しゅっぱつ
なんとなく思いついたので。
何処まで書けるかわかりませんが生暖かく見守って頂ければ幸いです。
ある時代に、魔王様と呼ばれるお方がいました。しかし、自身はその名を不本意と言う変わり者の方でした。
そのお方はとある魔の国の外れ、決して大きくないお城に古くからの側近と共に住んで居られました。
そんな折、
「そうだ、側近。気になっていた事がある」と、側近さんに魔王様が話しかけました。
このお話はここから始まりを迎えたのです……
「なんでしょう、魔王様」側近さんは下に着く姿勢を忘れずに読書をする魔王様に応えました。
「毎回だがやめてくれ、そんな態度は……私より長く生き、様々な魔王に従ったのだぞ。第一、私は魔王様などと呼ばれる様な大層なことはやっちゃいない」
「いえ、それでも私が使えているのは魔王、これは間違いありませぬ」
「気恥ずかしいな……ま、それはいい」
パクン、とハードカバーの書物を閉じて、魔王様は話の本題に入りました。側近さんが用意した紅茶に少し目移りします。
「我らが魔王族は何時も勇者に倒され、地に伏せて来たな」
「残念ながら、左様で」
「我は常々気になっていたのだよ」なにがでしょう?と聞く側近さんに彼は続けました。
「何故今までの魔王は強大な力を持っていたのにも関わらず人間に負けたか、ということを」
「成る程……」魔王様はどうやらこれまでの魔王と勇者の闘いに興味があるそうです。
「魔王の魔力も身体力も人間より何倍も上回っている」
「勇者も所詮人間……いや所詮、という傲りで負けたのかもしれんがそれでも唯の人間だ」
そうですねぇ、と相槌を打ちながら側近さんも思考を巡らせます。こうした思考ゲームに参加させられるのは何も今日が始めてではない側近さんなのです。
「一対多ならば仕方ないと思うが稀に一対一でも負けてしまった過去があるのだから恐ろしい、手傷を負ってもな」紅茶を一啜り。続けます。何時ものように美味しい今日の紅茶はアールグレイの様です。
「そして極めつけが今までの勇者の実戦経験だ……才能でどうにかなる水準じゃない。この人間の文献だと10年以上掛けて魔王を倒した様な勇者が一人も居ない。しかもその勇者は旅の初めは下等な魔獣にすら手こずっていた始末じゃないか!」そう言ってテーブルにひゅん、とハードカバーを魔王様は投げました。くるくるとテーブルに投げ出された本が回ります。
「確かにその通りでございます……私の記憶を辿っても、城に辿り着いた勇者の無双は目を剥く物がありましたから」厚い装丁の本を丁寧に本棚に戻しながら、側近さんは応えます。
「……気にならんか。勇者の強さの秘密を」悪巧みをするような姿勢を取って、魔王様は側近に聞きます。
「気にはなりますが……如何せん勇者の動向など国の端では」
「いやいや、大丈夫だ側近よ。つい先日に勇者が魔王を倒すべく王国を出たそうだ」その言葉にゆっくりと茶を口にした側近さんは盛大に紅い霧を作りました。
「な、何故そのような情報を……」
「さっきの本を国境の町に買いに行った時にだな……偶然風の噂で聞いたのだ」ずるずると肩の力が抜けていく側近さんです。
「それに目標は我じゃあきっとないぞ。大体我らが城は城とも呼べない少し大きな民家だし、我が魔王だと国境の奴らは皆思わなんだ」
「ふむ……確かに権力は全て従姉妹様にありますね」ここの魔王様は魔王族の一人なだけで、お役所仕事には全く縁も興味も無く、膨大な魔力を炊事や庭の手入れ、読書にしか使わないのです。良く他の魔王族はこの魔王様をニートと呼び、その配下の魔族達は頭でっかちと裏で誹りました。
「そこで、どうだ。勇者のパーティの一人として我が入るというのは。間近で勇者の力を見れる、信念が分かる、仲間を知れる」驚愕する側近さんをよそにキラキラと子供のように魔王様の顔は輝きました。こうなると何を言っても聞かないことは側近さんはこれまでの生活で分かり切っていました。
