魔王は遺跡本体に入る
つぶれた塔のような遺跡本体の周囲を埋め尽くす森には、樹木系の守護獣がいた。
樹皮を小さく切り離し、刃として撃ち放つ攻撃を主体とする。
ひとつの刃が本物の樹木を貫くほど威力は高いが、ククルは長い金属棒を回して弾き飛ばせるし、リッピはシルフィードダガーの風によって吹き飛ばし、標的としてはもっとも大きなアオは体毛を硬質化して防げる。
聖武具を装備したガリウスは言わずもがな。
移動に難のある守護獣に対し、さほど苦も無く遺跡本体へとやってこられた。
ちょっとした山のように大きな建造物だ。
「ここが入り口かぁ」
リッピが壁面に嵌まった大扉を見上げる。壁と同じく石造りのようだが、引く手がかりもなければ押してもびくともしなかった。
「最果ての森にあるイルア遺跡と同じでね、【アイテム・マスター】を持つ者が聖武具をあてがって念じなければ、どうあっても開かないらしい」
「なんでそんなピンポイントな条件なんだろうね?」
「ガリウスさんは選ばれし者なのですね!」
ククルが目を輝かせるのに苦笑しつつ、
「イルアでも不思議だったが、攻略を進めていくと見えてくるものがある」
進みながら話そう、とガリウスは聖剣を抜いて壁に切っ先を当てる。
――開け。
ただそれだけ念じると、巨大な石扉の中央に縦線が生まれ、ゴゴゴゴゴッと奥へと開かれていった。
幅広で天井までも高い廊下がまっすぐ伸びている。
他の遺跡や神殿同様、壁面がほんのり光をにじませていた。
アオの背に三人が跨り、ひたひたと進んでいく。
「ジズルたちには話したことだが、七つの遺跡及び神殿は大きく分けて二つのグループ――高難度の三つと、基本となる四つがある」
ここアベリアと、未攻略のルクシア。そして最果ての森で入り口が特殊な条件でしか開かなかったイルアが高難度グループだ。
「基本グループのうち砂漠にそびえるアカディアも特殊な条件が必要だったが、特定のアイテムさえ入手すればよかった。火山島のグリアは噴火によって入り口が閉ざされていなければ、王国の南にあるイビディリアと同様に誰でも挑戦できただろう」
そして教国の地下に拡がるスペリアもまた、中は広大だが入ることそのものは簡単だ。
「エルザナード、お前は聖武具がどこで見つかったか知っているか?」
ガリウスの腹の辺りからにゅっと金髪の美女が現れる。
『もちろん知っていますとも。なにせわたくしが見つけたのですからね』
「もったいぶるな。どこだ?」
『あなたが考えているとおりですよ。イビディリア神殿の最奥です』
やはりか、とガリウスは得心する。
七つの遺跡のうち二つの鍵になる聖武具が、どこかの遺跡に隠されている可能性はかなり高い。
王国が所持していたことからも、王国内の遺跡であるとガリウスは考えていたのだ。
「しかし不思議だな。お前はそこまで到達してなぜ、イビディリアを攻略しなかった?」
『おや? わたくしには興味がないのではなかったのですか?』
「まったく『ない』とは言っていないぞ? ま、お前自身やお前の思惑はさして興味ないのは本当だ。ただ『やれたはずのことをしなかった』理由には興味がある」
拗ねたような表情をしたエルザナードは、ふよふよ浮きながら答える。
『攻略した、と思いこんでいたのですよ。まさか制御装置なるモノがあり、他にも同様の遺跡があるとは考えもしませんでした。というか、イビディリアはお宝一杯の迷宮との認識しかありませんでしたから』
抜けている、とは思わなかった。
「巨大守護獣を倒し、聖武具を見つけたなら、それで迷宮の攻略は済んだと考えても仕方がない。それもまたトラップのひとつというわけか」
リッピが不思議そうに尋ねる。
「なんだかよくわからないね。途中からは攻略情報をくれたり親切なのに、遺跡を作った昔の神様たちって攻略してほしいのかな? そうじゃないのかな?」
「神かどうかはさておき、設計者の思惑は透けて見える。基本の四つで挑むに値するかを試し、認めたならば以降はスムーズに攻略してほしかったのさ」
でも、とククルが控えめに尋ねる。
「聖武具は途中で見つけられるにしても、【アイテム・マスター】はそうそう現れるものなのでしょうか? 人族の恩恵はよくわかりませんけど」
ガリウスが答えるより前にエルザナードが応じた。
『数十年に一人、といったところでしょうか。珍しくはありますが、さほどありがたがるものでもありません。その価値を知る者が少ないだけですけれどね』
「えー、むちゃくちゃすごい恩恵だよね?」
「きっとガリウスさんだから、ですよ」
得意げなククルに、エルザナードが補足する。
『ガリウスのようにその本質を正確に捉えて使いこなせる者がいなかったのですよ。たとえば聖武具を扱うにしても、装備して一部の機能が使える程度。完全に支配下に置いたのはガリウスが初めてでした』
やっぱり! と嬉しそうなククル。
「そうなのか?」
『ええ、問答無用でわたくしを従えたのはあなたくらいでしたとも』
いまだ根に持っているらしい。
妙な流れになる前に話を戻す。
「けっきょくのところ、【アイテム・マスター】はその時代に一人はいるものだ。条件は特殊過ぎるがそこで詰むほどではない」
逆に言えば、その時代に一人は存在するよう仕組まれていたようにも思えた。
(だから『攻略させたい』との意思が強いのだと思う。だが――)
それが今まで阻まれていたのは、なぜなのか?
ガリウスは宙に浮く女をちらりと見た。
(まさかこいつ、いろいろ知ったうえで邪魔してきたんじゃないか?)
確証はないが、つかみづらい奴だし嘘を平気で吐くし。
「ガリウスさん! 前から何か来ますよ!」
ククルの叫びに目をやれば、前方からのたりのたりと歩く集団が見えた。
全身を包帯でぐるぐる巻きにした、人型の守護獣だ。両手を前に伸ばしてゆっくり歩く彼らはしかし、二十メートルほどまで近づくと。
「わわっ!? なんだか速くなりました!」
ものすごいスピードで駆けてきた。床を蹴り、壁を蹴り、天井にまで跳びついて立体的な動きで襲いかかってくる。
「慌てず騒がず、連携して各個撃破だ」
ガリウスがアオから飛び降りると、アオが正面突破を図る。ククルが長い金属棒で打ちつけ、リッピは風の刃で牽制した。
(あの程度なら彼らだけでも十分だな)
ガリウスは剣を構えて腰を落とす。
ふわふわガリウスの背に入ろうとしたエルザナードに、軽い調子で尋ねてみた。
「お前、生前は【アイテム・マスター】を得ていたな?」
『さて、どうだったでしょうか? なにせ遠い昔のことですので』
相変わらずこちらを信用していないようだが、遺跡攻略をさせたくないなら今までだって邪魔をしてきたはず。
(七つの遺跡を完全攻略すれば、いろいろ諦めるだろうさ)
ガリウスは一足飛びに間合いを詰め、ひと振りで三体の守護獣を切り伏せた――。