魔王は大山脈の向こう側へ
リムルレスタの都にある議事堂に、多くの種族の長が集まった。
半円形の議場。すり鉢状になった底部分にある檀上にガリウスは立つ。
「忙しい中集まってくれて感謝する。半分は俺の我がままに付き合わせて申し訳ない」
「ほっほっほ、今さらな話じゃわい」
最前列に腰を落ち着けるジズルが笑うと、皆も表情を緩ませた。
「残る遺跡はふたつ。ひとつは海の底である可能性もあるので後回しにして……今回は最果ての壁たる大山脈の向こうへ挑もうと思う」
ざわめきとともに緊張した雰囲気が戻ってくる。
事前に議題を伝えていたが、ガリウスの言葉で現実感がぐんと上がった。
「残念ながら、飛空戦艦でも大山脈の向こうへは行けなかった。だが実のところ、ピュウイの一部をあちらに送って三か月ほど調査はしていたんだ」
足元のちびスライムに視線を送ると、「ぴゅい」と声を上げ、虚空に映像が映し出された。
「な、なんだアレは?」
「海、ではあるが……」
「あそこにあるのは――」
どよめきの中、一人が信じられないといった風につぶやく。
「島が、浮いている……」
大海原の上に、大地をくり抜いて持ち上げたような島が、空中に佇んでいる。
下半分はお椀型になっており、上部分は平らで木々が茂っていた。
映像がゆっくりと横へ移動していく。
さらなるどよめきが起こった。
「同じような島がいくつも……」
「山もあるぞ」
「だが、大陸らしきが見当たらない」
見渡す限り海が続き、大小さまざまな『島』が浮いている。中には大きな山がそびえている島もあり、動植物がまったくいなさそうな荒野の島もあった。
「大山脈は目視できなかった。位置的にかなり離れているからな。断定はできないが、大山脈の向こうはほぼ海が占めていて、あのような浮遊島がいくつも存在している可能性がある」
映像がとある島を中央にして止まる。
中央部分に山がそびえ、その周辺は樹海になっていた。
「ここから転移で行ける浮遊島は、調べた限りあれと同じタイプだ。直径がおよそ五十キロ。中央には高さ三千メートル近い山が鎮座している」
「人や亜人はいないのだろうか?」との声に、ガリウスが応じる。
「遺跡のある浮遊島をくまなく調べてみたが、会話できる者はいなかった。しかし――」
映像が切り替わる。
蔓状の植物がびっしりと絡みついた、石造りの朽ちた建物らしきが映し出された。
「かつて何者かが居住していた痕跡は見つけた。相当昔に破棄されたか、あるいは滅びたか」
しんと議場が静まり返った。
不思議の連続と情報不足で推測が追いつかないようだ。
「獣の存在は確認できている。遺跡内部には入っていないので不明だが、外に魔物はいないようだ」
ちびスライムは空を飛べないため、他の浮遊島は未確認。別の島に人や亜人が暮らしている可能性は否定できない。
それでも、期待する者がこの場に複数いる。
「超大規模な結界に守られた場所か……」
「人族が、足を踏み入れない土地」
「今はガリウス殿がいてくれるからよいが」
「ああ、いつかまた、人の脅威に怯える日が来る」
ならば――。
ガリウスも考えていたことだ。
大山脈の向こう側へ移住する。本当の意味での安寧の地が、あそこにはあるかもしれなかった。
ジズルが大きく咳をした。
「うおっほん! ま、その辺りはおいおい考えればええじゃろうて。今は遺跡の攻略を最優先にすべきじゃろうな」
ガリウスは頷き、壇上から一度降りた。持ちこんだ遺跡の制御装置に手をかざす。
虚空に別の像が映し出された。
次なる遺跡――アベリアの立体地図を表示させたのだ。
大きさの違う円盤を、大きい順に下から積み重ねたような建物。
ガリウスは『つぶれた塔』と表現し、その内部にある迷宮が透けて見える。
