魔王が可愛かったので拉致した。
長い旅だった。
終わりではない。
これは始まりなのだ。
高校の入学式。
新たな始まりを夢見た春に、俺は異世界へと召喚された。
最初は怒りだった。
拉致だと叫んだ。
結果、次は孤独だった。
聖剣を持たされ、最低限の資金で王城を放り出された。
どうしたらいいのかもわからない。
泣きながらレベル上げに勤しむ日々。
時に攫われそうになり、時に騙され無一文。
神経がゴリゴリ削られる冒険だ。
しかし、やがて集まる仲間たち。
元魔王軍の傭兵、グリエート。
最初は敵だったが、戦いの果てお互いを認め合い、今では親友とも呼べる存在になった。
頼もしい大剣使いの大男。
エルフの少女、エイル。
魔王軍に壊滅させられたエルフの里の生き残り。
最初は盗賊として襲い掛かってきたが、紆余曲折あって、今では立派なムードメーカーだ。
ちっさいけど俺の何倍も生きている。
ちっさいと言うと顔を真っ赤にして怒る、かわいいやつだ。
頭を撫でてやると長い耳が跳ねるのが面白い。
精霊魔法と弓が得意なレンジャーだ。
鍛冶師のドワーフ、バドフィ。
ひげもじゃのたくましいドワーフの親父だ。
酒好きでしかも絡み酒だが、普段から陽気なやつだ。
ハンマーでも戦えるし、土魔法のスペシャリストなので後衛もいける。
こいつがいなきゃ、俺の聖剣もボロボロのままだ。
あとついでに詐欺師のジャックも加えた四人が俺の仲間だ。
ジャック以外はみんな信用できる、彼らがいなければ自殺してたかもしれない。
それほどにこの世界は辛いものだった。
そして、もうすぐ終わる。
場所は魔王城。
目の前には禍々しい巨大な門。
「すごい魔力だ……」
バドフィがかすれた声でつぶやく。
「うん、こんな濃密なんて……」
エイルが驚愕している。
「正直に言うと、俺は中に入りたくないぜ」
「ま、珍しくボクも賛成ですよ」
グリエートとジャックが軽口を叩き合う。
みんな、ここまでの疲れを回復薬で全快にしたばかりなのに冷や汗をかいているようだ。
勇者である俺も、同じようなものだ。
ひざが震える。
俺は振り絞って言葉を紡ぐ。
「ここまで来たんだ。前に進むしかない」
みんな、俺を見る。
その表情は硬い。
「これは戦争だ」
一方的な蹂躙ではない。
俺たちもここに来るまでに幾百もの魔王軍を切ってきた。
「だが、俺たちが魔王を倒せば終わる。もう血生臭い戦いをしなくて済むんだ」
終わりが待っている。
「行こう。はなから飛ばすぞ。全力だ」
「「「「おう!!!」」」」
――そして扉は開かれ――
「もっふもふやでー、もっふもふー♪」
眼前には何匹もの子供の幻獣に囲まれた、女がいた。
「やーかいのー、あったかいのー、もっふっふっふーん♪」
玉座の前で小さくて可愛らしい幻獣たちにじゃれつかれ、もみくちゃにされながら、とろけた顔の女だ。
童顔だが、体はでかい。
出るとこ出てる、ナイスバディな美しい女。
魔族の特徴である灰色の肌に、燃えるような真っ赤な瞳と髪は間違いなく魔王の特徴だ。
その魔王がだらしない様を勇者一行に見せている。
普通はチャンスなんだろうが……、こう、俺たち勇者側としては魔王に威厳を求めていたのかもしれない。
ようはフリーズしてしまった。
「もっふるー、もっふるー、もふ、ふふーん♪ もふ……?」
目が合った。
「ブフォア!!」
魔王が噴いた。
「にゃ、にゃにやちゅ!? えど! えどわーど!! あれ!? 来ない!? なんでぇ!?」
どうしよう、魔王がかわいい。
「あの、さっき階段前にいたマッチョな四本腕のやつ、エドワードって名乗ってなかった?」
俺が密かに魔王に萌えていると、エイルが遠慮がちに耳打ちしてくる。
いかん、ぶっ殺してしまった。
この魔王の様子を見ていると不思議とわいてくる罪悪感でそう思ってしまった。
扉を開けるまでの俺の決意帰ってこい。
「あー、あれが魔王?」
元魔王軍のグリエートに聞いてみる。
「いや、俺には分からんな。初めて会うし」
「見た目は噂通りで間違いないんですけどねぇ」
ジャックも困ったように言う。
「おい、嬢ちゃんが魔王か?」
バドフィが堂々と本人に聞く。
混乱してアタフタしていた魔王がぴゃっとこちらを向いた。
「ぇ、はい、我こそは魔王ヴェン・ヴァルシュビーフ三世。通称ベンちゃんですけど……あ、通称とかいらないですよね、しゅみま、コホン、……すみません」
バツが悪そうに両手の人差し指同士をつつき合わせながら、上目づかいでぽつぽつと言った。
ど、どうしよう、魔王があざとい。
これはこういう攻撃なのか。
精神系か。
俺の動揺を察知したのか、バドフィが会話を続けてくれる。
「わしたちは勇者パーティで、魔王を倒しに来た」
「ええ!? 私、倒されちゃうんですか!?」
「ていうか、殺す?」
何故かイラついているエイルが追い打ちをかける。
雷に打たれたような反応のベンちゃん。
そして、素早く周りの子供の幻獣たちを守るように前に出る。
