勇者はペットと遊ぶ
大きなタオルを敷き、犬だか狼だかを横たえる。
ランプを灯し、必要そうなものをかき集めた。
布を飲料用の水で湿らせ、傷口の辺りを慎重にふき取る。血はほとんど止まっているが、じんわりとにじみ出ていた。
(かなり深い傷だと思ったが……とにかく、これなら薬を塗って包帯を巻けばよさそうだ)
傷に効く薬草をすり鉢に入れ、ポーションを垂らしながらゴリゴリ擦る。
「……ん。ガリウス……? どうしたの?」
リッピが目をこすりながら身を起こした。
「うるさくしてすまない。森の中で傷ついた犬を拾ってな。今、治療している」
「犬っ!?」
リッピは警戒を露わにするも、『治療』という言葉で心配になったのか、恐る恐る近づいてきた。
「ひどい傷だね……。なにがあったんだろう?」
「もう血は止まっている。ただ、瀕死には変わりない」
出来上がった傷薬を丁寧に塗り、薄いタオルを破って包帯代わりに巻いた。骨折しているかはわからないが、念のため木を当てる。
「さて、応急処置は終わったが……」
息はいまだ細く、今にも消え入りそうだ。
「できれば医者に診てもらいたいが、こんな真夜中ではな。と、そういえば、明日は休日だったか」
ガリウスは小さく舌打ちした。
「今から診てもらえばいいんじゃない?」
「いや、だからこんな夜更けに……」
「大丈夫だよ」
リッピはあっけらかんと言う。
そういえば、以前準備中の飲食店に入ったが、そのときも嫌な顔もせず店主は対応してくれた。
亜人たちは、かなり大らかなのではなかろうか。
「一番近くにいる医者を知っているか?」
「だったらエルフのとこだね。あー、でも獣系なら、ボクの住んでるとこかな?」
一刻を争うが、人とほぼ同じ姿のエルフよりは、ワーキャットの医者に診せたほうが確実に思えた。
「では、案内してくれ」
ガリウスは傷ついた犬をタオルで包むと、外へ出て荷馬車を準備した――。
荷馬車で十五分ほど。
ワーキャットの居住区は森に隣接したところにあった。小さな家々が二十軒ほどひしめいている。
「ふぅむ……。骨折はしていないですね。死にかけているように思えますが、自分で治癒に集中しているため、そう見えるだけでしょう」
黒い毛並みの若いワーキャットはそう言った。
もとは薬師をしていたが、町の中心部の医者で手伝いをしながら医療を学び、今はここで薬の調合で生計を立てつつ医者をやっている男性だ。
ガリウスとリッピはホッと胸を撫で下ろす。
「とはいえ、予断は許しません。容体が急変したら、すぐにでも連れてきてください」
「ああ、わかった。夜分遅くに申し訳なかったな」
「いえいえ。困ったときはお互い様ですよ。にしても、なかなか手際のよい治療をしていますね。医療のご経験が?」
「戦場で自然に身についたものだ」
「なるほど。まあ、そうはいっても見事ですよ、これは」
医者に褒められて悪い気はしないが、戦いに明け暮れた時代に得た知識であるため、すこし複雑だった。
「しばらく安静は必要ですが、目覚めたら水と消化の良い食べ物を少しずつ与えて様子を見てください。元気そうなら肉なども与えてよいでしょう」
「わかった。重ね重ね、ありがとう。本当に助かった」
ガリウスは深々と頭を下げる。
「ところで、この犬……というか、おそらく狼の子どもだと思いますが、見たことのない種類ですね。森の奥から迷ってきたのでしょうか?」
「事情はよくわからない」
ただ、例の『意思疎通できる魔物』と関係があるようにも思う。この犬、ではなく狼の子を拾ったとき感じた殺気は、それほど強大なものだった。
ガリウスは最後にもう一度お礼を述べてから、自宅へと馬車を走らせた――。
リッピを寝かしつけたあと、ガリウスは付きっきりで狼の子を見ていた。することは何もないのだが、容体が急変しないか心配だったのだ。
一睡もしないのには慣れていた。
だから朝まで目を離さなかったわけだが。
「ワォオオーーゥン」
