第3話「光の騎士」
王立学園、魔法戦技科。
中等部から継がれる普通科の通常教養カリキュラムに、更に魔獣防衛戦等といったより実戦的な戦闘訓練を組み入れた高等部専用のクラスである。
アトランティスには王国空戦軍と王国陸戦軍といった二つの軍が存在しており、毎年学園の魔法戦技科卒業生の約半分がいずれかの軍へ就職していく。だが決して卒業後は軍属にならなければ魔法戦闘などを行うことができないという訳ではなく、王国軍はどちらかといえば学園外で勃発される民間相手・王立施設相手の魔獣防衛戦での指揮を執ったりという役割もあり、民間の研究施設や魔法兵団と連携を執って遺跡の調査に繰り出すこともある。
魔法戦技科は学園で起きる魔獣防衛戦を主軸に、対人の戦闘訓練も行う。
そこで存在するのが、学園内のランクシステムである。
「さて、ミカヅチも新たに加わり・・・お前らも2年になった。ということで、改めてこの学園でのランクシステムについて説明しておく」
アルバートがホワイトボードにサラサラと書いていく。
ランクシステムとは、各々の戦闘能力に対して半年に一度更新される格付けであり、AからCの三段階に分かれている。
ランクに直接関わってくる能力として、「魔力値」「近距離戦」「中距離戦」「長距離戦」「物理戦」「魔法戦」、として「指揮能力」と細かく部類されており、当然まんべんなく評価が高ければランクは高いが、ある項目に超特化されており他の劣った項目を補うレベルまで来ていれば、それもランクが上がるものとなっている。要はトータルの平均値で点数が決まっていくのだ。
Aランクは1クラスに大体5人ほど居れば多いほうで、ほとんどがBランク止まりとなっている。逆にCランクといえばほぼ戦闘に向いていないエンジニアといった人間が多く、ランクが高い順から防衛戦等の出撃回数が優遇される。
「ランク」とはあるが決して「ランキング」ではないので、AランクはAランク、BランクはBランク、Cランク以下略と基本的にひとまとめとなっている。強いて言うならその中でも「指揮能力」が高ければ、ランク内の人間をまとめることができる。
「去年からいた皆は一応暫定のランクがあり、新年度が始まる今がちょうど更新時期だ。そしてミカヅチも今日行う実技試験にてランクが決定される。といってもあと年が明けるまでのだけどな、試験は2時間後にA級訓練施設で行う」
「A級?」
「まぁざっくばらんに言えば一番設備と広さのいい施設だ。フィールドが狭くて実力を出せませんでしたなんて中等部みてぇな言い訳ができないようにな」
たしかにそうだ。ミカヅチはまだ資料だけの閲覧で実物を拝んでいないので何も言えないが、学園の資料で見た限りでは一番小さい規模の施設でもテニスコートクラスの広さが数個ある。
一番広いとなるとそれは陸上競技場やサッカーコートともいえるらしい。それに何より対魔法フィールドというものを張ることができ、外部に魔力攻撃が漏れてしまうのを防げるとか。
そしてそのフィールドに入れば自分の装備には特殊な魔力膜が施され、実際の戦闘で使用する刃のついた武器などでも相手に直接的なダメージを負わせることがないそうだ。
(いやはや、改めて考えると凄い技術だわな・・・。まぁこの場合有り難いんだが。)
鍛錬ですらも死と隣り合わせで歩んできたミカヅチにとっては少々気の抜けそうな訓練だが、この国はジパングと違い人と人との殺め合いというものはあまり起こらない。
ましてや学生の身分ともなればそんなことさせたくないというのが学園側の判断だろう。
問題なのは戦う相手がどういう人間か、である。
ゴリゴリの魔法戦特化だと少々骨が折れそうな気もするが、試験というくらいだからもしかするとアルバートと戦えるのかもしれない。そんな風に考えていると―――
「試験は当然対人戦闘となる。俺は試験監督を務めるので、このクラスの中から人選させてもらった。・・・ということで、アメリア。」
「はい」
「事前に連絡していた通り、お前にエネミーをやってもらうぞ?」
クラス内が一気にどよめいた。
王国の姫君であるアメリアと戦うというのか?
