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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第八章:(´・ω・`)魔王は神殿で無双ターン
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魔王は教国を出し抜く


 大聖堂の一画に、地下に通じる階段があった。

 階段前には『立入禁止』の立て看板とロープが横に引かれている。


(警備が一人もおらぬとはな)


 ケラは構わずロープをくぐる。指先に明かりを灯して二階分ほど降りると踊り場があった。そこからは螺旋状になっていて、暗い穴が口を開けている。

 

 コツコツと靴音だけが響いていく。

 どれほど降りたか不確かな中、やがて螺旋階段は終端を迎えた。

 狭い廊下を真っ直ぐに進むと両側の壁がなくなり、広間に入ったとケラは感じた。

 

 指先の光を大きくし、球体にして頭上に飛ばす。広い部屋は横長で、正面には文字がびっしり記された壁があった。

 聖典の内容だ。

 

 壁に近寄り手で触れる。


(なんともはや、いったい幾重の防護魔法を施しておるのやら)


 あまりにも厳重。ゆえにこの壁の向こうに何があるかは明白だ。


(しかし妙だな。ずっと昔に調べた限りでは、もっと下(・・・・)がこのような壁でふさがれていたはずだが……)


 ケラは壁を手でなぞる。

 魔法効果の影響もあるだろうが真新しい。少なくとも数年、ともすれば数ヵ月内に作られた可能性もあった。


「おや? こんなところで何をしているのですかな?」


 背後からの声にびくりとする。

 集中していたのもあったが完全に足音を消して現れるとは。


「そなたこそ何用だ? 教皇が足を運ぶ場所とは思えぬがな」


 長身痩躯、手足が枯れ木のように細い老人がにこやかに立っていた。教皇サラディオ・ジョゼリだ。


「いやなに、貴女がふらふらとこちらへ迷いこんだと聞きましてね。呼び戻そうと追ってきたのですよ」


「教皇自ら、か」


「ええ、周りが優秀ですからね。私は存外に暇なものなのですよ」


 禁止区域に立ち入ったのを咎めるつもりなら衛兵どもにやらせるだろう。

 そも立入禁止にしていながら易々と入ってこられたのはなぜか?


(端から我にこれを見せるためか)


 いろいろ手の内が知られていると感じつつ、ケラは壁をコツコツと叩いた。


「なかなかに厳重であるなあ。そこまでして何を隠しておるのだ?」


「言わずとも世界の叡智を集めている貴女は知っているでしょう?」


「ふむ、なるほど。やはりこの先にスペリア神殿に通ずる遺跡があるのか」


「神殿などと軽々に呼んでほしくはありませんね。古代の方々が作ったトラップ満載の危険地帯を封鎖したに過ぎませんよ」


 あえてサラディオが嫌う『神殿』との言葉を用いたのは牽制の意味合いが強い。

 唯一神信仰の伝道者たる彼らは複数の神々が造ったとされる古代神殿を認めていないからだ。


(とはいえ、軽く流されてしまったか)

 

 しかし存在自体は否定していない。


「安全配慮にしては仰々しいにも程があるのではないか? 大聖堂の奥へ入れる者は限られよう。周知徹底すればよい話だ」


 サラディオ教皇は笑みを崩さずケラの横へ歩み寄り、壁に手を添えた。


「いいえ。お気づきかと思いますがこの壁はつい数ヵ月前に作ったものでしてね。何重もの壁で封鎖しても、まだ古代の遺跡へ挑もうとする無謀な者がいるのですよ。ですから――」


 サラディオの冷たい笑みに、


聖剣でも(・・・・)易々とは突破できないほど堅牢にしてみました」


 ケラはぞくりとした。


(サラディオめ、やはり我がガリウスと通じていると気づいていたか)


 それでも泳がせている理由。

 わざわざケラにこの壁を見せたのは、ガリウスに『簡単には侵入できない』と警告する意図があってに違いなかった。

 警告じみた情報を流す役回りに抜擢されたらしい。

 

 しかし詰めが甘いとも思う。


(この壁の存在はすでにガリウスも承知していような。スライムどもが伝えているに違いない)


 であれば対処法を今現在模索している可能性が高かった。

 

「あの男がこの程度で諦めるとも思えぬがな」


「さて、どうでしょうね。仮に王都を襲ったときのように単身で強襲してきたとして、聖武具エルザナードを装備した彼を止めることは難しい。この痩せこけた首もまた、落ちてしまうでしょうね」


「……死をもって信仰を証明するか」


「信徒たちは愚昧ではありません。聖都および大聖堂を荒らす涜聖とくせいを許しはしないでしょう。ゆえに彼の暴虐は唯一神信仰をより強固にしてくれますよ」


 自らの命をも利用するやり方をケラは理解できない。

 だが彼らは『そう在る』者たちだ。トップに君臨するサラディオも例外ではなく、おそらくは世界でもっとも強固な信念を持っている。


「しかしあやつがなんの策もなく飛びこんでくるかな? 手の内を晒すのは得策とは言えぬぞ」


「おや、貴女が心配してくださるとは驚きました」


「茶化すでないわ。そなたは知っておろうが我はどの組織にも属さぬ。いや、この世界にのみ属する者だ。ゆえに言わせてもらう。そなたらが争えば世がいっそう乱れよう。やめてほしい」


 サラディオは一瞬きょとんとしてから、少年のように笑った。

 

「はっはっは、なるほど。貴女はやはり我らの側にいるらしいですね。安心しました」


「……まあ、否定はせぬよ」


 ケラは亜人の本質を知っている。

 彼らは争いを好まず、ゆえに過度な干渉をしなければ世界の平穏は保たれる。そうして、いずれ緩やかに滅びゆく運命だった(・・・)


