であいとひみつ
板チョコおいしいれす(^q^)
「勇者?勇者、おい、勇者ぁ!?」
「わかったから何回も呼ぶなってば!」恥ずかしげな声が響きました。
呼び出された勇者様が角からひょこりと現れました。すかさず魔王様は魔眼を使って魂の光を見極めます。
魂の光とはいわば超常的な力の強さを測りとる物差しのようなもの。人知を越えた力、運気や強大な魔力を秘めた者はより煌々と輝くのです。
(……んむ?こやつ、どっちだ?)しかし魔王様は勇者と呼ばれた人物の姿に目が行きました。
現れた勇者は些か幼さを残しているようにも見え、男らしからぬ美少女の様な顔立ちをしていました。髪の色、瞳の色は翠がかった黒。今までの勇者を見たことのある側近さんは怪訝な風に思います。
(あんな弱そうな子供が勇者なのでしょうか……?)
(お前が目にする時は何時だって出来上がった勇者じゃないか。まだこやつは発展途上なんだろう?我の魔眼に煌びやかな光が……んん!?)
(ど、どうされました?)
(……映らない)
そう、魔王様の目に映る光り輝く筈の勇者の魂には、何の輝きもありませんでした。いえ、正確には輝きが弱々しくて見えなかったのですが。
(なっ……?何ですと……)
さて、舞台と時間は少し変わり、繁華街へと戻った魔王様……女の子は女騎士、そして"勇者様"と食事を取ることになりました。女騎士の豪胆なお誘いに、女の子が気圧された形です。
魔王様は大分この状況を楽しんでいるようで、メニューや周りを見ては、ウキウキと思念を飛ばすのです。
(れしぴ本以外で初めて食すぞ……ふれんちとやら、楽しみだぞ側近)側近さんは無い頭を抱えました。
(ある意味、魔王様が都会を知らぬ生娘に化けて良かった……むむ!?)
不意に使い魔の体が勇者様に掴まれました。
「一つ目……可愛いな。ね、この使い魔はなんて名前?」濁りの無い笑顔で勇者様は女の子に聞きます。出逢うまで男と決めてかかっていた魔王様に向けられる微笑みは少女のそれでした。
たじたじと咄嗟に言葉遣いを整えながら返します。
「それの名前は……眼球……がんきゅう……きゅう……、そ、キューちゃんというのだ、いや、言うのです」
(安直ですが可愛らしい名前を有難く頂きます)羽がパタパタ動きました。
「キューちゃん……」すると女騎士の方が反応しました。この方も可愛い物には目がない様です。
(役得だな。こんなに美しい黒髪の少女がいると言うに)(滅相もない……あっ、羽に指が)
ため息を一つ、魔王様は吐きます。
そんな女の子に勇者様が話し掛けました。
「名前は?えーと……私はディト」やや緊張したように名を聞き、自身の名も話します。恐らく愛称でしょう。真名を口に出した途端にその魂を弄ばれるのですから。
「そうだ、自己紹介を忘れていたな。私はリリラ。勇者の出身国で王族護衛をやって居たよ」女騎士は使い魔を離すと魔王様に手を差し出しました。チンピラに相対した時とは違い、柔らかな口調が母性を感じさせる女性です。
「われ、私は……マオ。マオと言います。魔法使いです。……まだ半人前ですけど」魔王様は手を握って答えました。
(本当にタダのおなごにしか見えない。しかも随伴もおなご……噂と違う。勇者というのはこんなにまで人材不足なのか?)
