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Mellow-刀ひとつ、武人が歩む魔法の国-  作者: 飯田倉和
武人来訪編
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第4話「魔剣サムライソード」

―――――其れは、東洋に浮かぶ小さな島国に伝わりし武器―――――


この世に存在している数多の近接武器、主に対人戦闘においての殆どを凌駕し、頂点に君臨し続ける文字通り「最強の(つるぎ)」。

「鋼の芸術」と(うた)われたその剣は、ただ単に鉄を研磨して作られた訳ではない。

何代にも渡って熟練した専門の職人『刀匠』が、一本に何時間・何十時間と熱しては叩いて冷まし、熱しては叩いて冷まし、熱しては叩いて冷まし・・・。そうして生まれたのが、粘りが強く、そして何層にも重なった「鉄」よりも強靭な「(はがね)」。


職人の魂ともいえる技術で生まれた鋼に、更に刃という魂が宿った剣はただ強く、ありとあらゆる人・鎧・武器・物を一刀両断していったと云われている。

その化け物じみた切れ味そして強度、だが扱っている者がまるで自分の手足のように軽々と扱う様から、魔法でのし上がってきただけのこの国ではこう呼ばれていた。




―――『魔剣』サムライソード―――




アメリアからどっと脂汗のようなものが滲み出る。


―――知っている。彼女はあの剣を嫌というほど知っている。

かつて数年前までこの学園に居た最強の武人、コンゴウ・アザイが使用していたものが「魔剣」と呼ばれていた。そしてミカヅチの持っているものも同じだろう。

心なしかコンゴウの持っていたものとは短いとは感じているが、本能が直感していた。あの中に入っている刃は紛れもなくサムライソードそのものであると。

剣術訓練にて何度も何度も叩き伏せられてきた、ただの一度も勝つことができなかった剣。


コンゴウ・アザイ。そして、ミカヅチ・アザイ。

ミカヅチの名前を見た初めは「まさか」とも思っていたアメリアだが、ここまできて偶然で片付けていいほど馬鹿ではない。彼は正真正銘、あのコンゴウの息子である。


「ようやく『本番(イーブン)』だアメリア。今まで無様な試合を見せて申し訳なかった」


サムライソードが納まった鞘を腰のベルトに通したミカヅチは、深呼吸をするようにゆっくりと抜刀していく。

徐々に全貌を現していく刀身は不気味なほど綺麗に光っており、その面に映し出される波のような刃紋を見るたびに重圧がのしかかってくるように感じた。いや、感じている。

弓張り月のように美しい刀身のすべてを晒したサムライドーソをどっしりと構えたミカヅチといえば、笑っている。笑顔というよりも単に口元は釣り上がっているだけ、それでも笑っていることに変わりはない。

まるでこれから起きること、ようやく自分も本気が出せるということが楽しみで仕方ないともいえるその笑みに、アメリアはここで初めて目の前の男の存在に恐怖を覚えた。

しかしアメリアは思わず、強張った顔から無理やり笑いを引き出した。


「それでそこです・・・。相手に不足はありませんッ!」


まるで自分を奮い立たせんとばかりに叫び、飛び出したアメリア。

・・・・・だか飛び出した先には、誰もいなかった。


―――――いや違う。同時だ。

本当に動いたのは二人同時だったのだ。だが明らかに状況が違う。

気合を入れて飛び出したアメリアの背後には、既にミカヅチが居た。10メートル近く離れていたものを一瞬で背後に回る。この速度はまさに・・・。


「あ、アクセルエッジ!?」


「いやもっと速い!アクセルではあの距離だと懐に潜り込むのが精一杯だ」


ハーネルはもとい、アルバートにも驚きの色は隠せなかった。

学園の中でも扱える人間が限られる踏み込みの技術「アクセルエッジ」。

強靭な脚力とつま先から伝うエネルギーから生み出される高速の跳躍力は、近接屋にとっては華のようなスキルであり、使用ができれば一流に近い近接屋とも称される。

しかしアメリアは、事実まだアクセルエッジを修得できていなかった。


「シェァアッ!」


まぐれにも似たレベルでの直感で背後のミカヅチを捉えたアメリアは、踏み込みと同時に身体を後ろに捻りレイピアを突き出した。

すでに振りかざしていたミカヅチの刃に偶然ヒットするも、当然の如くパワーで上回った刀がレイピアを跳ね除けると、次の瞬間には首元に一閃を放っていた。・・・が。


ミカヅチは首を獲らず虚空へと刀を振り上げた。

そしてその切っ先には何か球状のものを捉える。それは光の弾。

アメリアの誘導弾が逆にミカヅチを捉えようとしていたのだ。しかしそれに気づいたミカヅチがそれを阻止、カウンターの一撃を与えられぬままで、そのまま誘導弾を串刺しにした。


