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 僕は昼休憩に入った直後、自分の弁当箱を持ってある場所へと向かった。

 そこは生徒会室であり、ここである人物と会う約束をしていたのである。

 ノックをすると部屋の奥から聞き慣れた声で入室の許可が聞こえた。


「失礼します」

「待っていたわよ、不々動くん」


 生徒会室はなかなかに広く、コの字型に置かれた長卓が中央に位置し、壁際には大量の資料が収められた棚がズラリと並んでいる。

 また隣にも部屋があり、そこはキッチンルームとなっていて冷蔵庫や調理器具などが置かれていた。

 そんな室内で僕を待っていてくれたのは生徒会長の多華町先輩である。


「すみません先輩、いきなり時間を取ってくれなどと」


 そう。実は昨日の夜、彼女にメールでアポイントメントを取っていたのである。

 ならば昼食を一緒にという彼女からの提案を受け、こうして会いにきたというわけだ。


「別にいいわ。先日のお礼も改めてしたかったもの。本当に助かったわ、ありがとう」

「いいえ。普段からお世話になっていますので」

「ふふ。ところで不々動くんが時間を取ってほしいというのは珍しいわね。何か深刻な問題でも起こったのかしら?」

「それが……実はですね――」


 僕は書籍化の話を彼女に伝えた。


「――というわけで、実際問題本当に僕などがプロの作家になっていいものかと……って、先輩?」


 見れば多華町先輩はまるで凍結の魔法を受けたかのように硬直していた。


「あ、あの……」


 何度か彼女が反応するまで呼びかけるが、いまだ彼女の時は凍ったまま。


 しかし次の瞬間――バンッ!


 突然多華町先輩は、テーブルを叩きつけて立ち上がった。


「お、お赤飯やっ!」

「へ? はい? あ、あの先輩?」

「えらいこっちゃやんか! 何でもっと早う言うてくれへんかったん不々動くん!」

「そ、それはその……すみません」


 それよりも彼女が明らかに興奮していることに僕は驚いていた。


「これはあれやね、もう大々的に宣伝せんと! お赤飯も炊いて、パーティの準備もして。あ、もちろんウチは読書用、保存用、布教用に買うから安心してな!」


 いや、そこまでしてもらわなくても。というか本当にその三種類で買う人いるんですね。


「せ、先輩はその……自分の作品が書籍化したら嬉しいん……ですか?」

「あったり前やんかっ! ウチは不動ゴローの一番のファンなんやで!」


 愚問だと言わんばかりに胸を張る多華町先輩。


「……あ、熱いですね先輩」

「へ? ……っ!? おほん。……少し取り乱し過ぎたわね、ごめんなさい」


 今更取り繕っても遅いと思うが、それについては言及はしないでおこう。


「先程も言った通り、私としては嬉しいわ。大好きな小説が書籍になるんだもの」

「そう、ですか……」

「あら、もしかしてあなたはあまり乗り気ではないの?」

「いえ。もちろん嬉しいです。ただ……まだ学生ということもあり、本当に自分などがプロとしてやっていけるのかと思うと……」


 前に言ったお爺ちゃんの言葉がやはり胸に突き刺さっている。

 責任という言葉が重く背にのしかかっているのだ。


「……そうね。確かに書籍化という言葉だけに浮かれていたけれど、それは多くの人が希望を込めて精一杯作ったもの。そして結果を出すべき商品でもあるわ」


 多華町先輩の言う通りだ。


「けれどね、今のあなたの発言だけは許容することはできないわ」

「え?」

「自分などが、って言ったでしょ。それはファンをも裏切る言葉よ」

「あ……」

「私は、いいえ、あなたの作品が更新されるのを心待ちにしている読者は、きっとあなたが作る文字が、キャラクターが、ストーリーが好きなはずよ。だからこそファンとして、書籍化という事実はとても嬉しい」

「あ、ありがとうございます」


 真っ直ぐこうして言われるとやはり照れ臭い。


「だからあなたを支えてくれているファンのためにも、自分を卑下したりしてはダメよ。傲慢になれとまでは言わないわ。ただ少なくともあなたを応援している者たちがこの世界のどこかに必ずいるということだけは覚えておいて」


