魔王は神殿攻略を開始する
王国の北に広がる大海に、小さな火山島がある。
長らく火山活動が活発で、常にもうもうと煙が立ち昇っていたことから、かつての人々は上陸を躊躇った。
そんな中、百年ほど前にとある冒険者パーティーが島に足を踏み入れる。古代遺跡を発見し、他の冒険者たちもこぞって一攫千金を夢見て上陸した。
ところが、遺跡の攻略を始めた矢先に大噴火が起こる。多くの冒険者ともども、遺跡は溶岩に沈んでいった。
神の怒りに触れた。
そう考えた人々は島を神聖視し、また誰も近寄らない孤島と成り果てた、のだが――。
近年、都市国家群が王国を素通りして、西の国家との交易が活発になると、傭兵崩れがその商船を襲うようになる。王国の混乱期で貧困が極まった漁師たちもそれに加わり、二百人規模の海賊団に成長していた。
火口から煙が消えて二十年近く。火山活動が治まった時期であるのも影響しているだろう。
待ち伏せには絶好の立地であるため、海賊団は溶岩でできた複雑な港湾部に居を構える。王国の北岸にもいくつか拠点を配し、表向きは漁をしながら、拠点を行き来して海賊行為に勤しんでいた。
「お頭ァ、獲物が来たみたいですぜ」
島の拠点でくつろいでいた彼らに、そんな一報が入った。
二隻の中型商船に、都市国家群の護衛艦が一隻付いて西へ向かっている、とのこと。
酒瓶を手にしたごつい男がにっと隙間だらけの歯を覗かせる。
「情報通りだな。久しぶりにいい酒が飲めそうじゃねえか」
海賊団の頭目はつるりとした頭をぺちりとたたいた。
「でも大丈夫ですかねぇ? 連中、魔族どもとつるんでるって話じゃねえですか。あっちの軍艦にゃぁ、化け物が乗りこんでるんじゃ……」
「へっ、一度は人族様に蹂躙された連中だ。オレらの強さを見せつけてやりゃあ、それこそ尻尾を巻いて逃げちまうよ」
「お頭、逃げられたらいい酒が飲めねえですぜ?」
「おっと、そうだったな。逃げられる前にぶっ殺してやらねえと」
冗談めかした会話に緊張が解け、周りにいた団員たちが色めき立つ。
「前に連中から奪った魔法砲の試し撃ちにもちょうどいい。それでサクッと軍艦を沈めて、あとは商船の奴らを海に叩き落してやれ!」
おおーっ! と威勢の良い掛け声が上がり、海賊団は一斉に彼らの船に乗りこんだ。
大型軍艦が一隻、錨を上げて出港した。その後に小回りの利く船が複数続き、入り組んだ湾から大海へと姿を現した。
そのときだ。
ドォン!
轟音に続いて、頭目が乗る軍艦が大きく揺れた。
「なんだ!? 座礁か? にしちゃあ、音が大きかったが……」
まさか商船の護衛艦に先手を打たれた? だが向こうの船はまだ視界に入っていない。
艦橋が大混乱に陥る中、慌てふためいた団員が飛びこんでくる。
「せ、船尾が吹っ飛びやした! 近場にいた二隻もひっくり返っちまって……敵の攻撃です!」
「バカ野郎! どっから攻撃するってんだよ? まだあっちは影も形も――」
『上です!』
マストで見張りをしていた男からの声が、伝声管を通じて艦橋に響く。
『ふ、船が……でかい戦艦が空を飛んでやがる!』
「空……だと……? くそっ!」
頭目は周囲が呼び止めるのを無視し、甲板へ飛び出した。見上げると、高い位置に巨大な戦艦がたしかに浮いている。
噂があった。
帝国が都市国家群の街をひとつ壊滅させ、のちに魔族国家に奪われた空飛ぶ戦艦。
「冗談じゃ、ねえぞ……。なんで、たかが海賊団にあんなもんを……」
引っ張り出してくるのか?
