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勇者はぶちキレる


 メルドネはグリフォンに跨り空を飛びながら、パンや干し肉を頬張っていた。

 彼女と並んで飛ぶのは赤い目をしたカラスだ。ロイの使い魔で、彼女の食事はどこからか持ってきたものだった。

 

 彼女は今、ガリウスが移動したという魔族新国家の外周に近い町へ向かっている。ロイの使い魔はその案内だ。

 

(んふ~、今度は逃がさないからねー)


 以前は飛んで逃げられたが、今回は町に滞在中を強襲する。殺せないのは残念だが、四肢を切断するくらいはしても構わないと言われていた。首から下は一生どうにもならないよう痛めつけてやろう。

 

 ――くれぐれも、油断しないでください。

 

 ロイは使い魔を通してそう忠告した。

 だが、あの男が勇者でいられたのは聖武具の力があってこそ。エドガー国王の話によれば、【アイテム・マスター】という稀有な恩恵ギフトを持っていながら、本人の強さは一般兵並みかそれより下だ。

 

 シルフィード・ダガーは警戒に値するも、できることは限られる。

 こちらの恩恵ギフトの射程外から特殊効果による遠隔攻撃しかできないだろう。

 

 そういう連中は、腐るほど相手してきた。

 たいていはこちらのスピードについてこれず、あっさり接近を許してくれた。仮に相手のスピードが上回ったとしても、町中での乱戦に持ちこめば、『盾』はいくらでもそこらに転がっている。

 どうやら魔族どもに仲間意識があるらしいので、上手く使えば、おびき寄せることもできる。

 

(とりま、こいつを掠らせれば、それで決まりだしねー)


 漆黒の長槍――『魔樹の呪槍』は鋼を簡単に両断する切れ味ももちろんだが、真の恐ろしさはその特殊効果にある。おそらく世界で二本とない呪われた槍だ。

 

(つーわけで、楽勝、らくしょーってね)


 調子に乗ってぐるぐる黒槍を振り回していたら、

 

 バシッ。

「ギャッ!」


 何かを弾き、つぶれた鳴き声が上がった。

 

「あ、ヤバ……」


 隣を飛んでいたロイの使い魔を柄でたたいてしまったらしい。カラスが真っ逆さまに落ちていく。

 

「……ま、いっか。ここをまっすぐ飛んでけばいいんでしょ?」


 回収したところで小言を言われるだけ。着ているだけで魔力を消耗する『フェニクスの鎧』のせいで魔力が惜しいところだし、放っておこう。

 

 

 このいい加減で無責任な彼女の性格は、通常なら彼女自身に災いとして跳ね返ってきそうなものだ。

 しかし今回ばかりはなんの因果か、ガリウスの――ひいては亜人たちにとって災いとなる。

 

 

 しばらくふらふらと飛んでいたメルドネは、進む先の斜め前方に集落らしきを見つけた。

 

「あれ? もう着いちゃった? そんなスピード出してないんだけどなー」


 もしかしたら目的の町ではないかもしれない。だとしても、今から進路を変えようにも正確な方向がわからなかった。

 

「……ま、いっか。魔力も補充したい(・・・・・・・・)とこだし、暴れてればあっちから来んでしょ」


 そうつぶやくと、舌なめずりしてメルドネは町へ突き進んだ――。

  

 

 

 

 待ち構えていたこの町ではなく、その先にある入り口の町近くの上空をメルドネが飛んでいるとの報を聞き、ガリウスは愕然とした。

 

 案内役がいなくなり、進路がズレて道に迷った挙句の事態。

 ガリウスには知る由もない。

 

 だが歯噛みしている場合でもなかった。

 まだ町へは到達していない。彼女の狙いはガリウスで、町を素通りする可能性もある。

 だがもし、町を襲ったら。

 

 ガリウスは指示を飛ばす。

 なるべく彼女を刺激しないこと。

 もし襲ってきたら、遠隔攻撃で時間を稼ぐこと。

 

 そうして、飛竜のクロに飛び乗った。

 不意討ちは諦める。

 入り口の町へ向かい、発見次第、戦闘を開始する。もし入り口の町を襲ったのなら、町の者たちと連携して仕留める。

 

(あのカラスの姿が見えない。メルドネをここへ案内しているのではなかったのか?)