おそらく他の連中も思っていることは同じかと思ったが、少し周囲を気にしてみると「彼女が最適任だろうな」とか「転校生のお手並み拝見といこう」といった、逆にミカヅチ自身を心配する声が聞こえてきたような気がした
「いいかミカヅチ?アメリアは1年の最初からから常にAランクを維持し続ける云わば筆頭。攻守頭脳すべてにおいて高水準を叩き出すスーパーオールラウンダーだ。本人の前で言うのも何だが、俺と他の教師数名を除いて同学年じゃほぼ無双できるくらいにな。」
「日ごろの訓練の賜物ですよ、先生」
「はっはっは!まぁこう考えるとわかりやすいだろ。アメリアと同じレベルの戦闘力か、敗北したとしても善戦できるようならばAランクの評価の可能性がある。逆に手も足も出ない無様な状況になればそれ以下に落ちるというわけだ。」
(成る程ね、相手にとって不足なし。ということか・・・、しかしまさかアメリアがそこまでできる人間だったとはねぇ)
人間外側だけではわからないものだ。容姿端麗でAランクの筆頭ともなればほぼ完璧超人みたいなものではないか。天は二物を与えてしまったというわけだ。
久々に全力を出せる気がし、ミカヅチは自然と口端が釣り上がっているのに気づいた。それを見たアルバートは満足そうに頷き、LHRは終了した。
「で、旦那。どーよ勝算のほうは?」
「ん?」
「見た目お前もそれなりに腕は立つんだろ?もう既に戦術組み立ててるんじゃねぇのか?」
休み時間になると、突然前に座っていた男が振り返ってきた。
ストレートパーマのようにシュッと伸びた群青色にも近い髪をもつ男は、東洋人である転校生のミカヅチにも物怖じしない感じで話しかけてくる。
躊躇われるよりははるかに有り難い事だ。それに当の本人はアメリアとミカヅチの勝負を楽しみにしているのだろう、垂れ気味の目は明らかに好奇心の色が見える。
「旦那って・・・ハーネルさん、その目はまたクラスで賭け事でもやる気です?」
「中々に面白そうだと思わねぇか?まぁぶっちゃけ転校生ってだけでもオレ達にゃ十分面白い出来事だけどよ。王国人以外と戦うなんざ他国間の戦でも起きない限り滅多に無いんだしよ?」
「分からなくはないですけど・・・」
「俺は純粋に楽しみではあるがな。自国の人間以外と戦えるのは」
少しだけ戸惑うアメリアに向けて言うと、ハーネルは嬉しそうに肩を叩く
「だっはっはっは!そうだろうそうだろう?男ってのはやっぱそうこねぇとな!気に入ったぜ、俺はハーネル。ハーネル・レッドホークだ、よろしく頼むぜミカヅチ」
「あぁ、よろしく頼む」
机の上で硬い握手を交わすと、アメリアも諦めたように笑う。
これも青春のうちというものなんだろうか。ジパングの学校でも周りは似たようなものだったが、幾分孤立気味だったミカヅチにとっては自分に興味をもたれるのはなんとも新鮮な体験である。
ハーネルとアメリアがなんとも気さくに話かけてくれるものだから、少し遠慮気味だった周りの生徒も、少しずつだが会話の輪に溶け込んでいってくれるような気がした。
そしていよいよ実技試験開始直前まで来たのだが・・・
「監査長すぎだろ・・・。」
「そりゃ参ったな。施設の使用時間はキッチリ申請制だから、届くまで試験時間ズラすって事できねぇんだよなぁー」
「仕方ねぇ、なんか貸し出しでもしてくれんかね?」
「ミカヅチ君、先生がとりあえず武器庫にある装備を使っていいって」
クラスメイトが駆け寄ってきて鍵を渡してきたので、ハーネルと共に武器庫を調べる。
キッチリと並べられた数々の武器を眺めていくと、ショートソード、ブロードソード、バスターソード、ブレード、ランス、メイス、ナックル、ありとあらゆるニーズに対応した武器が揃っていた。
どれもしっかりと管理が行き届いており、錆ひとつ見当たらない。一個一個が芸術品として展示されているようだ。
ミカヅチは手ごろな装備を、ひとつひとつ指で弾いて音を聞いていくと・・・
「・・・使っているのは鉄と貴金属だけじゃない?」
「おぉ?音だけでよく分かったな。この国には鉄鉱石の他に魔鉱石が採掘されるんだよ。名前くらいなら聞いたことあるだろ?鉄鉱石はよく掘れるがなにぶん輸入モンに比べたら質が悪くてな、基本的な武器には鉄鉱石8割、魔鉱石2割って混ぜた鉱物で作られてんだ」
「魔鉱石ってことは・・・」
「あぁ、鉄のつなぎにしてるのももちろんだが、魔力の伝導率を高める効果もある」
そうだ、この国は魔法あっての戦いなのだから、武器にも当然そういう効果が施されている。
そしてそういう効果がある以上、ミカヅチには使うことができないのだ。
『魔導斬』を扱うということは、そういうことだから・・・
「ん?これは・・・」
ミカヅチが少し奥へ行くと、見たことのあるものを発見した。
