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道頓堀心中

作者: メイツル

 阪神が優勝し、道頓堀川の橋の上から大勢が飛び降りた夜、歓声に包まれる中、清子は「一緒に死んでくれる?」と、長く荒れた金髪を耳にやりながら、虚ろに笑ってぼくをみた。

 ぼくは酒に酔う頭をふらつかせながら、「あぁ、良いよ」と答えた。こんな所から飛び降りたくらいで、どうせ死にはしない。ぼくは清子の白くか細い手を握り、橋の欄干から飛び降りた。優勝に騒ぐ人たちの耳障りな声が水のなかでくぐもり、ごわごわと聞こえなくなると、生臭い水が鼻や目や口の中に入り込んだ。ぼくは水面から顔をだし、げほげほと何度も咳をした。生臭い水と一緒に胃から胃液や酒や消化しかけの肉片や何かが溢れ出た。

 吐瀉物が川の中へまだらに溶けていくのを眺めながら、あぁ、この川はこうして出来ているのだなぁ、とぼくは感心していた。


 家へ帰ると清子の姿は無く、あぁ、そういう事かと得心した。あいつはもう、ここに戻って来るつもりはないのだろう。


 仕事場の帰り、片手にワンカップを持ち、道頓堀川へ足を向けた。橋の上は相変わらずうるさかったが、昨日よりは人通りはなかった。飛び降りる者もいない。いなくなった清子の事を思いだしながら、彼女の借金を背負わずに済んだのだと思うと安堵し、ワンカップに口をつけた。昨日の川の泥が口の奥に残っているのか、下水のような味がした。



「じゃあ、男の人の」

 無駄死にじゃないですか、と言おうとして、「心中の失敗じゃないですか」と言いなおした。

 清子さんは艶のある黒いショートカットの髪を耳にやりながら、「ううん。あの人は私を救ってくれたの。今でも感謝しているわ」と、儚く微笑んだ。

 出た。とわたしは思った。いつもの殺し文句だった。清子さんは客に保険契約について、最後の決断を迫るとき、この実話らしき物語にフィクションを交えて話して聞かせていた。客に合わせてシチュエーションを変え、話す度、物語には悲哀が盛られ、同情を煽り、客を巧みに惹きつけた。そわそわと落ち着きのなくなる客に、遺された者を代表するかのようにこのフレーズを口にし、そっと客の背中を押すのだ。

「あの人の生命保険がなかったら今頃、ね……」

 そう言って清子さんは飲みかけのワンカップを橋の上からどぼどぼと捨てた。

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