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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第七章:(´・ω・`)魔王は神の使徒に無双ターン
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魔王に挑む老剣士


 都市国家群の中心都市グラムから使者がやってきた。

 しかもその人物はミッドテリア王国の国王、エドガー・ミドテリアス。

 

 体制は崩壊しているに等しいが、『国』としては存続している以上、臣下であるセドリック・ガルブルグが王をないがしろにするわけにはいかない。

 迎えの兵を送り、できる限りの準備を整えた。

 

 月のない星空の下、城門の外で後見の貴族たちとともに正装で出迎える。

 

 周囲を武装した兵士で守られた豪奢な箱馬車から、エドガーは姿を現した。あまりの重さに馬車が傾き、ふらつきながら赤い絨毯に降り立つ。

 

 セドリックを中心に、みなが一斉に片膝をつき、首を垂れた。

 

(さすがに聖女といえども、礼儀は知っているか)


 ティアリスはセドリックの斜め後ろで跪いていた。


「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。私は現ガルブルグ城主、セドリック・ガルブルグであります」


「久方ぶりであるな、ガルブルグ卿。立派な騎士に育ったようだ」


「はっ。身に余る光栄のお言葉にございます。国王陛下におかれましては、ご機嫌麗しく」


「うむ。みな面を上げるがよい」


 セドリックを含め、王国関係者の表情は複雑だ。

 三年も政治を停滞させて王都を奪われておきながら、敵国に協力して大河を越えたものの、その庇護がなくなったら王国から事実上独立した勢力に身を寄せ、なんら行動を起こしてこなかった。

 

 にもかかわらず、いまだに王の尊厳を保とうとするエドガーの振る舞いは、怒りや憤りを覚えるには十分であり、また道化じみた滑稽さを醸している。

 

 もっとも、この場にいる一人だけは、羨望と尊敬の瞳で彼を眺めていた。


「もしや、そなたが聖女ティアリスであるか?」


「はい。お初にお目にかかります、エドガー国王」


「そなたの統一国家樹立へ向けた働き、聞き及んでおるぞ。余も感銘を受け、そなたに力添えしたいと訪ねた次第だ」


「まあ! 史上初めて魔の国を滅したエドガー国王にご協力いただければ、これに勝る幸せはございません」


 純真無垢なる笑みに嘘偽りはない。

 エドガーは満足げにうなずきながら、彼女の姿に見入っていた。

 

(ううむ、なんと美しい娘だ!)


 みなが正装する中、彼女は護衛の騎士たちと同じく鎧姿。寝るとき以外は常に戦いに身を投じているとの決意の表れだ。

 

(地位も覚悟も、そして穢れなき心もすべてが高潔。ぬぅ……、セドリックの小僧にくれてやるのは惜しいな)


 彼を養子にし、聖女を娶らせて二人の後見になる思惑が、きれいさっぱりなくなった。

 

(年の差はあれど、聖女は余にこそふさわしい。あの純潔さならば、もう二度と……)


 愛した女に裏切られ続けた彼にとって、聖女は直視が憚られるほど眩しく見えた。

 必ずモノにしてみせる。

 そう心に決めたとき、ティアリスが意味不明なことを口にした。

 

「エドガー国王におかれましては、よくぞご無事で……。脱出は容易ではなかったでしょうに」


「脱出……とな?」


「今現在、大河の向こうは魔の者たちに侵略され、多くの民が苦境にあえいでいると伺いました」


 セドリックが慌てて口を挟む。

 

「ティアリス様、それは不確定な情報でして……」


 むしろ彼女が勝手に妄想した話に過ぎない。

 セドリックたちが持っているのは、平和的に同盟かそれに近い関係が結ばれたとの情報だ。

 

 ティアリスが何事か言おうとしたのを、エドガーのしゃがれた笑いが遮った。

 

「くはっ、ははは。魔族に侵略された、だと? そのような与太話が、大河を越えたすぐそこに伝わっておるとはな」


 ひゅるりと寒風がすり抜ける。

 エドガーは身震いした。

 

「かような場所、立ち話には不向きであるな。ガルブルグ卿、城内へ案内いたせ。道すがら話をしてやろう」


「これは、大変失礼いたしました。すぐに――」


 半身になって道を開けようとしたセドリックが息を呑む。

 彼を押しのけるように、ティアリスがエドガーの前に進み出たのだ。

 

「エドガー国王、大河の向こう側の状況を、詳しくお話してくださいませんか?」


 薄い笑みにセドリックは凍り付く。

 エドガーは怪訝そうに眉をひそめたが、いずれモノにすべき少女に寛大な態度で臨むと決め、相好を崩した。

 

「おお、よいとも。なに、そう難しい話ではない。都市国家群は帝国に街をひとつ潰されて相当疲弊しておってな。愚かにも魔族どもに頼って再建を目論んでおるのだ」


 ティアリスから笑みが消えた。だがエドガーは異変に気付かない。

 

「また連中に、大きな流れに逆らえる力はない。そこで統一国家への参加を認めてもらいたいと、余に仲介役を乞うたという顛末だ。ま、余としても無碍にはできぬからな。こうして足を運んだというわけだ」


