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Mellow-刀ひとつ、武人が歩む魔法の国-  作者: 飯田倉和
序章
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序章

「それじゃ、往ってくる。素振りと戸締りはしっかりな?」


「うん・・・行ってらっしゃい。」


不安げな眼差しの少女は、ただ振り向かず歩いていく男の背中を見つめることしかできない。ここから先は自分には踏み込めない領域と知っているから。

雄々しく逞しい背中が見えなくなるまで見守り、ようやく少女は振り返る。

テーブルに置かれた汁ひとつ残らない食器を片付けて、そっと神棚に米と水を置く


此処は東洋に浮かぶ小さな島国「ジパング」

弓状に連なった島は一億あまりの民を有しており、工業・漁業・農業。ありとあらゆる業態に精通している云わば「先進国」と呼ばれる、世界中を見ても技術の発達している国である。

ガソリン自動車が走り、携帯電話で会話をし、ガスで火を点け、電気が街を照らしている。

現代社会においてここまで小さな国がここまで発達しているというのは非常に稀な話らしいのだが、2000年を超える歴史があるジパングに住む人間においてはもはや普通のことなのだろう。


様々な時代を経て、この生活がある。

幾度世界戦争を潜り抜け、幾度復興してこのジパングは存在する。

時代は常に変わっていく。そして消えていく歴史がある。



―――だが何故、自国での争いは唯一数百年前から変わらないままなのか。




「きぃえええええぇぇぇぁッ!!!」


天を切り裂くような咆哮が木霊すると同時に、周りには紅の華が咲き乱れる。

今の今まで生を持っていた者が、次々と目の光を失ってばたばたと倒れていくと、立っている者は再び駆け出し咆哮を上げ紅の花を咲かせていく。


―――その者たちが手にしているもの、それは「刀」。


古より使われ、かつて世界から「鋼の芸術」と謳われたその一本の芸術は、今でもこうして人間を殺め続けている。あの時代から数百年経つ今でも、何も変わらずに。

何故そうなっているのかなんて、今では誰もわからないのではないか。高度な文明で成り立つこの国で、何故今もなおこうして戦があるのか。


それがジパングの、もうひとつの顔。

出生率が高いのに全く人口が増加しないのは、この戦があるからなのだろう。




「ここも、ハズレか・・・。まさか此奴等(こやつら)大本(おおもと)の敵将ではあるまい。次に行くか・・・。」


舌打ちをしてそう呟くと、転がっている首を無造作に掴んで踵を返す。

気だるそうに刀で肩を叩きながら、群集の元へ向かっていった


それこそ戦は日ごろどこでも行われている訳ではない。

街中で戦が起こればそれこそ大惨事・・・地獄絵図になってしまうだろう。ただでさえ殺人事件などが後を絶たず公務員である警察が日々奔走しているというのに、そんな事が起きてしまえば全く関係のない民間人でさえ巻き込んでしまう。


基本的に戦が行われているのは山岳地帯や平原が主である。


ジパングは世界から見ても山岳地帯が多く、火山の数も群を抜いている。

熊や猪といった野生動物とぶつかる危険性ももちろんあるが、政府によって管理された街以外の土地には必ず「領主」が存在しており、領主が治めている土地の部分では安易に政府が足を踏み入れることができないのだ。


ジパングには「都市」として発展してきた地と、(いにしえ)の時代より領主が治めて受け継がれてきた「領地」の二種類が存在している。文明が発展するに連れ起きる世界戦争よりも遥か昔からジパングでは領土争いが激しい国だった。

都市と化したものは、内戦激しい当時に一番領土の大きかった領主が世の安寧を願い、志同じくした領主と共に外国から様々な技術を取り入れ、領土争いの一切を放棄。産業を発展させることで一気に近代化が進められた。

領主の同志一同は新たに政府組織へと姿を変え、現代と同じ先進国となった。


さて、なぜ戦があるのかだが、それは勿論古くから続く領主同士での抗争である。

ジパングでは「領主」の存在していない地も未だ多く、資源を巡っての争いが都市以外では行われている。ちなみに既に治められている土地を襲撃すること自体はご法度であり、仮にそんな事をした場合は領主共々滅ぼされるとかなんとか。

結局は都市化を受け入れなかったアタマの硬い戦闘民族な領主の醜態みたいなものである。



「しかし、今回の戦は向こうさん相当な手練(てだれ)を何人も導入したらしいな・・・」


「我々の軍も追加追加で補充をしているが、今回でどれだけ潰されることか・・・。だが今回我々には「迅雷(じんらい)」って最近になって出てきた強いのが加わっているって話じゃねぇか。大丈夫だろ?」


