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(´・ω・`)最強勇者はお払い箱→魔王になったらずっと俺の無双ターン  作者: すみもりさい
第八章:(´・ω・`)魔王は神殿で無双ターン
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魔王はこっそり密偵を放つ

 

 ケラが連れてこられたのは、応接室と呼ぶには貧弱な部屋だった。さして広くもない部屋にローテーブルがぽつんと置かれ、それを挟んで二人掛けのソファーが向かい合っている。

 

(まったくあのジジイめ!)


 最愛の孫娘を失い、耄碌してしまったのでは? と疑いたくなる。

 

(ああ、いや。神の奴隷たるあやつが、〝人〟を愛するなどあり得ぬな)

 

 ケラはソファーに腰を落とすと、横目でドアを見やった。


 監視の騎士は一人。

 ケラの一挙手一投足を見逃すまいと睨んでいる。

 

(ま、状況は悪くない。というか、狙いどおり『別室待機』にはなってくれた。では、とっととアレ(・・)をやっておくか)


 監視が一人な今の内に、とケラは腰のポーチに片手を突っこんだ。

 

 ちょうど騎士から見える側であるため、彼は警戒を露わにポーチを凝視している。

 

 視界の端で彼の動きを探りながら、ポーチから金貨を一枚取り出す。指で弾き、彼の足元でチャリンと音が鳴った。

 

「なんのおつもりですか?」


「いやなに、そなたもご苦労だなと思ってな。なんならこの体で愉しんでもよいのだぞ? 我も退屈なのでな」


 ケラは足を組み替え、首から下げたペンダントを片手でもてあそびながら、妖艶な笑みで誘った。

 騎士は彼女から目を外さず、足元の金貨を拾うと、

 

「それ以上は言葉を慎んでほしい。我が信仰を穢す行為だ」


 ピンと金貨を指で弾き、ケラへ飛ばした。

 片手で受け取り、肩を竦める。

 

「これは失礼した。では口をつぐむとしよう」


 ケラはソファーの上で横になり、足を外に投げ出して転がった。退屈しのぎにひと寝入り、と決めたところで。

 

 コンコン。

 

 扉が叩かれ、返事を待たずに開かれて現れたのは――。

 

「やあケラ、先ほどは申し訳ありませんでした」


 枯れ木のような長身痩躯の老聖職者だ。

 

「教皇!? いかがなされましたか?」と中にいた騎士が背筋を伸ばす。


「ご苦労様でした。自身の職務に戻ってくださって構いませんよ」


 困惑する騎士と入れ替わり、教皇は部屋に入る。彼に続いて別の騎士と、白いローブ姿の若い女性も入ってくる。

 

 騎士の鎧は先ほどの彼とは異なり、重厚で真っ白だ。騎士よりも上の階級、聖騎士だった。

 女性もただの神官ではない。魔法に優れた軍人だろう。

 

 教皇サラディオが対面のソファーに腰かけたので、ケラは起き上がって正対する。彼の後ろには聖騎士が控え、女性神官はなぜだかケラの背後に回った。

 

 お茶が用意され、あらためてサラディオは挨拶する。

 

「お久しぶりですね、ケラ。しかし他者が大勢いる前で、私の『友人』を名乗るのはいくらなんでも不自然ですよ」


「若い女の姿ではあらぬ噂を立てられる、と?」


「多少のゴシップには慣れています。ただ、貴女の恩恵ギフトは替えがききません。他国から来た巡礼者に噂が立てば、戻った先で貴女を付け狙う輩が現れると危惧したのですよ」


「配慮してくれた、ということか。我は気にせぬのだがな。ところで、連中の礼拝に付き合わなくともよいのか?」


「あまり時間はありません。ただ、やはり気になったものですから。貴女が突然訪ねてこられた理由が、ですね。帝国に仕えていたと聞きましたが?」


 サラディオは背を丸めてケラと視線を合わせている。好々爺然とした笑みは相変わらず邪気がいっさい感じられない。だからこそ不気味ではあった。


「王国内の駐屯軍が引き上げることになってな。あそこに留まる理由がなくなった。他に頼る当てもないので、仕方なく、だ」


「私としては大歓迎ですよ。貴女が集めた叡智をお聞かせ願いたいものです」


「むろん、タダで養ってもらおうとは思わぬ。対価として情報は支払おう。まずは何が知りたい? 礼拝の時間まで語って聞かせよう」


「そうですね……」


 サラディオはあごに手を添え考えてから、静かに告げた。

 

「貴女は、〝魔王〟ガリウスをよくご存知なのでしょうか?」


 ケラは表情を変えず、お茶をひと口飲んでから答える。

 

