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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第七章:(´・ω・`)魔王は神の使徒に無双ターン
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魔王は聖女と相対す

 

 ティアリスたちの居室は城内から、離れにある尖塔の最上階へ移された。事実上の幽閉だ。

 城には何度となく早馬が行き来して、セドリックたちが対応に追われているのが窺えた。王を断罪した聖女の扱いを、他の王国貴族たちと協議しているのだろう。

 

 セドリックたちこの城の貴族にしてみれば、事は秘密裏に進めたいはずだ。

 しかし尖塔の衛兵どころか部屋の掃除夫ですら、ひそひそと『聖女が国王を殺した』などと口にしている。

 城内の箝口令かんこうれいが徹底されていないところからみて、国中に噂が広まっていると考えてよいだろう。

 

(外堀は、すでに埋められたか。我らの処遇も近々決まりそうだな)


 ダニオの危惧はその数日後、現実のものとなる。

 ガチャガチャと鎧を鳴らし、複数の兵士たちがティアリスの部屋へ押し寄せてきた。

 

「聖女ティアリス殿、および護衛騎士ダニオ殿、これよりお二方を王都へお連れします。武装を解除していただきたい」


「王都に何用であるかな?」


「詳細は伝えられておりません」


「しかし、長い旅路に武装を解除しろとは穏やかではないな。しかもこんな夜中に出立とは」


「失礼ながら、貴方がたに拒否権はございません」


 兵士たちは剣に手をかけ、身構えた。

 

「ダニオ、控えなさい。わたくしは逃げも隠れもいたしません、と言ったはずですよ」


 ティアリスは銀の鎧に手をかけた。

 ここに至っては仕方がない、とダニオは背中の大剣をつかみ――。

 

「御免」


 大剣を抜くや、聖女に当て身を食らわせた。気を失い、倒れそうになったティアリスを空いた腕で抱きとめる。

 

「なんのつもりだ!」


 怒声を放った兵士を大剣で突き飛ばす。

 他の兵士たちが剣を抜く間も与えず、次々に吹っ飛ばした。

 部屋の外には他にも大勢の兵が待ち構えている。狭い廊下や階段では突破が難しい。

 

 ダニオは身をひるがえすと、窓を破壊して外へ飛び出した。地上二十メートルの高さからの自由落下。衝撃を両脚ですべて受け止めた。

 幸いにも尖塔の入り口の裏側であったので兵士たちはいない。しかし異変を察知してやってくるのは時間の問題だ。

 

 ダニオは宵闇に紛れて駆ける。

 聖女を肩に担いで城壁を越えるのは骨だが、今はこの城から脱出し、全速で逃れなければならない。

 

 兵士たちの気配から遠ざかるように城壁に向かう最中。

 ダニオはぴたりと足を止めた。

 

 正面に、大きな影が立ちふさがっていたのだ。

 

(飛竜……だと? なぜ、こんなところに?)


 闇に溶けこむような黒い飛竜だ。

 威嚇するでもなく、じっとダニオを見つめている。敵意や害意はまったく感じられなかった。

 そしてよくよく見れば頭絡が付けられ、手綱もある。

 

(なるほど。『これに乗って来い』ということか)


 飛竜の侵入を許し、この場に誰もいないのが解せなかった。

 罠以外に考えられない。

 が、荷物を抱えて城内で大勢の兵士を相手にするのは無理がある。運よく城外に出られても追われ続けるのがオチだ。

 

 ダニオは飛竜に跨った。手綱を軽く握ると飛竜は夜空へ舞い上がり、大河へ向けて飛び立つ。城壁からは、ついぞ矢の一本も放たれなかった――。

 

 

 

 

 月を映す大河のほとりに、飛竜は静かに舞い降りた。

 

 いまだ目覚めぬ聖女を抱き、ダニオは大河を臨むように降り立つと、正面を睨み据えた。

 

 男がいた。でっぷりとした体躯ながら、その視線は鋭い。

 

「勇者ガリウス、やはり貴様の仕業か。手のこんだことをする」

 

 聖鎧は身に着けていない。赤い肩当てや籠手など動きやすそうではあるが、防御が高いとは思えなかった。が、腰に差しているのは間違いなく聖剣だ。

 

 飛竜がガリウスの下へ移動すると、彼はその頭を撫でた。目を細めた飛竜は、そのままどこかへ飛び去った。

 

ガルブルグたち(かれら)がお前たちの扱いに困っていたようでね。わざと逃がすよう提案したら、承諾してくれたよ。渋々ではあったがね」


 国王殺しは放置できない。

 しかし自分たちの手で処断すれば教国との関係が悪化する。統一国家の樹立は頓挫するだろう。

 ゆえに聖女には逃げ出してもらい、その先で処断して当然の第三者に殺されるのが望ましい。

 

