魔王たちはグリアを攻略する
火山島の地下に広がるグリア遺跡。
その最奥は溶岩地帯から一転してつるつるの壁や床に覆われた広い部屋があった。そこにリムルレスタの攻略チームは到達し、今まさに激闘が繰り広げられている。
「そおれ! です!」
小さな竜人族の女の子が、自身の丈の三倍はあろうかという長い金属棒を振り下ろす。
狙う先には巨大な岩。
二十メートルはある巨岩にぎろりと目があり、裂けたような口があった。
ギガント・ボムロック――この遺跡の最深部を守る巨大守護獣だ。
ゴンッと鈍い音に続けて、「グゴゴ」と嗚咽のような声が上がる。ぎろりと大きな目玉が小さな女の子に向けられ、岩肌から人頭大の石が無数に放たれた。
「よっ、はっ、ほいっ、ですよ!」
女の子――ククルは空中で金属棒を器用に振り回して攻撃を打ち落とす。
「せやっ!」
「どりゃあ!」
床では二人のオーガ戦士――ペネレイとゾルトがそれぞれの武器で攻撃を仕掛けた。
守護獣の注意が下に向くと、またもククルがぴょんと飛んで頭上を襲う。
三方からの波状攻撃に守護獣は徐々に追いこまれていき――頬の辺りを紅潮させ、ぶるぶると震え始めた。
「はっ!? みなさん危険が危ないですよ! 防御態勢~!」
ククルの声にゾルトが後方へ飛びのいた。ペネレイが続いて彼の背後に身を隠す。ククルも着地するとたったか駆け寄り、ペネレイに抱かれて身を縮こまらせた。
爆音が轟く。遺跡全体が地震でも起きたかのように大きく揺れた。
ギガント・ボムロックが自爆したのだ。
ゾルトは全身を硬化させて爆発に耐える。背後にいたペネレイとククルも彼のおかげで事なきを得た。しかし――
「ああっ! また失敗ですぅ……」
巨大守護獣がいた場所の向こう側。
つるつるの壁面に埋めこまれた扉は、堅く閉ざされたままだった――。
ククルたちは地上に出て、海賊団から奪った拠点に戻るとガリウスと交信した。
『なるほど。自爆前に倒すのはやはり無理があるか』
画面の中ではガリウスが淡々と言う。
「ごめんなさいです。六度も挑戦しておきながらわたくしたちの力及ばず……」
『いや、気にしないでくれ。悪霊化した巨大守護獣から悪霊を取り除き、六度も被害なしで倒したのは十分に評価できるさ。もとよりあのサイズの魔物を自爆前に倒すのは難しい。そもそも倒したところで扉が開く保証もない』
「でも、だったらどうやってあの扉を開き、遺跡の制御室へたどり着けるのですか?」
ガリウスが答える前に、ペネレイが「失礼」と会話に入ってきた。
「お手を煩わせて申し訳ありませんが、ここはガリウス殿の聖剣で突破を図るべきかと」
『たしかに聖剣でなら力ずくで突破はできるだろう。しかし勢い余って扉向こうの制御装置を破壊しかねない』
その懸念は当然ながら、ガリウスはここまでがんばってきた彼らの手柄を横取りするようで気が引けていた。
『何か仕掛けがあるのは確かだ。もしかしたら発想が逆だったのかもしれない』
ククルたちが首をひねる中、
『つまりは――』
ガリウスは自身の考えを説明する。
「なるほど! ではさっそく挑戦してきます!」
ククルは百人力を得たとばかりに満面の笑みを咲かせるのだった――。
数日後、巨大守護獣の復活を待ってククルたちは動き出した。
すでに遺跡内の悪霊獣は一掃され、道中は三人だけでも簡単に進めた。
そうして七度目の対峙となる。
「行くぞ、ゾルト!」
「へい、お嬢!」
オーガ族の戦士二人が先行する。左右から金棒と戦斧で打ち付け注意を引き、相手の攻撃を打ち落とす。
激しい攻防が続く中、ククルは武器も持たずに身を低くして、そろりそろりと巨大な岩を回りこんで背後を窺った。
ギガント・ボムロックは出現した場所からごろりとも動かない。後ろは壁面にぴったりくっついているが、球体である以上、下と上にはわずかながら隙間があった。
(ひ、開いています! ガリウスさんの推測どおりでした。さすがです!)
隙間から見えるつるつるの壁面に、ぽっかりと扉部分だけの穴があった。
何度倒そうとしても自爆してしまう巨大守護獣。その後は固く閉ざされた扉が残るのみ。
ガリウスは『守護獣を倒して先に進む』という常識から疑ってかかった。
もしかしたら、『守護獣が不在の間は扉が閉じてしまうのではないか』と。
その推測は的中した。
ククルは意を決してしゅたたたと小走りし、守護獣と壁の隙間に身を投げ出した。開いた扉の中にごろごろ転がって飛びこむ。
ズシャーン!
