魔王は攻撃を開始する
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
普段と変わらぬ口調で、それでいて頬が引きつった笑みで、リリアネアはガリウスを見送った。
「ああ。三週間ほどはかかるだろうが、帰ってきたらしばらくはゆっくりできると思う」
ガリウスは嘘偽りのない言葉で応じ、飛竜のクロに飛び乗った。
クロが飛び立つと、背中に荷物を載せたアオも駆け出す。
こうして、ガリウスは都を出発した――。
都市国家群で半日、情報収集をしてから大河を越える。
彼らはリムルレスタを脅威と認定したものの、その動きは鈍かった。帝国皇帝ユルトゥスはさほど積極的には暗躍してないらしい。
ある意味、不気味ではあったが、ガリウスは頭の隅に留めておくだけにして先を急いだ。
大河を越え、小さな町や村で情報を集める。
目的はハーフオーガのペネレイの行き先を探ること。目撃情報から、どうやら王都へ向かったのは間違いなさそうだ。
帝国が東領の拠点としているガルブルグを見物しておきたかったが、下手に動けば作戦が露見する危険もある。今回はかなりの無茶をするのだ。その前に無理はできなかった。
移動は基本、夜間。
クロの背に乗ってかなりの高さを飛行する。ただしスピードはそれほど出さなかった。地上を駆けるアオに合わせるためだ。
アオは、人族からすれば大型の魔物だ。見つかれば大騒ぎになる。そこでガリウスが上空からアオの進行方向やその周囲を観察し、口笛やクロの鳴き声でアオには知らせていた。
ゴーグルに装着するタイプの暗視機能付き双眼鏡が実によい働きをしている。
休息はなるべく深い森の中で、街道から離れた場所。できれば水場も確保する。
持ってきた保存食は(荷物を減らす意味で)優先的に消費しつつも、クロもアオも獣肉を好むので可能な限り狩りをして賄った。
おかげで二匹とも士気は高い。
都を出発して八日目。
王都に近い森に到着した。
クロとアオを待たせ、ガリウスは近場の集落を訪れる。顔の下半分をマスクで念のため隠し、王都へ潜入する方法を探った。城壁を越えることも考えたが、網を張られている可能性もある。堂々と正面から入れるに越したことはないからだ。
王都は主に南側から物資が届けられている。王都周辺の農場も封鎖されてはおらず、人の行き来は占拠前とさほど変わらないらしい。
ちょうど荷運びで王都に入るという老人に金を渡し、『連絡の取れない親戚の安否を確認しに行きたい』と話して同行させてもらえることになった。
持ちこむ武具は最小限。シルフィード・ダガーのような逸品は置いていく。あくまで事前調査が目的だ。
ただし強襲用の準備はしておく。
アオが背負ってきた荷物を解き、バラしてあった大型の武器を組み立てた。
老人と合流し、荷馬車に揺られて王都の南門に着く。
驚くほどすんなりと中に入れた。
罠を疑ったが、門兵に不審な動きはなく、荷馬車の老人と別れてからも後を付けられている感じはしない。使い魔と思しき小動物も見当たらなかった。
ガリウスは王宮へは向かわず、そこからかなり離れたスラムを訪れた。
陰鬱な空気にすえた臭いが混ざり、顔をしかめる。相変わらず昼間から飲んだくれた者たちがそこかしこにいるが、そのほとんどが体格のよい男だった。
元王国兵が、武装解除されて行く当てもなくここへ流れてきたのだろう。
覇気のない瞳からは、帝国に抵抗しようとの意思はまったく感じられなかった。これではレジスタンスがいると期待はできない。
とはいえ、暴れる口実さえあれば鬱憤晴らしをしたい連中はそこらにいるようだ。
ガリウスは踵を返し、王宮へと向かった。
さすがに王宮前ともなれば帝国兵があちこちで目を光らせていた。
王宮を挟むように帝国兵たちの詰め所が二つ、作られている。他にも小さな詰め所はそこらに設置されているようだが、拠点はここらしい。
南門にも兵士は集中していた。
この二ヵ所に大打撃が与えられれば、かなりの敵戦力を削れるだろう。
