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勇者は街を制圧する


 乱入した男はぐるりとすり鉢状の議場を見回した。

 

 最上段に座るワルトは、彼をつぶさに観察する。

 注目したのは彼が握る短剣だ。

 

(間違いない。あれは王家に伝わるシルフィード・ダガーだ)


 何者かに盗まれ、凱旋披露式で王子ジェレドを襲った者に渡ったとされている。その後、魔の国の残党狩りで似たような武器を扱う者がいたとも伝えられていた。

 

(たしか、ハーフオークかそれに近い男だったな)


 当時ワルトは魔の国に駐留していた軍の指揮官を務めていた。二十名ばかりのエルフを引き連れて逃亡していたとの報は聞いている。

 

 魔の国は広い。王国ほどではなかったが、魔族たちは三年もの間隠れ住み、少しずつ勢力を拡大してきたのだろう。

 

(しかし奴の容姿……限りなく人に近いな)


 豚面ではあるが、オーク族の痕跡はさほど残っていない。頭髪もあり、耳も顔の側面に付いている。


(何世代も人と交わった結果、生まれた個体か。人里から娘を攫って孕ませたな。なんと野蛮な……)


 相手は一人。しかし議事中は武器の携行が許されていないのが仇になった。

 多少の魔法を使える者はいるが、詠唱を気取られた時点で殺される。頼みのコンストル元男爵も、剣や槍がなくては国宝級の武器を持つ相手と正面から戦うのは難しいだろう。

 

 男と目が合った。


「全員がそろってはいないようだが、まあいい。みな、下まで降りてきてもらおう」


 今は従うしかない。ワルトは立ち上がり、ゆっくりと段を降りていく。それを見てコンストルも腰を上げた。他の議員たちもぞろぞろと指示された場所へ向かう。

 

 ワルトは心持ちゆっくりと歩を進め、男を注意しつつ、コンストルに目配せした。

 彼はこくりとうなずくと、身を縮こまらせ、議員たちに隠れるようにして男へと接近する。

 

 正面からは無理でも、奇襲ならば。

 ワルトは男の注意を引こうと画策した。議場の底に降り立ち、男へ声をかける。

 

「そういえば、挨拶が遅れたな。私はヨーム・ワルト。本議会の議長を務めている。そちらは何者かね?」


「君たちに名乗る名はない。好きに呼んでくれ」

 

「ふむ。名乗りすら拒否するか。さすがは魔族。礼儀知らずだな」


 明らかな挑発。だが分不相応な奴らは『魔族』と呼ばれるのを嫌っている。

 案の定、男は片眉をぴくりと動かし、ワルトを睨みつけてきた。

 

 注意は引いた。

 やるなら今だ!

 

 ワルトの思惑通り、コンストルが男の死角から、議員たちを弾き飛ばしながら襲いかかった。

 

 常人を超えるスピードでコンストルは迫る。

 彼の恩恵ギフトは【マッスル・エンハンシング】。筋肉を強く、硬くするものだ。

 かつて王国最強と謳われたゴッテ将軍には劣るものの、鍛え上げた肉体にはぴったりと嵌まった恩恵ギフトだった。

 

 武器はなくとも、まともに突進を食らえば無事では済まない。

 

 男はコンストルに気づくも、その動きは鈍い。

 ワルトは武力こそさほど高くないが、多くの戦場を渡り歩いてきた。その経験から、男の戦闘力自体は並程度だと見抜く。

 

 シルフィード・ダガーを振るうのは間に合わない。

 コンストルの突進は止められない。

 

 仕留めた。

 そう確信した、次の瞬間。

 

 男が床を軽く蹴った。

 たったそれだけの動きで、男の体は突風に飛ばされたように後退し、コンストルの突進を躱したのだ。

 

 着地した男が短剣を薙ぐ。

 風の刃が防御に回したコンストルの腕ごと、分厚い胸板を切り裂いた。

 

 背中から倒れたコンストルは、目を剥いて絶命した。

 

