序盤に必殺技を打つのは負けフラグ?
「さあ、みんな! 誰が一着でゴールするか、赤いマグナムの縷々か、壁走りのトライタガーの八重か、パワーのブロッケンGの嘉人か! 先頭集団から離れてはいるが、まだ拓兎のスピンアックスも逆転の可能性はあるぞ! 賭けの時間の終了まであと五分! さあ、いま張らなきゃ損損! 天国を見るか地獄を見るか、賭けないチキンに用はなし! タケミヤセブンスターズ主催の『リアルミニ四駆レース~ポロリもあるよ』は一口食券一枚から!」
「縷々さまに五口!」「こっちは八重嬢に三口で!」「ええい、大穴の嘉人に十口だ!」「……逆転劇は王道、拓兎に二口」次々に上がる声に手早く食券と引換券を交換する潮。こういう裏方業務に彼女がいるおかげで、狭い教室がまるでたこ部屋のような有様になっていても大した混乱もせず運営できる。普段は大人しく、引っ込み思案なところもあるが、伊達に五年連続学級委員を務めるだけのことはある。彼女を眺めつつ、敬二はその手腕に感心していた。
「と、ここで嘉人のブロッケンが反転! その先に縷々のマグナムが! なんと、ブロッケンが前輪を上げてのまさかのラリー走行!?」
「あれはもしや?!」
「知っているのか、ラ○デン!?」
「原作ではマグナムをその重量で押しつぶし、粉々にしたという徳田ザ○ルス必殺のブロッ○ンクラッシュだ! まさかこの目でお目にかかれるとは……」
その様子に観客が歓声と悲鳴を上げる。歓声を上げたほうは直撃世代だからか、原作再現率の高さに童心が刺激されたようだ。思わず大声を上げて手を強く握り、目の前に映るその様子に興奮している。悲鳴を上げたほうは縷々に高い金額を払ったのだろう。祈るように両手を胸の前で握っている。
「このままだと潰されてレースは棄権だが、縷々はこの凶悪な攻撃をどう避けるのか!?」
「ノリノリだね、敬二君」
「こういうときは主催者側が馬鹿になれば周囲も安心して騒げるんだよ。それに俺も嘉人の必殺技に興奮している一人だしね」
「でもすごいよね、これ。拓兎くんが作ったんだっけ?」
「オタクの本気を見た気がするよ。相変わらず無駄な発明だって思うけどな」
そういって彼らは画面上に移るマシンに視線を向ける。これらがまさか十七歳の高校生が作ったなんて誰も思うまい。
「何だっけ? 音声認識システムだっけ? マシンに人口AIも積んであるから路面の悪路も避けて走れるし、人の声に反応して自在に動かせる。まさに原作のミニ四駆も真っ青な出来上がりになってるって」
「もう子供のおもちゃって次元を超えてるよね……」
「馬鹿と金持ちをセットにして置いちゃいけないなってつくづく思うわ~」
自分たちの友人でありながら何処かぶっ飛んだ二人のことを思う。
セブンスターズはリーダーの縷々を筆頭に個性的な人間が多いが、その中でも異色ともいえるのが縷々と拓兎だ。
「天才に付き合うのも大変だよ」
「そうかな、敬二君なら平気そうだけど?」
潮の言葉に「どうかな」と敬二は小さい声で呟いた。その声は盛り上がる周囲の喧騒に埋もれて彼女の耳には届かない。
「おい、もしかして」「まさか」「嘘だろ、おい」「さすがだぜ縷々さま!」視線を少し逸らしている内に縷々のマシンが何かしたらしい。敬二と潮は会話を中断し、モニターへと目を向ける。
「おいおい……やりすぎだろ」
「あわわわ……」
それを目にして二人はあっけにとられた顔を向ける。勝つためとはいえ、ここまでするかと呆れてしまう。
が、
「……あいつららしいな」
「……うん」
「さあ、今日こそワシの勝ちじゃ、縷々よ!」
「まったく、嘉人は気が早い。レースはまだ序盤だぜ? 僕の走りを見てからにしなよ。確信するにはまだ早すぎるぜ? この早漏野郎め!」
そういってピンチにも拘らず不敵に笑う縷々。そしてほほ肉を耳まで裂けるかのように引きつらせ、肉食獣のように獰猛に笑う。
