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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第六章:(´・ω・`)魔王の国内で無双ターン
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魔王は侵入者に遭遇する


 白い視界が唐突に開ける。

 目がくらむほどの光に包まれたにしては、すぐに視力は回復した。

 

 崩れた壁がすぐそこにある。床はほとんど剥がされているのか、ざらついてデコボコしていた。天井は抜け落ちて、曇天が広がっている。

 

 廃墟と呼ぶにふさわしい場所だ。

 

(なんとなく見覚えがあるのは当然として……)


 ガリウスはひとまず、腕にしがみついて離さない人物の頭をそっと撫でた。

 

「もう大丈夫だよ、リリア」


 ぎゅっと目をつぶって固まっていたエルフの少女は、「ふえ?」と気の抜けた声を出して目を開き、ガリウスの顔を見て安堵した。

 が、きょろきょろと辺りを見回すと、しばし呆然としてから叫ぶ。

 

「どこよここ!?」

 

「おそらく〝イビディリア〟の遺跡だ」


「どこよそれ!?」


「俺が勇者時代に探索した遺跡だ」


「は? ……………………ハッ! そうか。『転移』で『攻略中』の、『イビディリア』……」


 リリアネアはそうとう混乱していただろうに、冷静になって状況を汲み取ったようだ。さすがに何度も修羅場を潜ってきただけはあり、切り替えが早い。


「てことは、今あたしたちって王国の領内にいるの?」


「正確には帝国だな。報告では、まだこの辺りは帝国が占拠していたはずだ」


 いずれにせよ、とガリウスは告げる。

 

「やるべきことは明確だ。俺たちがさっきまでいたところと同じく、この遺跡……というか神殿にも最奥に制御室のような部屋があるはずだ。そこを探してマスター登録とやらを行えば、イルア神殿に戻れるだろう」


「そっか。同じように転移すればいいのね」


 ガリウスはうなずく。

 

「でも、ここの制御室ってどこにあるの?」


「ほぼ間違いなく、この広間(・・・・)のどこかだろう」


 広間? とリリアネアは首を傾げて辺りを見回した。

 崩れた壁や瓦礫の山でわかりづらいが、大きな広間の隅に自分たちはいるらしい。

 

「以前、俺がこの神殿を探索したとき、大掛かりなトラップが仕掛けられた広間に行き着いてね」


 遺跡の最奥に転移したのなら、ここが制御室にもっとも近い場所に違いない。

 

 当時、罠を発動させずに何らかの仕掛けを起動させるのに、自分一人では条件に合致しなかった。


「王国軍に報告して俺の役目はそこで終わった。が、状況から考えるに、王国軍は制御室にはたどり着けなかったようだな」

 

「ラッキーだったわね。今からその条件を満たすのって、あたしたち二人でも大丈夫なの?」


「無理だな」


 ガリウスは即答する。

 

「『俺たちには』という部分以前に、もはや条件を満たせる状況にない。ここの惨状を見れば明らかだ」


 イルア神殿では特定の誰かが用意された椅子に座り、別の椅子を破壊する手順が必要だった。

 ここでも似たような条件なのだが、イルア神殿での『椅子』に相当するものが失われているのだ。

 

「ぇ……それじゃあたしたち、制御室には入れないの?」


 転移できなければ、自力で最果ての森まで戻らなければならない。

 

「最悪の場合は、聖剣これで無理やり床に穴を開ける。見たところ隠し部屋があるなら地下以外は考えられないからな」


 ホッとするリリアネアに、ガリウスは「だが」と続ける。

 

「できればそれはしたくない。穴を開けてしまえば、制御室が露わになったままになる。後で埋めればいい話だが、正規の手順があるならそちらを優先したい」


「でも、その正規の手順が無理なんでしょ?」


「神殿を作った連中がこういった事態を予測していなかったとは思えない。他にもあるんじゃないか?」


 残念ながら広間の『機能』は停止していて、何をどうすればよいかはガリウスでも読み取れなかった。

 付近を歩き回って何かしらのヒントを探すしかない。

 

「というわけで、手持ちの品を確認しよう」


 装備やアイテムを二人で確認する。

 戦闘は想定していなかったが、念のためと武器は二人とも装備していた。ガリウスは聖剣とシルフィード・ダガー。リリアネアはサラマンダー・ダガーを持っていた。

 

「暴露のランタンは使いどころがなさそうだな。回復薬も心許ない」


「食料も水も、当然持ってないわけで……」


「それは付近に森があるから調達はできるだろう。ま、数日で正規の手順が判明しなければ、諦めて床を掘ろう」


 方針が決まり、ガリウスは聖剣を抜いた。

 

「というわけだ。俺たちの状況をみなに伝えてほしい」


 にゅっと美女が首だけ出す。

 

