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勇者は通信網を構築する


 グラムの議場は冷ややかな空気で包まれていた。

 エドガー国王が壇上で演説したあとは主に、帝国の言いなりになっている彼を非難する言葉が飛び交っている。議員の多くが元王国の貴族や商人であるため遠慮しているのか、言い方はやんわりしたものだが、腹の底は怒りと呆れ、嘲りで満たされていた。

 

(つまらない連中だな)


 議場の隅に立つユルトゥスはあくびを噛み殺すのに必死だった。

 元から大きな期待はしていなかったが、それにしても議員連中は保身と自己利益のことしか頭にない。戦争は嫌だが従うのも我慢ならない。都市レベルの国家でしかないくせに、その上位層にしがみつくことばかり考えていた。

 

(そういう連中を地べたに這いつくばらせるのも悪くはないんだけど……)


 一人くらい崇高な理念と思想を持ち、民のため、その幸せのために身を捧げようという高潔な者がいてくれたらよかったのに。

 そいつが絶望に堕ちていく様は、本当に気持ちが良いのだ。

 

(だから、僕はあいつが気になるんだろうな)


 虐げられ、散々こき使われた挙句、功績をすべて奪われてお払い箱になった一人の男。

 彼は多様な容姿を持つ魔族たちに受け入れられ、今では最果ての地で幸せに暮らしている。

 それどころか恩に報いるため、自ら先頭に立って奴隷解放まで成し遂げた。

 

 あの男の四肢を切断し、目の前で魔族たちをひとりひとり切り刻んだら、どんな反応を示すだろうか?

 

 想像するだけで背中がゾクゾクする。

 

 その日の話し合いは当然のように結論が出ず、次の日へ持ち越しとなった。あと何日か会議を重ねるとしても、結論が出ることはないだろう。

 

 

 

 エドガーを先頭に控え室に戻ると、メルドネが喜び勇んで駆けてきた。

 

「お疲れ様でぇす。陛下、終わったんなら外へ買い物に行きませんかぁ?」


「うーん、そうだねえ。ちょっと考えてからかな」


 ユルトゥスはフードを取って眼帯を付けると、ソファーに腰を下ろした。

 

「まったくあの連中め、好き放題言いおってからに」


 エドガーは別のソファーにどっかりと座り、不満を露にした。

 ユルトゥスは彼に目をやり、ぶつぶつつぶやく国王を眺めながら思う。

 

(アレの使い道も、そろそろなくなってきたな)


 王国は蹂躙するに値しない国だった。だから戦力を温存するため国王を使って地方貴族たちを懐柔してきたが、そちらは落ち着いている。

 都市国家群の考え方は今日一日でだいたいつかめた。ここも蹂躙して楽しいところではないが、独立した国家群であれば他に楽しみ様はある。

 

 十一もあるのだから、ひとつや二つは街を丸ごとつぶすのもいいだろう。

 それで他の都市はどう反応するだろうか?

 ひとつにまとまるのを阻害すれば、こちらの戦力も少なくて済む。南方諸国のときは初めてでうまくできなかったことを、いろいろ試すチャンスでもあった。

 

 エドガーをグラムで暗殺させたらどうだろう?

 国王に不満や恨みを持つ一般兵は腐るほどいるから、その気にさせるのは容易い。隙をこちらが用意すれば実現も容易だ。

 

(ま、それもいいが、まずは――)


 一番のお楽しみに手を付けてからでも遅くはない。

 

 コツコツと音が鳴る。窓をくちばしで突く、一羽のカラスがいた。赤い瞳の薄気味悪いカラスだ。

 

「来たか」


 ユルトゥスはウキウキしながら窓を開け放った。カラスは遠慮なく入ってきて、テーブルの上に乗る。

 

『陛下、ご依頼の調査が完了しました』


 カラスから聞こえてくる声はロイのものだった。

 彼は今、王都で留守番をしている。馬車で何日もかかる距離にいながら、こうして会話できている理由はひとつ。

 

 通信魔法と呼ばれる、遠隔地と会話できる最高位の魔法だ。

 

 遠隔地とリアルタイムに情報をやり取りができるこの魔法は、一般に普及すれば世界が変わるとも言われている。

 が、理論は確立していても、実際に行える魔法使いは歴史上でも限られていた。

 