「なん、なんだ……貴様は……」


 ワルトが膝を折る。

 ちょうどそこへ、男の背後から魔族が一人、議場に駆けこんできた。鳥の頭に、両手が翼。ハーピー族だ。

 

「ガリぅ――じゃなかった。おかしら、外は落ち着きました。ただ偵察からの報告では、武装した門兵がこちらに向かっているそうです」


 ふがいない連中だ、とワルトは憤る。だが問題は、この犯行が男一人によるものではく、魔族が組織立って行っているとはっきりしたことだ。

 

(お頭、と言ったな、今。となると、この男がリーダーか。自ら敵陣深く突っこんでくるとは……)


 まだ情報が足りない。そもそも、連中は何が目的なのか? それを探ろうとするも、男はハーピーと話している。

 

「被害状況は?」


「武器を手放さない者が多くて……かなりの数を、殺めてしまいました……」


 申し訳なさそうにする魔族に、男は苦笑いを返す。

 

「そっちじゃない。こちらの被害だ」


「えっ、ああ。死者はいません。『矢避けの腰巻』のおかげで向こうの攻撃はまったく届きませんでしたから。槍でちょっとした傷を受けた者がいる程度です。あとは、気分が悪くなった者がちらほらと……」


「初陣の者が多いからな。仕方ないさ。傷の手当は終わっているか?」


「はい。回復薬で処置済みです」


 男はうなずくと、あとからやってきた魔族たちに、議員たちを後ろ手に拘束するよう命じた。そしてワルトに向き直る。

 

「お前は俺と一緒に来い。兵士たちの武装を解除してもらおう」


「無茶を言うな。議場がテロリストに占拠された状況で誰がそんな命令を聞くと思っている? いくら私でも無理がある」


「その無理を通すのがお前の役目だ。できないと言うなら、他に代わってもらうが?」


 男は短剣をくるくるともてあそぶ。

 

「……目的はなんだ? 金か? 土地か? 私たちを人質にして、何を望む!」


「人質にするのはお前たちだけではない。この街と、周辺の農場すべてひっくるめてだ」


「な、に……?」


 男はどこか哀しげに告げる。

 

「金も土地もお前たちから恵んでもらう必要はない。俺たちが望むのはただひとつ、他の都市にいまだ囚われている同胞を救い出すことだ」


「同胞……? ただ、奴隷どもを解放するためだけだと……? は、はははっ。全部が全部、貴様の家族というわけではあるまいに」


 男は静かに、それでいて乾いた笑いを吹き飛ばすような威圧感で言った。

 

「家族だ。俺たちにとっては、『亜人』という枠に当てはまる者はみな、直接面識があろうとなかろうとな」


「愚かな……。そんなバカげた話を、誰が……」


「お前たちには理解できまいな。囚われた同胞を解放したら、俺たちは速やかにこの土地を離れる。せいぜい同じ種族で争っていろ」


 男は短剣を構え、「立て」と低く言い放った。

 

 今は、従うほかない。ここで逆らえば、容赦なくこの男は自分を殺し、別の誰かに命じるだろう。

 

(おのれ……必ず、必ず目にもの見せてくれる!)


 ワルトは執念の炎を燃やして立ち上がると、男の前を歩かされ、議場を後にした――。

 

 

 

 議事堂の外で、集まった兵士たちに状況を説明する。

 街中での戦闘は一般市民に大きな被害をもたらすともっともらしい理由を並べ立て、どうにか武器を議事堂前の広場に集めさせた。

 

 次に男は東門を開き、魔族の軍勢を迎え入れろと命じた。

 

 それも素直に従い、夕方には様々な種族が街へ乗りこんでくるのを苦々しく見つめていた。

 オークにオーガ、他にも戦闘力に優れた魔族たちが続々とやってくる。その数は千を超える。数では人族が圧倒しているが、連中が暴れれば街が半壊しかねない。

 

 しかも――。

 

(竜人族までいるのか!?)


