表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/130

勇者は精霊と出会う

 

 ときどき休憩を挟みながら、剣の稽古を交え、その日はのんびりと過ごした。

 夜遅くまで語り合い、いつの間にか寄り添うように寝てしまう。

 

 ふと、ガリウスは目を覚ました。

 

 雲のない、満天の星空が飛びこんでくる。

 押しつぶされるような威圧感。それでいて吸いこまれるような浮遊感。眠気は吹き飛んで、しばらくは煌めく星々を眺めていた。

 

 ――と、視界の端が明るく瞬いた。星々の輝きのような儚いものではなく、夜空の黒を穿つ月明かりにも似た強さだ。

 

 同時に何かの気配を感じたガリウスは、脇に置いたシルフィード・ダガーをつかみ、跳ね起きた。

 

 光の出どころは、泉――その、中央。

 

 ガリウスは息をのんだ。瞬きすら忘れてそれ(・・)に見入る。

 

 

 ――美しい女が浮いて(・・・)いた。

 

 

 正確には水面に立っている。つま先が触れた個所から、波紋が広がっていく。

 

 金色の長い髪。髪と同色の神々しい薄手のワンピースを着た女は、おとぎ話に出てくるような清楚にして可憐な乙女――まるで女神のようだった。

 

『見つかって、しまいましたね』


 ささやくような声は風に運ばれてきたのではなく、頭の中で直接響いた。なにせ女とは五十メートル近く離れている。いくら虫の声すらない静寂でも、明瞭に聞こえるはずがなかった。

 

「誰だ、お前は……」


 体が、硬直して動かない。声はどうにか絞り出せたが、それだけだ。が、言葉は相手に伝わったらしい。

 

『わたくしが何者であるのか。はたして今が、明らかにすべきときかどうか、判断に迷いますね。わたくしはただの語り部。あなたを〝狭間〟から見守る者にすぎません』


 女は微笑みを投げかける。

 

『今宵の邂逅はわたくしの不注意によるもの。忘れてください、とは無理なお願いでしょうけれど、今は気にしないでください』


「何を、言っている……? 俺たちに用があるのではないのか?」


『いいえ、差し迫った用件はありません。それと、わたくしはあなたの前にしか現れません。すくなくとも現代においては』


「用がないのならば、お前はどうして今、そこにいる?」


 無理に体を動かそうとしなければ、話すのに苦はないと気づく。だが、いつでもシルフィード・ダガーの特殊効果を発動できるよう、注意を払った。

 

 油断はしない。相手が華奢な娘であろうと、見た目で判断する愚を彼はけっして犯さなかった。しかも女は魔法じみた怪しげな術で、ガリウスを拘束しているのだから。

 

 女はガリウスから視線を外し、天を仰いだ。ガリウスは女から意識を切ることなく、彼女の視線の先を眼球だけ動かして追った。


 丸い月が、夜空に佇んでいる。

 

『月に、誘われました』


 女が視線を戻す。

 危うく薄い笑みに引きこまれそうになったものの、ガリウスは自らを叱咤する。

 

『しかし、ええ。こうしてまみえたのには、何かしらの意味があるのでしょう。運命の導き、とかっこよさげな言葉を用いれば、わたくしのうっかりミスも水泡に帰す……妙案ですよね?』


「……」


『ふふ、呆れていますね。ええ、では仕方がありません。ふんわりとした自己紹介をして、お茶を濁すことにいたしましょう』


 女はスカートの裾を指でつまみ、緩やかな所作でお辞儀をしつつ、その名を告げた。

 

『わたくしの名はエルザナード』


「なっ――!?」


 ガリウスは思わず声を上げた。

 あり得ない。いや、あるかもしれないが、続く言葉は彼の想像を肯定する内容だったものだから、さらに混乱に拍車がかかる。

  

『あなたと共に在りて(・・・・・)、あなたを見守る者です』


 ミッドテリア王国に伝わる幾つもの秘宝の中で、突出した性能を持つ聖剣と聖鎧。

 それぞれに名はないが、二つ合わせての聖武具としての名称こそ、エルザナード。

 たしかに古い文献では太古の女神を宿したと記されているものの、そんな眉唾な話を信じる者はいなかった。


『お気軽に〝エルちゃん〟と、呼んでいただければ』


「つまりお前はその……聖武具に宿った女神とか、精霊の類、なのか……?」


『ふふ、物の見事にスルーされてしまいましたね。まあ、いいでしょう。質問にお答えしますと、どちらかと言えば後者でしょうか。自ら神を名乗るなど、おこがましいことですので』


「人型の精霊というのも、珍しいな』


『ああ、これですか。今は月を愛でるにふさわしい姿として、ヒトの形が選ばれているだけです。次がもしあるのなら、別のカタチであるかもしれませんね。たとえば、小鳥とか』


 女――エルザナードは少女のようにクスクスと笑う。


『ああ、そうですね。せっかくですから、お節介をひとつ』


 エルザナードはしなやかな腕を水平に伸ばし、人差し指で真横を指し示した。

 

『東へ』


「東?」


『そうです。まっすぐ、東に進んでください。そこに、新たな出会いが待っているかもしれません』


「条件を付けるわりに、断言はしないのだな」


『ええ、わたくしは預言者ではありません。ただその方角には、あなたを求める者たちがいます。あなたにとっても、自身を見つめるよい機会となるでしょう。もし彼らとそこで出会えなければ、二度と交わることはない縁です。逃すには惜しいのではないでしょうか』


 何かの罠だろうか? それならもっと具体的な誘い文句を並べるはずだが……。

 そも王国の聖武具に宿る精霊というのも信じがたい。証拠は何もないのだ。

 

『では、わたくしはこれにて失礼いたします。しばらくは、見守ることに徹しましょう』


 エルザナードの体がふわりと浮きあがる。

 

「待て。気になることばかり残して逃げるのか? 寝覚めが悪いだろうが」


『わたくしは常に、あなたとともに』


「また意味深なことをっ。それは常に俺を監視していると――」


 世界が白く染まる。女の体からまばゆいばかりの光が放たれたのだ。

 

 そして、白い世界はやがて――。

 

 

 ――青い空に変わった。

 

「朝……か?」


 むくりと起き上がる。いつの間にか横たわっていたらしい。きょろきょろ辺りを見回しても、金髪の女はいなかった。

 

「ん……おはよう、ガリウス。……どうしたの?」


「いや、なんでもない」


 夢、だったのだろうか? それにしては現実感が半端なかった。


(ま、気にするなといったのだから、気にしないでおこう)


 エルザナードを名乗る女は、東へ向かえと言った。何かの罠だとしても、どのみち目的の場所は東なのだ。警戒はしても、進路を変えるつもりはない。

 今はただ――。

  

(自らの決定に従うのみ。何も考えず、ただ指示に従っていたころには、戻りたくない)


 この旅はリッピに誘われたものであっても、決めたのは自分。

 ならば、自信をもって進むだけ。

 

 ガリウスはそう、決意をあらたにするのだった――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このお話はいかがでしたか?
上にある『☆☆☆☆☆』を
押して評価を入れてください。

― 新着の感想 ―
[良い点] ある意味、 『物語にナレーションが参加する』 みたいなものですね。 分かりやすくていいと思います。 [一言] たびたび広告で拝見していて、 今回読んでみることにしました。 多少飽き性のきら…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