「程度で言えば一般に流布している以上は把握している。計らずも戦ったこともあるしな。もっとも、戦闘とは言えぬ一方的なモノであったよ。こっぴどくしてやられて今はこのザマだ」


「彼は、魔族に騙されて協力しているのでしょうか?」


「それはない。あやつは魔族の本質を理解したうえで、自ら先頭に立つ決意をした」


「なるほど……。あの子の言ったとおりですね……」


 ん? と疑問が浮かぶも、訊く間もなくサラディオが尋ねてくる。


「改心は難しいでしょうか?」


「あやつに関して言えば、無理だ」


 むしろ亜人を誤解している教皇こそが心を改めるべき、とはさすがにこの場では言えない。

 この老人は孫娘より思考は柔軟だが、魔族を絶対悪とする思想を変えるのはより難しいのだ。

 

「では、やはり我らとは相容れぬ、ということですね。残念です」


 それもまた、教国――ひいては人族全体が亜人の誤解を正せば済む。が、一朝一夕では難しいだろう。

 

 ケラはもうひと口お茶をすする。と――。

 

(む? なん、だ……? 急に……)


 瞼が重くなり、意識が朦朧としてきた。

 

(薬……だけではない。背後の、女が……)


 ぐらりと視界が揺れた。体が大きく傾き、ソファーに転がる。

 

「おや? どうされました? 旅の疲れが出ましたかな?」 

 

 よくもぬけぬけと、と内心で歯噛みしつつも、ケラは素知らぬふりをする。

 

「……ぁぁ、そう、らしい」


「では、ここでごゆっくりお休みください」


 視界が暗転する。口を動かすより前に、意識が自身の奥底へ沈んでいった――。

 

 

 

 ケラが完全に寝入ったのを見て、サラディオは女性神官に目配せした。

 睡眠魔法をかけていた彼女が手を下ろす。

 

「彼女の持ち物はすべてチェックしておいてください」


「承知しました」


 女性神官はまず、ケラが首から下げていたペンダントを手に取った。楕円をした水晶のようなものが取り付けられている。

 

「微弱ですが魔力を感じます。素材はありふれたもののようですが……気になりますね」


「装飾に無頓着な彼女にしては珍しい。それだけ浮いているのはたしかです。念入りに解析してください」


 女性神官はうなずき、他にもポーチの中を入念に確かめる。

 聖騎士がサラディオに尋ねた。

 

「拘束しなくともよろしいのですか?」


「仮に彼女が魔族どものスパイであったとしても、心から従ってはいないでしょう。ならば友好な関係は崩さないほうが得策です。使いどころの多い方ですからね」


 サラディオはにこりと微笑む。

 

「どのみち、魔王ガリウスの命は風前の灯火です。こちらから差し向けた刺客が、今ごろは大河を越えているでしょう」


「しかし、奴は【アイテム・マスター】です。我が国最強の騎士たるダニオを退けてもおりますし……」


「彼とて常に聖武具を身に着けているわけではありません。聖剣は肌身離さずにいたとしても、彼らなら信仰の正しさを証明してくれるでしょう」


 不意を突けば、必ず仕留められる。サラディオには自信があった。

 

「では、私は礼拝に向かいます。ああ、彼女はいつ目覚めますか?」


「明日の朝まではぐっすりです」と女性神官。


「ならばここに放置、というのも可哀そうですね。寝所を用意して運んでおいてください」


 サラディオが部屋を後にする。

 聖騎士と女性神官は人を呼び、ケラを運んだ。

 

 そうして、無人となった部屋に、深夜――。

 

 

 

 

 じゃらり、と

 ソファーの下から金属の擦れる音が鳴った。

 

 じゃらり、じゃらりと動いて出てきたのは、水晶が嵌まったペンダントだ。

 

「ぴゅい!」


 続けて飛び出した、爪の先ほどのスライム。

 

 ケラはサラディオが現れる前、監視役の騎士の注意を金貨に集めさせ、死角となった手で本物の(・・・)連絡用ペンダントを床に落としていた。彼を誘う仕草の最中、足でソファーの下に隠したのだ。

 

 ガリウス曰く。

 

『お前の性格からして、俺たちのスパイだと疑われる可能性が高い』


 だから大聖堂に入ったのち、誰にも悟られないようペンダントを施設内に隠しておけ。との指示を受けていた。

 女性神官が解析しているのは道中で作らせた偽物だ。魔力をこめれば光を放つ効果しかなく、ケラは夜道用と言い訳するつもりだった。

 

 ペンダントから小さなスライムがぴょこぴょこと飛び出した。寄り集まり、こぶし大の大きさに膨れると、ぱくりとペンダントを体内に収める。

 

「ぴゅい♪」


 そうして器用に扉を開け、暗い廊下を跳ね進んでいった――。


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