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わがままは言いません!

作者: 絹ごし春雨

「つまらないわ」

シリーンは思わず呟いた。

「何かお持ちしましょうか?」

気を利かせた侍女の言葉に緩やかに首を振る。

そういうことではないのだ。


 シリーンは小国の第三王女だった。姉妹はとても仲が良く、そして国も小さかったため、召使いは最小限にして、身の回りの世話を自分たちでやっていた。

それが、隣の大国との友好を結ぶため、シリーンは17にして嫁ぐこととなった。


 シリーンの故郷は銀が取れるところだった。そして、幾つもの国と隣接していた。そこを襲ってしまえば、銀山こそ手に入るが、他の国々を敵に回すことになる。そのために、シリーンとの政略結婚を望まれたのだろう。


というのが、シリーンの考えだ。この国の王は過剰なほどに、シリーンを大事にしてくれた。真綿で包むという表現が正しいだろう。それによって、シリーンは退屈を持て余しているのだ。


「お姉様達は元気にしているかしら」

最近独り言が増えた気がする。

「お手紙を書かれますか?」

また、ゆるゆると首を振る。相手をしてくれるのは、侍女だけだ。9つばかり年の離れた王は、忙しいのかあまり姿を見せない。しかし、会えばシリーンを気にかける言葉を口にしてくれる。政略結婚としては十分すぎた。わがままを言ってはいけない。


 コツコツとした靴音を耳にしたのは、その時だった。規則正しいそれは、シリーンの部屋で止まる。ノックの後に彼は入って来た。

「やあ、我が妃殿はご機嫌いかがかな?」

「陛下。わざわざいらして下さり、ありがとうございます」


シリーンは礼を取りつつ、このやり取りは何度目だろうと思った。正直もう沢山だとも。

「陛下のおかげで何不自由なく暮らせております」

これは本心だった。

彼は優しそうに目を細めて、シリーンを見る。

 シリーンは胸が痛かった。彼は他ではどうか知らないが、シリーンに優しい。それでいて、会うのは決まって昼で、夜のお渡りが一度もないということは、きっとそういうことなのだ。


「陛下」

おそるおそる切り出す。この胸の内を言ってしまいたかった。

__あなた様は、私などいらないのではないのですか?

「なにかな」

「こんなに良くして下さっているのに、何もお返しできず、申し訳ありません」


シリーンは胸の内を悟られない、ギリギリの言葉を返す。

「遠慮などしなくていいのに。私は君と良い関係を築きたいと思っている」

__それは、どんな関係ですか? 利害? それ以外に何かあるのですか?


知らず、シリーンは、唇を噛み締めていたらしい。

王の顔が驚いたものに変わる。

「シリーン、私は、君に何かしてしまっただろうか?」

__何もしていない。それが、問題なのだ。


「……姉様なら、良かったのですか?」

シリーンは、こらえきれず、知らず口にするはずのなかった言葉を紡いでいた。

「姉様なら、陛下のお役に立てたのでしょうか?」

「シリーン?」


 こんな風に彼の前で感情を表すのは初めてだったかもしれない。

「必要ないなら、離縁して下さいませ。友好関係なら私の方からよくよく言っておきます。このままでは私は気が狂ってしまいそうです」


 シリーンは、切ない瞳で王を見つめた。涙で視界が潤み、王の輪郭がぼやける。シリーンは、この優しい王のことが、いつの間にか好きになっていた。真面目で勤勉で、一度執務室にこもると、めっきり姿を見なくなること。それでも、出てくると疲れているであろうのに、シリーンを気にかけてくれること。他にも、気の利いた小物を送ってくれたり、そういうことを知って、好きな気持ちが膨らんでいき、もう耐えられなそうだった。


 王は、しばらくシリーンを驚いたように見つめていたが、悲しげに言った。

「私たちの関係は、もう修復できないのだろうか?」

シリーンはこう答えた。

「あなた様のその手で私に触れられるのなら」


王はあっけにとられたようだった。

「シリーン?」

「お飾りの妃など、今後不要になるでしょう。この国で良くしていただいたことは忘れません。ですが、私はあなた様をお慕いしております。あなた様には、心の通い合った方と幸せになっていただきたいと……」


 これ以上は言葉にならなかった。涙が後から後からあふれてくる。

耐えきれずに、失礼とは思いながら後ろを向こうとした時だった。

ぐいっと身体を強く抱き込まれたのは。

「陛下?」

「私は、君に寂しい思いをさせてしまったらしい」

すまなかった、と耳元で謝られる。

いいえ、とシリーンは首を振りつつ、彼は優しいから、シリーンのお願いに答えてくれているだけなのでは?と思っていた。


 彼は、シリーンの目元に口付けた。涙を止めるような仕草だった。

シリーンは胸が詰まり、余計に雫がこぼれそうになる。

彼は言った。言い訳をさせてほしい、と。


「君は、私のくせを知っているかな?」

くせでございますか?」

彼は頷いた。

「私には悪い癖があってね。夢中になると三日三晩のめり込んでしまうんだ。よく、執務室から出てこなくなるだろう?」

シリーンは頷く。そう言えば、彼の姿を見なくなるのは、そんな感じだったかもしれない。


「君に触れたら、止まらなくなってしまうから、自制していたのだけどね」


__君が望むなら。


と彼は言った。言葉とともに口付けが降ってくる。意味を理解し、シリーンの顔は真っ赤に染まる。ちょっと、待って欲しかった。


「陛下?」

ちょっとお待ちをという声は、口付けで遮られる。

「すまない。私は一度夢中になると止められないんだ。観念してほしい」

ああそれと、と彼は続けた。


__私も君が好きだよ。


グラグラとする頭でその言葉を理解する。もう、逃げられない。



 三日三晩たって、やっと解放されたシリーンは、ぐったりしながら思った。

この国を傾けないために、もう絶対わがままは言わない、と。


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