とか言うなんて何者なんだ?」
確かにそれは気になる。言葉のやり取りから、サークル参加者のようだが、午前中で完売というのは凄いのではなかろうか。
しかももこ姉さんのことを知りながら実力が上と言い張るということは、相当な腕の持ち主の可能性が高い。
「いい? これは僻みじゃないからね。いずれ『ザ・テイルズ』の専属イラストレーターはこのあたし――天才イラストレーターの嵐山にぃこがもらうから!」
……え?
僕は彼女の名乗りを聞いて息を呑んでしまった。
近くにいる繭原さんもまた愕然という言葉に相応しいほど驚いている。
きっと〝あの作品〟を知っている人なら誰もがそんな反応をすることだろう。
嵐山にぃこ。同姓同名でなければ、彼女こそ今最も売れているラブコメラノベの『妹が世界一カワイイとしか思えない』の絵師を担当している人物である。
「あ、あの……不々動くん? もしかして彼女……あの方は……」
「繭原さんもやはり気づかれていましたか。恐らくは『妹カワ』の絵師さんかと」
そう考えれば実力が上と豪語するのも分かる。
何せ彼女が手掛けているラノベは悉くヒットしているからだ。
人気ランキングのラノベ絵師でも、毎年必ずトップ3に入る超人気イラストレーターである。
「ああそれと聞いたわよ、もこ。あんた初めてラノベの絵師を担当するんだって? あんたに務まるのか定かじゃないけど、結果を楽しみにしてるからね」
「相変わらず耳が早いでござるな。特に拙者の情報だけ。……ストーカーでござるか?」
「ス、ストーカーなわけないでしょうが! 自惚れるのも大概にしなさいよねっ! ああもう不愉快だわ! こう見えてもあたし暇じゃないの、じゃあね」
「……さっき暇って言ってたでござるが」
「何か言った?」
ギロリともこ姉さんを睨みつける嵐山先生だが、もこ姉さんはプイッと顔を逸らす。
また衝突するのかと思いきや、嵐山先生はそのまま踵を返して去って行った。
野次馬たちも満足したのか、「やっぱこれを見なきゃ始まらないよなー」などと楽しげに口にしながらいなくなっていく。
「……大丈夫でしたか、もこ姉さん」
「おお、問題ないでござるよ不動先生。こちらこそうるさくして申し訳ないでござったよ」
「あの方……嵐山先生はもしかして『妹カワ』の?」
「ん? 知ってたでござるか? その通りでござるよ」
確信を得たことで、繭原さんは目を輝かせながら遠目に映る嵐山先生の背中を見つめていた。
彼女は無類のラノベ好きで『妹カワ』も好んで読んでいるということで、その担当絵師さんに出遭えて感動しているのだろう。
「ずいぶんとその……意識されているようでしたが」
「ははは、言葉を選ばなくてもいいでござるよ不動先生。単純にイチャモンというか絡んできてるだけでござるから」
「……親しいんですか?」
「そうでござるなぁ。アイツとは幼い頃からの腐れ縁といったところでござろうか」
「! もしかして日中さんとも?」
「昔はよく三人で遊んだものでござるよ」
それは何だか不思議というか奇妙な関係だと思った。
幼馴染がそれぞれ同じ業界で働くようになるとは、これは偶然なのだろうか。
「あのバカ、腕は申し分ないのでござるが、あの性格もあってあまり友人は作れないんでござるよ。故にいつも拙者やりーちゃんに絡んでくるでござる」
「もこ姉さんが認めるほどのイラストレーターさんなんですね」
「この業界じゃ引っ張りだこでござるからな。ただ変人ではござるが」
「変人?」
「このコミケに関しても元々は拙者が先に参加していたんでござる。しかしそれをどこで聞いたのか、いつの間にか自分もエントリーして、瞬く間に超人気同人作家としても名を馳せていたでござるな。それで毎年今みたいにやってきては好き放題言って帰っていくというわけでござる。仕事に関しても拙者が受けたオファーのことを根ほり葉ほり聞いてきたり、『ザ・テイルズ』については滅多にやらないくせに、何故か自分でオファーを出す始末でござるし、一体何を考えてるでござるかなぁ」
「それは……確かに絡まれる感じですね」
「ま、気にしないでいいでござるよ。明日も時間を見つけてはわざわざ拙者を探して顔を出しにくるでござろうが、無視で結構でござるし」
そんなことより、と伏見くんが帰ってきたから、次は僕が見回ってきてはどうかともこ姉さんに言われたので、お言葉に甘えて初めての同人誌即売会を堪能することにした。
見回りの許可をもらった僕は、広い会場内で目移りしてしまうほどのサークルの多さに改めて驚いていた。
売り子をしていた時は、周りを観察する余裕などなかったが、こうしてジックリ見てみると、様々な商品が並ぶバザーに来ているかのようだ。
ただ気になるのは先程から自分に向けられている視線である。
やはりこのダオシュの格好は目立つようで、どうにかならないものだろうか。
コミケは一日目、二日目、三日目と、それぞれ立ち並ぶサークルは違い、売られている本のジャンルもまた変わるので、三日間すべてに新鮮さを感じることができるのだ。
もこ姉さんの場合は直接参加という形での参加だったが、明日は委託参加という形で本などを売ってもらうことになっているらしい。
この委託参加は大きく分けて二つ種類があるのだが、一つはイベント側が参加漏れしてしまったサークルたちの救済イベントとしてやっているもの。もう一つは知り合いなどのサークルのスペースの一部に商品を置かせてもらうことだ。
後者の場合は他サークルに置かれることもあって、どんな本があるのか判別しにくかったり、金銭トラブルなどが起こったりする可能性があるので十分に注意が必要とのこと。
何でも作品を置かせてもらう対価として、売り子を手伝うということになっているのだ。
「……ん?」
あるサークルに目が向かう。
そこでは『妹カワ』の同人誌が売られていた。
僕は摘まれている本のところへ行き話しかける。
「あの、読ませて頂いてもよろしいですか?」
「ダ、ダオシュ!? あ、いえ……ど、どうぞ」
一目でダオシュと分かるとは、この人も『ザ・テイルズ』ファンなのかもしれない。
手に取った本をパラパラと捲っていく。
うん。表紙の綺麗さにも目を惹かれましたが、中身も読み易く非常に丁寧な仕上がりになっていますね。これは買い……です。
「すみません、一冊ください」
「あ、はい。な、七百円になります」
僕は千円を出してお釣りをもらう。
「大切に読ませて頂きます。頑張ってください」
「! は、はい! ダオシュさんも頑張ってください!」
いえ、ダオシュという名前ではないのですが……。
僕は会釈をしてから別の本を探し歩いて行く。
そうして幾つか面白そうな本を購入した僕は、その足で室内から出て外へと向かう。
するとそこはコスプレエリアのようで、多くのコスプレイヤーがカメラ小僧と呼ばれる人たちに囲まれポーズを取っていた。