魔王は拠点の整備に勤しむ
遺跡探索を行う前に、ガリウスは拠点構築に手を着けた。
遺跡のある浮遊島で見つけた廃墟は、高度な魔法技術が満載の家々はいまだに生きていて、それぞれマスター登録すれば便利な機能が使える。
ここを村にして、遺跡探索と『大山脈の向こう側』の調査拠点とするのだ。
目的はそれだけではない。
いずれこの地に移住できるかどうか、実際に生活して調べるのも重要なことだった。
まずリムルレスタから人員を送りこみ、資材も移送した。
道を整備し、家屋の掃除をしてからもうひとつ、重要な物資を持ちこんだ。
「ガリウスさん、こいつはどこの家に運びますか?」
力自慢のオーガたちがゴロゴロと荷車を引っ張ってきた。
荷台には、台座の上に球体を浮かばせる不思議な装置――とある神殿の制御装置が載せてある。
制御装置の転移機能を用いれば、大山脈に構築された超巨大結界をも抜けられた。
『こちら側』にひとつを持ちこむことで、リムルレスタとの双方向移動が可能となるのだ。
むろん、危険はある。
仮にこちらの制御装置を奪われれば、リムルレスタの中心部や飛空戦艦バハムートへの侵入を許してしまう。
今のところ誰の存在も確認できていないが、制御装置の死守は最優先事項だった。
「いや、それは村の中心にある広場に置いてくれ」
「外に放置するのですか?」
「それを収めるだけの大きさの家屋がないのもあるが、密閉空間に置いておくと、いざというときに使いづらいのでね」
村には当面、百人ほど常駐させるつもりだ。
何かしらの脅威が迫った際、大勢を一度に帰還させるには開けた場所のほうがいい。
奪取される危険は上がるが、そちらは結界を張るなどで対処するつもりだった。
「うほぉーっ! これはすごい、すごいですよ!」
近くにある家屋の中から興奮した声が響いてきた。
中を覗くと、梟頭の男が明かりを点けたり消したりしている。
「ムーツォ、楽しそうでなによりだが、乱暴に扱ってはくれるなよ?」
「おお、これはガリウスさん。失礼しました。いやしかし、ただの住居でこれほどまでに高度な技術が満載とは。こちらに住まわれていた方々はとても快適に過ごされていたのでしょうなあ。羨ましい限りです」
彼はリムルレスタでも随一の魔法研究者だ。
不思議な機能が満載の家々の調査のために連れてきた。
「何か気づいたことはあるかな?」
ムーツォはふむ、としばし考えてから答える。
「作りとしては簡易ですが、神殿や遺跡で用いられている技術が転用されているようです。あくまで今のところの所感ではありますけれどね」
それと、とムーツォはガリウスの鎧を指差す。
「やはり貴方の聖武具は、同じ技術で作られたものでしょう」
とある遺跡では入り口のカギになっていた。であれば遺跡の作成者と同じであって当然だ。
ただ、
「……これに宿る精霊もどきは知らなかったようだがな」
『わたくしは後から宿った者。知らなくても非難される謂れはありません』
「べつに非難しているわけじゃないよ」
ガリウスは苦笑しつつ話を戻す。
「かつてここに住んでいた者たちは、神殿を作った『古の神々』とやらと同じ種族なのだろうか?」
「そうとも言いきれないでしょう。使うだけなら我らでも可能です。高度な魔法技術を与えられていただけかもしれません」
「なるほどな。しかしそれほどの技術を持っていながら、どうして今、廃墟になっているのだろうか?」
調べてみれば生活感が残ったまま、急いで引き払ったようにも思えた。
そう、少なくともこの場で滅びてはいない。骨などの痕跡がまるでないからだ。
「こちらで見つけた文書の解読を待つしかありませんね」
幸い、書物らしきものをいくつか見つけていた。
見慣れぬ文字で読めなかったが、リムルレスタで解読作業が進められている。
「しかし不思議だな。これだけ家があって、文字が書かれたものは十個に満たない。仮に慌てて出ていったとしたら、嵩張るものを大量に持ち出すとは思えないのだが……」
「もしかしたら――」
ムーツォが真剣な眼差しで告げる。
「紙ではなく、別の何かに記録していたのではないでしょうか?」
ガリウスはハッとする。
情報を紙以外に記録する技術があれば、そちらに集中して当然だ。
「神殿の制御装置には、遺跡の膨大な攻略情報が記録されていたな」
となるとまた別の疑問も浮かんでくると同時に。
「制御装置の言語は我らと同じだった。もしかしたら、彼ら本来の言語を我らの言語に翻訳する機能があるのかもしれない」
「なるほど! ならばその機能を使い、入手した文書の解読ができますね」
ガリウスはうなずき、
「その機能をどう使うかの問題はあるが、試みて損はないだろう」
さっそくリムルレスタの解読班に連絡した。
ついでに舗装する資材の追加をお願いしたところで。
「ガリウス~、ちょっと来てー」
リッピに呼ばれる。
別の家屋に入ると、きれいに整頓された部屋でテーブルに大きな地図が広げられていた。
「こんなもんでいいかな?」
ピュウイが上空から撮影した映像を元に、この浮遊島の詳細地図を作成していたのだ。
「ああ、十分だ。それでは――」
村で暮らす予定の者たちのうち、代表者を集める。
みなで地図を覗きこみ、ガリウスは巨大建造物のある一帯をぐるりとペンで囲む。
「この範囲は守護獣が活動しているので近づかないよう厳命してくれ」
うなずく代表者たち。
「ここの森を切り開き、畑にしようと思う」
自給自足が主な理由だが、将来的には生産量を上げてリムルレスタへ送りたかった。
季節感は今のところ不明ながら、気候は穏やかなので通年での作物の生産が期待できる。
忌憚ない意見が飛び交う。
「もうすこし範囲を広げてもよいでは?」
「ちまちまやるよか、どかんとやっちまおう」
「でも人手が足りませんよ」
「そこはほれ、どっかの守護獣を連れて来りゃあ、な?」
なるほど、とガリウスは意見を受けて提案する。
「スペリアの守護獣を何体か回そう。彼らは腕が多くて力も強い。農作業に熟練したスケルトンを補佐に付ければ、作業もスムーズに進むだろう」
「そいつは助かる」
「ええ、我らも尽力しますとも」
これで当面の村の指針が定まった。
となれば次にやるべきは――。
「いよいよ遺跡に入るんだね」とリッピがにんまりする。
「ああ。書物の解読を待ちたくはあるが、試しに入っておくのもいいだろう」
「ボクも行きたい!」
まずは一人で小手調べするつもりだったが、キラキラした瞳を向けられては無下にできなかった。
「わかった。だが、もう一人か二人、呼んでおこう」
「うん!」
ガリウスは頭の中で人選をするのだった――。