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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第七章:(´・ω・`)魔王は神の使徒に無双ターン
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魔王はスパイを送る


 マルギット・ドーレ――その肉体を奪った【レコード・マスター】所有者のケラは、自室で紙面に目を通していた。

 必要最低限の家具しか置かれていない部屋には書類が散乱している。

 

 イビディリア神殿に冒険者パーティーを送りこんで四日。

 連絡の途絶えた彼らに代わり、別の冒険者を雇って調べた結果報告書を読み終わる。

 

 損耗の激しい死体が四つ。まるで爆裂系の魔法に巻きこまれたかのように、と記されている個所を再読する。

 その場には彼らのものと思しき荷物も散らばっていた、とあった。


(スライム・キングとの戦いで窮地に陥り、自爆ぎみに爆散の巻物スクロールで相討ちした、と考えられるが、ふむ……)


 生き残りがいないのは不自然と言えば不自然だ。威力の説明はしておいたし、魔物相手に相討ちを狙う冒険者はいないだろう。

 しかし状況によってはあり得る結末だ。人間、自棄になったら何をしでかすかわからない。

 

 ちなみにケラは知らない。最初に送った冒険者たちは荷物持ちを一人、雇っていたことを。

 

 不自然な事態は他にもある。

 今回調査した冒険者たちは、一体のスライムにも遭遇しなかった。スライム・キングともどもスクロールの爆発に飲まれたか、神殿のボスモンスターが死滅したことで軒並み消失したか。

 こちらも確実に『おかしい』とは言えない状況だった。

 

 今回、【アナライザー】の恩恵ギフトを持つ者がいる冒険者パーティーを選んだ。

 人やアイテムの情報を読み取ったり、トラップなどを見破ったりできる恩恵ギフトだ。その人物が調べたところ、神殿はすべての機能を停止していると判明した。

 

 守るべき神殿が機能しなくなったから、魔物が軒並み居を移したとも考えられる。

 

 ケラは報告書を床にばらまき、ベッドの上に転がる。

 

(ふむ。遊びはこれまでか……)


 疑いようはあるものの、信じられなくもない。

 元より情報が少ない中での好奇心による調査だった。自ら乗り込んで詳しく調べるにしても、間を置くことになるだろう。

 

 だがこれらはすべて、ガリウスの偽装である。

 

 イルア神殿に戻ったその日、数時間後ガリウスは再びイビディリア神殿に舞い戻った。

 冒険者四人の死体を集めて荷物ともどもスクロールで爆散。スライムたちには役割を与えて表に出ないよう命じ、神殿の機能を一時的に停止させている。

 荷物持ちのノエットの存在をケラが知っているかは不明だが、仮に知っていたとしても、臨時の荷物持ちが一人行方不明になってもそう不自然ではないと判断した。

 

 冒険者たち以外の介入があったとの証拠を消しさえすればよい。

 実際、ケラは第三者の存在が頭には浮かばず、当然のようにガリウスに思い至ることはなかった。

 

 ケラはぼんやりと天井を眺める。

 なんの変哲もない、シミひとつない天井だ。

 

(この肉体になってから、ようやく余裕が生まれたが……趣味に走る時間はそろそろなくなってきたな)


 状況は思いのほか早く進行している。

 

 もっとも勢いのあった帝国は皇帝を失い、王国を中心とした地域は混迷を極めていた。

  

 彼女は今、旧王国領の南部を支配する帝国駐屯部隊に所属していた。

 司令官はグスガー・ムスタイム将軍。出自は貧しい平民だが、皇帝ユルトゥスに拾われて大出世した男だ。頭で考えるより先に体を動かす短絡的なタイプだが、だからこそ御しやすい。

 

 ケラが体を乗っ取った女性兵士はとある貴族の流れで、飛空戦艦に搭乗するほどのエリートだった。

 皇帝に心酔するグスガーは、皇帝直轄の兵士である彼女を簡単に信頼し、今では相談役に近い仕事をケラはこなしている。

 もっともケラは彼を信頼しておらず、正体を明かしていなかった。

 

 帝国も今、混乱の渦中にある。

 そんな中、大陸内でもっとも影響力のある勢力が動き始めたのだ。その使節団が、こちらへ向かっているとの報告があった。

 

(そろそろか)


 ゆっくりと上体を持ち上げると、部屋の扉が叩かれた。ケラが応じる前に開かれる。

 

「ムスタイム将軍がお呼びだ。到着した客人の出迎えをしろ」


 中年男性士官が部屋の散らかりように顔をしかめながら、ぶっきらぼうに告げる。

 ケラは立ち上がって居住まいを正した。

 

「承知しました。直ちに向かいます」


 彼の横を通り過ぎる最中。

 

「体を使って出世したあばずれが」


 実にわかりやすい。

 ケラ――若くして将軍の側近にまで上り詰めたマルギット・ドーレは、周囲から疎まれていた。ここまで率直に悪意を表明されると感心さえしてしまう。

 

(可愛げはユルトゥスのほうがあったがな)


 ケラは内心でせせら笑いながら、屋敷の玄関ホールへと足を向けた――。

 

 

 