(実際何度も送り出された勇者の中には城にたどり着く前に力付き倒れる輩も少なくないですから……)
「本当に勇者……なのか」と、口に漏れる魔王様。この言葉にディトは顔を俯かせ、使い魔は羽で目を覆います。
魔王様がしまった、と思うと女騎士が人差し指をマオの唇に当てました。
「……私達の宿屋まで、後で来る?知りたいなら、言えることがある」
「……はい。でも、先ずは食事から」魔王様の言葉と口から漏れた涎に勇者様の顔から影が消えました。
「美味しい……ふれんち、このれしぴ本をまた買いに行かないと」
「自炊出来るんだ?マオちゃん凄いね!私剣と手綱と弓しか触らなかったからなぁ」
「一応な。し、しかし……ちゃんとは……恥ずかしいぞ」
「リリラは気に入った子に良くちゃん付けするから……」
「ちゃん付けして欲しい?」
「やめてよ!」
あはははは……
話の輪に入れない側近さんは悲しげに眺めていましたが、勇者様の微笑みを出会ってから魔王様より早く見つけました……
「一人、追加で?シングル。はい、かしこまりました」
(一人部屋では私の足を伸ばして寝ることは叶いそうにありませんな……一応聞きますが添い寝は?)
(ならん。側近として忍耐が必要な時が来たということだ。諦めろ)魔王様は勇者様と女騎士の泊まっている宿屋に泊まることになりました。先に自分達の部屋に戻った二人の言うには、自分の部屋で荷物を下ろした後、勇者様の部屋に来て欲しいとのこと。
宿のお部屋は普段生活していた部屋より狭いものの、不自由しないだけの大きさを有していました。
(誰かの家に泊まる、というのは城以来だな……)
荷物や外套を下ろしてふと顔を上げると姿見がありました。自分の方を大きな瞳が見つめ返します。
「……ニート魔王の命令だ。上手く小便臭い魔法使い見習いになりきれよ、マオ」誰ともなしに魔王様は呟きました。
魔王様と側近さんが勇者様の部屋に入った時には既に女騎士も部屋へと来ていました。扉の内側には結界の呪符が。少しばかり側近さんの羽が震えます。
「おっ、この宿綺麗だったでしょ?」女騎士の言葉に頷いて答えると、手近のベッドに腰掛けます。「そろそろよ」女騎士が言うと頭を掻いて忌々しげに勇者様は言いました。
「出会ってすぐの人には見せたくないんだけどなぁ」
「……?」
一瞬ぴぃん、と張り詰めた様な空気が漂うと、すっくと勇者様が立ち上がります。
何を話す訳でも無く、天井を見上げただ立ち尽くしている勇者様。魔王様は女騎士に何をしようとしているのか聞こうとすると、すらっとしながらも硬さを秘めた手に制止されました。目は真剣です。
「……ッ!」不意に勇者様が苦しげな声を出しました。手がわなわなと震えだし、荒い呼吸が聞こえてきます。
すると、何の光も見出さなかった魔眼に変化が。滲み出るように明るい光が勇者様から溢れ出していました。しかし、その光は何かに抑圧されているようです。
女騎士も手にしていた本を開き、呪文を詠唱しています。魔王様は確かに解呪の呪文を聞きました。
勇者様はなおも苦しそうにしていましたが、魔王様は魔眼の捉える光に夢中です。その横で側近さんの一つ目は確かに勇者様自体の変化を捉えていました。
目をつぶり、痛みにこらえる様にしながらも立っている勇者様。上を向いた頭の下、滑らかな線を描いていた首に一つ、小さな出っ張りが浮き出していたのです。
その変化は体の節々にも。関節の骨がよりごつごつした物へゆっくりと、しかし着実に変わりだしていきます。
ピシイッ!ヒビが割れた様な音を最後に変化が終わりました。すぐ横で側近さんは魔王様のため息を聞きました。
(面白そうな光だったと言うに……終わってしまったぞ。つまらん)
「……また、失敗かぁ」女騎士の声がして、魔王様が何事かと聞こうとして……勇者様の変貌振りに今更ながらに気づいて今までより更にハイトーンな声を出しました。
「ふわっ!?な、なんだその体!?主は……いったい……?」素の口調が出る始末。
その問いに勇者様が答えました。変声期を迎えた後のテナーな声で。
「えっと……実はわた、いや俺、数日毎に性別が……入れ替わるんです」
やや鋭さを秘めたようになった顔と、背が気持ち伸びた姿で、"男"の勇者様は言うのでした。