第10話「遺跡調査(前編)」
既に何度か言ったことかもしれないが、王国には数多くの遺跡が存在している。
人里に存在している遺跡自体はさほど多くなく、国によって厳重に調査・管理をされた後に先代国王の時代に王立公園として国民に開放されている。といっても当然だが最深部までは入ることができない・・・というよりは昔あったであろう崩落などによって完全に埋められてしまっている。
王立公園として存在している遺跡の大半はせいぜい潜ることができても地下30から50m程度であり、当然足場もしっかりと補強されており事故に繋がることはほとんどない。
開放されている遺跡のなかで唯一人里から離れた場所にあるものは、北東の海岸線から少し離れた場所にひっそりと位置している。
この遺跡だけは扱いが特別で、なんといっても最深部は100m近く潜った先にあり、その先には小規模であるが地底湖のようなものが存在しているため安全を考慮して王立の研究団体が開催しているツアーに参加することでしか行くことはできない。が、あくまで参加してなければ遺跡の中に入れないということであって、外見などは許可なくとも見ることはできる。
王国そのものの歴史は決して深くはないが、この島だけで考えるならば歴史は相当深いものではと思われる。地盤や遺跡の造り・風化具合からして明らかに数千年から数万年は経過しているだろうと研究結果が出ており、王立公園となっている遺跡でも一番新しくておおよそ7千年ほど前のものらしい。
しかし当然ながら最後まで調査されて管理さなれがら開放できている遺跡やほんの一握りでしかなく、北部や北西部沿岸といった普段人があまり足を踏み入れない地域には手付かずの遺跡がごまんと存在している・・・らしい。
エリダンヌ城の立つ王国中心部のひとつ山、城や学園・市街地のある南側は国によって開発されてはいるが北側となれば全くの未開発。同じ山でも南北で別の顔を持っている。
見慣れた街の景色がだんだんと離れ、エリダンヌ城へ行くための森林地帯とはまた違った風景が視界を埋め尽くしていく。生えているのは同じ木であるはずなのにどこか神秘的で、言葉を悪く使えば薄暗くて近寄りがたいようにも思える。
アルバートはハンドルを握り、列を成す集団の中でひっそりと前進していた。前と後ろの車両には王国の紋章が刻まれており、なんともおかしな状況の中にいるものだと改めて思っていた。
ちらりと目線だけを右に追いやってみると、隣にはひとりの男。
腕を組んだ状態で微動だにせず目を瞑っているのはミカヅチだった。アルバートとミカヅチの二人は、何故か王国紋付きの車両に連なって森の中を走っていた。
エリダンヌ国王マクシミリアン・L・エリダンヌとの謁見から約一週間。ミカヅチは少し時間を置いてからアルバートに国王との一件を話すことにした。
コンゴウの「盟友」であるエリダンヌ国王とアルバート。この二人を自分の手札に加えなければおそらくは先へ進めないだろうと判断したからなのか。そしてアルバートもミカヅチに対してそう思っていたからだろうか、思いのほかアルバートの理解は早かった。
やはりアメリアにも話はしたほうがいいとは言われてしまったが、ミカヅチ自身は話すにしてもまだ時期相応ではないと思っていた。だがいずれはすべてを話すつもりだろう。
「これは国王から聞いた話ではあるんだが、コンゴウさんはこの島に古くから存在している『ある伝説』についてよく興味を抱いてたらしい」
「伝説?・・・親父が?」
まったくもって不思議な事もあるものだ。
自分らにとっては呪いや魔法そのものが御伽噺のような存在であり、だがしかし皮肉にもその魔法を叩き斬ってこの地を生きている魔導斬の人間が「神の伝説」とやらに一体なんの用があるというのか?
