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勇者はお払い箱になる


 魔王との戦いから二週間後、ガリウスは王都へと帰還した。

 三日待たされて、ようやく王への謁見が叶う。その間、国宝である聖剣と聖鎧はガリウスの手を離れ、宝物庫に納められていた。

 

 秘密裏の帰還。

 数日の放置。

 日が暮れてからの謁見。

 平服で来いとのお達し。

 

 異様な事態の積み重ねに、ガリウスは心穏やかではなかった。

 

(まさか、魔王を見逃したのが露見したのか……?)


 それどころか、魔族たちが未踏の地へ逃れたことも知られたとしたら。

 

 不安が募る中、謁見の間に通される。

 

 広い広い室内には、最奥に数段の階段があり、その上に豪奢な玉座が設えてあった。


「おお、ガリウスよ。よくぞ参ったな」


 玉座にはガリウス以上にでっぷりした白髪交じりの男がいた。

 ミッドテリア王国の国王、エドガー・ミドテリアスである。

 

 その隣にも絢爛な椅子があり、きらびやかなドレスを着た美女――王妃のイザベラがすまし顔で座っていた。後妻の彼女は、二十歳前後にも見える若々しさだ。

 

 イザベラとは逆側。そこに座るのはすらりとしたイケメンだ。およそ国王の遺伝子が受け継がれているとは思えないが、まぎれもなく王子のジェレドである。ちなみにイザベラとは血の繋がりがない。前王妃の子である。

 

 さらに階段下には大柄で顎鬚をたたえた精悍な騎士――ブラン・ゴッテ将軍が控えていた。勇者を除けば、国内で右に出る者はいないと称えられている猛者である。


 錚々たる顔ぶれではあるが、衛兵の一人もいないのはどういうことか、とガリウスは首をひねる。長年戦場で染みついた癖から、瞳だけ動かして周囲を警戒しつつ、王の前に進み出て片膝をついた。

 

「報告は受けておる。こたびは実にご苦労であったな」


「はっ、これも我が使命なれば」


「うむ。そなたはこの国で唯一、聖剣と聖鎧を使いこなせる男。こたびの偉業、そなた以外では成し得なかったであろう」


「ありがたき、お言葉にございます……」


 どうやら魔王を見逃したのは知られていないようだ。しかし首を垂れたままの彼は、不安が拭えなかった。

 

「ガリウス、面を上げよ」


 威圧するような声音はゴッテ将軍のものだ。

 ガリウスは顔を上げる。

 王妃イザベラはあからさまに嫌な顔をした。ジェレド王子は整った顔に嘲りを貼りつけている。ゴッテは鋭い眼光をガリウスに向けていた。


「そなたの活躍、その貢献は、我らが知るところである。だが、しかし、だなあ……」


 エドガー国王は言い淀み、王妃に睨まれて観念したように続く言葉を連ねた。

 

「魔王は死に、魔族どもも散り散りになった。もはや脅威はなくなったのだ。そこで、そなたには勇者を辞してもらいたい」


 なんだそんなことか、とガリウスは拍子抜けした。

 もとより魔王を倒せば自分の役割は終わると思っていた。戦いにも疲れていたから、こちらから願い出たいほど。

 元勇者の肩書があれば、以降は楽に暮らしていけ――。

 

「ついでに勇者の功績はすべて、我が王子ジェレドに引き渡してもらう」


「………………は?」


「これまでそなたが成したことはみな、ジェレドがやったことにしてほしいのだ。魔王を倒したことも含めてな」


 言っている意味がわからなかった。いや、内容は理解できたのだが、そもそもやる意味がないと感じたのだ。だって――。

 

「誰がそのような話を、信じるのですか?」


 ガリウスは全身鎧を身に着け、ほとんどの場面で兜を被って顔を隠していた。

 しかしそれはあくまで『ほとんど』であって、食事や就寝のときは顔を晒していたのだ。


 彼の醜い素顔を見た者はたしかに少数だろう。だが不特定の誰かである以上、金で買収するには無理がある。

 

「なに、そこは問題ない。聖剣と聖鎧は我が国の宝にして、勇者以外には扱えぬものだ。ゆえにその本来の力を使いこなした際、醜い姿に変えられる(・・・・・・・・・)『呪い』があるとは誰も知らぬ」


 そんな呪いなどあるはずがない。聖鎧は使用者の体格に合わせてサイズが変わるが、それだけだ。使いこなしていたガリウス本人だからこそ確信していた。

 つまりは、嘘を吹聴して国民を騙そうとしているのだ。


「そなたが遠征中は、ジェレドも姿を隠していたからな。疑う者はおるまい」


 用意周到と言いたげだが、浅はかで浅ましい企みにガリウスは内心でため息をこぼす。


(俺は、こんな連中のために戦っていたのか……)


 これまで以上にバカバカしくなってきた。

 呆れて黙っていると、国王は訊いてもないのに理由を語る。

 

「勇者とは、国民すべてから愛される英雄である。ゆえに『誰もが愛してやまない』容姿が求められるのだ」


 国王は申し訳なさも失せたのか、きっぱりと言い放った。

 