 何故だろうか。何故彼女の言葉はこんなふうに心にスーッと入ってくるのだろうか。

 とても心地好く、それでいて熱くさせてくる。

 きっとそれは多華町先輩の嘘や偽りなど欠片もない本物の言葉だからだろう。


「……ありがとうございます。やはり先輩に相談して良かったです。あなたはいつも自分にとって必要な言葉をくれる。本当に感謝しています」

「ふふふ、当然よ。私はあなたの一番のファンだもの」


 思い起こせば『ハナハナ』としても彼女はこうだった。

 褒めてくれることもあれば、ちゃんと間違いを指摘してくれたり、こうすればもっと良くなるのではとアイデアも出してくれていた。

 妄信したイエスマンではなく、互いにもっと良い作品を作っていくようなパートナーのようだったのだ。


 だから僕は多華町先輩のことを信頼しているし、こうして何かに悩んだ時は彼女に相談をするようになった。


「まあでも本当におめでとう」

「あ、はい。ですがまだ書籍化できるかは分かりませんが」

「あなたはまだ自信ないの?」

「い、いいえ。ただその……詐欺の可能性もあるようなので」

「ああ……なるほど。もしそうなら言いなさい。その時は……ウチの全権を持ってその詐欺師を滅ぼしてやるさかい。フフフフフ」


 黒い。黒いです先輩。すっごく怖い笑みになってますよ。


「そういえばその編集者さんが来るのはいつなの?」

「今度の祝日です」

「ふぅん。じゃあ明日なのね。楽しみだわ。本当に書籍化できたらパーティでもしましょうね」


 自分のことのように喜んでくれる先輩を見て、僅かながらプロになる決意が固まりつつある。

 やはり先輩に頼って本当に良かった。今度何かお礼をしなければなりませんね。

 そうして僕たちは、小説の話で盛り上がりながら楽しい昼食を満喫した。



     ※



「むむぅ……どういうことよコレは!」


 アタシは今、生徒会室の扉の前まで来ていた。


 どうしてここまで来たかって?


 だってここに巨人くんが入っていくのを見たからよ。

 朝、彼に昼食を一緒にとるという話をした。

 まさかにべもなく断られるとは思わなかったけれど。

 今までの男子なら、それこそ大手を振って喜んだというのに。


 だってこれでもアイドルだし。声優だし。美少女だし。

 それなのに顔色一つ変えずにごめんなさいされた時は顎が外れるかと思ったわ。

 あれね、多分アタシに告白して振られた連中の気持ちはあんな感じなのね。


 あ、違うわよ。別にアタシは振られたわけじゃないし。ただ巨人くんには用があっただけだしね。

 でもその用事が問題なのよ。

 どうしても気になって昼食時に、教室から出て行く彼を尾行した。間違いなく〝先約〟と言っていた相手のところへ向かうのだろう。


 べ、別にストーカーとかじゃないからね。

 うぅ、アタシってばさっきから誰に言い訳してるのよもう……。


 それで巨人くんってば、どこに向かうのかと思ったら生徒会室だった。

 生徒会と巨人くん。あまり接点が無いように思えて不思議だったので、つい出来心で少しだけ扉を開けて中を確認してみたのだ。

 するとそこには巨人くんと、あの完璧無敵の生徒会長様がいたのである。


 えっ、どういうこと! 密会!? いや、巨人くんが何か危険なこととかして呼び出しを受けたの!?


 などなどいろいろ憶測が脳裏に浮かぶが、ここからでは会長の顔しか見えないのが残念。

 しかも二人の会話も聞き取り難い。

 ただ気になったのは、会長が楽し気な表情を浮かべていることである。

 外ではいつも毅然として女性の憧れのようなカッコ良い存在である会長が、まるで家族に接しているかのような柔和な笑みを浮かべているのだ。


 その表情を見て軽くショックを受けた。

 そんな顔、できるんだ……。


 恐らく他の生徒だって、この状況を見たらそう思うだろう。

 そしてそれが会長の素の表情だということも何となく分かった。

 また少し巨人くんの横顔が視界に映ったが、それもまた衝撃だった。

 何せハッキリとは笑っていないが、どこか温和で優し気な空気を巨人くんが表情に出していたように感じたからだ。


 へぇ、会長の前では、そんな雰囲気になるんだ。

 ……何よ、最強の先約じゃない。


 さすがに相手が彼女では反論もしにくい。

 男子だってアタシと会長のどっちを取るかというと、多くが会長を取ることだろう。

 やっぱ巨人くんもアタシなんかより会長かぁ。

 何だか普通過ぎてちょっとガッカリした。


 それと同時にあんな無表情無感情朴念仁の彼がアタシの前では一切表情を変えないのに、会長の前だけ雰囲気が緩むという事にムカっとしたのだ。

 そうよ。やっぱり巨人くんがあの子なわけないし。

 過去に経験した初恋の男の子。

 少しだけ巨人くんと被ったが、彼ではないと感情が決めつける。

 でもちゃんと確かめたい……という気持ちも湧く。


「…………はぁ。何してんだろ、アタシ。帰ろ」


 釈然としない気持ちを抱えたまま、アタシは自分の教室へと重い足取りで戻っていった。







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