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勇者は偽勇者の末路を眺める


 翌日の正午。

 ガリウスは王宮前の広場で、金貨袋の入ったリュックを抱えてぼんやり立ち尽くしていた。

 広場には勇者が現れるのを今か今かと待つ群衆であふれている。

 

 彼はこの場に足を運ぶつもりはなかった。


(ふぅ、愚痴を言うのは筋違いだが、早く俺を追い出したいなら、旅支度くらいしてくれてもよかったのに)


 ゴッテ将軍の計らいで、豪華な宿にタダで泊まれたのは素直に嬉しかった。ぐっすり眠れもしたし。

 が、娼婦が待ち構えていたり(嫌々相手をされるのは不愉快なのでもちろん追い返した)と、妙な気の遣い方をするくせに、旅に必要な物品は何ひとつ用意してくれなかったのだ。

 

 仕方なく必要な物を買いそろえようと市中へ出たものの、式典がある日だからか、たいていの店は閉まっていた。

 逆に同業者が休んでいる今こそと商魂たくましく開店していたところもあったが、あちこちに点在していたため、王都を駆け回る羽目になった。

 

 そうこうするうち、いつの間にかこんな時間、こんな場所に迷いこんでしまったのだ。

 

 人でごった返して身動きが取れない。

 しかもかなり前列まで押され、宮殿のテラスを見上げる位置にいた。


 これはもう茶番が終わるまで脱出できそうにない、と観念したときだ。

 

 ふわりと鼻腔をかすめる甘い匂い。

 出所の気配――とは逆側にガリウスは目を向けた。

 

 するすると隙間を縫うように移動する、小柄な人物に目を留める。

 ローブ姿の小柄な誰か。

 フードを目深に被り、口元も布で覆っているので人相は定かでない。だがガリウスは、その正体をたちまち看破する。

 

(魔族か……)


 甘い匂いは『逸心香』に間違いない。魔族が独自の調合で作った香で、意識を別に向けさせる効果がある。当初は森での戦闘で、これにずいぶん悩まされたものだ。

 

 ただし、タネを知ればそう困るものでもない。

 鼻で息をしないという対策もあるが、匂いとは逆側に香を放った者がいるのだから、位置を知らしめているようなもの。

 

(それを逆手に取られて、百人の部隊が全滅したらしいがな)


 ともかく、あの小柄な魔族は大胆にも王都に潜入し、今まさに勇者(偽の、だが)が現れようとしている宮殿のテラスへ向かっている。

 

 目的は明らか。

 勇者に襲いかかるつもりだろう。

 

 ジェレド王子を助ける義理はない。

 そういった危険をひっくるめて勇者の功績をすべて奪ったのだから、自身で解決してどうぞ、だ。

 しかし単身で暴挙に至れば、あの魔族の命もない。おそらく王子の背後には最強の騎士ゴッテ将軍が控えているだろうから。

 

(おそらく彼……か彼女か不明だが、魔王が生きてるのを知らないのだろう)


 だから命を捨ててでも仇を討とうとしているのだ。

 

 止めなければ。

 下らない男を殺した代償に、魔族の誰かが死ぬのはバカげている。だが、

 

(う、動けん……)


 太っちょなガリウスは人の隙間を縫って、という芸当がほぼ不可能。それでも無理に押し通ろうとしたものの、逆に押し返されて、もたもたしている間に魔族を見失ってしまった。

 

 わっと歓声が上がる。

 

 高らかにラッパが鳴り響き、勇者登場の号令が轟いた。

 

 テラスにジェレドが姿を現す。

 聖鎧は身に着けておらず、聖剣も腰に下げていない。正装しただけの丸腰だった。

 

 聴衆がざわめく。

 意外な人物の登場にみなが驚いた。

 しかし『聖剣、聖鎧を使う際、醜い姿に変えられる』との説明がなされると、次第に落ち着きを取り戻し、別のざわめきが生まれた。

 

「じゃあ、今まで身分を隠して前線に立たれていたのか?」

「それどころか、単身で魔王に挑んで倒しちまったとはなあ」

「何かやる男だと思ってたんだよ」

「きゃーっ、素敵ーっ」

「ジェレド様ぁー!」


 すべての者が、虚偽の説明を鵜呑みにしている。すくなくともガリウスの耳に届く言葉はそうだった。

 ジェレドが高らかに叫ぶ。

 

「魔の国は滅びた。しかしこの偉業は僕一人では成し得なかっただろう。すべての国民が支えてくれたからこそ。本当にありがとう!」


 大歓声が巻き起こる。卒倒する女もいた。

 手を振って応えるジェレドと、ガリウスは目が合った。にやにやといやらしい笑み。

 

 やっぱり来るんじゃなかった。

 きっとそう思っていただろう。さっきあの魔族を見つけていなければ――。

 

 聴衆の最前列から、ひとつの影が飛び上がった。

 フード付きのローブをまとった、小柄な影――さっきの魔族だ。

 

 ローブの隙間からギラリとした刃が覗く。刀身は短い。それでいて通常のナイフよりも異常なほど反り返っていた。

 

 十メートル近い高さにいる相手を襲う状況で、肉薄しなければ仕留められない武器を選んだ襲撃者。

 しかも到底ジェレドに届かない距離でナイフを真上に斬り上げた。

 

 ナイフの刀身から半月状の何かが飛び出す。

 風が収束し、刃となって撃ち放たれたのだ。

 

風の精の短剣(シルフィード・ダガー)!?)