「それなんだがよ・・・俺たちもその話を聞いて期待したんだが、どうにも噂では中身は二十歳すら超えてねぇ高校生だって話じゃねぇか?」


その一言で周囲が一気にどよめき始めた。強い人間を雇ったはずがまだ大人ではない。

「迅雷」というのは、ここ一、二年ほどから出始めてきた噂であり、云わばコードネームのようなもので雇った軍は奇跡的な大勝を重ねているという。しかし今聞かされた事を考えるならば・・・。


果たしてそんな青二才がこの乱戦を生き抜くことができるのか、少年の技量なんてものは当時たかが知れている。きっと向こうの軍は更に歩を進めて着実にこちらまで攻めてきている。

既に疲弊しきって、更に頼みの綱である補充要因も使えるのかわからないといった状況に、皆が戦意喪失となるのも時間の問題だった。


「今戻った。・・・西門付近はハズレだ、本隊はこっちに向かってきているんだな?」


項垂(うなだ)れていた頭を上げると、一人の男がそこに立っていた。齢二十代後半とも思える風貌のがっしりとした体格の男は、まったく疲れた様子なくズカズカと歩いてきた。

掴んでいた数個の首をドサドサと群集の前に投げ捨てると、刀を鞘に納めてそのまま敵軍が向かっていると思われる方向へ歩を進めていく


「俺が迎撃に出る。限界が近いものはそのまま休んでいてくれ」


「ちょ、ちょっと待て!お前、これ全部やってきたのか!?」


「あぁ。将章(しょうしょう)が付いていたから速攻で斬ったが、どうやらそこまで戦に慣れてない政治武官みたいなモンだったぞ。本隊が西にあるという読みが外れてしまった」


その場にいるほぼ全員が絶句していた。

将章(しょうしょう)とは文字通り、その部隊の将であることの証。云わば「敵将」である。

敵将であるもの、周りから見れば強く、賢く、カリスマ性にあふれたごく一部の人間しか辿り着くことができない領域なのである。それを「腕がない」と叩き斬ってきたというのか。


唯一空気ををわかっていない男は全員の反応を見て、なんとなく察してしまった。


「・・・・・まさか?」


「・・・・・・・・・・・うん。それアタリ」


今度は男が絶句してしまった。

最初は期待していた、そう話に聞いていたから。探していた奴とようやく会えるともさえ思っていた。

それが何だ。何の剣気すらも感じられない、そんな奴が群集の中でのうのうと泥仕合を演じている。ひとりならまだしも何人も。そうと決まれば男は斬るしかない。

とっとと片付けて次に行こうと思ったら次はなく、これで終わりだという。


「・・・そりゃないんじゃねぇか?逆にこっちが申し訳なくなってきたぞ。かなり割のいい話だったから参加したが、どれだけ補充要因に予算積んだんだよって話にもなってくるだろ。コレじゃ俺が高給取りじゃねぇか。」


「兄さん、領主直属の部隊の人じゃないのか?」


「俺は今回追加募集の際に呼ばれただけだ。リストに『浅井(あざい)』の文字があったハズだろう」


「・・・え?」


今目の前にいる男が、この男が、さっきまで話題に上がっていたが全く期待していなかった新しく雇った登録武人(とうろくぶじん)なのか。

まだ二十歳にすらなっていないなんてそんなバカな、こんな肉体で強面の少年なんているのだろうか。

全員の顔が引きつる中、男はため息をついて向き直った。



「『魔導斬(まどうざん)一刀流』が『迅雷』。浅井御雷(あざいみかづち)、今年で17になる。」




翌日


瑞稚(みずち)、帰ったぞ」


「・・・おかえりなさい!お兄ちゃん!」


予定では一週間は帰らないと思っていたが、3日で帰ってきてしまった。

それもそのはず。強敵と踏んで気合を入れたものの、蓋を開けてみれば大したこともなく戦そのものが到着して翌日の朝には終わってしまったのだ。


先にも出てきた「登録武人(とうろくぶじん)」とは、どこの軍や領主の下にもついておらず依頼を受けて、受けた軍の穴を埋める傭兵のような立場である。

もちろん提示された条件や敵軍の状況を見て断ることもできるので、無駄骨にならずに済むこともある。


しかし今回は完全に無駄骨だった・・・・・というわけでもなかった

自分の目的を除いてしまえば、それなりに積まれた報酬金を僅か数時間で終わらせた戦で手に入れたと考えればどうということはない。流石に申し訳なくなって3割ほど返却したが、それでも可愛いくて料理上手なできた妹への土産を物色するには事足りた。


