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勇者はエルフの美意識に戸惑う


 心地よい振動にガリウスは微睡んでいたところ、ガタン、と大きく体が跳ねた。

 静かに目を開くと、

 

「ガリウス! 気がついた?」


 もふもふした愛らしい猫の顔が目の前にあった。ぼんやりと思考が定まらないガリウスは、その頭を両手でつかみ、わしゃわしゃとする。

 

「ふにゃっ!? ちょ、ガリウス、なに寝惚けてるのさ!」


「はっ! すまない、つい……」


 完全に目が覚めた。ガリウスは慌てて上体を起こす。どうやら幌付きの荷馬車の中らしい。御者越しに外を見やれば、岩場の中を進んでいるようだ。

 

 リッピはわしゃわしゃされたところを撫でながら、呆れたように言う。

 

「前から思ってたんだけどさ、ガリウスって、ボクを撫でまわしたいの?」


「えっ? あ、いや、それは……」


「まあ、べつにいいんだけどさ」


「いいのか!?」


「わっ、すごい食いつき……。撫でられるのは嫌いじゃないよ。いきなりだとびっくりしちゃうけど」


 本人から許可が出て、ガリウスは感動に打ち震える。しかし、節度は守らなければと自身を律することも忘れない。

 

「あの~……。そろそろ、僕の話もいいですかね?」


 リッピとは逆側から申し訳なさそうな声がした。

 顔を横に向けると、さわやか系のイケメンが微笑んでいた。尖った長い耳からしてエルフの男だ。助けたとき、他のエルフたちを指揮していたのを思い出した。

 

「まずはみなを代表して、お礼を述べさせてください。我らの窮地をお救いくださり、本当にありがとうございました。人族の勇者殿(・・・・・・)


 最後の言葉に、ガリウスはリッピを見た。

 

「ごめん……。事情を訊かれたから、その……ぜんぶ話しちゃった」


 隠し立てするつもりは毛頭ない。だからリッピを責める気はまったくなかった。それはよいのだが……。

 

「……」


 男の背後にもう一人、女エルフがいた。

 長く艶やかな銀髪を片側で結んだ、これまた飛びきりの美少女だ。耳が長く尖っているのを除けば、人族と変わらぬ――いや、人族でも見たことがないほど美しかった。先日泉で出会った美女に匹敵する。

 が、彼女は膝を抱えた姿勢で、警戒も露わにガリウスを睨みつけていた。

 

「申し遅れました。僕はミゲルといいます。そしてあちらにいるのが妹のリリアネア。僕ともども、リリアと呼び捨てください」


「お兄様っ!? そんな男に、そこまでへりくだる必要はないんじゃないの!」


 妹――リリアネアは噛みつかんばかりにガリウスを威嚇している。

 

「やめないか、リリア。みなで話し合い、納得したのではなかったのか?」


「それは、そうだけど……でも! 人族は私たちの里を滅ぼしたのよ? お父様だって……。他にもどれだけ苦しめられてきたか忘れたの? しかもこいつ、勇者だし」


「『人族』と大きな括りに囚われていては、我らを『魔族』と蔑む者たちと変わらない。人族の中にも、我らに友好的なひとはいるさ。リッピさんの話を聞く限り、ガリウス殿はそういった方だよ」


「でもこいつは、つい最近まで私たちの同胞を殺してきたじゃない!」


「当時はガリウス殿にも立場があった。戦場いくさばで敵として相対したなら、致し方ないよ」


「それ、こいつに親兄弟を殺された者たちにも言えるの?」


「そ、それは……」


「……」


 言い過ぎたと思ったのか、リリアネアも押し黙った。

 嫌な沈黙が降ってくる。

 事の原因であるガリウスはとても居心地が悪かった。

 この居たたまれない空気を破ったのは、リッピだ。

 

「はいはーい、そこまでにしようよ、二人とも。さっきも似たような言い争いしてたよね」

 

「……そうですね。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありませんでした、ガリウス殿」


「いや、気にしていない。彼女の言い分ももっともだ。そういった反応は覚悟していた。君たちを助けたのも成り行きだったしな。恩を売るつもりはない」


 それよりも、とガリウスは話題を切り替える。


「これから、君たちはどう行動するつもりだ? 俺とリッピは、亜人たちが逃れた新天地を目指す」


「我らも、新天地へ向かうところでした。里が蹂躙され、おさである父も死にました。僕と妹は散り散りになった仲間を集めて移動中、運悪く王国の兵に見つかったのです」


 ここは大河の手前。元から王国の支配地域だ。だが支配の及ばぬ森の奥深くなどには、亜人が隠れ住んでいた。

 彼らはそういった者たちらしい。

 亜人たちを束ねていたジズルからの通達で段階的に移住を進めていたが、王国による『魔の国』総攻撃に伴う国内の亜人狩りに巻きこまれたのだ。

 当初は百人近くで移動していたものの、激しい戦闘で殺された者や、捕虜になるのを是としない者たちは自害を選び、今は二十人ほどに減ってしまった。

 