「閉まったです!?」
ククルが立ち上がる間に上から扉が落ちてきて、固く閉ざされてしまう。
「まだ守護獣さんは爆発してなかったです。なのにどうして?」
考えても始まらない。ひとまず奥へ進もうとククルは決意する。
天井や壁からうっすら光がにじんでいるので視界は良好。道も奥へ向かった一本道だ。
「……また扉が、閉まっています」
さほど長くない道を進んだ先にはまたも扉があった。
これでは行くことも退くこともできない。
「どうしましょう……?」
途方に暮れて扉に手をぺたりと当てたその瞬間。
ズゴゴゴゴ……。
扉が上昇を始めた。びくっと一歩後退し、推移を見守っていると完全に扉は開き、広い部屋の真ん中にひとつだけ台座が置かれていた。
台座の上には球体が浮き、球体には帯状魔法陣が三つ、ゆっくり回転している。遺跡の制御装置だ。
ククルが近寄ると、
≪ようこそ、〝グリア〟の『主の部屋』へ。代表者はマスター登録を行ってください≫
無機質な声が天井から降ってきた。
「へぅ!? えっとあのその……えっと?」
首を傾げつつ、最果ての森にあるイルア神殿での出来事を思い出す。
たしかガリウスは台座に手を添えていた。
マネすると、あのときと同じく帯状魔法陣が回転を増した。続けてまたも声が降ってくる。
≪確認が完了しました。問題ありません。おめでとうございます。貴方を七神殿のひとつ、〝グリア〟の主として登録しました≫
「はっ!? しまったです!」
マスター権限を自分がもらっては問題なのでは?
あたふたする彼女は勢い余って――。
ガリウスはここしばらく飛空戦艦を拠点に活動していた。リムルレスタと都市国家群を行き来しつつ、政務やもろもろの仕事をこなしている。
かつて皇帝ユルトゥスが使っていた部屋で、これまたかつて彼が破壊した都市国家のひとつグラウスタの復興状況の報告書に目を通す。
だが気になるのは遠くの地で奮戦している仲間たちのことだった。
(ククルたちはうまくいっただろうか?)
今日は七度目の挑戦日。準備は万端だが、推測が誤っていれば撤退するよう伝えていた。また策を練り直すのだ。
と、パタパタと廊下を駆ける足音が聞こえる。
「ガリウスさん!」
バーンとドアを開いたのは誰あろう、遺跡攻略中であるはずのククルだった。
「なぜ、君がここに?」
いや状況からして明らかだ。
ガリウスは返事を待たずに言う。
「遺跡の攻略に成功したのだな。ここにある転移装置に飛んできたのか」
「そうですけどごめんなさい!」
「なぜ謝る?」
「わたくし、勝手にマスター登録をしてしまって……」
「ん? 伝えていなかったか? マスター登録は君たちの誰かにしてもらうつもりだった」
「へ? そうなのですか?」
きょとんとするククルにガリウスは微笑んだ。
「ひとつ確認したいことがあってね」
制御装置は転移など一部の機能をマスター以外も使用できる。しかしそれも特定の誰かに定まっていたのだ。その謎に迫るためにも必要なことだった。
「というわけで早速確認に行こうか」
ガリウスは目をぱちくりさせるククルを連れて部屋を出た。
イビディリア神殿から運びこんだ制御装置の前にやってきた。
ククルはグリア神殿からここに飛んでやってきたのだ。
台座に手を添えると虚空に画面が浮かび、他の六つの神殿の名が一覧で表示された。
イルア、イビディリアが黄色く表示されている。そしてついさっき攻略が完了したグリアもまた、黄色に光っていた。
「半分は賭けだったが、どうやら俺たちを『パーティーメンバー』と認識してくれたらしいな」
「パーティーメンバー? どういうことですか?」
「遺跡を攻略するのに単独は基本あり得ない。七つすべてを攻略して何かが起こる可能性を考慮すれば、各神殿のマスターが一人だけというのは理にかなわないと思ったんだ」
マスター以外が転移機能などを使えるのもパーティーメンバーだからとの理由なら納得もできる。
そしてグリア攻略に参加していないガリウスであっても、表示上は他の遺跡と差異がない。別のパーティーであれば色が変わると推測していた。
「どの範囲をパーティーメンバーと認識しているかの確認がはかどるな」
今のところマスター以外で制御装置を使用できたのはペネレイやムーツォなど、イルア神殿を攻略したときに一緒にいた面子だった。
「ククル、ひとまず君はグリアに戻り、状況を確認してほしい。その後はあちらの部隊の全員が制御装置を使えるかの確認だな。すこし面倒だが頼むよ」
「はい! わかりました」
元気いっぱいに答えたククルの頭を撫でる。
(しかし三つ攻略したが何も起こらないな。せめて半分……あとひとつを攻略して変化があればよいが)
ふわふわの感触に癒されながら、ガリウスは『次』に期待を寄せるのだった――。