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勇者は仲間を救う


 王都脱出、初日の夜。

 

「まさかとは思ったが、本当に『最果ての森』とはな……」


 リッピから魔族たちが逃れた先を聞き、ガリウスは愕然とした。

 遠く離れた距離もそうだが、そこは多くの魔物が棲息する非常に危険な森とされている。そこを越えると誰も登りきったことがない大山脈がそびえ、まさしくそれ以上先には進めない、名前のとおり世界の果てとの認識だった。

 

「はたしてそんな危険な場所で暮らせるものなのか?」


「人族は『魔物』と呼んで恐れていますけど、あなたたちが考えているほど危険じゃありませんよ」


「そう、なのか。魔族が魔物たちと共存しているとの噂は、本当だったのだな」


「ボクたちは『魔物』と特別に呼ぶことはありませんからね。通常の獣と大差ないですよ。ああ、いえ。種類によりますけど、むしろ知能が高い分、そちらのほうが付き合いやすいですね」


 言われてみれば、『魔物』は人族が定義したもので、定義そのものも曖昧だ。

 魔法を操ったり特殊な性質を持つ、通常の獣より強力あるいは厄介な動植物全般を指す。だが人によっては『あれは魔物』『いやこれは獣』と、意見が一致しないこともあった。

 さらにひどいのは、亜人の一部種族を『魔物』と考える場合もあるのだ。


「失礼な話ですよね。ワーキャット(ボクたち)はまだマシなほうですけど、オーク族やゴブリン族はいまだに魔物扱いされてるみたいですし。言葉が通じる相手なのに」


「まあ、そうだな。話し合いの余地もなくいきなり襲ってくるような魔物とは同一視できない」


「魔物たちもべつにいきなり襲ってはきませんよ?」


「え? いや、俺は何度も経験したが……」


 巨大種に突進されてきたこともあれば、飛行種につかまれて空高く持ち上げられたこともある。

 

「それ、じゃれてるだけですよ」


 あははーっとリッピは気軽に笑うが冗談ではない。何もしなければ死んでいた。

 

「んー、たしかに体格が違う相手に力加減を間違えてる感じはしますけど、うまくあしらえばそんなに危険じゃないですよ。すぐ向こうも諦めますし。ま、種類にもよりますけど」


「そういうものなのか……」


「人族は彼らを見たらすぐ攻撃するでしょう? だから争いになるんですよ」


 リッピが言うには、『縄張りを荒らさない』、『食料を横取りしない』、『むやみに攻撃しない』など、彼らなりのルールに従いさえしていれば、危険は少ないそうだ。

 だが、最果ての森に大挙して魔族が集まれば、軋轢が生まれそうなものだが……。 


「……ところで、ガリウスさん」


「なんだ?」


 リッピはちょっと拗ねたような、それでいて言いにくそうに言葉を紡いだ。

 

「その、『魔族』という呼び名は、改めてもらえませんか? ボクたちは『魔』に連なるものでもなければ、『悪』を是とする種族でもありません。せめて『亜人』と表現してください」


「そうか。すまなかった。だが、『亜人』も『人の亜種』という意味では、好ましくないのではないか?」


「嫌がるひとはいるかもしれませんけど、人族からすれば他に言い様がないと思いますし、ボクはあまり気にしていません」


 そういうものか、とガリウスはうなずく。ついでに『魔王』と彼を呼ぶのもやめようと決めた。


「俺からもひとつ、いいか?」


「なんですか?」


「それだ。いきなり丁寧な口調になられると、どうも落ち着かない。俺と君は旅のパートナー。対等であるべきだ。『さん』付けも必要ない」


「対等……うん、わかりました。じゃなくて、わかったよ、ガリウス!」


 鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌になるリッピ。

 

 そうこうするうちに夜も更けて――。

 

 

 二人は草むらを寝床にしようと横になった。

 しばらく夜空を眺めていたところ。

 

