4 「すでに人ではなく」
「魔王の力のすべてを込めた破壊魔法だ。大陸一つを吹き飛ばすほどの威力──これが貴様の護りの女神の力を突き破れば、貴様たちは跡形もなく消えるであろう」
魔王が朗々と叫んだ。
大陸そのものを消す──魔王の言葉にゾッとなった。
俺のスキルの効果範囲内は無事だとしても、その外にいる人たちは残らず死ぬ……!
「動揺したな。やはり、精神の脆弱さが貴様ら人間の弱点だ。永遠に超越者になれぬ、人の限界だ」
「……弱点、か」
確かにそうかもしれない。
人の心は、簡単に揺らぐ。
弱く、儚く、脆い。
「でも、その揺らぎは──成長へとつながる。人の心は弱点じゃない。弱さなんかじゃない!」
俺の中で何かが弾けるのを感じた。
噴き上がる黄金の輝きがさらに広がる。
どこまでも──どこまでも広がっていく。
すでにアドニス王国全土を覆うほどに拡大していた『封絶の世界』が、より範囲を広げていく。
隣国も、その隣も。
さらにその隣も、どこまでも──地平線の彼方まで。
「き、貴様、まだ力を増すというのか……!」
「撃ってこいよ、魔王」
俺はまっすぐに魔王を見据える。
「お前がどんな魔法を撃ってきても、俺が絶対に防いでみせる。誰も傷つけさせない。誰も殺させない!」
「ほざけ、人間が!」
魔王が吠えた。
「魔を統べし剣! 雷霆より来たりて破壊せよ! 破砕せよ! 九天を砕く刃! 煉獄より現れ薙ぎ払え! 灼き払え!」
朗々と紡がれる呪文。
「魔王爆雷滅斬!」
魔王の全身から立ち上った黒い炎が、巨大な光球となって撃ち放たれる。
同時に、
「冥天門、最大出力! 今こそ魔王の力のすべてを持ち、この世界を打ち砕け!」
イオが展開した黄金の門を、その光球が通り抜けると、
轟っ……!
数十倍の大きさに膨れ上がり、地面を削り飛ばしながらまっすぐに突き進んだ。
ばちっ、ばぢぃぃぃっ!
光球が通った後の大気が焼け焦げ、連鎖的な爆発を起こす。
爆風が地平線まで吹き荒れる。
これまでのどんな魔法よりも桁違いの、余波だけでも世界を破壊しそうなほどの超魔法──!
だが、それさえも──俺の黄金の結界に触れたとたんに消滅する。
「な、なんだと……!?」
「馬鹿な……!」
魔王とイオが呆然とつぶやいた。
「おのれぇっ……!」
だが、さすがに魔王はすぐに立ち直り、ふたたび光弾を放つ。
「おのれおのれおのれぇっ!」
さらに衝撃波を、爆炎を、次々と放つ。
いずれも魔王の魔法にふさわしい、超絶威力の数々。
地形すら変える威力の攻撃魔法を、連打してくる。
だけど──封絶の世界は小揺るぎもしない。
いかなるダメージも受けず、いかなる破壊も、その余波すらも通さず。
魔王の攻撃のすべてを、俺は完封した。
「人間でありながら、その力──」
戦慄したように、魔王が後ずさる。
「いや、むしろ神の領域すら超えているのか……!? たとえイルファリアとて、我を前にして無傷で済むとは思えん。貴様の力は一体……!?」
「父上……」
心配そうにその姿を仰ぎ見るイオ。
確かに、俺自身にも疑念がある。
防御スキルの効力がさらに上がっているような──。
俺の力が、どんどんと増しているような、そんな感覚がある。
魔王は今、『神の領域すら超えている』と言った。
俺のスキルは、そんなレベルにまで高まったのか。
あるいは、力を授けてくれた女神さまをも超える力を……?
「あの者の体は単純な肉だけではなく霊体も混じっているようです。おそらく、すでに人ではなく──」
「なるほど、神の領域へ踏み出し、存在そのものまでが書き換えられようとしているのか。人から、超越した者へと」
イオと魔王は、なんの話をしているんだ。
俺の体に霊体が混じっている?
超越した者?
分からない。
一体、どういうことだ。
俺に、何かが起きているのか──?
──そのとき、天空から黄金の輝きが降り注いだ。
「えっ……?」
「これは──」
驚く俺たちの声と、魔王の声が重なった。
「むう……人間たちめ、我らと魔の者をともに滅ぼそうというのか……!」
空間からにじみ出るように現れる、六つの光の柱。
竜と人の中間のような姿や武人など、柱の中に何かが潜んでいる。
そのうちの一つは、見覚えのある姿だった。
「まさか……!?」
俺は呆然とうめいた。
長く伸びた金髪に、澄んだ青い瞳。
そして超然とした美貌。
何度か意識の中の世界で見た、幼い少女ではない。
成熟した美しい女性の姿。
女神イルファリアの本体が、地上に降り立った──!?