「し、しかし魔王様一人で行っては危険です。私めもついて行かねばなりませぬ」そういうと、ポン、と可愛らしい音と煙が起き、それが晴れたところには、小さな一つ目に翼がくっ付いた様な魔物……所謂使い魔の様な姿の側近さんがぱたぱたと翼を動かしました。
「フム、成る程。私も人間の格好を取ればちょうど使い魔を相棒にした人間。ならば私は……」
そう言うとあの煙が魔王様の周りを包みます。その先に現れた姿に、側近さんはキュッと瞳を大きくしました。
「こんな姿などどうだろうか」
数日を経て、人間の国の近くにある妖精の国へと魔王様と側近さんは着いていました。噂を頼りにして、ここまでやって来たのです。
ガタンガタンゴトンと揺れが収まり、幌の隙間から見える景色は賑やかな街。魔王様はすとん、と馬車から滑り落ちるように降りました。その顔は真っ青で、口をぷっくりと膨らませていました。
(ずっと馬車の揺れに酔わされっぱなしだった……うっ)ろくに馬車など乗ったことの無い魔王様の思念を側近さんが読み取り、
(お気を確かに、魔王様……いえ、なんと呼べばいいのでしょう、そのお姿)光速の速さで思念を送り返します。魔力の見えない糸を使った思念糸電話です。とくに頭を使うことの多いこの二人は、この糸電話を重宝していました。
(なんでも良い、例えば……)そう思念を飛ばしていると、馬車の主である豪胆そうな商人さんが、馬車から降りた魔王様に餞別をくれました。その耳は尖っています。
「可愛いものにはなんとやら、かい?そいつぁ小金だが持ってきな、"嬢ちゃん"!」
「こんなにいっぱい……けほん、よろしいのでしょうか?」自身のハイトーンな声に些か心が着いていけません。
「俺を誰と思ってるんでい。龍人族一の大商人、キエラ様よ」
「ふふっ、ありがとうございます……」商人さんの言葉に魔法使いの女の子がにっこりと笑って応えました。
(お嬢様、とでも?)
(……ふふふ、かしこまりました、お嬢様)
この魔法使いの姿は魔王様の巧妙な変身術。
妖精は人間に友好的な仲を持つ種族の中でも魔術に長けた存在。魔王様は文献からの知識を元に勇者に会わんとここへやって来たのです。
さて、馬車を女の子は見送ると、くるんと街の方へ向き直ります。
「妖精の国、その城下街か。なんというか、溢れておるな……」くらくらと活気に気圧されながら女の子は呟きます。巨大な建物に屋台の数々、空は妖精や様々な種族が飛び交い、地は人間がごった返しています。大きな街へ出たことのない魔王様はまさに田舎からはるばる来た生娘の様に圧倒されていました。
(お嬢様、勇者を先ずは探さねばなりませぬよ)
「わかっている、わかってーーーなんと。あれは……なんと大きな」遠くからでも見ることの出来る程大きな書店。本の芳香が鼻をくすぐる様で、とてててと目的を忘れて走り出してしまいました。慌てて使い魔は女の子についていきます。
(魔王たるもの安易に走ってはならぬと子供の時から……!)
(我は今、人間のおなごぞ?うきうきわくわくして、走り出すのは至極当然)足取りも軽く、仕方なしに使い魔は従います。
すると、ドサっと。「うっ」とある男達にぶつかってしまいました。
「ん?何だよ痛いなあ」
「どこ見て歩いてるんだ、あぁ?」
「なんだよいきなりよぉ……なんだこのガキ」
(ガキですとぉ……!?)側近さんの怒りを他所に、チンピラと云う言葉が良く似合う三人組の下賤そうな男達が可憐な女の子を囲みました。
「ちょっとこっち来いよ」
「わかった。良いだろう」
平然とした態度が面白くないのか、後ろから膝に蹴りを入れられ、女の子はつまづいてしまいました。地に伏せるのは初めてです。
側近さんは怒り心頭です。しかしそれを察した女の子……魔王様は
(瘴気が漏れ出そうだぞ)と釘をさしました。
(しかし、借りにも魔王様に向かってこのような事を……!)
