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勇者はレア素材を手に入れる


 温泉の湯から現れた半馬半魚の精霊獣ケルピー。名はイシュケ。

 お気楽な口調で緊張感は皆無だ。

 

『あ、ちょっとクラっときた。アタシ、いつもは冷たい湖の底とかにいるから、熱い湯の中って苦手なんだよねー』


 ふらふらと移動し、大きな岩の上にぐでーっと寝そべるその姿は、やはり緊張感の欠片もなかった。

 

「素材を提供してくれるとのことだが、具体的には何を?」とガリウス。


『ふっふっふ、よくぞ訊いてくれました。まあ? アタシの鱗とかたてがみとかも? そこそこいい素材にはなるけど?』


 大岩にぴっとり横たわる態度にもイラっときたが、そこは我慢だ。

 

『ななななんとっ! 『闇水晶』を探してきてあげちゃったりします!』


「なっ――!?」


 さすがのガリウスも驚いた。

 闇水晶は超が付くほど稀少で、その特殊効果は最上級と言っても過言ではない。

 

 魔力の増幅、効率使用、様々な強化。

 爪の先ほどの欠片をそこらの鉄製ナイフに組み込むだけでも、ミスリルやオリハルコンに迫る強度と切れ味を引き出せる。

 ガリウスが持つシルフィード・ダガーにも使用されていた。

 だが、それだけ優れた効果を持つがゆえ、単体で存在が確認されたことは、この百年ほどないと言われている。

 

「……探す、と言ったが、見当はついているのか?」


『んー…………たぶん』


「おい」


『いちおうほら、アタシが棲み処にしてたとこって条件ぴったりだし、あるはず。ううん、きっとあるよ!』


 わたわたと言い繕い、それでいて目を合わせないこの態度。

 そもそも闇水晶は海底で生まれ、わずかに届く光をすこしずつ蓄積しながら、長い年月をかけて完成するものだ。

 期待しないほうがいいかもしれない。

 

「で、貴方は何を望む? 物か、奉仕か、それ以外か」


 イシュケが馬の首をもたげた。一転して真剣な雰囲気に、ガリウスも他の者たちも、緊張で身を固くする。

 そうして、告げられたのは。

 

『す、ストーカーを、追っ払ってほしいかなーって……』


 瞬間、白けた空気が辺りを支配した。

 

『あ、なんか引いちゃってる感じ? でもでも、ホントのホントに困ってるのー!』


 リリアネアが手を挙げて質問する。年ごろの女性として思うところがあるのだろう。

 

「具体的に、どんなことをされてるんですか?」


『これぞザ・ストーカーって感じ。アタシが水底でぐでーっとしてるとしつこく付きまとってきて、何度断っても誘ってくるの』


「誘う、とは?」とガリウスが尋ねる。


『そ、そりゃあ、アタシは女で、あいつは男だし? そういうことじゃない?』


 なぜ疑問形? 何かを隠しているのは明白なのだが、追及を避けようとしたのか、イシュケは間髪容れずに叫ぶ。

 

『と、とにかく! ソイツは後からやってきたクセにしつこいから、アタシは棲み処にいられなくなったんだからね。いやホント、マジうざい』


「一回くらい相手してあげれば? それで満足するかもよ?」とはリッピ。


「もっと調子に乗りそうだわ」


『そうだよ! キモイよ。嫌だよ!』


 イシュケは心底嫌そうだ。

 しつこく付きまとう相手が百パーセント悪いのだが、数年前の自分を思い出し、ガリウスは居たたまれない気持ちになった。


「相手は同じケルピーなのか?」


『ううん。別の精霊獣』


 一同、『えっ』と真顔になる。

 

『ウミヘビだよ。それもとびきり大きなねー』




 

 

 最果ての森には大小いくつもの湖や泉が点在している。

 そのうちのひとつ。

 飛竜のクロに乗れば半日で着く距離にある、北部の大きな湖にガリウスはやってきた。

 

 この辺りはリムルレスタの活動範囲外で、亜人たちは足を踏み入れていない場所だ。

 

 崖の上に立つと、不思議にも潮の香りが鼻腔をくすぐった。

 

(海水……のはずはないと思うが、塩水なのだろうか? であれば、闇水晶が作られる条件にはたしかに合致しそうだが……)


 ひとまず疑問は横に置き、とびきり大きな声で呼びかける。

 

「我が名はガリウス。人族だ。レヴィアタンはいるか!」


 しんと静まり返った湖面に、やがて大きな影が浮かび上がる。わずかに湖面が波立ち、緩やかに現れる巨大な頭。

 

 なるほどウミヘビに似ている。蛇のような体躯の背にはギザギザの背びれが走っていた。

 

(これは……伝え聞く海竜と姿が同じだな。やはり海水なのか? この湖は)


