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「ダオシュ……ねぇ。見た目もそうだが、生き様もお前と似てるっぽいしな」
「似てないと思いますが」
「ま、お前はそう言うだろうな。ほら、さっさと出るぞ」
伏見くんの言葉に疑問を感じたものの、そそくさと出て行く彼を追っていく。
しばらく待っていると、女子更衣室から出てきた繭原さんたちが姿を見せる。
「へぇ、繭原はシリーズん中で唯一の眼鏡女子――アーシェか。なかなか似合ってんじゃねえか」
緑を基調としたミニスカート姿で、桃色のカツラを被っている。普段の彼女と一緒でおさげ髪だ。
「ふぇ、ふぇぇぇぇ……は、恥ずかしいでしゅぅ……!」
コスプレなど初めてなのだろう。気持ちは分かる。しかしすぐに僕の姿を見て繭原さんは唖然としてみせた。
「…………ふ、ふ、不々動……くん? 確かダオシュってキャラですよね?」
繭原さんは僕と伏見くんが『ザ・テイルズ』の話をして盛り上がっている時に、話に入れなかったことを悔やんだのか、あれからネットなどでいろいろ勉強したらしい。
当然有名なキャラは押さえており、ダオシュのことも知っている。
「す、凄いです……似てます」
「は、はぁ、ありがとうございます。繭原さんもアーシェ役、似合っていますよ」
「ほぇっ!? あ、あああああありがとうございましゅっ! そう言って頂けて嬉しいでしゅ!」
ペコペコをお辞儀をしてくるので、僕もまた同じように頭を下げる。
そこへ周りがざわざわとし始めていることに気づく。
見れば僕たちがサークル参加者たちの視線を浴びていた。
そこへさらに「おおー!」という声が響いたかと思ったが、その声はこちらに向かって歩いてくる一人の女性に向けられていたのである。
「!? ……多華町先輩」
腰まで伸びた赤髪をユラユラと揺らし、白銀の鎧と剣を携えこちらに向かって歩いてくる。
思わぬ息を呑んでしまうほどに、その威風堂々とした姿は絵になっていて誰もが感嘆の息を吐いていた。
男性も女性も頬を赤らめ、凛とした優美を持つ先輩に見惚れている。
「お、おお……先輩はシリーズで唯一の女主人公――オルテナか。めちゃ似合ってるっつーか、不々動のダオシュばりにそっくりだな」
確かにそうだ。絶世の美女とも名高いオルテナだが、その凛とした佇まいや在り方が先輩と酷似している。
まるでゲームの世界から飛び出してきたかのようなクオリティだ。
「あら、三人とも素敵じゃない。ただ不々動くんは、普段にも増して威圧感があるけれど……って、どうかしたの三人とも?」
多華町先輩は、僕たちが彼女に魅入られていることに不思議がって小首を傾げている。
「お、おいっ、どこのサークルだよアイツら!」
「すっげえクオリティ高え……!」
「コスプレ写真頼めば撮ってくれるかな?」
「素敵……ダオシュ様ぁ……じゅるり」
「俺はあのオルテナ様に踏まれたい……」
何人かおかしな人がいるが、他の人たちの注目をどんどん集めてしまっている。
このままでは騒ぎになりかねないので、その場を移動してサークルスペースへと戻って行く。
しかし当然行きがてらも注目を浴び、繭原さんなんかは顔を真っ赤にして僕の背に隠れるように歩いていた。
「んん? お、おおぉぉぉぉぉぉっ!? す、素晴らしいでござるよみんなっ!?」
僕たちを視界に捉えたもこ姉さんは、最上級に興奮しどこから取り出したか分からないカメラでシャッターを切りまくる。
カメラで思い出したが、ここに柴滝姉妹がいればきっと今のもこ姉さんみたいになるだろう。それこそ何百枚もの写真を撮るはずだ。
「あ、あのっ!」
もこ姉さんが落ち着くまで待っていると、僕の背後から誰かが声をかけてきた。
振り向くと二人の女性が立っている。
「えっと、自分……ですか?」
「は、はい! その衣装って『ファンタズム・ザ・テイルズ』のダオシュですよね!」
「そうですが……」
「良かったら一緒に写真を撮ってもらってもいいですか!」
「え……そ、それは……」
こういう時どう対応すればいいのだろうか。
プライベートなことなので断ればいいのか、それともサービスと割り切って許可を出せばいいのか。
もし断ってしまったら、もこ姉さんのサークルの評判にもヒビが入るのかもしれない。
こんな姿をしているのだから、ここは素直に彼女たちの要求の受け入れて上げる方が賢い選択か。
そう判断し、僕が了承すると彼女たちは嬉々とした感じで一人ずつ写真を撮り始めた。
加えて彼女たちからポーズまで要求されかなり恥ずかしかったが言うことに従う。
「「ありがとうございましたー!」」
良かった。たかが写真であそこまで満足してくれるなら受け入れた甲斐はあったかもしれない。
「ふ~ん、ずいぶんと楽しそうね不々動くん?」
「!? た、多華町先輩!?」
いつもより低い声で言われてビクッとしてしまう。見れば笑っているというのに、何故か雰囲気が怖い。何だか物凄く悪いことでもしたような気分になる。
「すみません、オルテナさん!」
「……へ?」
しかし今度は別の女性が多華町先輩に声をかけていた。
同じように写真をねだっていた。
自分までもその対象になるとは考えていなかったのか、目に見えて動揺する先輩。どうすればいいのか僕に視線を向けて助けを請うてくる。
「え、えっと……こういうお祭りの場でもありますし、先輩がよろしければ付き合ってあげてもよろしいのではないでしょうか?」
「そ、そうかしら? ……ええ、いいですよ」
「本当ですか! ありがとございます!」
周りも見回せば、伏見くんや繭原さんも同様に他の人たちと写真を撮っていた。
「あちゃ~、こりゃ思った以上に盛況になりそうでござるな」
「もこ姉さん……」
どうやら正気に戻って満足顔の彼女が苦笑を浮かべている。
「これは本番が始まったら、いつも以上に忙しくなりそうでござるかな」
「写真を撮るのを許可しましたが、そういうのもあり……なんですよね?」
「うむ。それは当人に任されてるでござるよ。無論強制するようなことは禁止されてる上、あまりにも騒ぎが広がれば運営が介入してくるでござるが」
その時は然るべき対応をすることを求められる。
「しかし開催前のこの人気ぶり。やはり拙者の目に狂いはなかったでござるな! ハーッハッハッハ!」
とてつもなく上機嫌のご様子。
すると僕にもまた写真をねだりにきた人たちがいたので一緒に撮った。
男の人たちはともかくとして、やはし女性と撮るのは些か緊張してしまう。必要以上に近づいてくるような人もいるのでなおさらだ。
そうこうしているうちについに開催時間が迫ってきた。
アナウンスが始まり、サークルの人たちの顔色も変わる。
気合を入れてお客さんを迎え入れるために顔を引き締めていた。
「よーし、皆の者! 売って売って売りまくるでござるよ! おーっ!」
「「「「おー!」」」」
こうして僕たちにとって初めてのコミケが始まった。