(魔王様じゃあ無いのだぞ?こういうことだって起きてもなんら不思議じゃ無い訳だ)光速で思念が伝えられます。魔王様はこの状況を楽しんでいるかのようでした。
そして、連れ込まれたのは脇道の袋小路。手際の良さを見るとどうやら恐喝に慣れている様です。
女の子は追い詰められているようでした。しかしそこは魔王様、人が少なくなったことの方に安堵して、肩の力を抜け切っています。
「なんだよ、びくともしねぇじゃねえか」
「突っ立ってるばかりでよう」
「面白くねぇなぁ」
「ビクビクしなきゃあならんものか?済まぬ、生娘を演るには些か難しいな……ふむ……やめてください、こっちに来ないで!」人間の書物にあったものを真似してみましたが、後の祭りです。
「何を言ってやがる?」そう言って三人組は更に女の子に近づきます。
近づけば女の子の姿により目がいきます。
見れば見るほどに美しい少女でした。白黒の組み合わせに差し色をした様な見た目をしていました。
ツヤツヤした烏羽色の髪が長く、憂いを帯びた様な(脱力しているだけです)黄昏色の瞳に自己主張は低いものの顔をきちんと彩る鼻に何も施していないナチュラルピンクな唇がぷるんと一文字に結ばれていました。聡明そうな印象を受けます。
服装は普通の魔法使いより少しボリュームのあるふりふりした服の様ですが着慣れしていなそうで、よく見ると時折黒いタイツを纏った脚をもじもじとしています。暗い服の袖からは白く小さい手が所在なさげに動いて、嗜虐心を掻き立てられました。
透き通った瞳がこちらにふと合うと、チンピラの一人がゴクリと喉を鳴らしました。パタパタと羽を動かす側近さんは、更に忙しなく羽を動かしながら、魔王様に進言します。
(こ、このままでは身の危険どころか貞操の危険が危ないですぞ!魔法使いならば男でも良かったでしょうに……)
余裕ぶって女の子は返します。
(何、決まっておることだ。男より女、知的なおのこより純朴なおなご、年の影さす大魔導師よりうら若き魔法使いとな)
ずいずいと近づいていくチンピラ達。とうとう何も抵抗せずに綺麗な腕を節くれだった掌に掴まれます。
魔王様は魔力を微塵も出していません。加えて女の子の魅力に三人組はすっかり虜です。
(甘い声でも出してみようか)この状況を悪化させる事を考える魔王様。まるで傍観者の視点です。しかし貞操観念に対しては側近さんが固い様でした。
(失礼しますぞっ、魔王様!)
(なっ!?こらっ、何をする!)
使い魔の形が霧散して行きます。微粒子の大きさ迄分散した側近さんは魔王様の発声するための器官を乗っ取りました。
何しろ人間風情に気を許した魔王様、人間より数百倍は強い側近さんの乗っ取りなど咄嗟に対応出来ません。
口が勝手に開き、大きなソプラノの悲鳴と
「だ、誰か助けて下さーいっ!」と救援を出したことに些か魔王様は不満でした。
(我が体を案じるのは良いのだがなぁ側近……余り面白く無いぞ)
(私は魔王様の従者です!従者が主人の身を案じる事がご不満で!?)
「うむん……」頭を掻く女の子です。
「い、いきなり何だよコイツ……」
「さっさと金やら奪っちまってズラかろうぜ」
「おう、体はこの際無視だ……可愛いが」
(ほら!何もかもを巻き上げられる所でしたぞ!)体をまさぐられる魔王様です。
(なんだ、別に体目当てでは無かったのか……コレでは勇者の近くには……どんな姿が万人受け……)
尚も体をまさぐられますが顔は考えことをしていてまるで興味がありません。
(魔王様ぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!)
そんな時です。
「そこの三人組ッ!」
凛として切れ味の良い声が袋小路に響きました。怪訝に、少し苛立ち混じりに三人組は振り向きます。
光が差す奥から、重武装な騎士の格好をした、女の子とそう歳が変わらない……女性が現れました。
「ハズレか」柄にもなく魔王様……いえ黒い女の子は舌打ちをしました。
一方、騎士のほうはというと、男ども三人組に身包みを今まさに剥がされようとしている女の子、という状況を見てどっちが悪が正義がを見極めました。可憐そうな女の子が半裸にされようとしているのです。当然正義は魔王様に。
「女の子の純潔を奪うつもりか!?貴様らとんだ悪だな!」
「げげっ、や、やべぇぞ」
「別に俺たちはそんなつもりじゃなくて……」
「ご、ごめんなさい……逃げるぞ!」脱兎の如し、命あっての物種と三人組は逃げ出そうとします。しかし残念な事に自分達が導いた状況が牙を剥きます。
「袋小路から逃げ出そうなどと、甘い考えだな!」鞘を付けたままの剣を背負い物を物ともせずさらっと動かし、面、胴、面と三人組を地に伏せさせたのでした。ぐうの音を出して、人の山が出来上がりです。
(た、助かりました、あの騎士には礼を言わねばなりますまい)使い魔が体から抜け出て、ぱたぱたとやや早めに羽を動かしました。
「勇者では無いのだろうに」魔王様はまだ不満気ながら、騎士に礼を言うために脱がされた上着を着直そうとした時です。
「おい、終わったぞ!早く来ないか、"勇者様"!」
「!!」騎士の一言。勇者様?……勇者様!
それを逃さず聞いた魔王様はすかさず走り出そうとして……脱がされた服で足がもつれ蹴っつまづいて転びました。地に伏せるのはこれで二回目です。