「飛び出す際に一発上に撃ってたヤツだな?よく考えたものだ」


「流石ですね・・・そこまで見ていたなんて。・・・一体どんな動体視力してるんですか?」


「・・・先生、速過ぎて全ッ然見えねぇ」


(能力を過小評価していたかもしれん。Aランクのアメリアに一撃も与えさせないとはな・・・)


だが試験が始まってからというもの、ミカヅチは未だに自分から仕掛ける事をしていない事にアルバートは気づく。

アメリアの魔法を防ぎながら、どちらかといえば彼もカウンター狙いなのではないかと予測するが、あれだけ卓越しした技術を持っているなら別に反撃狙いでなくても良いのではないかと少し思ったりする。

現にアメリアには疲労の色が濃く見え始めているものの、対するミカヅチは呼吸ひとつ乱れていなかった。


アメリアの撃つ魔力弾を冷静に回避していくが、アメリアには一つ疑問があった。


(空間把握力が高いから回避能力が凄いのもそうだけど・・・やっぱり)


「ミカヅチさん。自分も魔法を使用しなければ、魔法系の測定をさせてくれませんよ?」


そう、試験が始まってからまだミカヅチの魔法を見ていない。

試験項目に「魔力値」や「魔法戦」がある以上使わなければ評価は最低になってしまい、他の項目の足を引っ張ってしまう結果になる。今でも十分高評価はつくかもしれないが、トータルバランスで考えると結局B止まりとなってしまうのではないだろうか。

「そういえばそうだったな」と一息つきながら言うミカヅチは、特に気にする素振りもなく納刀し、抜刀術の構えを取る。


「魔法・・・ね。」


そう呟いた瞬間、ミカヅチを中心に周辺の空気が一層重みを増した。

ビリビリするような鋭い気迫がアメリアに襲い掛かり、息苦しささえも覚えてしまうほどドッと体そのものが重たくなる。

異常なまでの何かを察知し慌てて構え直すアメリアだったが、思うように動いてくれない。

明らかに震えている。目の前の男から放たれるこの重圧が、空気だけで四肢の感覚を奪ってしまった。

本当にコンゴウと同じだ。かつての生徒たちも、サムライソードを握ったコンゴウを前に動けなくなるものが多数だったのだ。


――――だが、アメリアはそれを糧に鍛錬を続けてきた。

いつかコンゴウに勝つため、武器戦闘で届かないのであれば得意の魔法を最大限に活かす。それが学生唯一の騎士称号、「光の騎士」アメリア・L・エリダンヌだろう!


「意地でも貴方と魔法戦をさせて頂きます!」


「アメリアが魔方陣を使った!?ここにきて殲滅系魔法を使う気か!」


「出たな本気モード・・・!今の今まであいつも魔法だけは手を抜いて魔力溜めてたな?ビッグウェーブのように押し寄せる無尽蔵の魔力で一気に畳み掛ける気か。ミカヅチを捉えるには何発使う気だ?」


「はァああああああああああァァァッ!!!」


アメリアの咆哮と共に足元に展開された魔方陣から、眩い光と共に夥しい量の魔力が放出されていく。その物量は、ミカヅチの放っている重圧をも押しのけてしまうのではないかというくらいに。

自身を中心に光の弾が次々と形成されていく。先ほどまで撃っていたものとは明らかに質が違う。いや、大きさは変わらない。変わるとするなら、密度が違う。一発一発に込められている魔力が、まるで質量兵器のように詰め込まれていた。その総弾数は9発。


だが、「光の騎士」はそれだけでは留まらなかった。


支配下(ハリナス)幻術(・イルジオ)


一瞬誰もが目の錯覚かと思えただろう。しかし違う、全員が見えている。

レイピアの先を魔方陣の中心に突き刺す度にアメリアそのものが、増えている。何度も、何度も、何度も切っ先が魔方陣を刺すごとに一人、二人、三人と増殖を繰り返していった。


「なんだぁありゃ・・・」


「エリダンヌの家系だけが持つレアスキル『ルキウスの無限光』はランクSで片付けられるほど底の限られたスキルじゃない。一人の魔力量だけでも並の魔法使いの数十倍は軽く超えるんだ。彼女に魔法戦を挑むのはあまりに無謀だというのは学園でも周知の事実・・・。」


「にしたって何だってミカヅチは動く気配がねぇんだ?まさかあんなもん見せられて真正面から受け止める気じゃねぇだろうな・・・!?」


そしてアメリアの分身が終わった。


「じ、10人!?」


亜音速(あおんそく)級の多弾殻魔力弾が90発か・・・」


アルバートが手に持っている簡易シミュレートモニターを確認すると、アメリアの周囲だけ明らかに色が違う。尋常ではない魔力が集中しておりレッドラインなんてものはとうの昔に過ぎて警告がずっと表示されているレベルだった。