 報告でも、彼女の周りにカラスはいなかったらしい。

 疑問は尽きないが、今はメルドネへの対処が最優先だ。

 

 ガリウスは全速力で空を翔けた――。

 

 

 

 事態は彼が考え得る最悪に向かっていた。

 途中、メルドネは発見できず、入り口の町へ到着したとき、ガリウスは町の尋常でない様子に息を呑んだ。

 

「なんだ……これは?」


 通りにぽつぽつと生える、奇妙な樹木。

 枝葉はなく、細い幹が何本も絡み合って束になった真っ黒な木だ。高さは三メートルほどと大樹と呼ぶには低いが、幹は太い歪な形をしていた。

 

 駐屯部隊の姿は見えない。人影といえば、ただひとつ。

 

「お? やっと来たかー。待ってたよー」


 黒い樹木の傍らに、赤い鎧を着た女がいた。メルドネだ。

 グリフォンの姿は見えない。町の外で待機させているのだろうか。

 

「これはなんだ? お前がやったのか?」


「あん? 上から偉そうに質問してんじゃねえよ。知りたかったら降りてテメエで確認しろ」


 答える気はないらしい。

 ガリウスはクロの首筋を軽く撫で、

 

「グリフォンがいたら注意を引きつけておいてくれ」


 ささやくと、クロから飛び降りた。メルドネの恩恵ギフトの射程外。彼女から三十メートルほど離れ、ふわりと真下にあった黒い樹木の側に降り立つ。

 近くにきて、ようやく気づいた。

 

「ぅ、ぁ、ぁぁ……」


 樹木の中から(・・・・・・)、うめき声が聞こえたのだ。

 

「ま、さか……」


 中に、誰かがいる。いや、これは――。

 

「あ、わかっちゃった? そいつらはね、アンタのお仲間の成れの果て。この『魔樹の呪槍』に魔力をこめて、ぷすっと刺せばあら不思議。そうなっちゃうのよねー」


 ガリウスは奥歯を噛みしめ、絡み合った細い幹を掻き分けようとした。

 

「いいの? 無理に中身を取り出そうとしたら、死んじゃうよ?」


「くっ……。何が目的だ? どうして、こんなことをする」


 感情を押し殺して睨みつけると、メルドネはケラケラ笑いながら、傍らの樹木に手を添えた。

 

「これってさ、魔力の供給装置なの。こうやって手を触れて、ずずずーっとね」


 薄い光が樹木から、彼女の手を通して流れていくのが見えた。同時に、樹木からは苦しげな声が生まれる。

 

「呪いの木は中身を生かし続けんの。仕組みはよくわかんないけどね。で、中身が生きてる限り、魔力は補充し放題。すごいっしょ? でもまあ、吸い取り過ぎちゃって中身の魔力がなくなると、中身ごと枯れちゃうけどね」


 言いつつも、魔力を吸い取るのをやめようとしない。

 

「やめろ!」


 ガリウスはシルフィード・ダガーを抜き、風刃を飛ばした。

 

 ガキィン、とメルドネは軽々と槍で弾き飛ばす。風刃は空の彼方へ飛んでいった。

 

「いきなりだなオイ」


「元に戻す方法はないのか? あるなら言え」


「それが人にものを尋ねる態度かっつーの。教えてほしいなら、こっちへ来なよ。誰かに聞かれちゃ困るからさー。耳元でこっそり教えてあ・げ・る♪ なんつって! きゃはははっ。アタシってばやっさしー」


 おちょくりまくった態度。耳障りな笑い声。

 血管が切れそうになりながらもガリウスは――。

 

「おいおいマジかよ? そんなに魔族どもが大事ってか」


 一歩、二歩と、メルドネに近寄っていく。

 

「側に行けば聞かせてもらえるのだろう? 約束だぞ?」


「オーケーオーケー。いいよ。約束ね、約束」


 笑いをこらえたような顔をまっすぐに見つめ、ガリウスは歩き続け――体が動かなくなった。メルドネとの距離が、およそ十五メートルのところで。

 

