勇者は家を決める
入り口の町を出発して二週間ほど。
最果ての森の奥の奥。いくつかの町や村を経て、とある町へとガリウスたちはやってきた。
丘陵地帯の麓に広がる、もはや森とは言えないかなりの開けた場所だ。
麦や他の作物がすくすく育っている畑を抜け、町の中心部にたどり着く。
低層の家々は木造りで、使いこまれた感じがした。
国の中心部へ向かうにつれ、町並みが趣深くなっていく。
亜人たちはずいぶん前から最果ての森への移住を計画していたらしく、もっとも奥に作られた都から、徐々に外へ向かって生活圏を広げていた。
だから『入口の町』が今現在、もっとも新しい町になっている。
大通りを進むと、広場に面したひと際大きな建物に行き当たった。
この町の政治の中心、議会だと説明を受ける。
議会の前には、数名が待ち構えていた。
そのど真ん中に立つ巨大な――三メートル近い筋骨隆々の男が大声を張り上げた。
「よくきたっ! 新たな住民たちよ! オレはここ『ボルダル』の町長、テリオスだ!」
空気を響かせるような声に、リッピやリリアネアは耳をふさいだ。
「ああ、すまんすまん。どうにも声が大きくてなあ。がっはっはっは!」
豪快に笑う男の顔は、牛だった。
牛頭人族。首から上は角のある牛で、首から下は赤黒い肌をした人のもの。
「まあ、大きいのは声と態度だけで、根は小心者ですから怖がらなくても大丈夫ですよ」
町長テリオスの足元には、小ぢんまりとしたネズミがいた。声やゆったりしたスカートからして、鼠人族の女性だ。
「はっはっは! チェレッタよ、言ってくれたな。でもまあ、そうだ。オレは戦いを恐れ、早くから新天地へとやってきた臆病者だ。だって血を見るのが苦手だし」
テリオスはウェアラットの女性――チェレッタの言葉を笑い飛ばし、ガリウスへと近づいた。
「ふむ。貴様が例の勇者か。よい面構え……かどうかはわからんが、オレたちは貴様を歓迎しよう! というわけで、立ち話もなんだから、ささ、奥へ。ずずいっとな」
案内され、建物に入る。
広い会議室のようなところで、エルフたちと一緒に席に着いた。
「ではあらためて。オレは町長のテリオスだ。そしてこっちがボルダル議会の議長であるチェレッタ」
テリオスが居並ぶ面々を紹介した。
続けてミゲルを筆頭に、エルフたちが自己紹介。リッピに続き、最後にガリウスが立ち上がる。
「名はガリウス。人族だ」
緊張が走る。しかしそれは一瞬で、事情をすでに知っている町側の者たちは努めて表情を緩めた。
「うむ。我らは諸君らを歓迎する。道中聞いてはいるだろうが、まずはこの町の説明からだな。その後、諸君らの住む場所を決めようと思う」
別の者が立ち上がり、町の説明を始めた。
都から馬車で三日ほどの立地で、農業を主産業としている。
二本の川に挟まれた中心部と、川の外側に広がる農業地帯に大きく分かれていた。
洪水で水没してしまわないのかとガリウスは心配するも、どうやら川よりもわりかし高い位置にあるので、今のところ大洪水でも起こらない限りは大丈夫とのこと。堤防もしっかり作られていたのも思い出す。
他の町や村と同じく、ここは様々な種族が暮らしている。しかし中心部を除く居住区域は種族単位で分かれており、それぞれ得意分野を生かした仕事に従事していた。
エルフの居住区もあった。東側の森を入ってすぐのところらしい。
ミゲルやリリアネアの故郷、エレンフィールの里の出身者が中心だ。この場にも町側の主要メンバーとして一人の男性がいて、会議室の通される道すがら、ミゲルたちと再会を喜んでいた。ミゲルのことを『若』と呼び、リリアネアを『お嬢様』と呼んでいた。
また、少数だがワーキャットもいるらしい。
しかもエルフの居住区と隣接しているので、知り合いのいないリッピが放りこまれてもある程度は安心していられた。もっとも、リッピの性格ならすぐに馴染むだろうが。
「残るは……ガリウス、貴様だな」
注目が集まる。
明るい声が横からした。
「彼はあたしたちと一緒でいいんじゃない?」
リリアネアが言うと、町側のエルフもうなずいた。
が、ここで反論が飛び出す。
「えー、ボクと一緒に暮らそうよ。お仲間ももふもふできるよ?」
これにはガリウスの心が大きく揺れた。
ぐっと堪え、告げる。
「俺は、町外れに一人で住みたい」
「ちょ、あんたなに言って――」
リリアネアが食ってかかろうとするのを、ミゲルが肩を押さえて止める。
テリオスが真摯な眼差しをガリウスへ向けた。
「住民の要望にはなるべく応えるのがオレのモットーだ。が、理由を訊こう」
「俺は、この地に根を下ろして生きていこうと決めた。たしかに苦楽をともにしてきたエルフたちと一緒であれば、生活はスムーズだろう。しかし、それに甘えてしまうのではと危惧している」
「甘え?」
「ああ。実のところ、俺はコミュニティーの一員としてまともに過ごしたことがない。幼いころは疎まれ、爪弾きにされていた。王都に移ってからは、ひたすら勇者になるべく隔離されて過ごしていたからな」
エルフたちが良くしてくれるのは明らかだ。
となれば自分はそれを当然として受け入れ、エルフたちの庇護に甘えてしまうと考えた。
「人族ともまともに集団生活を送ったことがない俺が、他の居住区に入ればいろいろ迷惑をかけるだろう。だからまずは一人で自立し、君たち亜人の生活を観察しながら、徐々に溶けこんでいければと思う。もちろん、そのための努力は惜しまない」
場が静まる。
最初に口を開いたのはミゲルだった。
「そこまでお考えなら、甘えてしまうことはないと思いますけどね。しかしガリウスさんの意思が固いのなら、僕たちは尊重します。そのうえで、いつでも僕たちのところに来ても構いません、とお伝えしておきましょう」
テリオスが大きくうなずく。
「うむ。オレも貴様の要望を拒否する理由はない。みなはどうか?」
町の側の面々もうなずいた。
「だがなあ、家を一軒用意する間はどうする? どこかに手ごろな物件はあっただろうか?」
応じたのは町の側のエルフだ。
「我らの居住区からすこし離れたところに、打ち捨てられた小屋があったと記憶しています」
「ああ、アレか。町を作り始めたときに、森の監視小屋として作ったやつだな。いや、しかし、アレはなあ……」
テリオスは腕を組んで渋い顔をする。
「見るだけ見てみるか? あまりお勧めはしないが」
不安になりつつも、ガリウスは案内してもらうことにした――。
オンボロだった。
それ以外の表現が難しい。
森の木々がすぐそこまで迫っている場所に、ぽつんと立つ平屋の小屋。壁にはところどころ穴が開き、周囲も雑草が生え茂って埋まってしまいそうだった。
「こんなものだが、どうする?」とテリオス。
「風が吹いたら飛ばされそう……」とついてきたリッピも不安そう。
だが、ガリウスは目を輝かせた。
「十分だ。直しがいがあるし、その分、愛着も湧くだろう」
生まれて初めての、自分だけの家。
どれだけオンボロだろうと、ガリウスには尊く感じられた。
ここからがスタートだ。
人らしい生き方を、ついに始められる。不安もあるが、それを塗りつぶすように、希望が胸にあふれるのだった――。