他の武器とは違い、細長く湾曲した鞘。片手で持つ事を前提とされたであろう短い柄と手を守るためのガード。ジパングではこう呼ばれている
「ほぉ、西洋刀か」
鞘から抜き取って刀身を眺める。これはいい。
というより、これ以外に特性が似ていて扱えそうなものが見当たらない。刀身を指で弾いて分かった。これには魔鉱石が使われていない、純粋に鉄鉱石と貴金属のみで作られた武器だ
「いいのかよ?それ式典とかで使うようなもんだからただの鉄だぞ?」
「ないよりマシで構わん。どの道どれ使おうが全力を出し切れない気がするからな、それなら少しでも似ているものを選ぶさ」
パチンと鞘に納め、武器庫を出て行った。
予想通りの広さを誇る訓練施設の真ん中では、既にアメリア達が待機していた。入念に準備運動をしながらアメリアはアルバートと何か打ち合わせをしているのだろう。
ハーネルに聞かされたアメリアの二つ名「光の騎士」。
アメリアには王家の証でもある「光」の魔力資質が備わっており、その魔力値も国全体で見てもトップクラスの量を誇るS評価。死角のない魔法攻撃を幾度も繰り返すことができる彼女は、試験のエネミーだったとしても手を抜くつもりは一切なさそうだ。教室に居る時の柔らかな面構えとは全く違う。
「・・・驚きました。その肉体ですから、てっきりブレードなど大型の武器だろうと思っていたのですが」
「扱えなくもないが、俺にはこれくらいの長さが一番しっくり来るんだよ」
(やはり血は争えない、という事ですか・・・)
アルバートがレギュレーションの説明に入る。
1ラウンドのみ無制限のバトル。相手の戦闘不能か降参で勝利。魔法・物理共に弾数宣言なし、ペナルティエリアなし。とどのつまりどんな手段をもっても相手を潰してしまえばそれでOKということになる。なんともわかりやすいルールだ。
ただフィールドの防護効果で魔力ダメージなどは直接肉体には影響せず、殴られて骨が折れるということもない。
お互いの距離が30メートルになった所で、ミカヅチは西洋刀を腰に挿し込んだ
「適正実技試験。・・・一本勝負、開始ッ!」
アルバートの号令と共に防護フィールドが展開される。
瞬間、先に動き始めたのはアメリアの方だった。無詠唱で展開された光の弾が数発ミカヅチの足元に撃ち込まれる。
―――速い。僅かカンマ数秒で撃ち込まれた魔力弾。クラスの誰もがそう思っていたが、どうやら当の本人達は少し違ったようだ。ミカヅチはその場からほんの数ミリも動いてはいなかった。最初から牽制弾だということを呼んでいたのだろう。
アメリアも察した。大体の人間なら今の牽制弾を狙ってきたものだと思い込んで後ろに下がって迎撃態勢に入ったり、焦ったまま飛び出して反撃しようとするものだが、一歩も動かなかったのだ。単に動けなかったのではない、動く必要がなかった。
(できる・・・)
アメリアの頭の中では既にミカヅチがそこいらの人間ではないということを悟った。これはこちらも少々本気を出さないと逆に痛い目を見そうだということに。
ならば先手必勝。バックステップで更に距離を取りながら、身体の周りに魔力を展開させていく。圧縮された魔力がレイピアを通して、ミカヅチに向けて突きつけた
「ここからが本番です!『シャイニングアロー』ッ!!!」
叫んだ瞬間、レイピアから次々と光の矢が撃ち出される。
文字通りの「光矢」が弧を描き、先ほどの牽制弾とは比べ物にならない速度で標的に向かっていくと、ここでミカヅチは初めて動き始める。しかしミカヅチは避けるという動作をするわけではなく、ずんと腰を落として溜めてある西洋刀を握った
「せぇあァッ!」
キンッ!と抜刀時に耳に障る金属音をかき鳴らした西洋刀は、瞬く間にアメリアの矢を叩き落とした。何本もあった矢は、光の塵と化すように無残にも砕け散っていく。
「避けられはすれど、まさか切り払われるとは思ってもみなかっただろう。」
驚いた表情をしたアメリアはすぐに表情を戻し次の矢を打ち放つ。今度はもっとトリッキーに、誘導弾を交えて先ほどの倍近い弾数を撃った
対するミカヅチはそのフェイクにもまったく動じることなく矢と誘導弾を次々と斬り払っていくが、どうにも先ほどからミカヅチの中で違和感を感じる。
違和感の正体は紛れもなく現在使っている西洋刀。普段愛用している刀よりも反りが深いせいか、思うように鞘から滑ってくれないので、本人としてはワンテンポ遅れているといった感触が付きまとい、それが違和感として現れる。
それに片手で使用することが前提となっている柄の短さが、どうも腕の振り回しだけで使うものだと言われているようで両手で使った時のような切り替えしの回転を遅れさせているのだ。
もちろん周りから見ればそんなことはまったく分からないレベルの速度で行われている事なので。本当に本人だけにしかわからない辛みとなっていた。
(ウソでしょ・・・当たらない!?)
