勇者は精霊獣に会いに行く
ククルがやってきて五日が過ぎた。
よく晴れた昼下がり、今日ガリウスに仕事はない。お休みだ。
その代わりに用事があった。
森の奥深くに住まう、精霊獣リュナテアに会うのだ。
精霊獣とは、精霊と同格の力を得た獣の意だ。意思疎通が可能で、最果ての森には十二体が確認されている。そのうちの一体が、リュナテアという名だった。
町長のテリオスと種族の代表数名が定期的にその棲み処を訪れ、話し合いを行う。
今回は唯一の人族であるガリウスと、たまたまやってきていたククルも連れていくことになった。
テリオスが迎えに来るまで、ガリウスはククルとアオと一緒に外で遊んでいた。
ククルが「そぉれ」と木の棒を放り投げる。ぎゅるんと勢いよく回転して飛んでいく木の棒を、アオはずびゅんと追いかけて、五メートルほどの大ジャンプでキャッチした。
尻尾を振り振り、元気よく戻ってくる。
「アオさんはおりこうですね」
ククルは満面の笑みでアオを迎え、「よしよし」と体を撫でる。
「言いつけはきちんと守るし、ダメといったことは絶対にしない。物分かりが良すぎるというかなんというか……。ただの狼ではないな。このところ成長も早い」
拾った当初は小型犬ほどだったが、今は中型犬サイズになっている。加えて、よくわからない特徴が出始めていた。
ガリウスはアオに近寄って、その頭を撫でる。柔らかな体毛に隠れ、額部分に固い感触があった。
「最初はどこかにぶつけたのかと思ったが、痛がる様子はない。もしかすると、角が生えてきたのかもしれない」
「角、ですか? 狼に近い種で、角って……」
ククルが首をひねると、そのほっぺをアオがぺろぺろと舐めた。
「わ、ちょ、アオさん、くすぐったいですよぉ」
と、そこへ馴染みある声が響く。
「ようガリウス、待たせちまったな」
オーク族の老人、ゼパルだ。巨体を揺らしてやってくる。
だがガリウスは小首をかしげた。待っていたのは彼ではなく、オーク族の代表者だからだ。
「あの野郎、腰をやっちまってなあ。仕方ねえから、俺が代役ってわけだ」
ゼパルは以前、オーク族の代表経験がある。ガリウスとも親しいため、今回の役目に選ばれたらしい。
「てなわけで、今日はよろしくな。それと……」
いつになく穏やかな表情になり、視線を下げた。
「ククル様も。ずいぶんと久しぶりですなあ。お元気そうで何よりですぜ」
「ぇ……? ぁ、はい。ゼパルさんも、息災のご様子で……」
ん? とガリウスは怪訝に眉をひそめた。元気いっぱいだったククルが、戸惑ったように目を泳がせていたのだ。
「どうかしたのか?」
「へ? ぁ、いえその……。ガリウスさんは、ゼパルさんとお知り合いだったのですね」
「ああ。たまに話に出た、俺の面倒をよくみてくれるオーク族の老人が彼だ」
「おいおい、ジジイ扱いすんじゃねえよ」
ゼパルは言いつつもカラカラと笑う。
ククルもそれにつられたのか笑みが戻った。
「あとはテリオスを待つだけか。ところでゼパル、貴方は精霊獣に会ったことはあるのか?」
「ん? ああ、二年くらい前に一度な。あいさつ程度だったがよ」
さすがにこの町に古くからいる男だな、と感心する。
「ということは、どんな姿をしているのか知っているのだな。俺はまだ詳しく聞いていないのだが」
「いや、俺も知らんよ」
「何……?」
会ったことがあるのに姿を知らないとはどういことなのか。疑問に答えたのはククルだ。
「精霊獣はめったに姿を現さないのです。特にこの地域を縄張りにするリュナテアさんは、洞窟の奥からぴかーって目を光らせるくらいで、とても恥ずかしがり屋さんのようなのです」
「だがそれでは、そいつが本当に精霊獣かどうかわからないのでは?」