 それだけではないぞ、とエドガーは饒舌に続ける。

 

「魔族どもも統一国家に参加したいと抜かしおった。奴らめ、最果てに追いやられていよいよ尻に火が点いたとみえる」


 しゃがれた哄笑が寒空に響く。

 セドリック以下、居並ぶ者たちは顔を引きつらせていた。

 

「……よく、わかりました」


「なに、そなたの疑問にならいつでも答えよう。さ、続きは中であたたまりながら――」


 エドガーは歩み寄り、彼女の肩に優しく手を置こうとして。

 

 

 ――跪きなさい。

 

 

「ぬぉっ!?」


 魅惑の美声に両膝がかくんと落ちた。

 

「ティアリス様! ご自分が何をしたか理解しているのか!」


 セドリックが詰め寄ろうとするも、ティアリスはエドガーを一瞥して踵を返した。

 

「国の象徴たる王を跪かせるとは!」

「王国そのものへの侮辱であるぞ!」

「いくら聖女でも看過できぬ!」


 すたすたと歩く中、周囲が騒ぎ立てるも、

  

「黙りなさい」


 重いひと言で、誰も声を発せなくなった。

 ティアリスは距離を空け、再びエドガーに正対する。

 

「これより異端審問(・・・・)を始めます。今この瞬間から、わたくしは父なる神の代行者。エドガー・ミドテリアス国王、我が問いに嘘偽りなく答えますよう」


 過去の罪を悔い改める『懺悔』ではなく、今現在進行中の涜聖とくせいに対する糾弾――特に唯一神信仰とは異なる信仰に堕ちた疑いがある者に行われるのが、異端審問である。

 

 エドガーは魔に心乱され、信仰を穢しているとティアリスは判断したのだ。

 

「哀しいことですね。貴方ほどの傑物が魔に惑わされているなどと……信じがたいことですが、私情を挟まず、その罪を詳らかにいたしましょう」


 聖女は静かに問う。

 

「エドガー・ミドテリアス、貴方を誑かしたのは、誰ですか?」


「ゆ、勇者、ガリウス……」


「ッ!? …………彼は、貴方に何を告げましたか?」


 エドガーは、ガリウスに再会してからの出来事を詳細に語った。

 

「陳腐な幻影ですね。魔の獣が描いた虚像を、安易に信じてしまうなんて……」


「そなたも、実際に見ればわかるであろう。あれが幻であるとは、とても思えなかった。それほどに明瞭で、そこに映る者たちは生き生きと動いておったのだ……」


「では大河の向こう側は、施政する者たちだけでなく、民までも魔を受け入れていると?」


「そう考えて、よいであろうな」


 エドガーは四つん這いに近い窮屈な姿勢でまくしたてる。

 

「そも、なんの不思議があろうか。人族われらは勝ったのだ。敗者が心まで屈服し、勝者に縋ることもあろう。余の威光が奴らに届き、改心したに違いない!」


 引きつった笑みで聖女を見上げた。

 

「むろん今すぐ信じてよい輩ではない。最低でも百年は監視しなくてはなあ。ゆえに余は受け入れよう。統一国家に参加したいのであれば、末席に据えてこき使ってやればよいのだ!」


 結論は後世の王に押しつければいい。

 エドガーは心の底から(・・・・・)そう思った。

 


 ――大罪。

 

 

 だが、彼の言葉は聖女の逆鱗に触れた。いや、信仰の根幹を穢したのだ。

 

「ま、待――」


 見守るしかできなかったセドリックが、どうにか呪縛から逃れて声を出そうとする。

 そこへ。

 

「それ以上はなりません、ティアリス様」


 老剣士が、聖女の前に立ちはだかった。


「ダニオ、わたくしの裁決に不服でも?」


「審判は下りました。貴女の決定に異論はございません。が、罰するのが教国われらである必要も、ございません」


 エドガーは国を衰退させたその責を、遠からずこの国の者たちによって裁かれるのだ。

 

「国には国の法がございます。同じ結末を迎えるのであれば、世にいかなる影響を与えるかを熟慮するのも代行者の務めでありましょう。仮に王が法に許されたならば、そのときは王の身柄を教国へ引き渡すよう、然るべき作法に則るのがよろしい」


 あるいは、統一国家を樹立したうえで教国主導で改めて王を裁くべき、とダニオは考える。

 

「この場での処断は、禍根しか残しませぬ。教皇より拝命されたお役目を、お忘れなさるな」


 しばらくの、睨み合うような視線の交錯。

 先に吐息を漏らし、目を伏せたのは聖女ティアリスだ。

 

 両の手のひらを組み、教典の一節を口ずさむ。

 

 セドリックたち城の者はみなが安堵した。すんでのところで聖女が思いとどまり、気を落ち着かせようとしている。

 そう、考えたのだが。

 

「ティアリス様! おやめください!」


 ダニオが血相を変えて止めに入った、次の瞬間。

 

「ぐおぉぉおおぉ!」


 エドガーの体が赤い炎に包まれた。

 