「あははははっ! 残念でしたー。ここまで来れなかったねー。つーかテメエ、頭おかしいんじゃねえか? アタシの恩恵ギフトが何かは知ってたんだろ?」


「教える気は、ないようだな」


「当たり前だっつーの。ま、知られたところで困りはしないけどさ。にしても、拍子抜けだなー。こんなあっさり捕まえられるなんてさ」


「俺を殺すつもりではないのか?」


「そのうちは、そうすんじゃん?」


「どうして俺を捕らえる? 聖武具との契約方法は知らんぞ?」


「陛下の趣味だよ。アンタの手足をもいで、ここらの魔族どもを狩るのにつれてくんだってさ」


「なん、だと……? そんなことをして、いったいなんの意味がある?」


 メルドネはにっといやらしく笑う。

 

「アンタってさ、魔族どもと仲良くやってんでしょ? 大切な仲間だーって、思ってんだよね? 目の前でなす術なく仲間が殺されていくときの気持ちって、どんなんだろうね。きっと笑っちゃうくらい面白い顔すると思うんだー。陛下って、そういうのが大好きなの」


「たった、それだけの理由で……?」


「人生は楽しんでなんぼでしょ。楽しみ方は人それぞれ。個人の趣味を悪く言うのはいけないと思うんですけどー」

 

 ケラケラと笑うメルドネが、槍を振り回して寄ってくる。

 

(ああ、そうだった。こいつらは……)


 わかっていた、はずだった。

 人族の本質。

 我が身可愛さに他者を貶め、自己利益のため他者を陥れる。中には享楽のためだけに、平気で他者を嬲る者もいた。

 

 ガリウスの腹の底で、怒りがマグマのように煮えたぎる。

 皇帝の異常趣味にも。

 メルドネの残虐さにも。

 呆れや憤りがない交ぜになった、ぐちゃぐちゃドロドロとした憤怒だ。

 

 しかしなにより腹が立つのは、人族の本質を理解していながら、この事態を招いた自分自身に対してだった。

 

(すべての人族が、この連中のようなクズばかりだとは思わない)


 それは亜人たちの希望でもある。

 いずれは人族とも手を取り合い、平和で穏やかな暮らしがしたい。夢物語ではなく、実現可能な未来だと信じているからこそ、自分たちからは頑なに人族と敵対しなかった。

 だが――。

 

(邪魔をするのは、他ならぬ人族の中にこそいる。俺の目の前にいる、この女がそうだ!)


 甘かった。

 自分はただ甘かったのだ。

 

(クズは、見つけ次第駆逐する。でなければ世界は変わらない!)



 ぷちんと、ガリウスの中で何かが切れた。

 

 

 世界を変える。

 真に亜人たちが平和に暮らせる世界に。

 

 心優しく、他種族にも寛容な亜人たちでは、残念ながらいつになるかわからない。

 だが自分なら――同じ人族である俺なら!

 

 正義を振りかざすつもりは毛頭ない。

 元より言われるまま殺戮を繰り返してきた自分に、正義を名乗る資格はない。

 ならば、いっそ――。

 

 

(ああ、貴様らが心底恐れる、〝魔王〟とやらになってやるさ)


 

 メルドネを見据える。

 ニヤニヤと笑いながら寄ってくる彼女の背後に、ふらふら飛ぶカラスを見つけた。何があったか知らないが、今ごろのこのこやってくるとは呆れたものだ。

 

『メルドネ、避けろ!』


 驚いた。カラスを通して何者かが叫んだ。通信魔法を使える者がいるとは。しかし――。

 

「もう遅い」


「あん?」


 メルドネが反応したのはカラスの声かガリウスか。いずれにせよ、彼女がその赤い瞳を向けようとしても、

 

 シュバッ!

 

 切り裂かれては何も見えはしない。

 

「ぎゃあああぁあぁぁああああっ! め、目が、目がぁああぁあっ!」


 メルドネの両目から血が噴き出す。たまらず彼女は槍を投げ捨て、両目を押さえてその場に膝を折った。

 

「なん、で……? 何がぁ!?」


 理由は単純明快。

 ガリウスが初撃で放ち、メルドネが弾き飛ばした風刃が、空の彼方から戻ってきたのだ。動きを封じられても【アイテム・マスター】は使えていた。風刃はシルフィード・ダガーを通して遠隔操作もできる。

 

 大いに油断していたメルドネがマヌケだったに過ぎない。加えて、使い魔のカラスがこの場にいなかったのが幸いした。

 

