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勇者は決戦の場へ向かう

このお話かぎりの出番である可能性が高いですが、ネズミさん五人組が名前付きで登場するのでお先にご紹介。


アーノルド……最年少でもっとも素早い。

シルベスタ……あわてんぼう。

スティーブン……無口だが大胆。通信魔法具のメイン担当。

ジェイソン……知性派。でもちょっと抜けてる。

トム……リーダー。年長者。内心はビビりだがどっしり構えている。


 最果ての森に近い山岳地帯。

 その山間にある森は、城塞都市フラッタスからまっすぐ東に位置しており、人族の領域から最果ての森へつながる道のひとつとなっている。

 

 当然、亜人たちの監視小屋が配置される最有力候補であり、実際に洞窟を改造した住まいに五名の監視員が日々、つぶらな瞳を光らせていた。

 

 ウェアラットの青年たちだ。ネズミを人型にしたような種族で、ちょこまかとすばしいっこい。土魔法も得意だ。

 

 最初に侵入者を見つけたのは、五名の中で最年少のアーノルドだった。

 彼は小柄な種族でも特に小さい体つきだが、素早さでは同郷の仲間たちの中で右に出る者がいないほど。鼻をひくひくさせながら、茂みの中でじっと侵入者の様子を窺っていた。

 

「ふぃ~、きっもちいー。やっぱ一日一回は体を清めないとねー」


 侵入者は赤い髪をした女だった。赤い鎧を脱ぎ捨て、服も脱いで小さな泉に入っている。

 けっして沐浴中の女性を覗いているのではない。

 文字通りの意味に間違いはないのだが、姿かたちが違う彼らは人族の女性に欲情しないので問題ないのだ。

 

 アーノルドは、茂みを揺らすことなくじっとしている。

 実のところ音を立てようものなら泉の側でうたた寝しているグリフォンに察知されるので、動けずにいた。

 

(どどどどうしよう? あの人、メルドネっていう危険人物だよね? 緊張したら、おしっこに行きたくなってきたよ……。早くどこかに行ってくれないかなあ。そしたら基地に戻って、通信魔法具で連絡して……)


 できれば彼女が飛び立つ方向も見定めたい。グリフォンは半眼でこちらを見ている気がするし、どのみち動けば即アウトだ。

 アーノルドは尿意を我慢しつつ、メルドネが飛び去るのを待った。

 

 メルドネは鼻歌交じりに上機嫌だったが、それがぴたりとやむと、ぶつぶつ言い始める。

 

「っかし、遠いなー。ガリウスって奴のとこまで、まだ半分くらいしか来てないんだよね?」


(? どうしてガリウスさんの名前が?)


 アーノルドは独り言を聞き逃すまいと耳を澄ませる。


「あんなの生け捕りになんかしないで、さくっと殺しちゃえばいいのに。ま、陛下のそゆとこもイケてんだけどー」


 メルドネは再び上機嫌になると、泉から出て荷物の中からタオルを取り出した。

 

(ガリウスさんを、生け捕りに……? あの人、それが目的でリムルレスタへ向かってるのかな?)


 だとすれば、都やその近くの町にまで侵入するつもりだろう。

 こうしてはいられない。

 早く拠点に戻って仲間に知らせなければ。


 しかし焦りは禁物だ。

 もうじきメルドネは出発するだろう。こちらには通信魔法具があるのだから、彼女がいなくなってから移動しても時間の猶予は十分にある。

 

 アーノルドは息を殺してじっとその場に留まった。

 ところが、同じ体勢で長い時間いたため、しかも尿意が我慢の限界に近付いていたので、ぶるりと震えた拍子にぐらりと体が傾いた。

 

 がさり。

「誰ッ!?」


 メルドネはタオルで前を隠しつつ、足元の黒槍を拾う。

 射殺すほどの視線に膀胱が暴発しそうになり、アーノルドは意を決して頭だけ茂みから飛び出した。

 

「チューチュー」


「なんだネズミか」


 よしっ。上手くごまかせた。アーノルドがしてやったりとほくそ笑んだ次の瞬間。

 

「お昼にちょうどいいや」


 じゅるりと舌なめずりするメルドネ。

 

「食べないでー!」


「ネズミがしゃべったー!?」


 アーノルドは一目散に逃げていく。

 

「って魔族かよ! くそっ、この格好じゃ……おい、テメエ早く追いかけろ!」


 メルドネはタオルを体に押しつけ、グリフォンへ命令した。が、グリフォンは首をもたげただけで、立ち上がろうとしない。

 

「……ちっ、融通が利かねえ奴」


 メルドネはグリフォンに歩み寄り、前脚の足首を蹴り飛ばした。

 そこには金属製の魔法具が付けられている。

 