 送り出した使者が有無を言わさず殺害され、逃亡を計ったなら、都市国家群は黙っていないと世間は考える。

 そして都市国家群と同盟関係にあり、一方的に敵視されたリムルレスタが聖女抹殺に動いた。

 

 いささか展開が急ではあるが、落としどころとしては全勢力が妥協できるシナリオだ。


「はっ! 小賢しい策を弄するわりに、詰めが甘いな。スライムどもはいるようだが、たった一人で待ち構えるとは」


「なに、この手の仕事は一人のほうがやり慣れているのでね。お前のほうこそ、罠だと知ってよくも現れたな。まさか聖女を差し出して命乞いでも考えたか?」


「戯言を。荷物を抱えて大人数とは戦えぬ。ならば罠だろうが賭けに出たまで。結果は良好のようだ」


 聖女をして『荷物』と表現したのにガリウスは苦笑を漏らす。

 

「ぅ、うぅ……ん」


 ティアリスが目を覚ました。

 ダニオはゆっくり彼女を下ろす。

 

「あのお方は、まさか……」


「はい。勇者ガリウスにございます」


 ティアリスは複雑な表情でガリウスを見据えた。瞳が揺れてのち、決意したように声を張り上げる。


「勇者ガリウス、貴方にはお尋ねしたいことがあります!」

 

「お前と話すことはない」


「ッ!?」


 ダニオがティアリスの前に出る。


「然り。あやつに審問は必要ございますまい。ワシが相手をいたしましょう。勇者と剣を交えるは剣士の誉れ。ここは譲っていただきたい」


 こちらは喜悦に染まった瞳だ。

 

 ティアリスがこくりとうなずく。

 ガリウスが聖剣を抜いた。

 ダニオも背から二本の大剣を抜く。

 

 ティアリスがじりじりと二人から距離を取り、手のひらを組んだ。

 それを合図として――。

 

 ダンッ!

 ドンッ!

 

 互いに突進する。風をまとうガリウスがわずかに速い。

 ダニオは急停止して二本の大剣を交差させた。

 ガリウスは大剣を両断せんと横に薙ぐ。

 

「むっ!?」


 が、大剣はびくともせず、逆に弾き飛ばされた。


「さしもの聖剣であっても、我が剣は砕けぬぞ」

 

 にぃっとダニオが不敵に笑う。

 

(驚いた。不砕鋼アダマンタイトか)


 混ぜ物なしであの大きさ。しかもそれが二本だ。さすがに教皇の孫娘を護衛するだけはある。

 

 ガリウスは大剣を見据えつつ、視界の端で聖女を観察する。

 ティアリスは目を閉じ、何事か口ずさんでいた。

 

(魔法か、それとも……)


 ガリウスは剣を構えると同時に前へ出た。先ほどよりも速く、一足飛びに肉薄する。

 

 ダニオが片手を前に突き出した。

 平らになった切っ先を紙一重で躱し、懐に潜りこむ。だがダニオは半歩下がって間合いを広げ、もう一方の大剣を斜め上から振り下ろした。

 

 外へ逃れるように避けるも、間に合わない。頭を割る軌道を聖剣で受け流しつつ、ダニオの側面に回った。

 

 がら空きになった脇腹に、最小の動きで斬りつける。

 鎧はアダマンタイト製ではない。

 この距離、この勢いならば装甲ごと胴体を斬り裂け――「なっ!?」

 

 ダニオが、消えた(・・・)

 

 目にも留まらぬ速さ、などという生易しいものではない。

 そこにいるはずの体が、何の前触れもなく痕跡もなく、消え去ったのだ。

 

 ――ぴゅいぃ!

 

 耳の奥で、ピュウイの叫びが聞こえた。

 反射的に身を捻り、回転する勢いで聖剣を振るった。

 

 ガキィィン、と。

 

 真後ろで剣が交差する。

 いつの間にかダニオは背後に移動し(・・・・・・)、大剣を振り下ろしていたのだ。

 

 ガリウスは弾かれる力を利用して大きく飛び退いた。

 

「【テレポート】……いや、【ショート・テレポート】か」


 自身を千キロも離れた場所へ転移させる【テレポート】は、伝説級の恩恵ギフトだ。だがその下位に位置する【ショート・テレポート】なら、戦場でまみえる可能性もなくはない。

 移動距離は数メートルから十数メートル。しかし一瞬のうちに死角に移動されるのだから、脅威には違いなかった。

 

「いかにも! ひと目で我が恩恵ギフトを見破るとは、さすがは勇者。しかも必殺を防がれては、実力差を認めるしかないな」


 悔しそうには微塵も思えない嬉々とした表情だ。

 

 ガリウスは純粋に驚いていた。

 てっきり体や筋力を強化する恩恵ギフトだと考えていたが、そういった恩恵ギフトなくしてダニオは、人を超越した身体能力――【パワー・シフト】で強化したゴッテ将軍を越える域に達していたのだ。