「攻略情報によれば塔の入り口はひとつだけで、外からも中からも壁を破壊できないと考えられる」
「ズルはするな、ということかの」とジズル。
「そういうことだ」とガリウスは肩を竦める。
端っこの席に座る者が手を上げた。白衣を着た彼の頭は梟のそれ。唯一の梟人族、ムーツォだ。
「遺跡の攻略情報を解析しましたところ、こちらも最果ての森にあるイルア遺跡と同様に、入り口の扉は【アイテム・マスター】を所持する者でしか開きません。ガリウス殿が自ら赴かなければなりませんが……」
「ああ、なぜ【アイテム・マスター】が鍵になるのかいまいちわからないが、七つの遺跡すべてを攻略すれば知れるかもな」
「問題はそこではなく、ああ、個人的にはとても興味深くはありますが横に置くとしまして」
ムーツォは顔を九十度横に倒して言った。
「遺跡を攻略しなければ一方通行となります現状、教国の地下にあるスペリアのとき以上に面倒くさいことになりませんかね?」
国家代表の一人であるガリウスが、長期にわたって不在となるのを懸念しているのだ。
「お前さん、生まれたばかりの我が子を抱けず出張中、という事態になりかねんぞ?」
茶化したような物言いだが、ジズルは本気で心配そうだ。
亜人は子を生すのに苦労する種族が多い。ゆえに子どもはなによりの宝であるとの思想が強かった。
「それなんだが……実は制御装置をひとつ、あちらに持っていこうかと思っている」
えっ? と皆が呆気に取られる中、ムーツォがぽんと手を叩いた。
「なるほど! 制御装置を別の制御装置で転移させるのですね。数がそろえられている現状、ひとつを攻略予定の遺跡へ送るのは理に適っておりますな」
「べつに私情から持っていくのではないのだが……いいだろうか?」
「いまだ不明な『あちら側の脅威』をこちらに招くことを危惧しておいでなのでしょうが、どのみちアベリア遺跡の奥には同じく制御装置があると考えられます。むしろ脅威を排除するためには迅速な攻略が求められるのではないかと」
「そうじゃなあ。ヤバくなったら海にでも落としてしまえばええのじゃし」
貴重な制御装置を失うのは嫌だが、最悪はそれで問題は片付く。
「攻略とは別に、あちらで他の浮遊島を調査する拠点も作りたいと考えている」
ガリウスは再び壇上に立つ。
「飛行系の種族から有志を募るかのう」
「ええ、我らは構いませんよ」とハーピー族の長がにこやかに応じる。
「とはいえ、飛行系の種族にばかり負担をかけたくはない」
「しかし、さすがに飛空戦艦は転移させられんじゃろう? でかすぎるわい」
「うん。あのサイズは無理がある。だから――」
「アレをお使いになるのですね!?」
ムーツォがらんらんと目を輝かせて叫んだ。
ガリウスは苦笑しながらピュウイに目配せする。
「前々から考えていたのだが、実用化に目途が立った」
虚空に映像が浮かぶ。二十名が乗れるほどの舟が、地面に置かれていた。
ガリウスが説明する前に、開発の中核を担っていたムーツォがペラペラと解説する。
「飛空戦艦バハムートの構造を解析して小型化したものです。なるほど確かに、材料をあちらに持ちこんで組み立てればよろしいですね。ちなみに動力は悪霊を樹木化したアレです」
「荷運び用に開発していたものだが、ひとも運べる。実用に耐えうるかの検証をもう少し行ったうえで投入しよう」
大筋は決まった。
細かいところは意見交換をして詰め、数日後――。
ガリウスは風のマントで空高く舞い上がり、遠方を見据える。
「実際に眺めてみると、壮観だな」
見渡す限りの大洋に、大小さまざまな島が浮かんでいる。
頬を刺す風は強くはあっても、凍えるほどでもなければ熱風でもなかった。
大山脈の向こう側へ、やってきたのだ――。