『ええ、構いませんとも。二人は新婚旅行気分で楽しそうです、と安心させてあげましょう』


 棘のある言い方だ。通信魔法代わりに使われるのがそうとう気に入らないらしい。だが指摘してもふてくされるだけだろうから、「頼む」とだけ返した。


『ふふ、ではごゆるりと』


 口元は笑みを湛えているがジト目のエルザナードが首を引っこめる。


「もうすこし仲良くできないの?」


「俺にその気はないが、いろいろ根に持たれているようだ。さて、すこし周辺を調べてみるか」


 リリアネアを連れ立って、ガリウスは歩き出す。

 

 足元が悪い中を進む。

 壁はもちろんだが、天井はほとんど抜け落ちているので明るい。曇天だが今は昼間だ。

 

「この神殿も魔石がたくさん埋まっていたの?」


「ああ、水の魔石だった。規模はイルア神殿より小さかったが、かなりの量が採れたろうな」


 健在だったころのイビディリア神殿を思い描けば、床や天井から青白い光がにじんでいた。壁が多く残っているのはそのためだろう。

 

 王国は人口も多いので魔石の消費量もかなりのもの。当時は王都がお祭り騒ぎになった記憶がある。

 

「もう採り尽くされちゃったのかしら?」


「だろうな。だからといって、誰も足を踏み入れないとも限らないのだが――っ! リリア、止まれ」


 リリアネアを庇うように前に出て、ガリウスは剣の柄に手をかけた。

 

 前方、元は廊下だった道の先。

 成人サイズの粘性体が、崩れた壁の陰からずりずりと現れた。澄んだ青い体の向こう側がかすかに透けて見える。

 

「スライムだ。そういえば、ここを守っていたのは彼らだったな」


 勇者時代のガリウスなら、目にした瞬間には斬りかかっていただろう。しかし彼は剣を抜かぬまま動かなかった。

 

「青い、わね。こちらを敵とは認識してないみたい」


 スライム種は基本、青や水色をしている。しかし警戒すると黄色を帯び、赤みに変化すれば襲ってくるのだ。

 勇者時代は倒すこと前提で、青いうちに攻撃して先手を取っていた。が、悪霊化していないのなら戦闘は極力避けたい。

 

 スライムは全容を現してから動きを止めた。どこを見ているのか、そもそも視覚があるのか不明だが、こちらを見定めているように感じる。

 

 と、スライムの色が変化した。青が薄まり、黄色になっていく。

 

(今の俺たちは神殿の侵入者。見逃してはくれないか……)


 覚悟を決めたものの、スライムはガリウスたちから離れる方向に移動を始めた。

 体を蠢かせ、ずりずり進むうち、赤に変色していく。

 

「どういうことかしら……?」


「わからない」


 こちらを見逃したのはイルア神殿でマスター登録をしたおかげだろうか? であれば、他の神殿を攻略する際はかなり楽になる。

 

(単に神殿が破壊され、侵入者扱いする意味を失っているのかもな)


 それはそれとして、攻撃態勢で移動したのはなぜなのか?

 ガリウスはしばらく考えてから。

 

「追ってみよう」


 距離を一定に保ちながら、スライムの後をつけていった――。

 

 

 

 イルア神殿は十二階層の迷宮に隠されていた。

 対するイビディリア神殿は、無数の大岩があちこちに置かれ、迷路を形成して侵入者の行く手を阻んでいた。


 その大岩が実に厄介で、まるで生き物のように動いて迷路のかたちを変える。飛び越えようとすればトラップが発動した。それでいて岩の上からはスライムが襲いかかってきて気が抜けない。

 当時は大勢の兵士や冒険者が死に追いやられていた。

 

 ちなみにガリウスは大岩を壊して回るという荒業でイビディリアの遺跡を攻略した。

 そのため今現在、外の大岩はほとんどが砕かれ、機能を停止している。

 

 神殿への道をのちに王国軍が整備したので、森へ向かう広い道が出来上がっていた。

 

 その道のど真ん中で、スライムと戦う者たちがいる。

 冒険者だろうか。剣士と重戦士、神官服の男、ローブ姿の女に、大荷物を背負ったみすぼらしい女もいた。計五人のパーティーだ。


(やはり侵入者がいたか。腕試しか知らないが、邪魔だな)


 先に手を出したのは彼らだろう。だからスライムたちは怒って攻撃態勢になったと考えられる。

 

 ガリウスはリリアネアともども風をまとい、冒険者たちに気づかれないよう、彼らに接近した。場合によってはスライムに手を貸し、連中を撃退するつもりだ。

 スライムの警戒網にかからない距離で様子を窺う。

 

 十数体のスライムに行く手を阻まれているが、有利に戦いを進めているのは冒険者たちだった。荷物持ちらしき女が大岩の破片に隠れている以外、余裕をもって対処している。

 