 おそらく鎧に特殊効果はあるのだろうが、大剣とは違って国宝級とは考えられない。フェニクスの鎧には遠く及ばないだろう。

 

(速攻で片を付けるつもりだったが……面白い)


 一転して攻勢に出たダニオの猛攻を、ガリウスはギリギリのところで避け、受け、弾く。

 何度も瞬間移動を繰り返すも、ダニオの勢いは衰えるどころか激しさを増した。

 

「これが勇者。これが【アイテム・マスター】か! だが戦える。ワシはこの域でも戦える!」


 恍惚とした表情でダニオは二本の大剣を振り回す。

 負けて悔いなし。勝利の可能性がちらついても、今の彼には守るべき聖女は眼中になく、ただ一人の剣士として戦いに没頭していた。

 だから――。

 

 

 ――跪きなさい。

 

 

 誉れある戦いを汚されていると、気づけなかった。

 

 ダニオの膝が落ちる。遅れてガリウスも跪いた。

 

「ティアリス、様……? なに、を……」


「ご苦労でした、ダニオ。よく勇者ガリウスの注意を引きつけてくれました。貴方も彼も、わたくしの恩恵ギフトでは正面から効くとは思えません。ですが別に意識が向いている状態で重ね掛けすれば、やはり防げはしませんでしたね」


 彼女は二人が戦っている間、教典を何節も口ずさんでいた。【チャーム・ボイス】を乗せ、徐々に徐々に精神を侵していたのだ。

 

「なぜ……、なぜだティアリス。これはワシの戦いだ。貴様が出る幕ではないぞ!」


「認めましょう。貴方の誇りは尊いものです。が、何事においても優先されるべきは、信仰なのです」


 ティアリスは冷ややかに、慈愛の笑みで告げる。

 

「これは貴方を救うことにもなるのです。勝負の行方は不透明でした。まだ彼は切り札を隠し持っているかもしれませんでしたから」


「余計なことをしてくれる。何が審問だ。何が信仰だ。貴様らのお遊びに付き合うなど、もうまっぴらだ!」


「なんと罪深い……。仮にも護衛騎士である貴方が、そのような考えをしていたとは」


「ふん。信仰など疾うに捨てた。忠道を知らぬ者に忠義を尽くす道理もないわ!」


 ティアリスから笑みが消える。

 

「いいでしょう。まずは貴方から審問する必要がありますね」


「殺したければ殺すがいい。貴様らが信じる神にワシは縋らぬ! 地獄から呪詛を吐き続けてやるわ!」


 聞くに堪えないと言わんばかりに首を左右に振り、ティアリスは片手を前に掲げた。

 そのとき――。

 

「この期に及んで痴話ゲンカか。何を言い争っているかは知らないが、茶番はそこまでにしてもらおう」


 ティアリスとダニオが声の出所へ顔を向けたそのとき。


 ごっ!

「ぐぇ!」


 ガリウスが飛びかかり、ティアリスの喉に剣の柄をぶち当てた。

 

「お前はしばらく黙っていろ。耳をふさぎっぱなし(・・・・・・・・・)は、それなりに不便なのでね」


 ガリウスの左右の耳から、ずるりと粘性体が這い出てきた。それぞれの肩で丸くなると、「ぴゅい」「ぴゅい」と跳ね踊る。


「……ぁ、……っ……」


 その場にへたり込んだティアリスから離れ、ガリウスは立ち止まった。

 ちょうど彼女の向こう側に跪いた格好のダニオを臨む。

 愕然とした表情でダニオがつぶやいた。

 

「貴様は、聴覚を封じてワシの恩恵ギフトに対処していたのか……」


「さすがにキツかったがね。このスライムの分裂体がそこかしこにいたから、都度お前の出現場所を知らせてもらっていた。本来は聖女を警戒する目的だったが、運がよかったよ」


「……場所を知らせたところで、あれだけ見事に対処できるわけがない」


 ダニオの言うとおりだった。

 だが彼が【ショート・テレポート】を発動する直前、体勢や目線からある程度の出現位置は予測できる。それにピュウイのサポートが加わったのだから、集中さえ途切れなければ対処は容易かった。

 

 そして聖女は魔法を撃つでもなく、ただ何かを口ずさんでいただけ。

 ダニオともども【チャーム・ボイス】で魅了しようとしていたのはすぐに察知できた。

 

「さて、聖女ティアリス。お前を殺すのは簡単だが、それでは殺された者たちが浮かばれまい」


 彼女には、その信仰に迷ってもらったほうが都合がいい。

 取り乱す様を記録して喧伝すれば、唯一神信仰そのものに打撃を与えるよい手段となる。


「では懺悔の時間だ。お前が祈るのは神でもその代行者でもなく、ただの人たる俺だがな」


 ガリウスは聖剣を腰の鞘に収め、ポンと軽く叩いてから言い放った。



 ――悔い改めろ、狂信者。


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