「声、つーか、会話の仕方が独特だからな。耳に聞こえてくるんじゃなく、頭ん中に直接響くっていうかよ」
自称聖武具の精霊エルザナードも、たしかそんな感じだったのを思い出す。
「ま、話はわかるし筋は通す奴だ。信用できねえってこたあ、ないな」
実際、良好な共存関係を構築しているのだから、問題はないのだろう。
町長のテリオスがやってきた。四人そろってさあ出発、とその前に。
「ガリウス、そいつは置いていってくれ」
テリオスは腰に無造作に差した短剣を指差す。鉄製の既製品ではなく、シルフィード・ダガーだ。
「なぜだ? 森の中だ。道中はそれなりに危険があるのだろう?」
「その辺は気難しい奴でね。護身用のちょっとしたモノならいいんだが、特殊効果付きは警戒させてしまう。貴様は初対面だしな」
なるほど、とガリウスはシルフィード・ダガーを手にし、家の中へ入った。
この町で空き巣の心配はないが、念のため空いた壺の中に隠しておく。
「ワゥワゥ! ワゥゥゥ……」
と、アオが駆けてきて、壺をがりがりと前脚で引っかいた。
何か言いたげではあるのだが、動物の言葉はわからない。
「こいつは大切なものだ。盗まれないよう見張っていてくれ。それと――」
ガリウスはアオの頭を優しく撫でて言いつけた。
「君は触るんじゃないぞ? 前に危ないことがあったろう?」
以前、アオがシルフィード・ダガーを咥えて遊んでいたら、いきなり風の刃が飛び出したことがあった。その意味でも、やはりただの狼ではないのだろう。
「クゥゥン……」
寂しげに尻尾を垂らすアオを気にしながらも、ガリウスはみなとともに出かけていった――。
エルフの居住区。
自宅で事務作業をしていたリリアネアは、大きく伸びをした。
彼女は学校に通う年齢ではあるが、必要な教育は受けていて、今は種族の代表者である兄ミゲルを補佐する仕事に従事している。
「ウワン! ウォオーン!」
「ん? この鳴き声って……アオかしら?」
外に出ると、予想通りアオがしきりに吠えていた。
「あんた、今日はお留守番のはずでしょ? さっそくサボって遊びに来たの?」
苦笑したのは一瞬。
どうにもアオの様子がおかしい。
くるりと反転し、顔だけ振り向いては吠え、ちょっとずつ遠ざかっていた。
「なに? ついてこいってこと?」
よく考えてみれば、アオは言いつけを破ったりはしない。留守番を命じられたのであれば、家から離れるには相応の理由があるはずだ。
何かがあった。それを肯定するように、アオが大きく吠えた。
「ウワンワン!」
そのまま駆けていく。
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
リリアネアは不安を胸に抱え、アオを追いかけた――。
アオは時折振り返り、リリアネアを導くようにガリウス宅へ舞い戻った。家に入ると、とある壺をがりがり引っかいている。
「中に何かあるの?」
恐る恐る蓋を開け、驚いた。
「シルフィード・ダガー、よね……?」
最果ての森まで、何度となくガリウスとともに自分たちを守ってくれたものだ。
精霊獣は警戒心が強く、初対面の彼が特殊効果付きの武器を持っていたら話がこじれる可能性がある。だから置いていったのだと理解した。
だが――。
「ウワン! ウォーーン!」
リリアネアが短剣を手に取ると、またもアオは誘うように吠えて家を飛び出した。
慌てて追いかけ、次なるアオの行動に目を疑う。
森へ、入っていったのだ。
アオは森の中で傷つき、倒れていた。ガリウスに拾われてから、一度も足を踏み入れなかったのに……。
「まさか……」
ガリウスたちに危険が迫っているのではないか。
そんな不安に急かされるまま、リリアネアは走った。その手に、しっかりと短剣を握り締めて――。