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Mellow-刀ひとつ、武人が歩む魔法の国-  作者: 飯田倉和
武人来訪編
21/29

第20話「その背中は、ただ広く重く」

実は私にも、初恋の思い出というものがある。


お父様とお母様・・・アトランティスの王夫婦の間に生を()けてからやや暫く、私は教育上の理由で中等部に入るまでは学校には通わず、専属の講師から学問や魔法を習う生活を送っていた。屋敷から出られるといえば、国で行われる式典等の出席で民衆の前に顔を出す時くらい。国の役員の令嬢とか、建前上でのお付き合いがある人達はいても本物の「友達」というものもいなく、少し孤独というものを感じていた時期である。


私が10歳くらいのある日、お父様から「来週から私の大事な『盟友』が暫くここに滞在することになった」と告げられた。

あまり難しい事はわからなかった時期なので、私は「お父様のご友人が来る」くらいの認識でいたと思う。そしてもう少し話を聞いてみたところ、私と同い年くらいの息子も連れてくると言っていた。相変わらず友達がいなかった私は「絶対友達になる!男の子でも関係ない!」と息巻いていた。来るまでの期間は期待に胸を膨らませ、夜もあまり眠れずお母様に怒られていた。


そして訪れたのは異国の服を身にまとった黒い髪の親子。

お父様のご友人である父親は怖そうな印象で、その隣にいた子はとてもぶっきらぼうだった。ご友人様が言うには「ただ慣れずに照れてるだけだから、仲良くしてやってくれ」。

暮らし始めてから数ヶ月は、全然話ができなかった。というより、何を話せばいいのかお互いにわからなかったのだろう。そもそも国の文化が違いすぎるし、彼は稽古でいつもピリピリしていた。

だけど、とても澄んだ目をしていたのはハッキリと覚えている。大人から見ても過酷そうな稽古に弱音を吐かず、真っ直ぐ向き合うひたむきさに私の心も目も、あの子に釘付けになっていたんだ。



―――「あの時の真っ直ぐな彼」は、今どこで何をしているんだろう。強い心を持ったあの子と同じように、私の心も強く・・・なりたいのに。―――




「きゃあっ!?」


弾き返された体は、いとも簡単に宙に浮きそのまま地へと伏せることになる。

これでもう何度目になるのだろうか、おそらく10回目からは数えることすらもやめたのであろうほどに彼女は地面を転がり続けたのかもしれない。防護フィールドで守られている身とはいえ、シルクのような自慢の髪もボサつきが目立ち、着ている練習着は汗と埃でグズグズだ。

何度も何度も大きく呼吸を整え、歯を食いしばりながら立ち上がる。今年度に入ってからどれだけ黒星が増えたのだろうか、ふとそう思っては雑念を振り払うように頭をブンブンと振るう。今はそんな事を考えている余裕なんてない、目の前で息一つ乱れさせず悠々と立っている男に・・・・・一本いれるまでは。


遺跡最深部の魔獣調査、そして討伐から週が明け、いつもどおりの平日がやってきた。ここの生徒の9割強は、あんな禍々しい事がこの国の下で起きているとは夢にも思っていないだろうと、平和そうな表情を見ていると思ってしまうのは不思議な事じゃない。

しかし当日は最後まで平然を装っていたハーネルも後々になって実感が戻ってきたようで、翌日はほぼ寝て過ごしてしまったらしい。アルバートもスティレットも相変わらずだったが、一番の問題はアメリアにあった。

あの出来事をずっと引きずり続けていたのだろうか、週が明けてもいつもの生き生きとした表情は作り笑顔に塗り替えられ、明らかに考え事に耽ける時間が増えていた。それでも授業や応対などはしっかりとこなしているので、様子がおかしいというのはおそらくチームの人間でないと気づけなかっただろう。


そして何よりも一番可怪しかったのは今現在行われている戦闘訓練。

始まるや否やアメリアはミカヅチに一対一(サシ)での近接戦闘訓練を申し出た。別に近接戦闘訓練自体をアメリアとやるのはたまにあるので不思議なことではないのだが、アメリアは魔法なしで終日それをやると言ってきたのだ。

結局終始ミカヅチに叩きのめされ続け、結局その日の訓練は終わってしまった。そしてそれまでの所業から、アルバートとミカヅチはあることに気づいた。


「にしてもアメリアのやつ、インファイトでお前に追いつきたい気持ちは分からんでもないがちょっと強引すぎじゃねぇか?魔法を使ってもお前に一本入れるのは至難の技だってのに無理矢理自分でハンデ背負ってよ」


「いや、あれは暫く続くだろう」


ハーネルが自販機から取った缶コーヒーをミカヅチに投げ渡すと、お互いベンチにどっかりと腰を下ろした。

話題に上がるのは当然今日のアメリアであり、特に戦闘訓練では鬼気迫るもののどこか危なっかしい状態でしこたま近接戦闘。当の本人は訓練終了後も思い表情でシャワー室へ向かっていった。


「無茶すぎんだろ。あんなんやってたら身体壊れて魔法使えなくなっちまうぞ?」


「おそらく今時点で『使えん』のだろう。総合魔法戦技(トータルファイト)があいつの持ち味であり、訓練においてもバランスの整ったプログラムでやっていたはずなのに今日のは魔法ゼロの近接戦闘のみ集中的にやっているだろう?・・・魔法を発動させる原理ってのは俺にゃイマイチわからんが、あんだけ意固地で躍起になってやってるのを見ると、魔法が出せんくなってそれしかできねぇって焦っているようにしか思えん。」