彼女の名前は「瑞稚(みずち)」。

御雷(みかづち)のひとつ下の実妹であり、艶のある黒いセミショートヘアにアホ毛がトレードマーク。兄と同じ瞳の色をしているが非常に小柄で小動物のような妹である。


「へぇ・・・味噌煮込みうどんかぁ」


「向こうの昼飯に出てきてな。その店舗で持ち帰りセットが売られていたから買ってきた」


「それと手羽先」


「なんでも味噌煮系が有名らしい。駅に真空パックで売ってた」


「じゃあ、今日の夜ご飯はこれだね」


地方の名物を食べられるのか、機嫌をよくした妹の瑞稚はパタパタとキッチンへ姿を消した。

その間に御雷は自分の荷物を部屋に置き、上着を脱ぎ捨てた。帰ってきてからまずやらなくてはいけないのが、刀のメンテナンス。

あれだけ人を斬ってきたのだ、出先でも調整はしているが脂だの汗だの土だので正直気持ち悪いったらありゃしない。庭に出て早速刀を鞘から抜き出した。


ピンポーン


「瑞稚スマン、頼めるか?」


「はーい」


パタパタと玄関へ向かう妹を横目に、木杭(きくい)を外し柄から刀身を引き抜く。

予め水に漬けておいた砥石をバケツから出したところで、奥からバタバタと焦るような音が聞こえてきた


「お、お兄ちゃんお兄ちゃん!ちょっと!何か!」


「どうした?」


「なんかよくわかんないものが来た!」


「よくわからないってなんだ?」


そういって瑞稚が持ってきたのは、小さいダンボール。

何か通販とかで買ってたっけ?と思うも瑞稚にも心当たりがなく、お互い首をかしげる。というより、そもそも表面に書いてある文字が読めない。明らかにジパングの文字ではなかった。

ますます分からなくなったが、住所がこの家である以上開けてみないことには話が始まらない。


「どれどれ・・・?まず小さい封筒。手紙か?・・・そして大きい封筒。厚いな」


「書類?あれ?こっちはジパングの文字で書かれてるよ?」


「なになに?・・・・・『アトランティス・エリダンヌ王国』・・・?」


場所を居間に変え、入っていた封筒のまず大きいほうを開けた。

そこには二人が聞いたことのない「アトランティス・エリダンヌ王国」と呼ばれる国から、その国の案内と、そこにある王立学園の転校案内の資料が入っていた。

続いて小さい封筒。エアメールのような封筒の中には予想通り手紙が入っていた。こちらもたどたどしい書き慣れないジパングの文字で、こう書かれていた



ミカズチ・アザイ殿


私はアトランティス・エリダンヌ国を束ねるマクシミリアン・L・エリダンヌと申します。

突然の送り荷に驚かれていると思いますが、ミカズチ殿には妹様と共に我が国アトランティスへ来て戴けないかと思います。

ご無礼を承知なのはもっとも、この文書では書き尽くせない事ばかりなのですが、私個人の頼みでもあります。もしお越しになられた際には、その事をお話しましょう。


送り荷に入っているものはこの手紙と、国の公式観光案内。我が王立学園の案内。そして提供する住居の案内。そして国での生活援助に関する案内となっております。

記入用紙は特別製なので、記入してそのまま封筒へ入れてくれるだけで結構です。

水神(メロウ)を司る孤島の都、そして古き友の為、何卒御一考の程よろしくお願いいたします。



「・・・思惑が見えん。」


「国王様個人が送ってきてるって事だよね?でもなんでお兄ちゃんのこと知ってるんだろう?お兄ちゃん、修行中に会ったことあるとか?」


「・・・いや、ぜんぜん記憶にない。というか『ズ』じゃなくて『ヅ』な」


そう言いながら二人は夜が更けるまでアトランティスの案内を読み漁っていた。

とりあえず荷物は当事者である御雷が預かっておくということで、机の上に箱を置く。改めて手紙の入った封筒を開け、その手紙を再度目を通してみた


「あいつには分からなかっただろうが、どうも引っかかる部分があるな・・・」


まず一番最初に思ったのが、この家の住所。そして御雷と瑞稚の存在を知っている。

聞いたことのない国がこんな極東の小さな島国のイチ家族を知っているというのは、なんとも疑い深い。

そしてこれが国王個人から送られているということ。普通は様々な機関を通して送られてくるものだと思うのだが・・・。


そして最後に、手紙の最後に書かれていた「古き友」・・・。


眉間にしわを寄せ唸っていると、手紙の入っていた封筒にもうひとつ紙が入っていたのに気づく。


「なんだ、封筒のサイズぴったりだったから気づかなかったのか?」


封筒からその紙を取ると、紙の材質からわかった。写真だ。

裏の白い部分には文字が書かれていた。日付だろう、見てみると今から約30年ほど前。ずいぶん古い写真を送ってきたなと思いながらひっくり返すと、ミカヅチは絶句した。


古ぼけた面に写るのは、肩を組み合った男達。

だがその中の一人が、自分が今の今まで探していた男だったということ・・・。




―――これは、外道(げどう)(すべ)で生き抜いてきた東洋の武人が、愛する者の笑顔と年相応の青春を取り戻す為の物語である。―――

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