(だが今は違う)


 人族最強の男が亜人たちを率いているのだ。


(ガリウス自身は最果ての地で安寧を望んでいるのであろうが……)


 余計なことをしでかしたのは王国であり都市国家群であり帝国であり、そして教国だった。

 隠れ住むことができなくなった亜人たちは再び人族と敵対せざるを得ず、今後もことごとく勝ってしまう(・・・・・・)のだ。

 

 恐怖が恐怖を呼び、人族は亜人を恐れ、慄き、敵視する。

 ガリウスの思惑はどうあれ、混乱はさらに大きくなっていくだろう。


 それはケラの望む世界ではなかった。

 

 安定に変革は必要だ。しかし変革の期間が長引けば泥沼になりかねない。

 ガリウスは世界を変えようとしているものの、降りかかる火の粉を払うのが中心で拙速と言わざるを得なかった。


(そも我とガリウスは相容れぬ)


 世が安定するなら弱者を切り捨てるのを是とするケラと、弱者たる亜人にこそ安寧を求めたガリウスとでは。


「我も人族の端くれだ。その繁栄をこそ願っている」


 サラディオはにっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。貴女が我らの味方をしてくれるのなら、魔王を打倒する日も近いでしょう」


「それが容易いものでないとは承知していながら、自信たっぷりな物言いだな。秘策があるのか?」


「さすがにそこまでは言えませんね。まあ、『そうです』とだけは答えておきましょう。牽制の意味を込めてね」


 俄然興味が湧くも、サラディオが手の内を易々と晒すとは思えなかった。


「では私はこれで失礼します。貴女も長くこの場に留まらないよう、お願いしますね」


 踵を返した彼の背を見送り、しばらく立ち尽くしていたケラは自室へと戻った。

 そこで――。




 

 ケラが虚空に呼びかける。「ぴゅい♪」とまん丸なスライムがベッドの下から飛び出してきた。

 ガリウスに報告がある旨伝えると、壁面に映像が映し出された。


『――ふむ。壁があるのは知っていたが、聖剣でも容易く突破できないほど堅牢だとは思わなかったな。よほど神殿に近づけたくないとみえる』


 見慣れた光景だ。

 ガリウスが座るソファーや、彼の背後にある調度品から自宅のリビングであるとケラは考えた。彼自身も普段着で腰に聖剣を差していない。


「ま、ブラフではあろうがな。聖剣の威力で突破できぬ壁を作れるとは思えぬ」


『だが押し入るには派手にならざるを得ない。侵入を気づかれれば神殿攻略どころではないな』


「大胆不敵なそなたにしては慎重だな。けっきょくサラディオの警告に従うということか」


 それならそれでよいが、ケラとしてはガリウスに早く突っこんできてほしかった。

 教皇に秘策があるとの話はしていない。

 あれほど自信満々なら、無策のガリウスを返り討ちにするほどのものだとの確信があった。


(とはいえ相手はガリウスだ。相討ちにもっていけるのが精いっぱいやもしれぬ)


 教皇を失えば世界はより混乱するだろう。

 しかし同時に〝魔王〟が死ねば、混乱は一時的なものにとどまる。

 

 今の混迷した状況を打破するには、ガリウスに退場してもらうのが最良とケラは判断した。

 だからガリウスを焚きつけて教国との直接対決に持ちこませたい。


「どうするのだ?」


 ガリウスは映像を介してケラを真っ直ぐ見つめてのち。


『ここまで来て様子を窺うばかりでは埒が明かないか。今ある情報だけで対策を練ろう。お前は引き続き情報を集めてくれ。有用なものは取り入れる』


「ああ、任せておけ」


 ケラは内心でほくそ笑みながら通信を終えた。

 直後、聞き忘れていたことを思い出す。


(そういえば、グリアとアカディアの攻略はどうなったのだ?)


 ガリウス以外が担当していると聞いているが、進捗までは伝えられていなかった。


(ま、ここスペリアはあやつが直接乗りこむ以外あるまい)


 ならば他の神殿がどうなっているかはさほど気にしなくてもいい。


(あとはサラディオに『ガリウスが近々襲ってくる』と伝えればよかろう)


 できれば襲撃のタイミングを探りたいものの、ガリウスが正直に言うとは思えなかった。


(またも腹の探り合いか。やれやれ、あの男の相手は疲れる)


 それももうすぐ終わる。

 この機で〝魔王〟には退場してもらう。

 そして混迷する世界に安定をもたらすのだ――。






 ガリウスはケラとの通信を終えると、ソファーから立ち上がった。

 そこへリッピが駆け寄ってくる。


「なんで自宅のソファー(そんなもの)をここに持ってきたかわかったよ」


 ガリウスの背後――自宅リビングの景色が消え去り、青白い壁面(・・・・・)が露わになった。

 オーク兵がやってきてソファーを荷馬車に運ぶ。


「ケラは信用ならんからな。やたら急かしていたのは、教国に何かしら俺を倒す策があるのだろう」


 ガリウスは漆黒の鎧を身にまとう。色を変えた聖鎧だ。


「そんなものにわざわざ引っかかってやる必要はない。せいぜい連中が手ぐすね引いているうちに、こちらはやるべきことをやってしまうさ」


 高い天井に幅広の道。

 ガリウスの前には複数の荷馬車と大勢の兵士たち。


「余計な時間を食ったな。では、スペリア攻略を続けよう(・・・・)


 作戦開始から二日。

 すでにガリウスたちは、スペリア遺跡の内部にいたのだった――。



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