(似てるとはいえやっぱり使いにくいな。まだ素手のほうがマシかもしれん・・・!)
軽く舌打ちをしたミカヅチが初めてその場から動く。
このまま砲撃を防ぐだけではそれこそ単に武器を使い潰すこととなってしまう。中距離戦から一気に近距離戦にシフトさせなければならない。
地を弾く甲高い音が鳴り響くと、ミカヅチが空中に跳び上がる。そしてそのまま腰から抜いた鞘を思いっきり振りぬくと、ブーメランのように車輪で弧を描きながらにアメリアへ飛んでいく。不意を突かれたアメリアは惜しくも離脱して直撃は免れ、チャンスといわんばかりに空中に跳びあがったままのミカヅチに矢を放った。―――が
「っるァ!」
「・・・なっ!?」
上空でまともに身体の軌道を動かすことすら適わないと思っていたハズのミカヅチは、下半身をねじるように半ば強引に軌道を変え、アメリアの撃った矢を足で受け止める。
足の裏で弾いた衝撃を利用して後方に宙返りしたミカヅチは、難なく着地をして再び剣を構え直した。
瞬きする暇さえ与えない攻防を前に、ハーネルが口をあんぐりとさせていた。
「すっっっげぇなミカヅチ・・・!借り物の武器でハンデになっているハズだってのに、あのアメリアの攻撃をまだ一発も貰ってねぇ!」
「それに魔力を使った気配がない・・・。まさか生身の身体能力だけで凌いだのか?」
「よくサーベルであんな使い方ができるな。普通の人があんなことしたら直ぐに刀身が砕け散っちゃうよな」
ハーネルをはじめとしたギャラリーが次々とどよめくのを他所に、ミカヅチはアメリアの砲撃を防ぎながらも徐々に距離を縮めていく。
一歩、また一歩と確実にアメリアとの距離は詰まっていった。―――が。
パキィィンッ―――!
「・・・チィッ!」
折れた。アメリアの矢を受け続けた西洋刀は、粉々に砕け散ってしまったのだ。
ミカヅチはむしろ折れることは承知だった。が、それでも折れさせないよう様々な工夫で延命をしていた、それもアメリアの猛攻に耐え切ることはできなかった。
西洋刀が折れたことに気づいたアメリアは、一度攻撃をやめ
「・・・どうしましょうか?」
「続行だ。たった先ほどミカヅチの武器が届いた。これで試験は全てがイーブンになる」
短くなった刀身を見て、ミカヅチは西洋刀を投げ捨てる。
そしてアルバートのほうへ振り向くと、視線につられたアメリアは、アルバートが何か布の棒を持っている事に気がついた。1メートル近くといった短いもの、アメリアは嫌な予感がした。
アルバートが布を纏った棒を投げると、ミカヅチは口端を吊り上げてそれを受け取る。
短く細い剣となると、ミカヅチは高機動型の近接戦タイプなのかもしれない。アメリアは自分の握るレイピアを見てから、キッとした目でミカヅチを見た。
しかしその凛とした目は、ミカヅチの持つ武器を視界に捉えた瞬間、驚愕のものへと変わっていった。そしてそれは、周りの人間たちも同様だった。
「ウソだろ・・・おい」
「ま・・・『魔剣』だ・・・間違いない・・・!」
「やはり、あの『アザイ』という名は・・・」
途端、一気にその場の空気が重たくなった気がした。
アメリアやアルバートですら、頬に冷や汗が伝うレベルに重い空気は、まるでミカヅチが振り撒いているかのように錯覚する。いや、もしかしたら実際にこの空気はミカヅチが発しているものなのかもしれない。
全てが繋がった。東洋から来たこの男、ジパングという国、そして『アザイ』という苗字。この重圧も覚えている。かつて一人の男に受けたことがある。
『魔剣』と呼ばれし剣を扱うもの。東洋から渡って来たものが呼ばれし名
―――それは『武人』
―――『武人』の扱う『魔剣』の名前は
「・・・・・サムライ・・・ソード・・・!」