「ぅ……は、ぁ、はあ、はあ……」


 うなされるような声にガリウスは上体を起こした。寝息を立てていたリッピが、苦しみ出したのだ。

 

回復薬ポーションの効果が切れてきたか。やはり骨折しているのだろうな。あれだけでは回復できない)


 ガリウスはリュックの中身を確認する。

 一人旅用にポーションを五つ購入していたが、二つを使って残りは三つ。全部飲み干したところで、痛み止め程度の効果しかないだろう。

 

 きちんと治療してやりたいが、ガリウスは治癒魔法が使えない。今までもアイテムに頼りきりだった。

 とはいえ、放置はできない。

 できることをやらなければ。

 

 ガリウスは立ち上がると、森へと入った。

 

 暗く淀んだ森を進む。足元に注意しつつも、ガリウスは意識の大半を上に向けていた。木々が鬱蒼と茂る中で、枝葉が切れて月が臨めるところを探していく。

 

 やがて、目的の場所が見つかった。今は月の位置がズレて見えないが、一時間ほどは月明りが地面に直接届くだろう。

 

 四つん這いになり、暗闇に目を凝らして草をひとつひとつ調べていく。

 

「あった」


 淡い緑をした、つるりと滑らかな葉を持つ草だ。『月光草』と呼ばれる薬草の一種で、特殊な場所でしか育たない貴重なものだった。

 これをポーションと適切に合わせると、上級回復薬ハイポーションが作れる。

 

 月光草の周りの土を掘り、根を傷めないよう慎重に、土ごと掘り出す。

 大事に抱え、元いた草むらへ戻った。

 

 リュックからすり鉢とすりこ木を取り出す。

 旅では持ち運べるポーションの量は限られる。だから通常は薬草を煎じるなどして代用するのだ。

 単独行動を長く経験したガリウスも、基本的なやり方は押さえている。

 

 だが、素人が上級の薬を調合するのは至難。

 専用の恩恵ギフト持ちか、長い経験が必要となる。もちろん、ガリウスはどちらも持ち合わせていなかった。

 月光草とポーションを調合するのも今回が初めて。それどころか、詳しい文献を見たこともなく、『その組み合わせで作れる』との漠然とした知識しかなかった。

 

 ガリウスは月光草の葉をちぎると、素早くごりごりと擦っていく。

 月光草はすぐに鮮度が落ちてしまうので、スピードが勝負だ。ゆえにこそ、このやり方でのハイポーション作りは熟練の薬師でも困難を極める。

 

 ところが彼は、初めてにもかかわらず淡々と作業を進めた。

 擦ってはポーションを垂らし、垂らしては葉を投入して擦っていく。

 

 そこに一切の迷いはない。

 当然だ。

 目的を『ハイポーションの調合』に定め、それを実現できる道具アイテムがすべてそろっているのなら、彼はただ、【アイテム・マスター】に身を委ねればよいのだから。

 

「ぅ、ぅぅ……ん? ガリウス? なに、してるの?」


 痛みで起き上がれないのだろう。リッピは目を覚ましたものの、寝ころんだままぼんやりとガリウスを眺めていた。

 

 ハイポーションが完成した。

 ガリウスはすり鉢をリッピの口へと運ぶ。

 

「飲むといい。これで完治するかはわからないが、かなりマシになるはずだ」


 まだ寝惚けているのか、リッピは成すがまま液体を流しこまれ、こくこくと飲み干す。そのまま再び寝てしまった。

 

 

 

 ――翌朝。

 

「治ってる……。すごいよっ。痛みがまったくない!」


 リッピは恐る恐る胸を押したり叩いたり。それでも表情を歪めることはなかった。

 

「ひどい骨折ではなかったようだな。だが無理はするなよ? 数日は様子見だ」


「うん。ガリウス、本当にありがとう!」


 ぱあっと満面の笑みを浮かべるリッピを見て、

 

(くっ……、もふもふしたい!)

 

 ガリウスはその衝動を抑えるのに必死だった――。

 

 

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