1 自炊で生きる人
ここは、冷たい鉄とデータの街。そして、その一角にある私の狭い職場も、例外でない様式を形作っていた。
電子機器が唸りをあげ、それを冷却するためにクーラーをがんがんにかけていた。
プラスチックに覆われた機器と、それをつなぐカラフルなケーブルの中では、無数の電子データが音もなく飛び交っている。
私は直径数センチの管の中を、文庫本数万冊分のデータが押し合いながら進様を想像しようとした。
莫大なデータ。
こんなもの、何になると言うのだろう。
だが、顧客はこれを欲している。
私は、もう長いこと自炊で食べている。正確には自炊代行業だ。
名前も顔も知らない顧客から送られてくる、本や雑誌や書類といった紙データを電子データに置き換える仕事だ。
私の部屋に積まれた高価な機器は、そのためだけに特化されていた。
一度に500枚の書類を裁断できる、半自動式裁断機。レーザー・センサーがついているため、その精度は数学をもって表現する他ないほど精密無比。
裁断された紙の束を高速でスキャンするためのスキャナーが、その隣に鎮座している。
業界最高峰として名高い、SCAN SWAPx4500。文庫本一冊を一分とかからずにスキャンできる。音波センサー搭載のため、重複スキャンを起こしてしまうこともない。名高いスキャナーだけあって、精度、スピードともに素晴らしかった。
非破壊自炊用スキャナーも販売されているが、まだ、一般市民には高嶺の花だ。
スキャナーの向かい側にはデータを取り込むためのパソコンがある。
クアッド・コア搭載のパワフルなデスクトップ型パソコンDAIGO855SC。
パソコンの足下には、データ保存用の、バイソン社の外付けハードディスク16TBが十五台ばかり並んでいた。
これが私の仕事道具。
特殊技能も必要ない。顧客相手のセールスも、コミュニケーションも必要ない。
ただ、ネットに広告を出せば、手元にある蔵書や紙の山を電子データに買えて欲しい顧客が飛びついてくるわけだ。
私のもとには段ボールに詰まった本が届き、私はそれを自炊していく。終われば、客の求めるメディアでそれを返送するだけだ。
これほどシンプルな仕事があるだろうか。
今や、自炊するとなると、体が勝手に動いた。
積まれている機器同様、私の体もスキャンに最適化されているのだ。何のミスも起きない。よけいな考えや好奇心がわき起こることもない。そういったバグは駆除してある。
有能で信頼に足る機械のように私は振る舞うことができるのだ。
これ以上、何を望むと言おうか。
貧しい家の出で、教育も受けていない私が、食べていくだけのお金を作れているのだ。まったく問題はない。
でも、それでも、物足りなさがあった。満ちることのない空腹感を感じていた。
人と人のつながりが無性に恋しくなる。
だが、それを得るためのきっかけが何なのか、私は知らない。
気がついたら、私はこのスキャン用機器に囲まれていた。
窓の外に目をやれば、そこには冷たい街が広がるばかり
私の求めるモノがそこにあるとも思えない。
スキャン用機器とクーラーが唸っている部屋で、私は我に返る。
私は送られてきた段ボールの一つに腰掛け、物思いにふけっていたらしい。私はパソコンへと手を伸ばし、はたと動きを止めた。
ポータルサイトのニュース覧に、政府の布告がでかでかと掲載されていた。
『自炊は犯罪です! 著作権を侵害する自炊はやめましょう!』
その文句とともに、政府に雇われたアイドルがこちらを睨みつけるという構図の写真であった。
「気軽にそんなことを言われてもね……」
睨まれても困ると言うものだ。私は呟きながらAltとF4のキーを叩いた。
自炊業がいわゆる犯罪であることは知っている。営利目的で書籍をスキャンすることは著作権の侵害に当たるのだ。
とはいっても、強盗や殺人のようなモノホンの犯罪とは別物だろう。著作の作者に与える経済的損失は微々たるもののはずだ。
その作者だって、このネット全盛期のご時世に、著作権が厳格に守られることは期待していないだろう。
法律に詳しくはないが、余程、大胆に法制度が変わらない限り、私が罰せられることはないと思っていた。
「さて、今日の分の自炊でもしますか」
私は言いながら、立ち上がる。腰掛けていた段ボールから古びた本を取りだし、裁断機にセットした。
「そこまでだ!」
部屋の扉が弾けるように開く。
防弾ベストにヘルメットという姿の男達が部屋になだれ込んできた。
私は驚愕のあまり凍り付く。逃げることも悲鳴を上げることも思いつかない。
侵入者達は、手に手にサブマシンガンを持ち、敵意に燃えていた。
肉食獣のような機敏な動作で、私に掴みかかってきた。抵抗する術などない。
私は恐ろしい力で、引き倒される。