 風を操る特殊効果を持つ短剣。ガリウスの記憶では、王宮の宝物庫に眠っているはずの逸品だ。それをなぜ魔族が持っているのか?

 

「ひっ!?」


 ジェレドは怯えながらも、片手で顔を守った。ズバッと鋭い風刃がひじ辺りを両断した。そのままジェレドの顔面を斬りつける。


「ぎゃあああっ!」


 額から片目を通り、頬にかけて縦の一本筋が生まれ、血しぶきが勢いよく上がったものの、

 

(……浅い)


 ガリウスは冷静に事態を見守っていた。

 

 風刃はジェレドの腕に当たって勢いが落ちたようで、頭蓋の奥までは到達していない。片目は使い物にならないだろうが、即死は免れたらしい。

 

「いだい! いだいよぉぉぉおおぉ!」


 無事な腕で顔を覆い、うずくまるジェレド。切り離された腕が地面にぼとりと落ちたその瞬間。

 

 ジェレドの背後から、大柄な騎士が飛び出した。両手剣を片手で振るい、襲撃者へ斬りかかる。


 ガリウスはポケットに手をつっこみ、硬貨を一枚取り出した。

 できれば銅貨がよかったが、残念ながら金貨だった。今さら取り替える時間はなく、舌打ちしつつ、金貨を親指で弾き飛ばした――。

 

 

 

「っ!?」


 ゴッテ将軍の眼前を、ボウガンの矢ほどのスピードの何か(・・)が通過した。

 

 予想外の事態にゴッテは驚いて、一瞬動作が遅れた。

 強引に剣を振るうも、襲撃者は歪な形の短剣で受け止める。しかしゴッテはすぐさま蹴りを襲撃者の胸元へお見舞いした。

 

 ごきっ、と鈍い音。

 襲撃者は吹っ飛ばされた。しかし地面に叩きつけられる直前、風の渦が小躯に絡み、ふわりと浮き上がる。そのまま高く舞い上がり、群衆の頭上を越えて広場から飛び去った。

 

 ゴッテは地面に降り立つと、テラスを見上げた。

 

「腕、腕がぁ……。僕の、腕はぁ……? どこだよぉ……」


 ジェレドの側には神官が寄り添い、治療魔法で止血している。


(ちっ、死に損なっていたか)


 顔面からの血しぶきの勢いからして致命傷と判断したが、見誤ったらしい。

 だが襲撃者の追撃までも許したとあっては、ゴッテ自身が責を負いかねなかった。だから襲撃者に斬りかかったのは間違いではない、と自分に言い聞かせる。

 

(あれだけの醜態を晒したのだ。奴の【カリスマ】でも補えまい)


 それに、

 

「いだい、いだいよぉ……。なんで、どうして僕がこんな目にぃ……」


 温室育ちの王子だ。死に直面した恐怖は簡単には拭えない。精神的に再起は不可能だろう。ならば、死んだも同然。

 

「賊を追う。第二、第三隊は私に続け!」


 あとは自ら用意した(・・・・・・)襲撃者の口を封じればいい。

 その後、そこらをうろついているだろうガリウスに『魔族を王都へ誘い入れた罪』を被せ、有無を言わさず断罪する。

 

 計画に大きな支障はない。

 まだ慌てなくとも大丈夫。

 

 気を落ち着かせるゴッテだったが、ひとつ、気になることがあった。

 

(先ほど目の前を通過したのは、金貨だった。なぜ、あんなものが?)


 偶然ではない。誰かが意図的に――襲撃者を守るために飛ばしたものだ。

 

 では、いったい誰が?

 

(まさか、な……)


 豚のように醜い男が脳裏を過ったが、ゴッテは一笑に付す。

 

 金貨は『硬貨』であって『武器』ではない。【アイテム・マスター】を持つあの男でも、特殊効果も何もないただの金貨を、武器として使えるわけがないのだ。

 

 ゴッテはパニックに陥った聴衆をぐるりと見渡す。

 ちらりとガリウスの姿を見たような気がしたが、きっと見間違いだろう。

 人並みのプライドを持っているなら、この場に現れはしない。いたとしても、王宮からずっと離れたところから見物しているはずだ。

 

 ゴッテは人波を掻き分け、襲撃者を追うのだった――。

 

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