 なにせ信じられないほど膨大な魔力が必要となる。

 人はもちろん、魔力が極めて高い種族でも不可能だった。

 そして遠く離れた場所になればなるほど、必要な魔力は跳ね上がっていく。数十メートルの範囲でも、特殊で稀少なアイテムを駆使し、魔力を増幅するタイプの恩恵ギフトが必須。その程度でも現代で実現できるのは片手で数える程度だろう。

 

 ロイの恩恵ギフトは【マギ・タンク】。

 常人を遥かに超える魔力をその身に蓄積できる。そして王都には膨大に消費する魔力をすぐ補給できる仕組みを構築していた。

 

「魔族どもの新国家。その位置は特定できたの?」


『はい。この使い魔で案内はできますし、書く物をご用意いただければ図示もできますが?』


「地図は後で構わないよ。まずは口頭でざっくり説明してくれるかな?」


『承知しました。では――』


 ロイは淡々と、無感情に説明する。


 彼の調査は緻密で詳細だった。

 国の外周には『入り口の町』と呼ばれる戦士たちの駐屯地が点在している。防衛ラインであると同時に、ここで外敵の足を鈍らせ、内側の町で対策する時間を稼ぐための場所だ。

 都は最も東に位置している。そこから馬車で三日ほどの距離に、ガリウスが住む町があった。


 ロイの説明が終わると、たまらずといった風にエドガーが声を上げた。

 

「ユルトゥス殿、魔族どもの新国家だの最果ての森だの、いったいどういうことだ?」


「ああ、詳しくはまた後ほど。今は気にしないでよ」


 ユルトゥスは素っ気なく応じただけで、ロイとの会話に戻る。

 

「目標はガリウスとかいう奴だ。そいつを生け捕りにしたいな」


『彼は住居のある町と都を往復しているようです。事前に使い魔で所在を把握することはできますが、いずれにせよ相手の懐のかなり深い位置にあります』


「大人数だとたどり着く前にバレちゃうかな?」


『はい。部隊を編成しての移動は時間もかかり、あちらの警戒網にかかる恐れがあります。それで彼を誘い出すことも可能ですが、不意を衝くことはできません』


「驚かせるなら少数精鋭での電撃強襲、か。だったらいっそ、メルドネ一人にやってもらうのもいいかもね」


 メルドネの赤い瞳が輝く。

 

「マジ? アタシ一人で暴れてきていいんですかぁ?」


「君はそっちのがやり易いだろうしね。でもかなり遠いよ? 寂しくないかい?」


「うーん……、それはまあ、陛下に会えないのは寂しいですけどぉ」


 メルドネは甘い声を出しながらも、禍々しいほど恍惚とした表情となる。

 

「たくさん殺せるなら、我慢できるかなーってぇ」


 ユルトゥスは肩を竦める。

 

「今回の目的はガリウスの捕縛だよ?」


「わかってますよぉ。でもぉ、ついでに何百人か殺しちゃっても、構わないですよねぇ?」


「ついで、ならね。それと、ガリウスは首から上は傷つけないようにね。後々楽しめなくなるから」


「わっかりましたー。任せてください!」


 どんと胸をたたくメルドネが出発したのはこの二日後。ガリウスが皇帝と相対してから、一週間が経過していた――。

 

 

 

 

 一方のガリウスは、都に戻るやジズルと対策を話し合っていた。応接室で膝を突き合わせる。

 

「心を読む恩恵ギフトとはのう……厄介じゃな」


「確定ではないが、そうだと考えての対策は必要だろうな。こちらにちょっかいを出すのはまだ先だろうが、それも最悪を想定しておくのがいいと思う」


「慎重には慎重を期して損はないわな。しかし、対策といっても何をどうすればよいのかのう? 警戒網を広げるにも手が足りんぞ」


「実は前々から考えていたことがある。今日はその話をしようと思って、途中で自宅に寄ってきたんだ」


 ほう? と前のめりになったジズルに、ガリウスは告げる。

 