 スライムたちが駆逐されるのは時間の問題だろう。

 だが、そこへ――。

 

「きやがったぞ!」


 リーダーと思しき剣士が叫ぶ。

 ずるりずるりと、神殿の裏手から巨大なスライムがやってきた。高さ七メートル近い大型のスライムだ。

 

(スライム・キングか)


 かつてガリウスが打倒したが、復活していたようだ。

 

 現れるなり、スライム・キングは体の一部を小さく飛ばす。無数の粘性体が矢のような勢いで、同胞のスライムを避けて冒険者たちに襲いかかった。

 

 ガリウスはリリアネアを抱えてわずかに距離を取る。

 

 一方、冒険者たちは重戦士が前に出て、巨大な魔法防壁を築いた。他の三人は重戦士の後ろに集まる。神官服の男が魔法防壁を重ね掛けし、より堅牢にする。

 円形の壁はスライム・キングの攻撃にもびくともしない。

 

 だが重戦士の顔には苦悩が浮かんでいた。神官だけになれば、そう長くはもたないだろう。


「おいノエット! 何してやがる!」


 剣士が声を飛ばしたのは、岩陰で震えるみすぼらしい女だ。

 

「む、むむ無理ですよぉ!」


「テメエには飛びきりの『護符』を持たせてんだ。これくらいの攻撃を喰らっても死にゃしねえ。あのデカブツを引きつけるんだよ。根性みせろ! 代わりにぶっ殺されてえのか!」


「ひっ!? ぅ、ぅぅ……」


 女――ノエットは背負った大荷物を下ろし、中をまさぐる。

 

「だ、大丈夫。これ、これさえあれば、死んだり、しない。ちょっと、痛いのを我慢すれば、大金が手に、入るんだから……」


 恐怖に引きつった笑みを浮かべ、うわごとのようにつぶやきながら、ノエットは巻物スクロールを引っ張り出した。

 

(あれは……)


 ガリウスは愕然とした。

 

 彼女が開いたスクロールの内容を、どうにか確認する。そこに描かれた魔法文字と文様は、攻撃を防ぐ類のものではなく、回復効果も何もない。

 

 署名者が念じると大爆発を巻き起こす、トラップ型の『呪符』だったのだ。


(あの娘を囮にして、スライム・キングを倒すつもりか)


 一人だけ身なりがみすぼらしい彼女は、おそらく貧しい家の娘だろう。大金をちらつかせて無茶を強いるとは。

 

「リリア、君はここにいてくれ」


 ガリウスが飛び出すより一歩早く、ノエットが巻物を抱えて走り出した。大荷物は置き去り、岩の破片をすり抜けて、スライム・キングに突進する。

 

 やはり彼女は何も知らされていない。

 華奢だが驚くほどの運動神経で、スライム・キングへ近づいていく。

 

 スライム・キングが攻撃を止めた。

 武器を持たぬ彼女に警戒が薄かったようだが、接近されてようやく、ずるりとノエットへ体を向けた。スライムはどこから見ても同じだが、いちおう前後というものがある。攻撃対象をノエットに切り替えたのだ。

 

 重戦士が、にやりと笑ったその瞬間。

 

「女、死にたくなければそこらに隠れていろ」


 ガリウスが側面から強襲し、重戦士の首が飛んだ。

 

「な、なんだテメエは!?」


 剣士の誰何を無視し、勢いそのままに聖剣を振るった。ローブ姿の女の頭が胴体から切り離される。

 

「て、テメエ!!」


 怒声とともに身構える剣士の、両手剣が真っ二つに折れた。

 

「へ? ぎぃぃぎゃあっ!」


 剣を握っていた両腕の手首も切断される。

 

 ガリウスは剣士の足を払い、地面に倒すと、仰向けになった彼の腹を踏みつけた。

 

「ぐべっ!」


「おい、止血してやれ」


 呆然と立ち尽くす神官に告げる。神官は理解が追いつかない様子だったが、回復魔法を剣士に施した。手首からの出血が止まる。

 

「ご苦労だった」


 冷ややかに告げると同時。ガリウスはシルフィード・ダガーで風刃を放ち、神官の首が飛んだ。

 

「さて、俺はこの男と話がしたい。君たちと敵対する意図はないのだが、どうだろう?」


 剣士を踏みつけたまま、ガリウスはスライム・キングに語りかけた。

 

 ずるり、と(おそらく)こちらに正対した巨大スライムは、真っ赤な体を黄色に変える。残っていたスライムも遠巻きに佇み、同じく黄色になった。

 

「感謝する。そっちの女は……まあ、そこで大人しくしていてくれ」


 ガリウスが最初にした忠告を自身へのものと気づいていないのか、ノエットはぽかんと立ち尽くしていた――。

 

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