 『従属の枷』と呼ばれる魔法具だ。

 作成に困難を極め、効果を維持するにも定期的に膨大な魔力を注がなければならないため、【マギ・タンク】を有するロイにしか使えない。

 『獣操の手綱』と連動させることでメルドネでもグリフォンを使役できているが、騎乗していなければ『そこにいろ』と『こちらへ来い』の二つの命令しか有効ではなかった。

 

 メルドネは服を着て、赤い鎧を身に着ける。

 

 目撃者は殺す。

 だからさっきのネズミを追いかけて見つけなければならないのだが。


「ま、いっか。どうせこっちのが速いし」


 高速飛行できるグリフォンなら、連絡がガリウスのところへ届く前にこちらが先に捕捉できる。

 仮に飛竜か何かで先に連絡を取ろうとするなら、迂回はできないのでこちらを追い抜かざるを得ないのだ。

 見つけ次第、それを切り刻めばいい。

 

「そら、行くぞ」


 メルドネはドカッとグリフォンの背に乗ると、乱暴に手綱を引いて飛び去った――。

 

 

 

 

 アーノルドは一心不乱に仲間のいる洞窟へ駆けこんだ。

 

「たたたた大変だよーっ」


「どどどどどうしたアーノルド! そそそそんなに慌てて何があったたた!?」


 迎えたのは大柄なウェアラットの青年だ。アーノルド以上に慌てふためいている。

 

「シルベスタ! おしっこ漏れそう。というか、ちょっと漏れちゃった……」


「なななんだと!? はは早くトイレへ急げ!」


「でも、他にも大変なことがあるんだ。赤い鎧を着た女の人がすぐそこまで来てたんだよ」


「ななななんだってーっ!?」


 さらに慌てふためくシルベスタ。

 その背後から、呆れた口調で現れたのは彼らのリーダーだ。

 

「シルベスタはまず落ち着け。アーノルド、君はトイレに行って、すっきりしてから話してくれないか」


「う、うん。わかったよ、トム」


 アーノルドはトイレに籠り、すっきりしてから状況を説明した。

 

「なるほど。もう来てしまったのか。しかし、ガリウスさんを生け捕りにしようとはな」


 むむむ、と表情を険しくするトム。

 

「だが、こんなときのための通信魔法具だ。導入直後にさっそく使うことになるとは思わなかったが、みな、落ち着いて事に当たってくれ」


 どっしり構えているようにみえて、彼の内心は混乱しまくっていた。はたしてこの重要な任務をきちんと完遂できるだろうか? 不安で手の震えが止まらない。

 

「スティーブン、ジェイソン、準備はできているか?」


 洞窟の奥、テーブルの上の黒い箱の前にはぼんやりした青年スティーブンと、その横に緊張した面持ちの青年ジェイソンがいた。

 

 スティーブンが箱の側面に手を触れると、黒い箱が青白く光を帯びる。

 

「よし、起動したな。では、メッセージを送るわけだが……」


 トムが目をやると、ジェイソンがにやりと紙を掲げてみせた。単語が羅列し、対応する光の明滅パターンが記された対応表だ。

 

「それではスティーブン、『緊急』、『報告』、『侵入者』、『発見』と送ってください」


 自信満々にジェイソンが言うも、スティーブンは動かない。

 

「どうしたのです? 早く送って――あ」


 言いかけて、黒い箱が赤い光に変わったのに気づく。通信先が応答するのを彼は待っていたのだ。

 スティーブンがぬぼーっとした表情に似合わず、軽快な指さばきを披露する。

 

 他の四人が彼の後ろから覗きこんでいると、やがて箱の上部に光の点が明滅した。

 

「えーっと……、『質問』、『数』、『方角』、でしょうか?」とジェイソン。


「数はメルドネって人が一人だね。方角は、ガリウスさんのいるところだから東でいいのかな?」


「そうだな、アーノルド。まあ、ここからリムルレスタは東に行くしかないのだが」


「だだだがトムよ、相手はガリウスさんがどこにいるか知ってるのかかか?」


「落ち着けシルベスタ。たしかに、その懸念もあるな。飛び去った方向がわかればよいのだが……うむむぅ」


「ごめん、僕が見つかっちゃったから……」


「気にしないでください、アーノルド。相手の目的が知れたのですから、むしろ大手柄ですよ」


「ありがとう、ジェイソン。あ、でも数はグリフォンを入れて『二』になるのかな?」


「ひひ一人と、い、一匹では?」


「ここは正確に、『赤い鎧の女騎士がグリフォンに乗ってガリウスさんを生け捕りにやってきた』と返すのがよいいと思いますが、トム」


「しかしジェイソン、対応表にある単語をどう組み合わせて送ればいいんだ?」


「えっ。それは……」


 対応表とにらめっこするジェイソンの横で、スティーブンがトントントントトトンッ、と軽快に指を弾いた。

 