「さあ、祈りなさい。穢れた思想を洗い流し、神に赦しを乞うのです」


「ご、がぁ、燃え、る、余が、燃えりゅぅ……」


 ティアリスがかけた魔法は見た目ほど熱くはない。その身をじっくりと焼き犯していくものだ。

 祈りの時間はあったろう。改心するには十分なほどに。

 

「ひょっ…………ぁ」


 しかし身を焼かれる恐怖にエドガーは耐えきれず、ショックのあまり呆気なく命を落とした。

 巨躯が倒れ、肉と脂の焦げた臭いが風に流される。

 

「哀れな……。稀代の英傑も、魔に魅入られては救われませんでしたか」


 冷徹な物言いに、周囲が色めき立った。聖女がその恩恵ギフトの効果を解除したためだ。

 ダニオは彼らを視線で牽制する。

 一方の聖女は淡々と告げた。

 

「ダニオ、わたくしがなんの覚悟もなく、王を処断したと考えているのですか?」


「ティアリス様、何を……?」


 彼女は、自ら銀の鎧に手をかけて、武装を外し始めた。がしゃん、がしゃり、と装甲が地面に落ちる。上半身が白い肌着のみになったところで、両手を広げてセドリックたちに向き直った。

 

「わたくしは神の御名の下、エドガー国王を処断いたしました。それが貴方がたの法に触れると言うのなら、どうぞこの身をご自由に。わたくしは逃げも隠れもいたしません」


 恩恵ギフトには頼らず、歌うように楽しげに聖女は語る。

 

「わたくしの願いはただひとつ。人々が信仰に迷いなく、神に感謝して暮らす世界の構築です。大河で分かつあちら側を赦してはなりません。こちら側でひとつにまとまり、徹底して魔を滅するのです。そのために我が身を捧げよと神がおっしゃるならば、この命、魂までも差し出しましょう」


 曇りなき瞳に、汚れなき声に、一同は気圧される。

 周囲から視線が集まり、ようやくセドリックが口を開いた。


「へ、陛下のご遺体をあのままにはしておけません。貴女の処遇は、諸侯とも協議しなければなりませんので、ひとまず部屋で待機していただけますか……」


「承知しました。では、お先に失礼いたします」


 ティアリスは優雅に歩を進めると、彼女を恐れるように道が開けた。

 

 ここに至り、ダニオは己が失態に気づく。

 

(しまった! 遠巻きに潜んでいた魔物どもが、減っている)


 スライムが帝国領トゥルスからずっと後を付いてきていたのは知っていた。相手の目的を探るために放置していたが、エドガーの話から『監視』と『情報収集』であることは明らか。

 

 現実の場面を記録し、後に映し出す魔法。

 今の一部始終を、知られてしまった。

 

(ガルブルグ卿らは、王国貴族のみで処理したいところだろうが……)


 帝国やその他の国々、一般市民レベルにまで聖女の凶行が知れ渡るのは時間の問題だろう。

 ダニオは焼け焦げた肉塊に目をやった。

 

(この結末も、貴様が仕組んだというのか)


 聖女が脱ぎ捨てた鎧を拾い上げ、彼女の背を追いながら、小さくその名を告げた。

 

 ――勇者、ガリウス!


  

 

 その夜は、ティアリスの部屋で護衛に付いた。

 薄闇の中、ダニオは寝息を立てる彼女を見下ろす。


(愚かな娘だ。他にもっと、うまいやり方はあったろうに)


 狡猾に立ち回ることができないのは、浅い経験を抜きにしても信仰に縛られているがゆえ。

 同情はできない。したくもない。


 ティアリスが生まれてからずっと彼女の護衛を務めてきた彼は知っている。

 幾度となく、彼女には選択の場面があったのだ。

 にもかかわらず、信仰にすべてを委ね、自ら考えることを放棄した。

 

 セドリックたちは彼女の扱いにほとほと困っていることだろう。

 結論は決まっているが、決断はまだ先になる。

 しかし――。

 

(あの男は、待ってはくれぬ)


 国王殺しを誅するとの大義名分を手に、もう一方の手に聖剣を携え、現れるだろう。

 

(いや、だが、それならばワシも剣士の本懐を遂げられるというもの)


 老い先短い身だ。命など惜しくはない。

 信仰に溺れた愚昧な女をただ守るだけの余生に、むしろ希望が生まれたとダニオは喜ぶ。

 

 情報ではいまだ聖武具は完全ではないらしいが、それでも勇者は強い。

 稀有にして至高の恩恵ギフトを持つ彼と、死力を尽くした一騎打ちが挑める好機。

 

「散り際くらいは、ワシのやりたいようにやらせてもらうぞ」


 聖女につぶやきを落とし、ダニオは背負った二本の大剣を抜いた。

 それらを抱き、腰を落として目を閉じる。


(にしても、変わった男だな。勇者でありながら、亜人・・とともに暮らすなど)


 だが、それがもしかしたら、人のあるべき姿なのかもしれない。

 

 ダニオは首を横に振った。

 

 雑念は迷いを生み、剣を鈍らせる。

 信仰は疾うに捨てた。

 今はただ、剣士として最高の戦いがしてみたかった――。


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