疑問を浮かべた直後。
大きな光の砲弾が、頭目ごと彼らの軍艦を粉砕した――。
「目標を完全に破壊しました」
飛空戦艦バハムートの艦橋で、ウェアラットの通信士が告げた。
直立不動で聞いていたのはハーフオーガのペネレイだ。
「小型船はどうなっている?」
「初撃で二隻の沈没を確認しました。二撃目でさらに一隻…………残りは沖へ向かっています。逃げ出したようですね」
「なら捨て置くか。戦艦の魔力をむやみに消費するまでもない。それから、港湾部の拠点は都市国家群の船に任せよう。残りがいたとしても高が知れている」
ペネレイは振り返り、艦長席に座る女の子に声をかけた。
「ククル様、我々は予定通り遺跡の入り口を特定しに向かいます」
「わ、わかりました。えっと、その……面舵いっぱい!」
操舵手が復唱し、飛空戦艦が向きを変えた。
「ではククル様、私はゾルトと最終確認を行ってまいります」
「どうか気を付けてください、とゾルトさんにはお伝えください」
「承知しました」
ペネレイは一礼すると、戦艦の最深部へと向かった。
戦艦内部には荷を積む大きな部屋がいくつかある。そのうちのひとつに、ペネレイは入った。
「お嬢、準備はできてますぜ」
大きな体を窮屈そうに丸め、オーガ族の戦士ゾルトが笑みを作る。
彼の足元には、つるつるでぷにぷにのスライムがいた。
「ピュウイ殿、そちらの準備もよろしいか?」
「ぴゅい♪」
ピュウイはぴょんぴょんと跳ねて楽しそうだ。
「よし、ゾルト。転移した先でのろしを上げたら、なるべく遠くへ移動してくれ」
ペネレイはゾルトの背後に目をやった。
巨躯の向こうで、台座の上に球体が浮いているのが見える。球体の周りには帯状魔法陣がゆっくり回っていた。
イビディリア神殿から回収した、神殿の制御装置だ。神殿自体はほぼ破壊されて使い物にならないので、装置のみを回収して飛空戦艦に設置している。
目的は、その転移機能だ。
七つの神殿は相互につながっているが、のちの検証で制御装置さえあれば転移機能も有効だと知れた。
飛空戦艦そのものを転移するほどの力はないものの、リムルレスタと飛空戦艦を気軽に行き来できる。
そして転移機能で火山島にあるとされる〝グリア神殿〟へ――正確にはその入口へここから転移し、場所を特定するのだ。
「とはいえ、遺跡の入り口は固い溶岩の下だ。もしそこへ直接転移してしまったら……」
「ぴゅい! ぴゅぴゅぴゅい~」
「いや、すまない。ピュウイ殿を疑っているわけではないのだ……」
ペネレイたちはピュウイの言葉を解せないが、イルア神殿を守護するミスリルゴーレムの精霊獣タイロスが通訳したところ、『入り口を覆っている溶岩の上に転移する』とピュウイは断言した。
「大丈夫ですよ、お嬢。万が一のために、オレがやるんですからね」
肉体を極限まで硬化していれば、転移した先でも溶岩に埋まったままで済む。そこから全魔力を解放すれば、脱出は無理でも地上まで亀裂を入れることはできるだろう。
「……わかった。くれぐれも気を付けてくれ」
「へい。んじゃ、ピュウイさん、やってくだせえ」
「ぴゅい♪」
ピュウイがぷるぷる震えると、制御装置の帯状魔法陣が勢いよく回転した。辺りが白に染め上げられ、やがて景色が元に戻ると、ゾルトの巨躯だけがその場から消え去っていた。
ペネレイは急いで艦橋に戻る。
しばらく無言で火山を睨みつけていた。
「青いのろしを確認! わりと近いですね」
海賊団の拠点からさほど離れていない場所で、青い煙が立ち上っているのをペネレイも目視した。
ゾルトが溶岩に埋まっている事態は回避されたようだ。ホッと胸を撫でおろす。
「緑ののろしが上がりました。青いのろしから三百メートルは離れています」
ゾルトが安全な場所まで移動したのを受け、ペネレイはククルに目をやった。
ククルはこくりとうなずいて、
「主砲を発射してください!」
「照準、よし。魔力チャージ、よし。船体の姿勢制御、問題ありません」
船員の確認ののち、ペネレイが号令する。
「撃て!」
魔法砲から特大の砲弾が撃ち下ろされる。光の砲弾は、溶岩を吹き飛ばした――。
リムルレスタの都にある自室で、ガリウスはピュウイが持ち帰った映像を確認していた。
壁に映し出されたのは、火山の麓に大穴が開き、その中心部に階段らしきが岩に埋まっている映像だ。直後、艦橋にいるペネレイが映った。
『遺跡への入り口は溶岩の破片で一部埋まっていますが、すぐに撤去できるかと。海賊団の根城からも近く、そこを流用して拠点にします。〝グリア〟の攻略は明朝より開始する予定です』
一緒に映像を見ていたジズルが尋ねる。
「飛空戦艦は呼び戻すのかのう?」
「火山島は王国の領域だが、海路で補給はできる距離だからな。あちらに留めておくのはもったいない」
海賊団が狙っていた商船と軍艦には、遺跡攻略のための物資と人員が積まれていた。
後方支援を含めて三百人体制だ。
「飛空戦艦は引き続き都市国家群との交易に使うよ」
「ん? 他の遺跡攻略には使わんのか?」
「教国はもちろんだが、南方の砂漠地帯まで飛ばすのは現実的とは言えない。それに、王国が何やら妙な動きをしているからな。俺と飛空戦艦はリムルレスタにいたほうがいい」
帝国が南部の街トゥルスから撤退し、王国は次代の王を据えて急速に結束を固めつつある。
いきなり攻撃は仕掛けてこないだろうが、力を取り戻す前に何かしらの対策が必要だった。
「というわけで、教国の神殿はケラからの情報を待つにして、砂漠地帯の〝アカディア神殿〟は現地でがんばってもらうしかないな」
ガリウスはピュウイに頼んで別の映像を壁に映し出した。
砂塵が舞う、荒涼とした景色が、一人の男の背後に広がっていた。
『いやはや、想像以上に過酷な環境だな。口を開けば砂が飛びこんでくる』
苦笑いするのは、大剣を二本背負った老剣士。
『ひとまず遺跡と思しき〝塔〟は確認した。アレを上りきるのは骨だが、我が忠誠を示すには絶好の機会だ。せいぜい励むとしよう』
最近になってリムルレスタに単身訪れ、仕官を申し出た人族。
〝元〟教国の聖騎士、ダニオだった――。