ミカヅチの口から飛び出した衝撃の回答にハーネルは思わず手に持っていたミルクティーを落としそうになる。

「使わない」ではなく「使えない」ということは魔法使いであるハーネルからは考えもしなかった。ましてや「あの」アメリアが・・・である。学園最強の騎士であり魔法技術もトップクラスである彼女が魔法を使えなくなっているというのは、にわかに信じられない事だ。


魔法を発動させるには「魔力」と「術者」が噛み合わなけれないけない。

簡単に言うならば「魔力は燃料」で「術者は着火装置」、術者が詠唱などで着火させる手筈を整え、そこに燃料である魔力を流し込みあとは術者が着火のスイッチを押すだけ。本来ならもっと複雑なものであるが、超簡単に言ってしまえばそういうものである。

術者には魔法を扱うにおいて「魔力資質」と「魔力耐性」が必要不可欠で、どちらかが欠けていると魔法を扱うことができない。「魔力資質」はその通りどんな能力の魔法が使えるかの素質であり、アメリアなら「光」、ハーネルなら「氷」といった風に生まれつき決められたものである。「魔力耐性」は自分の魔法を扱うにおいての制御能力であり、射撃魔法や広域魔法、強化魔法を覚える際に扱う。ざっくり言うなら耐性が高ければ高いほど覚えられる魔法の量が増えるということだ。


だが「病は気から」とも言われているように、術者が精神的なショック等で情緒が不安定になってしまうと一時的に耐性が失われてしまうことも稀にあるらしい。いわるゆ着火装置が故障してしまった形だ。スランプとも言うだろう。


「そう考えると、俺も下手すりゃそういう事になってたかもしんねー・・・」


ハーネルも先日の出来事を軽く思い出しては少し憂鬱な表情になる。「明日は我が身」というように、もしかしたらいずれハーネルにもそういうときが訪れてしまうのではないか、今はただそうならない事を祈るだけだが・・・。


「そういえば俺に言いたいこと滅茶苦茶あるんじゃないのか?」


「あー・・・いや、学校の庭で話す内容じゃねぇからチーム会議ン時でいいや」


こいつの胆力も大したもんだ。とミカヅチは内心で思いながらコーヒーを口に傾ける。実際あの時にハーネルまでもパニックが続いてしまったら二人のうちどちらかは負傷していたかもしれなかった。いい意味で裏切られた形となる。




「やはり・・・魔法が展開できなくなったか」


「・・・・・はい」


面談室の空気は一層重たかった。アルバートもアメリアも、まるでお通夜にでも来ているかのような表情だった。

ミカヅチ同様アルバートも、アメリアが魔法を使わないのではなく使えないのだと察しており、それでおいて彼女の無茶な訓練もあってこうして呼び出しての面談を行っていた。アメリアの後ろではスティレットが無表情で控えている。


「・・・あの時魔獣となって亡くなられた人に回復魔法(ヒール)をかけようと思って発動しようとしたんですが、うまくやれなかったんです。回復魔法を扱うのは高等部に上がってからは無くて、単純にやり方を忘れてしまったのかと思ったんですが・・・」


「その後に今まで訓練とかで扱っていた魔法すら出せなくなっていた・・・と」


アメリアは俯きながらも無言でコクンと頷く。

休日でも魔法を使うことがあるアメリアだが、それすらも出せなくなっていたことが判明し更にショックを重ねてしまったのだ。


「遺跡調査での出来事が(なか)ばトラウマと化しているのは間違いないだろう。正直な話をするなら俺も当時はかなり焦ったし、ハーネルだってお前と同じ状態になってもおかしくなかったんだ。」


「私がハーネルさんのように割り切れることもできた・・・ですね」


自笑気味にアメリアが言う。こういう時男性というものは強いと。

ハーネルが奮起してくれた事はもちろん喜ぶべきだろうが、結局それはハーネルを「自分やミカヅチ側」へ引き込んでしまう事になるため更なる危険へ一歩足を踏み入れさせてしまったのだ。

腐っても担任教師、ミカヅチとは違う悩みが、今のアルバートにはたくさんあるだろう。ミカヅチとアルバート、お互い持つ「責任」は、どちらも重たい。


「俺はお前たちの教師だ。あんな場所へ連れておきながらこんな事を言うもの何だが、仮に魔獣だとわかっていたとしてもお前たちにヒトのカタチをしたものを打たせたくない。やるなら当然魔獣に?化してからだ。だがあいつは・・・ミカヅチは違う。己の今まで培ってきた経験と、武人としての矜持が、俺達に『この先の事に踏み込むのは危険だ』と言っているんだ」


「自分の父親にすら、刃を掛けてでも・・・」


沈黙を貫いてきたスティレットが、ゆっくりと口を開いた。


「ミカヅチ様は『優しい』お方です。・・・自らの身体を張って、私達にご教授してくれているのですから。責任の取り方というものを」


「お前も目を逸しながら考えないようにしていたんだろう?・・・あいつはこの国に来るまで、魔獣じゃない、れっきとした『人間』を斬り殺しながら生きてきたんだぞ・・・?」


ジパングの基本は対人戦闘。魔力ダメージだとか魔獣から国を守る防衛戦だとか、そんな生ぬるい戦ではなく、正真正銘「殺し合い」の中を男は生きてきた。

国と法が違う以上、こちらで同じことをしてしまえばミカヅチは極刑に科せられてしまう。だがこの先必ず・・・とは断言できないが似たような事態は迫りくるのだ。だからミカヅチは自分なりの流儀というものを背中で語るしかなかったのだろう。


―――自分たちとは、住む世界が違いすぎたのだ。

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