魔王は統一阻止へ動き出す
リムルレスタは毎年、雪深い冬となる。
外で活動できないほど厳しくはないが、奥へいくほど――大山脈に近づく東へ向かうほど降雪量は多い。
そのため初雪の前には、雪で家屋や樹木が押しつぶされないよう雪囲いをする。
家屋には支柱をずらりと斜めに立てかけ、横板を打ちつける。
屋根に積もった雪は降ろさなければならないが、下に落ちた雪が側面から家屋を圧迫し、侵入するのを防ぐためだ。
樹木は大小さまざまな方法があるが、支柱と枝を縄で括って支え、雪の重みで折れないようにするやり方などがある。
都にあるガリウスの家は、平屋だが広い。国家代表の屋敷にしては小ぢんまりとしているが、夫婦で住むのにちょうどよいとは言えなかった。
とはいえ、不満はない。
あるとすれば、ボルダルの小屋ではすぐに終わった雪囲いが少々面倒臭い、というくらいだ。
これまた国家代表であるのに、ガリウスは自身で雪囲いを行っている。
高々一軒の作業で人手不足がどうのと言うつもりはないが、自分でやれるものは自分でやってしまいたかった。
ただ、単純作業に没頭するのも無駄のように感じたので、
「儂を呼んだわけか。まあ、暇しておったからよいがのう」
元国家代表を呼びつけて話をすることにした。
もっとも話自体は深刻なものだ。新たな脅威となる勢力に、どう対するか。
「儂ら亜人は精霊信仰であるからなあ。唯一神信仰はよく知らぬし、その元締めとやらは遠い異国であるからまったく知識がない」
今回、ミッドテリア王国周辺に現れたのは、西の小国ルビアレス教国の使節団だ。代表は聖女ティアリス・ジョゼリ。
唯一神信仰を司る彼らは民衆から絶大な支持を得ており、聖女は教皇と並ぶほど尊敬と畏怖の対象となっていた。
「儂ら亜人を毛嫌いしておるのは一般民衆と変わらぬのか?」
「それ以上だよ。むしろ連中は亜人蔑視――いや、排斥か。その風潮を作り上げた張本人と言える。奴らは唯一神を信奉するあまり、『亜人たちは恩恵が与えられない』ゆえに『神に仇なす者』と考えている」
「それはまた、極端じゃのう」
「というか、こじつけもいいところだ。その考えなら人族以外の動植物はすべて神に背く存在となる」
「まあ、たしかに……」
「王国はそういった思想を利用し、貴方たちを追い詰めた。自分たちに都合のよい考え方だったからな。語弊を覚悟で言ってしまうが、王国やその民衆はまだ救いがある。彼らの都合に合わせてやれば、対話が可能だからだ」
しかし、とガリウスは縄をぎゅっと結んで言った。
「教国の連中には話が通じない」
〝魔族〟は悪。
たとえ耳に心地よい言葉を投げかけてこようと、〝魔族〟の真意は常に人を貶めるものである。
凝り固まった考えは、たとえ自分たちが滅ぼされようともけっして変えはしないだろう。
「端から話をするつもりがないから、対話は不可能なんだよ」
ガリウスは過去何度か、教国直轄の神官の説法を聞いた。
彼らは一貫して『魔族は滅ぼすべし』と主張し、奴隷として生かすことすら禁忌していたのだ。
「中でも顕著だったのが、俺が聖武具エルザナードを手にした直後くらいだったか、王を訪ねてきた老神官に会ってね。思い返してみれば、あれほど純粋な瞳で悪意を口にする人物に、あれ以降も俺は出会ったことがない」
神の慈悲深さを説き、隣人を愛せよと語る一方、同じ純度でその老人は『魔族を殺し尽くすことに励め』とガリウスに言い放ったのだ。
「国王に招かれていたようだから、相当地位の高い男だったと思う。当然だが、連中は地位が高ければ高いほど、その信仰が堅牢だ。あれは本当に度し難い。二度と顔を合わせたくない者の筆頭だ」
感情的に吐き捨てると、腰に差した聖剣からにゅっと顔が出た。
『まあ、彼は現教皇ですからね』
「そう、なのか?」
『ええ。そして帝国に接触した聖女ティアリスは、その孫娘です』
偵察のスライムからの報告によれば、そうらしい。聖女を名乗る彼女との対話は、絶望的だと考えてよいだろう。
「エルザナード、彼女について何か知っているか?」
『いいえ。まったく』
「教皇は統一国家を創ろうなどという野心家なのか?」
『さあ? わたくしにはわかりかねます』
「……そうか」
『今、〝使えない女だ。なんのために出てきたんだ?〟と呆れましたね?』
「被害妄想が甚だしいな。『退屈だったのだろうな』くらいにしか考えていない」
『ふふ、どうしてこのようなひねくれた子に育ってしまったのでしょうか。わたくしは哀しいです』
「自分が育てたみたいな言い方はやめてほしいな」
エルザナードは『ふぅ』とこれみよがしにため息をついてから、頭を引っこめた。
「で、話を戻すが――」
「何事もなかったかのように振舞われると、ツッコみたくなるのう」
「慣れてくれ、としか言えないな」
ガリウスは苦笑する。
傍目からはあまり仲がよろしくない、ギスギスしたやり取りに見えたかもしれない。
しかし彼女との一連のやり取りには暗黙の了解があった。
彼女が顔を出すのは、ガリウスがイライラしたり感情的になったときだ。
そうではなく単に退屈で話し相手がほしいときもあるが、今回は必要だと感じて現れたのだろう。
マイペースのようでいて、場を和ませたり仕切り直したりに気を遣っている。
真面目に受け応えしても、途中でおちゃらけたのがその証拠。
そういうときは、ガリウスも彼女に合わせるようにしていた。
おかげで冷静になれた。
「さて、教皇の野心のほどはわからないが、実際に今、このタイミングで行動を起こしたのは事実。連中にしてみれば、またとない絶好の機会なのだろう」
スライムが持ち帰ったグスガーとティアリスとの会談内容。
――今こそ唯一神の御名の下、力を合わせる時ではないでしょうか。
聖女が臆面もなく告げた言葉に嘘はない。
だが狙い通りであるとの思惑もガリウスには透けて見えた。
教国はこれまで、一歩引いた立場で教義の普及に努めていた。
しかしそれは大陸が混乱に陥った際、民衆から貴族、国のトップに至るまでが教国を頼る土台を作っていたとも考えられる。
「どうするんじゃ? まさか、教国に一人で向かうのではないじゃろうな」
「教国の内情が不明な今、トップや聖女を倒したところで楽観はできない。教国ではなく、王国なり帝国の誰かが旗を振ってもこの流れは続く可能性がある」
だから、流れ自体をどこかで、一時的にでも止める必要がある。
「流れを、止めるじゃと?」
ガリウスはうなずく。
「〝統一〟国家である以上、もっとも重要なのは足並みがそろうかどうかだ。そして混乱の只中にある人族は、唯一神――教国が掲げる統一国家に縋るしかない状況に陥っている」
ならば、それとは別に『縋れる相手』を見繕ってやればいい。
「とはいえ、見繕う対象は限定する。あっちもこっちもでは手が足りないからな。目的は人族の足並みを乱すことだし、距離的にも都市国家群でいいだろう。先手を打つ意味でも、聖女より先に接触を――」
「ちょ、ちょいと待たんか。お前さんが言う『縋れる相手』とはもしや……」
怪訝そうな顔をするジズルに、ガリウスはしれっと答えた。
「もちろん。俺たちリムルレスタだよ」




