勇者は恩恵(ギフト)を封じる
頭のてっぺんをこつこつと突かれて、ガリウスは目を開いた。
正直、あまり眠れていない。
「着いたのか?」
『はい。そろそろ止まったほうがよろしいかと』
ガリウスは御者台にいるリッピへ静かに馬車を止めるよう声をかけた。
「どう、どうどう……」
リッピは徐々に速度を落とし、馬が嘶かないよう優しく手綱を引いた。
「どのくらい経っている?」
「三十分くらいかな? 小川に沿って下流に向かってたけど……あ、なんか明るいよ、あっち」
リッピが指差した先に、かがり火だろうか、ほんのり赤みを帯びた光が見えた。
「君はここにいてくれ」
「で、でも、今度は捕虜になってるエルフたちがいるんだよね? ボクだって――」
「待機だ」
リッピの懇願を低い声で遮る。
「……すまない。すこし気が立っていた。必要になったら口笛を吹くから、連中に悟られない位置から様子を見ていてくれないか」
「う、うん。わかったよ……」
ガリウスは努めて笑顔を作ってうなずくと、風をまとって空を駆けた。
三十人ほどの男たちが酒盛りをしていた。こちらも傭兵団らしい。柄が悪いのは同じだ。
彼らからすこし離れた場所に、エルフの男女二十人ほどが枷を嵌められ、うな垂れていた。
「おい、そろそろ女を連れてこい!」
禿げ頭の屈強な男が杯を片手に叫んだ。
「お? お頭ぁ、ようやくですかい?」
「いい感じで酔いも回ってきたからなあ。余興代わりだ。野郎ども、テメエらも存分に楽しめよ!」
「ひゃっほぅ!」
「待ってました!」
「やべ、飲み過ぎた……」
一部を除き大盛り上がりになる。
一方のエルフたちは、当然ながらその表情は暗い。
しかし囚われてなお、生を選んだ者たちだ。ある程度の覚悟は決めているのだろう。反抗したり暴れたりはしなかった。
それでも奥歯をかみしめる者、天を仰ぐ者、すすり泣く声も聞こえた。
(まったく、本当に……)
ガリウスはエルフたちの前に降り立った。寄ってきた男たちをぎろりと睨み、
「反吐が出る。人とは、こうも浅ましく下衆になり果てるものなのか」
「な、なんだテメエ!」
「どっから湧いて出やがった!」
「つーかコイツ、魔族じゃないのか?」
状況が状況だ。豚のように醜い容姿を魔族に間違われようが構わない。だから訂正しようとも思わなかった。
ただ、連中のやかましい声を聞くのは我慢ならなかった。
シルフィード・ダガーを振るい、風刃を飛ばす。傭兵団の男たちは次々と倒れていった。
くらり。
めまいがした。今日の移動、さらにさっきの戦闘で、かなり精神力が削られている。
残り三人まで減らしたところで、特殊効果を使えるだけの精神力が尽きた。頭ががんがんと痛い。
そして残念なことに、
「ちっ、ようやく魔力切れか。クソ豚野郎」
禿げ頭の男――この傭兵団の団長を余らせてしまった。偉そうに寄ってくるが、最奥で様子を見ていた卑怯者だ。
「いい得物を持ってるじゃねえか。だが、魔力が尽きたらただのナイフだ。残念だったな」
団長が顎で二人の男をけしかける。
左右から槍と剣で攻撃してきた。
ゴッテ将軍のときと同じように、まず槍を受け流した。その柄を撫でるように切り裂き、肉薄して太ももを斬る。
ぎゃっと叫んで、男はくずおれた。
剣を持つ男に飛びかかる。
相手は構わず剣を振り下ろしたが、『剣を叩き折る』との目標を設定し、【アイテム・マスター】に従ってそのとおりに実現する。短剣でもさすがは国宝級の強度だ。
背後に回り、後頭部を短剣の柄で強打した。男は白目を剥いて倒れる。
これで残るは一人きり、なのだが。
「くっ……」
ガリウスの膝が落ちた。
どうやら、体力も限界に達したらしい。
竦んで動けなかった団長が、にっといやらしく笑う。
「は、ははははっ。ビビらせやがって。もう息が上がったのかよ」
ガリウス自身の体力は並以下だ。【アイテム・マスター】で必要最小限の力で戦えるものの、旅の疲れに加えて夕食を抜いてまで動き続けるのは無理があった。
「ひと思いには殺さねえ。徹底的に嬲って痛めつけて、この世の地獄を味わわせてやるぜ」
(これはもう、仕方がないか……)
震える足で立ち上がる。しかし膝がかくかくしていた。もう片腕を上げる程度の体力しか残っていない。
「あらかじめ謝っておく。すまんな」
「あん? 今さら命乞いか? 冗談はその不細工な面だけに――」
団長の言葉を無視し、ゆっくりと短剣を持ち上げた。
水平に、突き出すと。
シュバッ!!
シルフィード・ダガーの刀身がまばゆく輝き、巨大な風刃が飛び出した。
「――しとけ……ひょ?」
禿げ頭が宙を舞う。首が切断されていた。
(ああ、やってしまった。やはり【アイテム・マスター】を使わないと、加減ができなかったな)
アイテムの特殊効果を使う際、ガリウスは【アイテム・マスター】を通して発動させるので、精神力を消費する。
しかし他の誰かが使うには、団長が誤解していたように魔力を消費するのだ。
そして彼は人並み以下ではあっても、魔力はある。
今回は通常どおり、魔力を流しこんで特殊効果を発動させたのだ。
だが、威力や狙いを調整する芸当ができない。
ゆえに全魔力をぶちこんで、ただまっすぐ飛ばした。結果、団長を殺してしまった。
「ガリウス! だ、大丈夫?」
立っていられず、ぺたんと腰を落としたところでリッピが駆け寄ってきた。
「ポーションをくれないか」
リッピがリュックから小瓶を取り出した。
ごくごく飲む。これで体力はかなり回復できた。
「ふぅ。よし、連中が目を覚ます前に、急いでこの場を離れよう」
すぐにエルフたちを解放した。お礼が言いたげな彼らを手伝わせて、荷馬車を三つ新たに奪い、食料をありったけ詰めこむ。
眠気に襲われながら、ガリウスは一緒になって作業するエルフたちをチラチラ見て、思う。
(噂には聞いていたが、本当に美男美女ばかりだな)
エルフ族は長く尖った耳以外、人とほとんど変わらぬ姿をしている。そしてみなが、人族からすればずば抜けて美しい容姿をしていた。
なんとなく居心地の悪さを感じながら、積み荷の作業を終えると。
馬は乗れる者の数だけありったけ。馬車は四つを新たに調達して。
助けたエルフともども、その場を後にする。
ただ、体力は回復したが精神力はとうに尽きていたので、
「すまない。すこし、休む……」
ガリウスは荷馬車の中で、たまらず眠りにつくのだった――。