 ローブをまとった老人と思しき竜人族が、男の側へ寄ってきた。

 

「見事な手際じゃのう。いやはや、感心するわい」


「そちらの首尾はどうだ?」


「他の街へ向かった早馬はすべて捕らえた。城門も閉ざしたから、すぐには連絡が向かうことはないじゃろう。が、農場の者たちはそのままじゃぞ?」


「構わない。正式な伝令でなければ、他の都市国家の動きは鈍るからな」


 魔族の象徴的存在である竜人族と対等以上に話をしている。

 

(やはりこの男がリーダーか)


 もはや疑いようはなかった。これだけの数の魔族を率い、あっという間に街を占拠した手腕に身震いする。

 

(なんとか、しなければ……。私の地位はもちろん、命までも……)


 打開策を必死に考えるも、男はあざ笑うかのように次々と指示してくる。

 

 武装を解除した兵士を使い、街中に触れ回った。

 

 この街は魔族に占拠されたこと。

 目的は他の都市に囚われた亜人の解放であること。

 抵抗しなければ通常の生活を続けてよいこと。

 武器となり得るものは議事堂前に集めること。

 目的が果たされれば速やかに街は解放すること。

 

 街中が恐怖と不安に沈んでいた。

 しかし――。

  

 

 

 とある武具屋。冒険者相手に武器や防具を売る店では。

 

(くそっ、売り物を全部持っていくのかよ……)


 リザードマンたちが剣や槍を束ねて紐で縛り、荷馬車へ詰みこんでいくのを店主は苦々しく見つめていた。

 ただ、奇妙な光景に不思議がりもした。

 束ねた武器や防具に、店の名前を書きこんだ札を結び付けていたのだ。

 

「それは……?」と思わず声が出た。


「なんですか?」と作業中のリザードマンが応じる。


「ひぃ!? いや、その……その札は、何かと思って」


「ああ、これですか。あとでお返しするときに、どこの誰の物かすぐわかるようにしているんですよ」

 

「返して、くれんのか……?」


「もちろんです。ご安心ください」


 にたりと笑った顔に慄いたものの、店主は肩が軽くなるのを感じた。

 

(魔族ってのは、もっと恐ろしいもんだと思ってたんだが……)


 以前、この店に冒険者に連れられた奴隷のリザードマンが訪れていた。彼も冒険者に従順な素振りを見せていたが、奴隷商がよく調教したのだと店主は感心していたのだ。

 

 魔族は人に仇なす悪である。人語を解しても獣と変わらない。

 そう教えられてきたのは、真実なのだろうか?

 

 商品をそっくり取り上げられ、荷馬車を立ち尽くして見送る最中、

 

「ま、すぐ帰ってくんだろ」


 いつの間にか不安が氷解している自分に気づいた――。

 

 

 

 夜になった。

 ワルトや議員たちは今も議事堂に軟禁されている。しかし中での行動に制限はないため、ワルトは精力的に情報を共有して回った。

 

 敵の首領は豚面の男である。

 三年前から亜人を束ね、この領内に潜伏していた。

 真っ先に倒すべきは、あの男である、と。

 

 やがてワルトは議事堂内の一室で、同じく囚われている有力議員三名と相対した。

 

「他の都市との交渉は、私が赴いて行おうと思う」


 考え抜いて出した結論は、街からの速やかな脱出。

 十の都市の戦力を合わせれば、この街を占拠した魔族は一掃できる。

 街を力ずくで奪い返そうとすれば被害は甚大になるだろうが、のちの処理は他の都市から金を出してもらえばいい。

 なにせここは都市国家群の食糧庫。嫌とは言わせない。

 最悪でも他の都市に身を寄せ、再起を図るつもりだった。

 

「私が直接話せば、事はスムーズに運ぶと約束しよう」


 街に残った議員や住民がどうなろうが知ったことではない。

 家族は惜しいが、自分はまだ枯れる年齢ではないから、跡継ぎはまた作ればいい。

 