 湖面から伸びた体はそれだけで二十メートルほどの高さになり、崖上にいるガリウスは見上げる格好となる。

 

『オレを呼んだのはオマエか? ガリウス……聞いたことがあるな。他の精霊獣を篭絡して回っている人族の勇者か』


「篭絡しているつもりはない」


『ふん、まあいい。オレになんの用だ? 先に言っておくが、オレは亜人どもとの共存は認めても、慣れ合うつもりは一切ない』


 今までに会った精霊獣の中では一番気難しそうだ。

 しかし慣れ合うつもりはガリウスにもない。これまでもギブアンドテイク、対等な関係を今も維持している。

 

「ケルピーの精霊獣、イシュケを知っているな?」


『む。あの怠け者め、いなくなったと思ったら亜人どもに助けを求めたのか』


「ああ、おおむねその通りだ。貴方にしつこく付きまとわれているからどうにかしてくれ、とな。しかしどうにも要領を得なくてね。もう一方の当事者である貴方にも事情を訊きにきた、というのが正しい」


 レヴィアタンは目を丸くしたあと、がっはっは、と豪快に笑った。

 

『オレとて好きであの怠け者に干渉しているわけではない。精霊格を得ておきながら、湖の底でぐうたら三昧。同じ精霊獣として我慢ならなかったから、ありていに言ってしまえば〝しゃんとしろ!〟と発破をかけていたにすぎん。実際に会ったのなら、あの怠けっぷりは理解できたはずだ』


「あー……、わかる」


『だろう?』


 共感したからか、海竜の雰囲気も気持ち柔らかくなった。

 

「だが、精霊獣がどうあるべきかを俺は知らない。『しゃんと』しなくてはいけないものなのだろうか?」


『精霊獣とは知性と力を得て、周辺地域の秩序を守るものだ。いつ悪霊が発生し、悪霊獣となって暴れるかわからない。日ごろから自ら鍛えることもせず、ぐうたらしていて秩序が守れるものか』


 かつてボルダルの町の森で戦った悪霊獣を思い出す。

 お気楽ケルピーがアレと戦えるとは思えなかった。


 レヴィアタンとイシュケの言い分からは、前者に軍配を上げざるを得ない。

 

 だが、とガリウスは疑問を口にする。

  

「そもそもの話として、なぜ同じ場所に精霊獣がふたりもいるのだろうか?」


『オレが精霊格を得たのはつい最近だ。この湖は遥か北にある海と地下でつながっていてな。いつしかオレはここへ迷いこんだのだ』


 その後、精霊に昇華した彼はレヴィアタンと名乗り、ぐうたらしていたイシュケに口を出すようになったそうだ。

 

(まさか海とつながっていたとはな。となると、闇水晶もたしかにありそうだ)


 疑って申し訳なかったと、この場にいないケルピーに内心で謝った。

 

 それはそれとして。

 突破口はここにこそありそうだと、ガリウスはたった今思い至った持論を述べる。

 

「貴方たちが精霊格を得る理由はよくわからないが、こうは考えられないだろうか? この地に住まう精霊獣があまりに働かないので、秩序維持を担う新たな精霊獣として貴方が抜擢された、と」


 カッと、レヴィアタンが両目を見開いた。

 

『ものすごくしっくりくるなっ。であれば、あの怠け者を相手にすることこそ無駄ということか……』


 どんよりとさせてしまったので、慰めの言葉をかける。

 

「もう、あの怠け者は気にしないほうがよいと思う」


『ああ、そうだな……』


 言質は取れた。

 イシュケの依頼はこれで達成されたのだが、何かに負けた気がするのはなぜなのか?

 同じくどんよりしてしまいそうになるも、気力を奮い立たせる。

 

「ところで、イシュケはこの湖に闇水晶があると言っていたのだが、本当だろうか?」


『ん? ああ、それなら……』


 レヴィアタンは口の中をもごもごとさせ、ぺっと何かを吐き出した。

 

 ごとりと、ガリウスの足元に黒光りした水晶のような塊が……。

 

『湖底を調査しているときに見つけた。闇水晶で間違いなかろう。今のところはそれだけだがな』


「でかいな!」


 思わず叫んでしまうほど。少量でも抜群の効果を発揮するのに、人の頭ほどの大きさがあった。

 

 レヴィアタンがにたりと笑う。

 

『それはオレからの報酬だ。アヤツの相手をしなくてよいと気づかせてくれたことへの、な』


「それは、つまり――」


『ああ。ここにはもう、闇水晶はない。アヤツからは、別の報酬を要求するといい。そうだな。鱗を剥ぎ、たてがみを抜けば、よい素材が手に入るぞ?』


 それはすこし可哀そうだが、相応の報酬はもらうことにしよう、とガリウスも笑みを浮かべるのだった――。


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