親父は根っからの武人であり、自分もそうであるように信じられるのは己の力と業のみだと豪語している。そんな人間が魔法あふれる国の伝説に興味を示すだなんて、父親を憎む自分からしたらとんだ笑い話だ。
と言いたい事も山ほどあるのだが、ひとつだけ気がかりもある。
それは「魔導斬一刀流」であり、魔法の存在しないジパングで戦うミカヅチ達がなぜ対魔法に特化した剣術を修めているのか・・・今考えてみると不思議でならない。
「『メロウの花』と呼ばれる、水を司る神の伝説だ」
「授業でもいくらか出てきたが・・・そんな有名な伝説なんですか?」
「そうだな・・・。研究機関の解析では、この王国に存在している遺跡のほとんどが『メロウ』に少なからずとも関係していると考えているらしい。書物上存在している伝説の時系列でもこれが一番古いからな。」
小難しい話はそこまで好きじゃないミカヅチでも流石に父親のこととなれば「ふぅむ・・・」と息を付くが、もうひとつ疑問が出てきた
「花とは?」
「お前さては授業全然聞いてねぇな?」
「いやァ断片的に聞いちゃいるんですがね・・・」
はぁぁ・・・とアルバートが重いため息をつく。
歴史の授業自体は自分が担当していないにしても、担当するクラスの生徒がこうも一般教養に熱心になってくれないのはなんとも悲しいことである。
そもそも「メロウ」とは、その伝説に出てくる「神」の名前と「花」の名前であり、神のほうは「メロウ」、花は「メロウの花」と一般的に呼ばれている。
花のほうに関しては、伝説内では「海面に咲く花」として、水を司るメロウの傍で煌々と咲き誇っているとされている。現代にも古代にも海水で育つ花というものは存在していないハズだが、メロウの花に関してはメロウのいる海水でできた地底湖では無数に咲いていると記されている。
そしてその花は神の意思が宿っており、手に入れた者は「何でも願いがひとつ叶う」というものだった。
「そして意外な事なんだが、このメロウの花は実際に存在しているらしい。・・・と言っても「おそらくそうであろう」という漠然なものになってしまうんだがな、20年くらい前に発見されたことがある」
「伝説というより、幻に近いもんですかね」
「まぁそうなるな。結局その実物も手に入らず終わってしまい。それ以降は全くといっていいほど発見されたニュースは皆無だ」
伝説で描かれているものは大体が絵画になってしまうので、本当にそれがメロウの花なのかどうかすらもわからない。しかし、アルバートの口からはとんでもない事が出てきた
「その花を発見したのは、どうやらコンゴウさん本人らしいんだ」
流石のミカヅチもこれには目を見開いた。
まさかあの親父が歴史というか伝説そのものの証人になっている可能性があるというのはにわかに信じがたい事だ。
更にアルバートはミカヅチに提示した。
コンゴウが己の流派を定めたのも20年くらい前であり、長い武者修行の末に辿り着いた合戦剣術が「魔導斬」だというのもミカヅチは理解している。だがそのルーツがまさにこのアトランティスだったとするならば、コンゴウの探すメロウの伝説となにか関係があるのではないかと唱えた。
―――『魔導斬一刀流』の秘密が眠っている可能性がある。
それだけでも、ミカヅチ本人をコンゴウ捜索だけのことから引き剥がす材料としては十分だったらしい。ミカヅチはこの可能性をすんなりと肯定し、今現在アルバートや遺跡研究団体と共に遺跡の調査に乗り出しているのだ。
ミカヅチの知りたかったことがもしかしたらあるのかもしれないし、もしかしたらないのかもしれない。だが決してこの調査そのものに意味がないわけでなく、必ず役に立つとわかっている。
「遺跡の調査には研究施設で働いている専門の調査・研究員をはじめとして、必ず護衛として魔法使いが3名以上必要となる。調査の機密具合で民間の警備企業か王立の陸軍のどちらかに護衛を依頼するかが決まる。・・・今回は民間警備企業らしいな」
「俺達の扱いは?」
「一応護衛と同じ扱いとなるが、あいにくお前はまだ学生だからな。未来を担う大事な生徒に傷でも付けようなら護衛の名折れになってしまうので、お前には俺が付く」
といっても名目上そうなってるだけだ。とアルバートはミカヅチに聞こえるくらいの小ささでつぶやく。警備企業はどちらかというと施設など拠点を警備するために作られた組織なので直接的な戦闘には向いていない。
中にはそれなりの手練も存在はしているが、正直な話をするとミカヅチに比べると数段劣ってしまう。自分の身は自分で守らせたほうが手っ取り早いし、むしろ護衛の人間のほうがミカヅチに守られるんじゃないかという不安もあった。
調査隊が機材などの準備を進める中、待機しているミカヅチはサムライソードをゆっくりと引き抜いた。鋭く光る刀身は森の中ではまた違った異様さを醸し出しており、やはりこれは異国の武器なんだなとアルバートは感じ取った。
ピッ、ピッ、ピッと風で飛ばされている木の葉に一閃、また一閃と刃を入れて手にサムライソードを馴染ませているのか。やがて一通り振り終わりゆっくりと納刀すると、大きい胸を膨らませるように深呼吸をした
「嫌な風だ・・・。死の臭いを孕んでやがる」
アルバートはそんなミカヅチの呟きを聞かなかったことにするか少し悩んだ