「こ、この子たちは関係ないのですから、許してください。私だけでお願いします!!」
やべぇ、ベンちゃん超健気。
あー、やばい、鼻血でそう。
「ねぇ、こいつぶっ殺していい? この糞女腹立つの」
エイルが黒い笑顔で聞いてくる。
お前のほうが魔王っぽいよ、その顔。
グリエートとジャックが震えてるじゃないか。
あ、バドフィ、目をそらすな。
それにしてもどうしたものか。
俺はゆっくりベンちゃんに近づいてみる。
プルプルして可愛い。
いじめたくなるのを堪えつつ、やさしく問いかける。
「魔王軍が多種族軍と戦争しているのは知ってる?」
「はい、魔族やその眷属がいじめられているから、やり返すんだって宰相が。エドワードが反対してたから、違うのかもって思うけど、私には正しいかどうか分からない。ごめんなさい、私、魔王なのに……」
ベンちゃんはただのお飾りか。
宰相ってやつもとっくに逃げてんだろうなぁ。
「ベンちゃん、彼氏いる?」
「ほへ?」
「「「「は?」」」」
「えと、いませんけど……?」
「うん、決めた」
俺はベンちゃんの前にひざまずき、見上げる。
鞘に入ったままの聖剣を掲げ、差し出す。
「結婚を前提におつきあいをお願いします」
「「「「えぇぇぇぇええええ!!??」」」」
外野がうるさいな。
「今は花束なんて洒落たものを用意できないから、こんなものでよければ受け取ってください。俺の精いっぱいの気持ちです」
後ろから「ちょ、聖剣だよ!?」って声が聞こえるが知ったことか。
俺の愛にはまったく届かない価値だ。
「えーと、ありがとう?」
戸惑いながらも受け取ってもらえた!
「お返事をお聞かせください!」
俺がいきりたって迫る。
ベンちゃんは「ふぇえええ」とキュートな声を上げている。
「そ、そういうのはまだ分からない年頃なので!!」
「じゃあ、待ちます! 何百年でも!!」
召喚の呪いで不老不死になってんだ。
こちとら死んでも教会で復活だ。
ゾンビ勇者なめんな。
後ろでエイルが「殺す! あいつ殺す!! 糞女ぁ!!」とか、他三人が「落ち着けぇ!」とか言ってる。
ジャックが笑ってるのも気になるが、まぁいい。
「俺はベンちゃんの返事を待ち続けます。されど、ここにいればあなたを狙う者が多くいるでしょう。俺と共に逃げませんか? いや、逃げたほうがいい!! 俺と共に!! 空間転移術式解放!!」
俺を中心に、ベンちゃんとその後ろの幻獣たちを半円が囲む。
外野どもがこちらに手を伸ばしているが、知らん。
仲間たちよ、さらばだ。
俺は最高にイイ笑顔で、かつての仲間に手を振る。
「発動!!」
俺とベンちゃんたちは、魔王の間から姿を消したのだった……。
あれから何年、いや、何十年か?
世界の最果て、海に囲まれた無人島に俺たちは大きくなった幻獣たちに囲まれて自給自足で暮らしている。
ベンちゃんから返事はまだ貰っていない。
そりゃそうだ、拉致同然にここまで連れてきた変態勇者だ俺は。
でも、アタックはし続ける。
「ベンちゃん、帰ったよ!」
我が家の玄関をくぐると、相変わらず幻獣に囲まれて幸せそうな彼女。
もふもふと口ずさむのも変わらない。
「あ、お帰りなさい、あなた」
ただ、お腹はそこそこ出てるかな。
まぁ、やることやったらできるわな。
「なぁ、今日こそ返事もらえないだろうか」
「もう、いいじゃない。返事なんて、こうなったらしてるのも一緒よ」
「君の口から聞きたいんだ」
「……恥ずかしいからヤダ」
ベンちゃん強情。
「さぁほら、口にするんだよ『大好き、好き好き、この世が終わってもずっと一緒にいたいです』って」
「またハードル上がってるぅ!?」
まぁ、返事もらえないのはそういう訳だ。
いつまでも初々しく恥ずかしがるベンちゃんが可愛くて、つい……ってやつだ。
元の世界には帰れないけど、もふもふに囲まれて、美人の嫁さんもいる。
子供ももうすぐ生まれる。
「名前、何にしようか」
俺はベンちゃんの肩をやさしく抱きながら言った。
彼女は俺たちの分身を宿したお腹を撫でながら、首を傾げる。
「ううん……まだ早いよ、男の子か女の子か分からないんだから」
「そりゃそうか」
見つめあって、笑い合う。
ああ、これが始まりだ。
俺の異世界の人生が今まさに第一章だ。
俺たちは色々なやつらに振り回され続けた。
俺を最初に召喚した国しかり、ベンちゃんを道具にした魔王軍宰相しかり……。
誰にも邪魔されないこの場所を俺は守り続ける。
ベンちゃんの燃えるような赤髪に触れながら、幸せを感じる。
いつか、また理不尽が起こるかもしれない。
だから――
「絶対、守り続けるから」
俺は勇者じゃない、家族の守護者なのだ。
「から――なに?」
ニヤニヤしながらベンちゃんが聞いてくる。
うぐぅ……。
「だから……今日こそお願いします。口でいいから!!」
「アハハハハッ、台無しだ~! でもダメェ!!」
「殺生なぁ!」
ムラムラがやばいんですよ!?
俺の情けない懇願が響く無人島であった。