「通信魔法を知っているか?」


「なんじゃと? そりゃまあ、もちろん知っておる。が、ありゃあ特殊な恩恵ギフトを持った人族にのみ許された最高位魔法じゃぞ。儂も前にいろいろ調べて試してみたがなあ、ダメじゃったわい」


「あれがお気軽に使えるようになれば世界が変わると言われている魔法だからな。そのまま使うのは無理だろうよ」


「そのまま……ではないとな?」


「あの魔法が実現不可能なのは、使うのに膨大な魔力が必要だからだ。特に距離が遠くなれば、個人の魔力では絶望的に足りない」


「むぅ、たしかにのう。前に儂が試したときは、お隣さんとひと言の交信がせいぜいじゃったわい。大声出せば届く距離じゃ。こりゃいかんのう、というわけで諦めた」


 隣の家と短時間でも実現できたとは驚きだ。さすがに〝魔王〟と恐れられただけのことはある。とんでもない魔力を個人で有しているなと感心した。

 

「だが、試み自体は間違っていない。俺がやろうとしているのもまさにそれだ」


「お隣さん?」


「そっちじゃない。いや、それも遠からず、なのだが。要するに、必要な魔力を抑えればいい。そのために考慮すべきが、距離と情報量だ」


 ガリウスはリュックの中から黒い箱を二つ取り出し、テーブルに並べた。

 

「リムルレスタの端から端までいきなり通信しようとせず、隣町程度の距離で情報を伝え、それをさらに隣の町に伝える、という方法を取る。ま、このやり方自体は、通信魔法を研究している者なら誰もが考えることだろう」


「そこに情報量を減らす、という工夫を加えるのじゃな? しかし、ひと言程度のやり取りでも無理があるぞ?」


「ああ。おそらく声というものには余計な情報がかなり含まれているのだと思う。だから、声を送るのをやめる。より正確には、ただの『音』も排除する」


「なんじゃと?」


「これを見てくれ」


 ガリウスは右側の黒い箱の、右側面を手で触れた。通常は魔力を通すが、【アイテム・マスター】を持つ彼は精神力で起動させる。振れた箱がぼんやりと青白く光り、続けて左側の箱も同じく薄く光を帯びた。

 

 今度は左側の箱の右側面に手を触れる。二つの箱の光がピンク色に変わった。

 

「これで通信の準備ができた」


 ガリウスは右側の箱の上部を、トントンと二回指でたたいた。すると――。

 

「む?」


 左側の箱の上部に、丸い光が二回、明滅する。


「仕組み自体は俺も試行錯誤したうえで偶然できたものなので闇の中だが、要するに『叩いた数』、それだけを相手先に送り届ける」


 ガリウスは三回指でたたき、数秒間を開けて今度は四回たたいた。左側の箱は間隔もそのままに同じ数だけ明滅する。


「光が明滅する数、間隔。それらを組み合わせれば、一人の魔力でもそこそこの情報は送れる。実際、都とボルダルの町の間で挨拶程度のやりとりは何度も行えたからな」


「ほほう、すでに実証済みじゃったか。で、どこの新妻さんと日に何度も挨拶を交わしておったのかのう?」


 ニヤニヤとするジズルからガリウスは目を逸らす。

 

「そ、そこは詮索しないでくれ」


「愛の力による新技術か」


「とにかく! 素材には闇水晶も使うから、残りをすべて使いきる決断が必要だ。他にも稀少素材をやりくりしなくてはならない」


 どうだ? とジズルに判断を委ねると、

 

「お前さんが必要だと思ったのなら、それでええ」


 実にあっさりと承諾した。

 

「儂はリムルレスタの代表としての責任がある。じゃから生半可な気持ちで答えたのではないぞ? お前さんは儂以上の器があると信じてもおるがゆえじゃ。むろん、納得できんことは反論するがの」


「……わかった。全力で取り組もう」


 ガリウスはその日から行動を開始した。

 素材をかき集め、職人たちと協力して通信用魔法具の量産を推し進める。信号と情報の対応表を整備し、マニュアルを作成した。

 

 そうして、『入り口の町』のさらに外側、各所に置かれた監視小屋にまで通信用魔法具を行き渡らせた直後。

 

 警戒網に、グリフォンに乗った女騎士がかかるのだった――。



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