 自分はこの街を、いや、都市国家群をここまで大きくしたとの自負があった。

 今失われていけないのは、この命だけだ。


「ワルト殿、それは!」

「一人で逃げ出すおつもりか!」

「なんと浅ましい……」


 他の議員たちが怒りを露わにする。


「逃げるのではない。他の都市に協力を求めるには、このヨーム・ワルトこそが適任。私はみなのためを思って提案したのだ。そもそも、貴公らがこの大任を務められるのかね?」


「で、できますとも」

「私はグラウスタに親族がいましてね。その伝手を頼れば」

「それならば私も――」


「黙れ! 貴公らこそ我が身可愛さに脱出を考えているのだろう? 浅ましいのはどちらなのやら」


「な、なんですと!?」

「聞き捨てなりませんな」

「我らを愚弄するのか!」


 言い合いになりかけたところで、ガチャリと部屋の扉が開かれた。

 

「取り込み中だったかな?」


 するりと入ってきたのは豚面の男だ。

 手にする短剣を見て、会話を聞かれたかと戦慄したものの、

 

「続けてくれて構わんよ。ああ、俺が邪魔なら出ていこう」


 男はさして興味なさそうに言うと、四人の中間になぜか短剣を放り投げた。シルフィード・ダガーではなく、既製品の鉄製ナイフだ。

 

「止めはしない。気が済むまで議論していてくれ」


 言って、部屋を出ていった。

 

 沈黙が流れる。ごくりと誰かが唾を飲み下したのを合図に。

 

 四人はナイフに殺到した。

 

 ワルトは一歩遅れ、ナイフに手が届かなかった。しかしナイフを握った議員の鼻先を蹴り上げる。ぎゃっと倒れた議員がナイフを手放し、それを素早く奪い取った。

 

 所詮はいくさ経験のない文官ども。自分の敵ではない。

 

 ワルトは頭に血が上ったまま、三人を次々と襲い……。


「は、はははっ。バカめ、助かるのは私一人で十分、だ……」


 倒れ伏す議員たちを見て我に返った。

 殺すことはなかったのではないか?

 だがやってしまったことは覆らない。


(魔族へ反抗を企てた者たちを処断した、とでも言っておけばいいか)


 ワルトはナイフを懐にしまうと、ひとまず部屋を出ようと扉を開いた。

 

「……ぇ?」


 廊下には、豚面の男を含めて魔族がずらり。

 それだけではない。

 

「ワルト様……いや、ヨーム・ワルト。貴様は……」


 怒りで瞳を燃やす人族の(・・・)兵士。フラッタスの街を守る軍隊の、副司令官だった。

 他にも四つの城門を守護する指揮官が四人。

 

 彼らの背後にいた、豚面の男が言う。

 

「たしかこの街では、議員は民間人扱いだが、議長は軍の最高司令官との位置づけだったな。さて、人族の軍隊では敵前逃亡を企てた軍人を、どうするのだろうか?」


 ワルトは言い繕おうとするも、震えて声が出てこない。

 代わりに副司令官が怒気を声に絡ませた。

 

「その場で刺殺。あるいは捕らえたうえで簡易裁判を行う」


「これは君たち人族の問題だ。俺たちは口出ししない。勝手にやってくれ。君たちとの話し合いはその後で構わないよ」


「ま、待ってくれ! 私が他の都市と交渉する。奴隷を解放してやるから!」


 男は振り返ると、無表情で告げた。

 

「必要ない。お前の役目はもう終わっているからな。命乞いなら、俺ではなく彼らにするのだな」


 男は魔族たちを引き連れて歩き出す。


「ヨーム・ワルト。貴様には敵前逃亡と議員三名の殺害容疑がかけられた。まずは後者の検分から始めよう」


「ふ、へへ、ふへへへ……」


 ぷつんと何かが切れたように、ワルトはその場に白目を剥いて倒れたのだった――。


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