「ぶちかませ、マグナム!」
その声に連動するようにマグナムが急加速する。ダウンフォースを受け、原作よろしく浮き上がりそうになる車体を重力が必死に押さえつける。浮きかけた車体はさらに速度を増して押しつぶしにかかるブロッケンGに急速に近付いていく。
それに対応できないブロッケンGはまるでこぶしを振り上げたままのんきに突っ立つ格闘家よろしく、そのどてっぱらにマグナムの体当たりを食らってしまう。
「な、なんと!」
「ちょ、馬鹿! こっちにくんな!」
「とはいえ、ワシにはなんとも……」
「諦め早いわよ!」
衝突に浮き上がった車体がそのまま近くに走っていたトライタガーに迫る。
「チッ、トライタガー、進路変更! 左の壁!」
八重の叫びを聞き、トライタガーは進路を変え、壁に向かって突っ込んでいく。後ろから迫ってくるブロッケンに追い立てられるように。そしてこのままでは板ばさみになってしまう、誰もがそう思った瞬間。
「今よ! 壁を走りなさい!」
トライタガーに向かって八重がいつの間に外したのか自身が身に着けていたヘアピンを投げつける。前輪に当たって浮き上がった車体がバランスをとるために前輪を壁に押し付けた。その瞬間、、主人の言葉に従うように垂直に立つ壁をまるでそこが平地であるかのように走り出す。
「やるな、八重!」
「ふん! アンタには負けたくないもん!」
「ガハハ! しかし悠長に走っているからな。悪いが先に行かせてもらうぞ!」
急加速した勢いをそのままに、マグナムは二人を置き去りにする。
「アディオスアミーゴ! 貴様らには足りないものが多いが強いて言うなら君たちには早さが足りない!」
テンションが鰻上りの縷々が高らかに笑いながら走り去っていく。どうやら序盤戦は縷々が最初にゴールするだろう。誰もがそう思った。
「ふむ、そういう台詞はやはり三下が似合うな。序盤で目立つやつは最後まで持たないというお約束を知らんと見える。そしてそんな愚か者たちを颯爽と抜いていく我。やはり最強! 我最強! ふはは、ふはははッ!」
先ほどまで姿の見えなかった拓兎が自作のセグウェイに乗りながら縷々に併走する。
「あ、タク! 貴様、最初出遅れていたから何をしていたかと思ったら、自分だけ楽して!」
「ふん、貴様ら体力馬鹿どもと我を一緒にするでない。高貴なる我がなぜ態々汗を流して醜く走らねばならぬ。そういうみっともない姿はそこの筋肉馬鹿のやることだ」
そういうと、彼は視線を後ろにいる嘉人に向ける。壁に衝突し仰向けになった車体を直しているところのようだ。ちなみにだが、縷々と八重はローラーブレードを履いているが、嘉人だけは上履きのままだ。
ちなみにこのミニ四駆は拓兎が独自にカスタマイズしたことで、時速は三十キロを軽く超えていたりする。
「む~ケイ!」
『申請は受けてんだよ。んで受理した。残念ながら』
不満なのだろう、怒りを滲ませながら縷々はマイク越しの敬二に文句を言うも、素気無く返されてしまう。
最初のスタートのときは確かに彼も同じようにローラーブレードを履いていたのだが、遅れることを条件にいつの間に持ち込んだのか、セグウェイに乗ることを敬二に認めさせていた。面白ければ何でもオッケーな敬二は二つ返事で了承。最初のハンデなどなかったかのように追いついてしまったというわけだ。
「ふはは! 驚いたか? しかし我は獅子、龍千時光一郎は弱者とはいえ容赦しないのだ! いくぞ、スピンアックス! 我が永遠なる友よ!」
ちなみに龍千時光一郎は彼の偽名である。お察しのとおり、静池拓兎、今なお現役の中二病患者である。
『お前、最初はマグナムが相棒だって言ってなかったか? わざわざ一機だけ2Pカラーにしてさ』
「ふん、敵に尻尾を振る尻軽ビッチに興味などないわ! ……これが終れば取り戻してやるからな、我が半身よ」
どうやら未練たらたらのようだ。