だがその反面、ミカヅチの周りには魔力の展開ひとつ見当たらない。

何故だ?あの物量を凌ぐ策でもあるというのだろうか。あのレベルの超々高等魔法はアルバートですら防ぎきれる気がしないというのに。


その瞬間、ミカヅチの取り巻く重圧が異常なほど強くなる。

本来ぶつけられているハズのない観衆はもとい、アルバートにすら降り注ぐほどに。なんだ、なんなのだこの重厚な戦車に踏みつけられるような圧迫感は・・・。


――――なんなのだその不気味なまでに青白く光る眼は。



「天空の使者よ・・・罪深き彼の者を裁き、安らかな眠りを・・・。

安息を求め『(せい)』と『(せい)』の狭間を彷徨うことを許し、無限の光に魂を捧げよ・・・」



アメリアも分かっている。彼は絶対に何かをやらかすと。

この重さはハッタリなんかではない。それは彼の父親であるコンゴウも同じだった。サムライソードを握るもの、小手先の技術だけで生きてきたわけではなく、常に最前を切り抜いてきた猛者(もさ)である。

動悸を落ち着かせるように詠唱を口ずさんだアメリアは、カッと目を見開き


「勝負ッ!『キャット・オブ・ナインテイル』ッッ!!!」


10人のアメリアが纏う全ての弾が、一斉に放たれた。

「キャット・オブ・ナインテイル」。それは現代にて「バラ鞭」とも称される拷問器具の一つであり、柄に9本かそれ以上の革紐が取り付けられ、一振りで何本もの傷をつけることが可能である。

実物では房が多い分一本一本の威力が低く戦闘にはまったく向かないものであるが、アメリアが使うのは自身の「奥義」といっても過言ではない。

限界ギリギリまで圧縮させた魔力弾を亜音速で撃ちだし、その鞭のように連続ではなくいっぺんに、そして前・後ろ・横・上・下、縦横無尽の場所から相手へと繰り出される回避不可能の魔法。

そして撃ちだしたのは一人ではなく10人。90発の弾丸が一斉にミカヅチを取り囲み、一網打尽にする。


「これで・・・決まりッ!」


――――彼女が勝利を確信した刹那。




「ケぇェエりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃyりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃえェえええぇりゃァァァッ!!!!!」




・・・一瞬。一瞬のことだった。


それが起こった時、何が起こったのかサッパリわからなかった。

起きた事を完全に理解したのは、自分が撃ちだした弾丸の最後の一発が弾けて、爆風が晴れた時。時間にして10秒近くだろうか。ミカヅチの怒号のようなものが聞こえてから、撃った先は魔力爆風に包まれてしまったからだ


―――――だが、理解してしまった。

霧が晴れた先に、サムライソードを振りぬいた姿をしたミカヅチを見てしまった以上、何をされたのかは一目瞭然だった。


「ウソだろ・・・おい」


「ダメージ判定・・・・・ゼロ!」


「そん・・・な・・・」


亜音速で一斉に発射した超圧縮の魔力弾。

その総数90発を、ひとつ残らず斬り払ってしまったというのか。

ありえない。普通に考えて、そんなことはありえない。

抜いたサムライソードを媒体に、超強力なシールドを全体に展開したのか。同じ条件の魔力弾を瞬時に生成し相殺したのか。いや、いずれにせよアメリアクラス以上の魔法使いのみができるような技術だ。


だったらなんで、男は傷一つ付いてないのか。

出された答えはただ一つ


「ありえねぇ・・・。サムライソードでの捌きだけで全部叩き落としやがった・・・」


ハーネルの呟きが聞こえてしまったアメリアは、脳髄に電流が走るような感覚に襲われた。

自分の放てる最高の魔法攻撃。「光の騎士」としてクラスAを維持し続けてきた彼女の最高峰の技が、一切通用しなかった。父親と同じで、その息子である彼にすら。

カラン・・・と自分の足元に金属のようなものが落ちる感触があった。落ちたものは、自分の使っていたレイピアだった


攻撃が通用しなかったからあまりの虚無感に手の力を失ってしまったのだろうか。

戦いの最中に自分の獲物を手放すとは何事だろうか。そう思ったアメリアは落ちたレイピアを拾って試験を続行


・・・させたかったのに、アメリアは動くことすらできなかった。

刹那の隙をついて既にアメリアの目の前に立っていたミカヅチの切っ先が、首元に添えられていたのだから。

冷や汗の流れるアメリアを見て、ミカヅチは静かに口を開いた


「ジパングの人間はな・・・殆どが魔力を持たん。だから俺も、魔法なんて使えないんだよ」


「魔力がないから魔法が使えない」。そんなあまりに単純すぎる理由で魔法戦をしなかった彼に、心底恐怖した。

だとしたら彼はここまで辿り着くのにどれだけの研鑽を積んできたのか。魔法が一番栄えているこの国で、彼の家系は魔法も使わずサムライソード一本で生きていくというのか。

真似できるわけがない。だが彼はやってのけた。自分自身の目でそれを目撃してしまっては、言うことはこれしかなかった。


「・・・・・完敗です。」


「勝負あり!これにて実技試験終了!」


アメリアは学園に来て初めて、同級生との戦闘で黒星を付けた。

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