「おいスティーブン、何を勝手に――」


「……『回答』、『侵入者』、『赤い女騎士』、『グリフォン』、…………『目的』、『ガリウス』、『捕虜』」


「「「「なるほどー」」」」


 四人は冷静なスティーブンの大胆な回答に感嘆の声を上げた。

 

「でもこれ、伝わるかな?」とアーノルドは不安そう。


「疑問があればその旨が返ってくるだろう」

 

 トムの言葉に、みなは静かに回答を待った。すると、『回答』の部分が『確認』に変わっただけの内容が戻ってきた。

 スティーブンは無言で『相違なし』と打ちこんだ。

 

 これで通信は終わりと思ったものの、まだ箱は光を帯びている。追加で質問がきた。トムが読み上げる。

 

「……『質問』、『被害』? ああ、俺たちの心配をしてくれているのか。うん、被害は『ゼロ』で返そう」


 スティーブンがうなずき、その通りに送信する。

 と、アーノルドがモジモジしながら、ぼそりと言った。

 

「僕のパンツが……」


「洗えばいいだろう……」


 緊張が一気に緩んだ瞬間だった――。

 

 

 

 

 ガリウスは呼び出しを受け、飛竜のクロに乗ってボルダルの町の議事堂へと舞い降りた。

 建物に入る直前、木の上に一羽の鳥を見つける。

 

(カラスか、珍しいな。しかも瞳が赤いとは……)


 人族の街ではそこらにいるが、リムルレスタでお目にかかったことはない。

 それでもガリウスは特に気に留めもせず、指定された部屋へ向かった。

 

 窓のない会議室で迎えたのは、ミノタウロスの町長、テリオスだ。

 彼から簡単に説明を受け、監視役から送られた通信に目を通す。

 

「俺を名指しで狙ってきたのか。しかもメルドネ一人だけとはな」


「この内容はやはりそういうことか。しかし、どうやって奴の目的がお前だと確認したのだろうな」


「手紙なりを入手したか、直接本人から聞いたか……。いずれにせよ危険があったろうに、被害がゼロで幸いだったな。詳しい事情を知るには、あらかじめ決めておいた単語でのやり取りのみでは限界がある。文章を作って送れるようにするかな?」


「狙われているのに余裕だな……。だが待てよ? 奴は貴様の所在をつかんでいるのか?」


「俺がこの町に住み、ときどき都へ行っているのは知っているだろうが……ふむ」


 ガリウスの脳裏に、先ほど見た赤い瞳のカラスが浮かんだ。

 

「外にカラスがいた。もしかしたら、俺の今現在を監視しているのかもしれない」


「使い魔か? ならばすぐに――」


「いや、アレが使い魔なら、泳がせておいたほうがいい。メルドネがこの町へ来る途中には町や村が多くある。偶発的な事態でそこが襲われるのは避けたいからな。入り口の町……だと警戒されるか。その手前辺りで待ち構えよう」


「一人で大丈夫なのか? その……貴様の実力は知っているが、相手もかなりの手練だと聞く。高位の装備を持っていて、厄介な恩恵ギフトがあるのだろう?」


「ネタが知れていれば対処のしようはあるさ。特に奴は一対一の戦いに絶対の自信を持っているようだからな。付け入る隙は十分にある」


 ガリウスは細かな指示を通信係に出した。

 町中での戦闘は望んでいない。付近に警戒網を敷き、近づいたところで不意討ちを食らわせる作戦だ。

 

 

 都のジズルにも報告してから、ガリウスは議事堂を出た。

 クロに乗り、飛び立つ。

 

 しばらく飛行して、左右を眺める振りをしつつ後方を視界の端に入れる。

 

(あのカラス、付いてきているな。やはり使い魔か)


 ここまでは狙い通り。

 不安があるとすれば、まともな武装がシルフィード・ダガーと快速ブーツの二つだけなことだ。

 ちょっとした用事で外周近くの町に赴く。そう装う以上、重装備にはなれなかった。

 

(ま、シルフィード・ダガーだけで問題はないがな)


 メルドネの恩恵ギフトの射程は長くて二十メートル。

 しかも『フェニクスの鎧』は特殊効果が大きい分、大量に魔力を消費するので、他の魔法を使う余裕がない。

 

 必ず接近戦を仕掛けてくる。

 だから付かず離れず、射程外からシルフィード・ダガーの風刃で攻撃を繰り返せばいいだけ。

 しかし――。

 

(向こうも当然、その対策はあるだろう。ならば、あえて乗ってやるのもいいか)


 ガリウスは作戦を何パターンか思い描きながら、目的の町へ降り立つのだった――。



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[一言] アーノルド シルベスタ スティーブン ジェイソン トム …名前の頭文字の母音、『あいうえお』?
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