「ガリウスよ、そなたは勇者と名乗るには不細工すぎるのだ!」


 聞き飽きた言葉だ。今さら何も感じなかった。

 今度はジェレドが立ち上がる。

 

「その点、僕の見た目は申し分ない。さらに言ってしまえば、僕には【カリスマ】の恩恵ギフトがあるからね」


 ジェレドの恩恵ギフトは人を惹きつけるものだ。見た目が良いうえに、人から好かれる、信頼される恩恵ギフトまで持つ彼の言葉は、多少の嘘であっても相手を信じさせる力があった。

 

(そういえば、そうだったな。だがなあ……)


 王子が【カリスマ】を持っているのは周知の事実。それを考慮する者も少なからずいるのではないだろうか。

 ぼんやりとジェレドを見ながら考えていたら、

 

「そう睨まないでくれよ」


 べつに睨んではいない。腫れぼったい目元がそう思わせるだけだ。

 

「まあ、不満があるのは当然だ。しかし、だからといってここで僕をどうこうしようなんて考えるんじゃないぞ? なにせ――」 


 ジェレドはにたり、とバカにしたような笑みを浮かべた。

 

「お前は特殊な武具がなければ、一兵卒にも劣る(・・・・・・・)のだからね」


 ガリウスは、今度はぎろりとジェレドを睨んだ。

 しかし挑発に乗って暴れようとは思わなかった。何も手にしていない自分では、ゴッテはもちろん、ジェレド一人にも取り押さえられてしまうだろう。

 ガリウスの強さは、ひとえに恩恵ギフトの特性に他ならないからで、今はその力が発揮できない。

 

 国王が割りこむ。

 

「むろん、そなたの功績を無視しようとは考えてはおらん」


 目配せすると、ゴッテが足元に置いてあった革袋を持ち上げた。ガリウスの前に置くと、じゃらりと音が鳴る。

 

「金貨で五十枚ある。田舎暮らしなら、しばらくは食うに困らない額だろう」とゴッテは冷ややかに告げる。


「わかっておると思うが、口外はしてくれるなよ? その意味でも、国内に留まられると、なあ? そなたの素顔を見た者と接触されては困るのだ」


 勇者の功績を奪うのみならず、国外へ退去せよとの命令らしい。

 その対価が金貨五十枚ぽっちとは。


「承知、しております……」


 ガリウスは革袋を持ち上げ、ぺこりとお辞儀した。

 もう、この場に長居したくはなかった。




 

 謁見の間を出て、薄暗い廊下をとぼとぼ歩く。

 

 ガリウスは十二歳で恩恵ギフトを授かり、すぐさま王都へ召集された。他者との接触は極力避けられ、勇者になるべく訓練に明け暮れた。

 考えてみれば、そのころからこの結末は約束されていたのかもしれない。

 

「ガリウス、待ってくれ」


 追ってきたのはゴッテ将軍だった。横に並び、連れ立って歩く。

 

「……将軍は知っていたのですか?」


「まあな。だがこればかりは、私の力でもどうにもならんよ」


 ガリウスは冷めきった気持ちで聞いていた。

 

「落胆しているだろうが、考え方次第だ。貧しい農村出の貴様が、勇者にまで昇り詰められたのだからな」


 ゴッテは気遣う素振りをみせてはいても、言葉の端々にガリウスを見下す感情が宿っていた。

 けっきょくゴッテも『あちら側』の人間で、ガリウスに肩入れするはずのない男。よからぬ噂もあるし、信用はおけなかった。


「しかし、神も酷な恩恵ギフトを授けたものだ。【アイテムマスター】――『あらゆる武具を(・・・・・・・)使いこなせる(・・・・・・)』、か。だが逆に、貴様は相応の武具を装備していなければ一兵卒にも劣るのだからな」


 厳密には武器や防具に限らず、あらゆるアイテムの性能を最大まで引き出せる能力だ。 

 しかし彼自身は、ゴッテが言うように一兵卒にも劣るのは事実。

 

 そんな彼を勇者足らしめていたのは、特殊効果が満載の聖剣であり聖鎧だった。ガリウスの低い能力を、超人をさらに超えるレベルまで引き上げていたのだ。

 

「もう、どうでもいいですよ」


「そう投げやりになるな。戦場から離れ、悠々自適に暮らすのもよいものだぞ? 今晩は私が宿を取っておいた。そこでゆっくりと身の振り方を考えろ」


 ゴッテはガリウスの肩をぽんと叩く。

 

「そういえば、明日は偽勇者のお披露目がある。貴様には気持ちのよいものではないだろうが、王子の道化っぷりを最後に見るのもよいかもしれんぞ?」


 誰が行くものか、と内心で毒づきつつ。

 

(やっぱりこの人、王子()バカにしているのだな……)


 エリートや王族の権力争いなどに興味はない。

 ガリウスは何もかもに嫌気がさし、とっとと王都を出て、新たな生活を始めようと決めるのだった――。

 


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