(くそ、くそぉ! でも慌てるな、アタシ。フェニクスの鎧ですぐ治る。今はいったん――)「ごばぁ!」


 顎を思いきり蹴り上げられた。ゴロゴロと地面を転がる。

 メルドネの恩恵ギフトは相手の目を赤色眼で見ている間しか効果が続かない。ガリウスが、自由を取り戻したのだ。

 

(に、逃げなきゃ……)


 口笛を吹いた。これでグリフォンがやってくる。あいつを盾にしてでも時間を稼ぎ、目が回復すればまだ勝機はある。

 

「どこへ逃げるつもりだ?」

「ぎゃっ!」


 今度は横っ面を何か硬い物(・・・・・)で殴打された。またも地面を転がる。

 恐怖に支配される中、ひと筋の光明が文字通り見えた。

 思いのほか回復が早く、片目の視力が戻ってきたのだ。どうやら傷は浅かったらしい。

 

 グリフォンがいた。

 近くに降り立ったものの、ただじっとこちらを見ているだけ。そうだった。騎乗していなければ『そこにいろ』と『こちらへ来い』の二つの命令しか聞いてくれないのだった。

 

(ホント使えねえな! でも、これで!)


 気配を感じ、ガリウスへと視線を向ける。片目だけでも、すぐ近くにいるなら――。

 

「ぇ……?」


 ガリウスは、いた。

 漆黒の槍を今まさにメルドネへ突き刺そうとしているところだった。

 けど十分に間に合う。

 恩恵ギフトを発動し、ガリウスの動きをぴたりと止めれば、槍は届かない。

 

 届かない、はずだったのに……。

 

「なんで目を閉じてんだよぉ!」


 ずぶり。

 

 赤い鎧の隙間、膝の関節部分に槍の先端が突き刺さる。鋭い痛みが脳天まで走った。

 

「動くな。逃げようとすればすぐに呪いを発動する」


「な、なんだよ……?」


「そら、近くに来てやったぞ? 呪いを解除し、樹木から元の姿に戻す方法を言え」


 メルドネはじくじくとした痛みに顔を歪め、答えた。

 

「……もう一回、その槍で魔力をこめて突き刺すんだよ。それで木の部分はなくなって、中身が出てくる」


「そうか」


 ガリウスは疑う様子もなく、槍が徐々に引き抜かれていく。

 メルドネは安堵とともに、内心で嘲笑っていた。

 

(きゃはははっ、ぶぁーか。んなことしたら、中身もろとも枯れちまうっての)


 槍が抜けたらすぐさまグリフォンに飛び乗り、この場を離脱する。任務は失敗し、槍も奪われたままだが、命には代えられなかった。いつかリベンジする。ただそれだけを考えた、のだが……。

 

「では、まずはお前で試すとしよう」


 ぞくりと、膝の傷口から悪寒が走る。腹の中をこねくり回されるような嫌悪感に、吐き気がした。

 

「ちょ、うそ、まさかぁ!?」


 ガリウスが槍を抜く。

 直後、膝から細い幹がにゅるにゅると生えてきた。一本、二本、三本、四本、いくつもの細い木は寄り集まり、メルドネの体に絡みついていく。

 

「何を慌てている? もしかして嘘をついたんじゃないだろうな? だったら今のうちに真実を言っておけ。ま、全身が包まれてもすこしは会話できるだろう。なにせ大層な鎧を着ているのだからな」


「ひっ、ごめんなさい嘘です嘘でした! 刃のほうじゃなくて反対側。石突きってーの? そっちで突っつくの!」


「そうか。ま、知ってたがな」


「へ?」


 ガリウスが授かった恩恵ギフト【アイテム・マスター】は、アイテムの性能を最大限引き出す。当然、それは特殊効果なり使い方を完全に把握する必要がある。

 装備したアイテムに深く意識を潜らせれば、その構造はもちろん、特殊効果の使い方も知れるのだ。

 

「た、たしゅけて……」


 みるみるうちに多くの細い幹に包まれていくメルドネを一瞥し、

 

「お前は助けを求めた者たちを、助けてやったのか?」


「ぁ、ぅ……」


 冷ややかに告げると、仲間を救うべく走った――。

 


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