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勇者は魔王を倒す


 あるところに、醜い男の子がおりました。

 目元は腫れぼったく鼻は上向き。大して食べてもいないのに、豚のように丸々太った体。

 まるで魔族のようなその容姿に、村人たちはみな、親でさえも嫌悪を隠しません。

 

 そんな彼も十二歳のときに転機を迎えます。

 

 唯一神より人にのみ与えられる恩恵ギフト――彼が授かったものが、稀有にして至高であったのです。

 

 男の子は勇者となりました。

 

 凶暴な魔物たちを、魔に連なるとされる者たちを。

 彼は世のため人のため、バッタバッタと薙ぎ倒します。

 

 そうして、恩恵ギフトを授かってから十四年――二十六歳になった年、ついに悪の元凶、〝魔王〟と相対しました。

 

 まさしく伝説級の活躍を見せたものの、彼の半生が語り継がれることはありません。

 

 なぜなら彼は――。

 

 

 

 

 

 

 

 月の下。魔王城から数キロ離れた荒野に、轟音が鳴り響く。

 

 黄金の全身鎧を身に着けた、ずんぐりした体躯の男は勇者ガリウス。

 彼が渾身の力で剣を振るうと、黄金の刀身から光の刃が放たれた。

 

 進む先には、トカゲのような姿をした老人がいた。

 顎の下には白いひげを蓄え、頭には雄々しい角が二本。長く太い尻尾を生やし、黒いローブをまとった彼は竜人族であり、現在〝魔王〟と恐れられている男だった。

 

 光の刃は七つの防御魔法壁を突破し、魔王に命中する。

 

「ぐっ、は……」


 魔王は赤い血を吐き出し、ついに膝を折った。

 

「よもや、儂がここまで追いつめられるとはな……いや、勝敗は決したか」


 魔王はその場に腰を落とし、目を細めてガリウスを見た。鱗で判別しづらいが、しわがれた顔には先ほどまでの威厳は失せ、好々爺然とした穏やかさであふれていた。

 

「とどめを刺すがいい、勇者よ。貴様の……貴公の勝ちだ」


「……」


「どうした? なぜ動かぬ。早くせぬと儂は回復してしまうぞ?」


「……」


「あーもう! なんかしゃべらんか! ここ話をするターン。わかる? いいとこなの!」


「えっ? あ、その、すまない……。考え事をしていた」


「まったく、調子の狂うやつじゃのう。ほれ、とっととることをやらんかい」


 なんか話し方が変わってない? 近所の爺さんみたいになってるぞ。しかも死にかけのくせに元気だし。

 ガリウスは思うも、黄金の剣――聖剣を強く握りしめた。しかしやはり、その腕を振り上げることも、足を前に出すこともできなかった。

 

 今回の一騎打ちは、どちらかが死ぬまで終わらない。

 

 勇者ガリウスが死ねば、人の軍勢は魔王城への侵攻を取り止めて撤退する。

 魔王が死ねば、魔族は城を、そして領地をすべて明け渡す。

 

 戦いを優勢に進めていた人族が、劣勢の魔族に一方的に通達したうえでの一騎打ちだ。

 

 いや、そのはずだった(・・・・・・・)

 

 遠く、喊声が流れてきた。聖鎧の兜の効果で常人を越える聴覚となったガリウスだから聞こえた雄叫びの数々は、魔王城の方角から。

 

 ガリウスが目を向けると、魔王城の辺りが赤く染まっている。

 

「まさか……侵攻が始まったのか?」


「なんじゃ、勇者よ。おぬしは気づいておらんかったのか? 始まったのは今ではない。儂とおぬしとの戦いが開始した直後からじゃよ」


 ガリウスはしばし呆然とする。ハッとして尋ねた。

 

「なぜだ? 貴方はそれを知りながら、どうして俺と戦っていた」


「ヒトには散々苦しめられてきたからのう。連中が儂の不在を狙って城を襲うのは折りこみ済みだわい。ま、すでに城はおろか、領内から同胞はほとんど避難しておる。せっかく明け渡してやったのに、燃やしてしまうとはもったいない」


 魔王は赤い血を滴らせながらカラカラと笑う。

 

「何を呆けておる。そら、この首を持っていけ。魔王は死に、魔の国は滅びた。これで同胞は未開の地でひっそりと、束の間の平穏を取り戻せる」


「貴方は、初めから……」


「ほっほっほ、当然じゃろう? いくら個々の力で儂らが勝っていても、数で圧倒的に劣るのじゃからヒトに敵うわけがないからのう」


「ならば、俺との一騎打ちもわざと……」


 負けたのか、との言葉は悔しさから出てこなかった。

 ところが、魔王はまたもカラカラと笑う。

 

「バカを言うな。儂は本気で戦った。おぬしに勝ったら、その首を持って人の軍勢に飛びこむつもりじゃったわい。最後の最後まで、儂は魔王の役割を果たすつもりでのう」


「それならこの一騎打ち自体に意味がない。なぜ、貴方は受けた?」


「ふむ。時間稼ぎ……は言い訳じゃな。正直に告白すれば、そなたに興味があったのじゃよ」


「俺に……?」


「黄金の聖剣、聖鎧をもって戦場を蹂躙した最強の猛者。しかしてその剣筋は清廉にして高潔。一騎打ちは正々堂々と受け、敗者をけしてないがしろにせぬときた。まさに〝ヒト〟ならざる振舞いよな」