 誰もいなくなったケラの部屋の天井が、ぐにゃりと歪んだ。

 無色透明の粘性体がつぅっと天井から降りてきて、床にべちゃーっと広がった。散乱した書類を取りこんで、しばらく紙面に書かれた情報を記録していく。

 

 やがて書類を元の位置に寸分たがわず戻してから、ずるりと窓へ移動した。窓のわずかな隙間から、時間をかけて屋敷の外へ出る。

 

 物音は立てず、誰にも気取られず。

 

 自身が生まれた場所――イビディリア神殿へと向かった。

 

 

 粘性体の正体はスライムだ。

 神殿のマスターとなったガリウスの命令で、ケラの周辺に隠れて情報収集に務めていた。

 街中に、屋敷に。合わせて百を超える個体が任務に当たっている。

 ケラの部屋には別のスライムが入れ替わりに待機することだろう。

 

 元来スライムは隠密行動に優れていた。

 体の色を変化させ、無色透明になり、薄く体を伸ばして樹や岩、地面に隠れることができる。敵意や害意も完全に消し去ることができるため、『そこにいる』との確信がなければ発見は困難を極めた。

 

 ただしこの状態では戦闘が行えず、戦闘態勢に戻すまでに時間がかかるため、見つかれば抵抗する間もなく倒されてしまう。

 逃げの一手を選択する場合の非常手段だ。

 ゆえにガリウスも無茶はしないよう厳命していた。

 

 神殿に戻ったスライムは、最奥の広間にたどり着く。

 

 そこに、小型でつるりとしたスライムが待ち構えていた。

 かつてスライム・キングの中から出てきた小型スライム――ガリウスは鳴き声から『ピュウイ』と名付けた。

 

「ぴゅい♪」


 やってきたスライムは体を伸ばし、先端をとがらせてピュウイの側面に突き刺す。

 ピュウイはひと鳴きして、つぶらな目を細めた。

 

 ずるずるとピュウイの中を刺し貫き、逆側面から突き出てくる。

 やがてピュウイの体内を通り抜けた。

 

 これで情報の引き渡し(・・・・・・・)は完了である。

 

「ぴゅい!」


 通常個体のスライムは再び任務に戻っていく。

 ピュウイは広間の中央でべちゃーっと体を崩し、地下へと降りていった。

 

 イビディリア神殿の制御室は暗闇だった。

 

「ぴゅいーぴゅい!」


 ピュウイが飛び跳ねながら大きく鳴くと、台座の上にある球体が光を帯びた。帯状魔法陣がゆっくり回転を始める。

 

 神殿機能の起動と停止は必要に応じてピュウイが行っていた。

 本来はマスターであるガリウスにしか行えないが、ピュウイはイビディリア神殿の補助頭脳であり、神殿マスターのアシスタントを担う。

 

 元は神殿守護獣である精霊獣タイロスからそんな説明を聞かされ、ガリウスはピュウイに多くの権限を与えているのだ。

 

 ピュウイのような守護獣は各神殿に一体はいて、イルア神殿にも火の玉のような守護獣が発見されている。

 通常は代表守護獣(イビディリアではスライム・キング、イルアではスケルトン・キング)に宿っているのだ。

 

 ピュウイはイルア神殿に転移する。

 そこで待っていたイルア神殿のアシスタント――人の頭ほどの大きさの青白い炎の玉に情報を引き渡す。

 

 炎の玉――ガリウスは燃え盛る様子から『メラ』と名付けた――は、制御室の隙間からするりと抜け出し、遺跡の外に常設された通信魔法具を自ら操作。

 スライムが得た情報を漏れなく都へと送るのだった――。

 

 


 

 ガリウスはピュウイから届いた報告に目を通す。


 ケラの部屋に散乱していた書類からは、彼女が興味本位でイビディリア神殿に冒険者たちを送りこんだことが窺い知れた。

 今のところガリウスの介入には気づいていない様子で、スパイ活動は現状維持でよいだろう。

 ただし多少は不審がられているようなので注意は必要だ。

 

 今回は大きな収穫があった。

 報告からは周辺国家の最新情勢が見て取れたのだ。最速の情報が都市国家群に偏っている現状、とても助かる。

 

(さて、帝国の駐屯部隊を訪れた『客人』とやらが誰なのか……)


 王国を中心とした人族社会は今、混迷の渦中にある。

 帝国に接触してきたのは人物の所属によっては、また大きな動きがあるだろう。

 

 その人物を知るのは翌日に持ち越しとなったが、報告を見て、ガリウスは顔をしかめた。

 

 意外、ではなかった。

 しかし予想しうる中では、もっとも厄介と言えるかもしれない。

 

 ガリウスはその人物を知らない。だが地位を考えれば、かなりの大物だった。

 

「ルビアレス教国の、聖女ティアリス・ジョゼリ」


 西の小国でありながら、ルビアレス教国は唯一神信仰の中心地。宗教の枠組みで考えれば、大陸でもっとも勢力が大きい。神の代弁者たる彼らの発言力は、相当なものだ。

 

 そして『聖女』の地位は、教国のトップ教皇に迫る実力者だった――。


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