狼の子は立ち上がり、パタパタと尻尾を振ってとても元気そう。
水と、昨夜の残りのシチューを具なしで与えたら、ぺろりと平らげてしまった。
「治ってよかったね」
叩き起こされた格好のリッピだが満面の笑みで喜んでいる。
「下手に治療はしなくてよかったのかもな」
「そうかなあ? 『おかげさまで』って顔してるよ」
「わかるのか?」
「いやあ、なんとなく、だけどね。あ、ほら、なんか撫でてほしそうにしてるよ?」
つぶらな瞳で見つめられ、ガリウスは恐る恐る頭を撫でてみた。
目を細め、気持ちよさそうな顔にほっこりする。
指を鼻先に持っていくと、ちろりと舌先で舐めてきた。これまたぞくぞくするほど愛らしい。
「人懐っこい子だね。ボクもやってみよーっと」
リッピがマネして指を鼻先に持っていくと。
ガブリ。
「ふにゃぁ!?」
噛みつかれた。
「なんで? ボクが猫だから?」
涙目になって指をふーふーするリッピ。一方の狼の子は、悪びれた様子もなく、尻尾をパタパタさせていた。
「じゃれただけのように思う。まだ力加減がわかっていないんじゃないか?」
「ガリウスには噛みつかなかったのに……」
リッピは警戒してか、狼の子と距離を取った。
「そういえば、名前はどうするの?」
「いや、別に飼うつもりは……」
「でもこの子、森でケガしてたんでしょ? そっちに戻すのはマズくないかな?」
言われてみればその通りだ。
どんな経緯があったか知らないが、群れで行動する狼の子がはぐれて生活はできないだろう。せめて独り立ちできるほどには成長を見届けたい。
「どんな名前がよいかな?」
「ガリウスが決めるべきだよ」
難しい判断を迫られ、ガリウスは大いに悩む。
「では、『アオ』と」
白っぽくはあるが、青い毛並みが美しいから。
「安直だけど、いいと思う」
「褒めてるのか貶しているのかどっちなんだ……」
が、試しに『アオ』と呼び掛けてみると、尻尾をパタパタさせて「ウォーン!」と元気よく返事をした。
というわけで、名前は『アオ』で決定した。
アオはとにかく元気だった。
とても大ケガを負ったとは思えないほど、その日は家の中を駆け回っていた。ガリウスが注意すると大人しくなり、聞き分けもよい。
肉を与えると、がつがつと勢いよく食べていた。
翌日は外に連れ出した。
森とは逆方面に元気よく駆け出し、姿が見えなくなって慌てていたら、ものすごい勢いで戻ってきた。大きな鼠を咥えて。
木の枝を放り投げると、地面に落ちる前にキャッチして戻ってくる。
元気すぎる。
一昨日の夜、瀕死だったのが嘘のようだ。
よくやったと褒めつつ体を両手で撫でてやると、目を閉じて気持ちよさそうにとろんとする。
抱いてみた。
顔中ぺろぺろ舐め回される。嫌な気はまったくしなかった。
とても、楽しい。
リッピやリリアネアたちと過ごすのとは、また違った楽しさだ。
しかし、である。
(いかんな……。楽しすぎて、ダメ人間になってしまいそうだ)
自重しなければ。
アオはとても賢いようで、毛長馬に吠えかかっていたのを注意したらすぐにやめ、以降も吠えたり威嚇したりをしなくなった。
言葉もある程度理解している風で、木の枝を二本持ってきて、こっちを取ってこいと命じて二つを別方向に放り投げると、命じられたものだけを咥えてきた。
夕方、リッピとともにリリアネアがやってきた。
「へえ、可愛いわね。まだ仔犬……じゃなくて狼か、なのよね?」
「おそらくそうだと思う。狼ならもうすこし大きくなるはずだ」
リリアネアは優しい笑みを浮かべつつ、頭を撫でようと手を伸ばした。
ガブリ。
「~~~ッ!?」
ものの見事に噛みつかれる。
リリアネアは声なき叫びを上げ、涙目になって飛び退いた。
「わりと凶暴じゃない!?」
「いや、俺には噛みついたりしないのだが……」
「あたし、わりと動物には好かれるほうだと思ってたのに……」
他者への触れ合い方はよく言い聞かせておかなければ、と心に決めるガリウスだった――。