 最後の最後で清々しい戦いができた、と魔王は満足げに告げるも、しかし。

 

「避難したとは言うたが、実際には城にいくらか残って戦っておる。最後まで抵抗したと連中に印象付けるためにな。本来なら、儂はそちらに向かうべきだったのであろうなあ。同胞の犠牲を、すこしでも減らすためにのう……」


 ガリウスは兜の中で唇を噛んだ。

 

(ああ、そうだ。やっぱり、そうだったのか……)

 

 勇者になり、魔の軍勢と戦う中で、ガリウスはずっと違和感を抱えていた。

 

 魔族たちはみな勇敢で、確固たる信念に基づいて行動しているように思えたのだ。

 それはまるで、我が身を犠牲にしてでも大切なものを守りたい、そんな崇高な意志を持っているようだった。

 

 実際に彼らはそうだった。

 家族が安息の地で暮らせるよう、自分たちを犠牲にしたのだ。


(それでは、人族おれたちこそが悪者ではないか……)


 事実、そうなのだとガリウスは思う。

 人族は、魔族を前にするとみな憎悪と嫌悪に支配されていた。

 我が身可愛さに卑劣な手段を多く用い、数に物を言わせて彼らを蹂躙し尽くした。今回も、また。

 

 そして魔王は人族の罠を逆手に取り、一部の犠牲を出しはしたが、多くの同胞を救ったことになる。

 いや、しかし――。


「どうしてそれを俺に話した? 俺が貴方の策を軍に伝えたら、連中は未踏の地まで追いかけていくぞ」


「ん? ああ、そうじゃったのう。いやいや、まいったまいった。内緒にしてはくれんか?」


 魔王は生気を失いつつある顔でいたずらっぽく笑った。

 

 一騎打ちに勝ちはしたが、一個人の器では完全に負けている。

 素直に認めたガリウスは、ならば自分がやるべきはひとつだけ、と聖剣を高々と掲げた。

 

 と、そこへ。

 

「ま、まってください!」


 ちょこちょこと小さな影が駆け寄ってきた。途中で躓いて転んだものの、涙をこらえて魔王の前へ進み出る。

 

「おじいさまを、ころさないで!」


 両手を広げ、魔王を庇うのはまだ幼い子どもだった。角と尻尾は竜人族の証。しかしそれ以外の顔立ちなどは人のそれ。人族との混血らしく、同時に魔王の孫娘のようだ。

 

「ククルよ、どうしてお前がこんなところに……?」


 魔王が動揺している。いろいろ達観していた彼も動揺するのか、とガリウスは微笑ましく思えた。

 

「おじいさまを、ころさないで!」


 必死に懇願する幼い娘。

 

(これでは、本当に俺が悪者だな)


 兜の内側で乾いた笑いを漏らしたガリウスは、ゆっくりと切っ先を二人に向けた。

 

「やめろ! やめてくれ。この子はまだ幼い。せめて慈悲を!」


 魔王も必死だ。最後の力を振り絞って、孫娘に覆いかぶさった。

 

 聖剣が輝く。黄金色から白色の光が溢れると、老いた魔王へと放たれた。

 

「ぬぉ………………ぉ?」


 しかし魔王は死ぬことはなく、やがて光は霧散した。


「これはもしや……『回復加護エクス・ヒール』か? どうして……?」


 聖剣が持つ特殊効果のひとつ。対象の傷をほぼ完全に回復する。

 

「要は、貴方が死んだことにすればいい。『肉片も残らず消し飛ばした』と報告しておくさ」


 老魔王には人と敵対する気がない。なら、見逃したって誰からも文句は言われない。言わせない。

 

「ではな。もう二度と会うことはないだろう」


 ガリウスは踵を返す。


「あ、その……ゆうしゃさん、ありがとうございます!」


 幼い娘の声にも振り返らず、手を挙げて応えもせず。

 

 月明りを浴びながら、勇者はその場を立ち去った――。

 

 

 

 

 

 

 

 人と魔の争いは終焉を迎えました。

 最大の功労者である勇者ガリウスは、魔王との戦いから二週間後に王都へ帰還します。

 

 ところが、そこで彼を待ち受けていたのは賞賛でも労いの言葉でもなく。

 

 勇者の功績をすべてイケメン王子に引き渡し、国外へ退去せよとの無慈悲な沙汰でありました。

 

 国王、曰く。

 

 勇者とは、国民すべてから愛される英雄である。

 ゆえに『誰もが愛してやまない』容姿が求められる。

 

 つまり、王の言葉を借りてありていに言ってしまえば――。

 

 

「ガリウスよ、そなたは勇者と名乗るには不細工すぎるのだ!」

 

 

 こうして、彼は勇者であった事実すら剥奪され、人の世に語り継がれることはなくなったのでした――。

 


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