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勇者は巻きこまれる


 この世界には人と、人から派生した多くの種族が暮らしています。

 人と異なる種族は『亜人』と呼ばれ、しかし人との対立が深まるにつれ、人からは『魔族』と忌み嫌われるようになりました。

 

 彼らは他の生物や魔物の血を色濃く受け継ぎ、それらの特徴を備えています。

 

 ある種族は人より頑強な肉体を持ち。

 ある種族は人より鋭い感覚を有し。

 ある種族は人より魔力が高く。

 ある種族は人より長命です。

 

 人より優れた特徴を持つ彼らに、数で勝る人は妬み、嫉み、羨みました。

 そんな哀れな人を救済すべく、唯一神は人にのみ恩恵ギフトを与えることにしたのです。

 人は十二歳になれば、一人にひとつ、際立った技能や特徴を得られました。

 

 しかし、世界のバランスを保つためのこの試みは、最初から破綻していたと言わざるをえません。

 あまりに愚策であったのです。

 

 圧倒的に数で勝る人。その中に、亜人たちを超える能力を持つ者たちが多数現れました。

 一騎当千の剣士。

 戦術に長けた知将。

 戦局を覆す大魔法使い。

 彼らは個々の力を組織に組み込み、亜人たちを蹂躙していきました。

 

 人は、勝利が約束された最強の種族となったのです。

 

 ああ、それでも――。

 

 恩恵ギフトシステムは、真に人を救済する仕組みだったのでしょうか?

 

 恩恵ギフトの種類は様々で、当たり外れがありました。

 いくら有用そうに見える恩恵ギフトであっても、各人が元から持っていた才能や特性、それらに合致しなければ宝の持ち腐れとなりましょう。

 そも、隣の芝生は青く見えるもの。


 人とは、元より妬み、嫉み、羨むことが際立った種族なのですから――。







 ガリウスが王に謁見した夜。

 人払いされた離宮の一室で、男女が抱き合っていた。

 重なった唇を離すと、女から吐息が漏れる。

 

「ふふ、順調のようね」


 シースルーの寝衣を着た美女は王妃のイザベラ。男から一度体を離し、天蓋付きのベッドへと腰かけた。

 

「予定よりも早くガリウスが魔王を倒してくれたからな」


 男は丸テーブルの上にあった瓶を手に、葡萄酒ワインを二つのグラスに注ぐ。

 大柄の彼は、本来王妃と密室で二人きりになってはならない者――ブラン・ゴッテ将軍だった。

 

「ああ、あの豚ね。けれど大丈夫なの? あの豚、明日の勇者凱旋披露式に現れるのかしら?」


「誘ってはみたが、どうかな? 人並みのプライドを持っていれば近寄りたくもないだろう。まあ、式に現れなくても問題はない。急な追放で旅支度は必要だ。ならば半日は王都をうろちょろしているだろうからな」


 ゴッテはグラスを持ち、イザベラへと近づいた。

 

「アレにはただ生贄になってもらうだけだ。刺客・・は別で用意している」


「あら、あの豚にやらせるのではないの? 偽勇者――ジェレドの抹殺を」


 イザベラはグラスを受け取り、真っ赤な液体を見つめながら妖艶な笑みを浮かべた。

 

 明日、王宮前広場で勇者凱旋披露式が行われる。

 その実、勇者はジェレド王子だったと国民に知らしめる茶番だ。

 

 王妃と将軍はその場でジェレド王子を亡き者にする計画を進めていた。

 

「ジェレドは実戦経験こそないが、そこそこ腕が立つ。となればガリウスに相応の武器を持たせなくてはならないが、それはあまりに危険だ。凶刃が別に向かわないとも限らんだろう?」


「まあ、それはそうね。あの豚、見た目と同じで心まで醜いに違いないもの。分不相応にもジェレドだけでなく、わらわや国王にも恨みをもっていそうだわ」


「下手をすれば私もだがな。もっとも、聖なる武具がなければ返り討ちするのはたやすい。とはいえ、貴女を危険には晒せない」


「ふふ、嬉しいわね。わらわの身を案じてくれるなんて」


「当然だ。なにせ君がいなければ、私は次期国王にはなれないのだからな」


 冷ややかな物言いにも、イザベラは微笑みを浮かべたまま、歌うように語る。

 

「勇者を騙る王子は凶刃に倒れ、のちに国王は不遇の死を迎える。ああ、でも悲劇の王妃は、最強の騎士を新たな伴侶に選び、国の再興を果たすのでした! ふふ、筋書きの上では初期の初期ですものね。今の段階で躓いてはいられないわ」


「そういうことだ。しかし、いまだに貴女の真意を測りかねるな。王妃の立場を危うくしてまで、国を乗っ取ろうなどと……」


「あら、前に言ったわよ? わらわに並び立つ男は、相応の容姿と実力が必要、とね。ぶくぶく太った醜い国王なんて、わらわから見ればあの豚勇者と大差ないわ。その点、将軍は見た目も実力も申し分ないもの」


 それはどうも、とゴッテは肩を竦める。

 

「私にも野心はある。国王という地位も、貴女という絶世の美女も。とはいえ、私の恩恵ギフトは戦闘に特化したものだ。せいぜいお飾りの国王として、【エンドレス・ビューティー】に使われてやる」


 イザベラは満足げにグラスを合わせた。キィンと心地よい音が鳴る。


「わらわの恩恵ギフトは『死ぬまで美しさを保つ』もの。たしかに【カリスマ】は為政者に向いているけれど、『美しい』、ただそれだけでも十分代替として機能するわ。ぼんくら王子にはない知性も備えているし、ね」


 こくりと赤い液体をのどに流しこむ。その挙動はため息が漏れるほど絵になっていた。

 だが、とゴッテは内心でほくそ笑む。

 

(美貌に拘泥した愚かな女など、抱き飽きれば使いどころはなくなる。さて、何年持つかな?)


 一方のイザベラはといえば。

 

いくさバカは戦場に押しやり、わらわは王宮で可愛いたちと楽しく暮らさせてもらうわ。利用価値がなくなったら、また別の男を篭絡して処分してもらえばいいものね)


 互いが互いを利用するだけの関係。

 そんな二人はグラスを空にすると、縺れるようにベッドへと倒れた。ジェレド抹殺の前夜祭とばかりに、激しく貪り合うのだった――。

 

 

 

 

 

 

 最終的には相容れない二人の企み。

 はたしてどちらが成就できるのでしょうか?

 もったいぶるのはやめにして、結論を言ってしまえば。

 

 いずれも成就には至りません。

 

 二人の目論見には、とても大きな綻びがあったのです。

 

 それは計画の初期の初期。

 まさに明日行われる勇者凱旋披露式にありました。

 

 二人は、見誤っていたのです。

 侮っていた、とも言えるでしょう。

 いえ、より正確に表現するならば、彼らは単純に、知らなかったのです。

 

 【アイテム・マスター】――その稀有にして至高なる本質を。

 そしてその恩恵ギフトを歴史上で唯一使いこなす(・・・・・)男の、真の恐ろしさを。

 

 だから、彼を(・・)巻きこんではならなかったのです。

 巻きこんだ時点で、哀れな二人の運命は、奈落へと堕ちることが確定してしまったのですから――。

 


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