「そうか。ならば行き先は同じだな。では、俺とリッピも同行させてほしい」


「は? いや……じゃなく、それはこちらからお願いすべきことですよ。ここにいるのは戦闘経験がほとんどない者ばかりです。正直、足手まといにしかなりませんので、心苦しいのですが……」


「そこは気にしないでくれ。君たちに拒む理由がないのなら、ともに同じ場所を目指すのだから一緒に動くのは当然だ」


 ガリウスはリリアネアに顔を向けた。

 彼女は今なお睨みながら問う。

 

「あんた、新天地へ行ってどうするのよ? 亜人あたしたちと暮らすつもりなの?」


「……それはまだわからない。受け入れてもらえなければ、一人で旅にでも出るさ」


 ガリウスが目を伏せると、リッピが呆れたように言った。


「だからあ、それは大丈夫だってば」


「しかし、こんな醜い容姿であるし――」


 人族の元勇者となれば拒否感を示す者のほうが多数派だろう、そう続けようとして、意外なところから割りこまれた。

 

「はあ? 容姿なんてどうでもいいでしょうに。重要なのはあんたが人族で、勇者だったって事実よ」


「……容姿は、関係ないのか?」


「人族ってそんなことにこだわってるの? まあ、エルフ族(あたしたち)に比べれば同族でも見た目がけっこう違うのは確かよね。でもあんたはどっちかっていうと、かわい――っ! な、なんでもないわ!」


 なぜか慌ててそっぽを向くリリアネア。

 今度はミゲルが会話に入る。

 

「そうですね。大人の男性にこう言うのも失礼かもしれませんが、まんまるとして可愛いですよ? リリアもそう感じているようです」


「お兄様! あたしはべつに……」


 ガリウスの理解が追いつかない中、ミゲルは荷馬車の中を移動して、御者台にいる男性に声をかけた。

 馬車が止まる。

 

「とにかく、みなにもきちんと挨拶させてください」


 馬車を降りると、他の荷馬車や馬からエルフたちが降りてきて、ずらっと並んだ。

 ガリウスが気圧されるほどの美男美女ぞろい。

 

 ミゲルがみなに説明する。ガリウスとリッピが同行する旨を伝えると、複雑な表情を浮かべる者もいたが、おおむね好意的、ホッと安堵したような態度だった。

 

「ところでみんな、ガリウス殿の容姿をどう思う?」


 なんて余計な質問を! と驚くガリウスだったが、期待と不安がごちゃ混ぜになりながら、硬直して回答を待った。

 

「容姿? そういえば、人族にしては体つきが……丸いな」

「オークに似てるかしら?」


 そうだろう。それは人族からも散々言われていた悪口だ。

 やっぱりな、と肩を落としたのも一瞬。

 

「可愛い、よね?」

「オークみたくひと懐っこそう」

「瞳がきれいだね」


 予想外に好印象!?

 

(エルフの美意識は、どうなっているのだ……?)


 種族として美男美女ばかりの彼ら。見た目はかなり似かよっている。だから、自分たち以外の容姿には極めて寛容なのかもしれない。あるいは――。

 

(もしかして、俺がリッピに抱いている印象と同じなのだろうか?)


 動物を愛でるような、そんな感覚。それはそれでどうなんだろうと思いつつも、すくなくともエルフ族には、容姿を理由に嫌われることはないと安堵する。

 

 みなで簡単に食事を済ませ、出発すべく荷馬車に乗りこもうとしたところで。

 

 リリアネアが、すっとガリウスの横に立った。視線は合わせず、ただ地面を眺めて、彼女がつぶやいた。

 

「まだあんたに、言ってなかったことがあるわ」


 唯一といって言い、エルフたちの中でガリウスに拒否感を鮮明にする彼女。

 またキツいことを言われるのかと覚悟していたところ――。

 

「エレンフィールの里の長、その娘として正式にお礼を伝えます。みんなを救ってくれて、ありがとう」


 頬を赤らめた彼女は、そそくさと荷台に乗りこんで。

 

「ほら、なにボケっとしてんのよ。急ぐわよ」


 ガリウスは少しの間放心して、知らず笑みが零れた。


「な、なに笑ってるのよ! 言っとくけど、あたしはまだあんたを認めたわけじゃないからね!」


 ぷいっと奥へ引っこんだ彼女を見て、

 

(なんとも気難しい娘だな)


 またも頬が緩むガリウスだった――。


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― 新着の感想 ―
[一言] 猫の世界ではデブ猫がモテるらしいので、エルフからしたらガリウスが可愛いというのも無くはない話だね。
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