ガリウスは不審に思われないよう、立ち止まることなく、足早に通り過ぎようとした。そのときだ。
息を呑んだ。
しかしわずかに顔を伏せた姿勢のまま、歩くスピードを変えずに進む。
正面から、巨大な金棒を背負う女戦士が歩いてきていたのだ。
間違いない。ハーフオーガのペネレイだ。
彼女との接触は望むところだが、今はマズい。ろくな武器を持っておらず、まだ仕掛ける段階ではないからだ。彼女とは戦闘が開始されてのちに話したほうが効率がいい。
ガリウスは彼女に道を譲るべく、端に移動した。
すれ違う最中も、彼女は一瞥すら寄越さず、まっすぐに前を見据えて歩き去った。
ほっと胸を撫で下ろす。
ひとまず彼女の所在が確認できたので良しとしよう。
ガリウスはそのまま繁華街へ向かい、食事をして、宿で休み、その日の疲れを回復させた。
翌朝。
街中が活発になるよりもわずかに早く、ガリウスは南門に向かっていた。
門から五百メートルほど離れたところで立ち止まる。門はまだ閉じられており、馬車の通行もなかった。
蒼天を仰ぎ、口笛を吹く。
天高くから甲高い鳴き声が降ってきた。それに続けて――。
バサリバサリと、漆黒の飛竜が王都の往来に突如として舞い降りる。その足には、巨大な武器がしっかりと握られていた。
台座に固定された大型のボウガンだ。
クロは口に咥えていたリュックを放る。
ガリウスはリュックを受け取り、中から武具を取り出して淡々と装備していった。
腰を抜かす者がいた。
何が起きているのか理解できず、立ち尽くす者がいた。
駆けつけた帝国兵が、剣を抜いてガリウスに喚き散らしていた。
ガリウスは短剣を振るう。
帝国兵の首が飛んだ。
朝の大通りは異様な雰囲気に塗りつぶされた。
帝国兵の亡骸が転がる中、飛竜を従えた男が固定式の大型ボウガンで何やら作業を始めたのだ。
その場に居合わせた者たちは逃げることもできず、ただ茫然とその様子を見守っていた。
台座部分から長く鋭い〝角〟を引き抜く。
ユニコーン・フェンリルの精霊獣、リュナテアが洞窟の奥に隠し持っていたものを譲ってもらったものだ。大型ボウガン用の矢として加工し、今回は三本を持ってきた。
台座の横にあるハンドルをぐるぐる回すと、弦が引っ張られ、掛け金にセットされる。そこにユニコーン・フェンリルの角を置いた。
狙いを定める。
ガリウスが見つめる先は、王都の城壁――その南門だ。
王都は門も城壁も外敵から守るために魔法的な防御が施されている。だがそれは、あくまで〝外から〟の攻撃に対してだ。
帝国に襲われる前も、そして帝国が占領した後も、〝内側から〟破壊されることは想定していなかった。
ガリウスは発射用レバーを引く。
矢は勢いよく飛び出し、それでいて優雅に空を翔けていき――大爆発を起こした。南門は城壁ごと粉砕される。もうもうと煙が立ち上る中、ガリウスは大型ボウガンの台座をくるりと回転させた。
王宮の、わずかに斜め方向。やや上向きに狙いを定め、矢を発射した。
ユニコーン・フェンリルの角は緩やかな放物線を描き、やがて爆音を轟かせる。昨日確認しておいた、帝国兵の詰め所は跡形もなくなったことだろう。
位置をずらし、もう一方の詰め所も破壊する。
大通りはパニックに陥った。離れた場所も何が起こったのかとの不安に包まれている。
ガリウスは黒い槍を手にクロの背に乗ると、ふわりと浮き上がった。
「我が名は勇者ガリウス。王国の窮地を聞き、俺は戻ってきた!」
高所から叫ぶ。
「帝国兵よ、聞け! 我が故郷を蹂躙したお前たちを、俺は許さない」
騒ぎに集まってきた帝国兵を風刃で切り刻み、なおも叫ぶ。
「王国の民よ、俺に続け! 武器を取り、帝国の恥知らずどもを追い払え!」
黒い槍を振るうと、背後から遠吠えが響き渡った。アオが破壊された南門を突破してやってきたのだ。
ガリウスは飛ぶ。
同じような口上を街中の至るところで述べながら、帝国兵を薙ぎ倒しながら。
徐々に、王宮へと迫っていった――。